2
その日は朝から寒気が押し寄せる冷ややかな日だった。
横薙ぎの風がカラカラと枯れ葉を飛ばしながら、身体の熱を根こそぎ奪っていく。
いよいよ冬も本番といった感じだ。
人は寒くなるとなぜ寂しい気持ちを感じてしまうのか。
人という生き物が、いや、生き物自体が常にどこかに温かみを求めながら生きてしまうものだからなのだろうか。
恋。
その言葉がふと脳裏に過る。
僕は自分自身恋というものを経験したことがない。
一人の人に対して特別な感情を持つ程興味を持ったことがないのだ。
周りの人の行動や発する言葉に興味を持ったとしてもそれは結局不特定多数。
そうでないと色々な考え方を持つ多くの人物を書ききることが難しくなるとも思えるしな。
僕の心は常に小説と共にある。
僕がもし恋という感情を抱くとするならば、それはきっと物語に対してだ。
「……ちくん。城之内くんてば~」
「……はあ」
気づけばいつかのように、隣に宝条がいた。
彼女は冬服であるブレザーに身を包み、少し大きな袖口から指だけ覗かせた手のひらを口の前に持ってきて囁くように僕の名前を繰り返し呼んでいた。
というかもうちょっと普通に出来ないのか。
自身の内で思考を巡らせる僕の邪魔をいつもしてくる宝条に対し、僕は自然とため息が漏れてしまう。
「何よ、無視するかと思えば大げさにため息ついて。失礼すぎない?」
「……」
面倒くさすぎてあしらいたい気持ちはあれど、僕はしばし沈黙してしまう。
以前も思ったように事が運べなかったと記憶している。
こいつは見た目は平凡だが以外と僕の熾烈な言葉にも何ら動じることもなく会話を続けてくるのだ。
「え? また無視するの?」
そんな事を考えているとまた無視されたと思ったらしい。腰に手を当て何故か胸を張って僕を直視してきた。
「僕は君の相手をする程暇じゃないんでね」
「……」
そう言うと彼女は急に沈黙した。
そのまま黙って僕を見たままじーっとこっちを見つめてくる。
思い切り胸を張っているので厚着しているとはいえブレザーが彼女の体の女性の部分に強く押し上げられているように感じる。
「……?」
「……」
「何なんだよ、急に押し黙って」
僕はカチンときて彼女を睨み付けた。
何ならちょっと胸ぐらでも掴んでやろうかと思った矢先、彼女はふうと短く息を吐き、やんわりと微笑を作った。
「いや、相手をしてくれなさそうだったからちょっと黙ってみちゃった」
そうして破顔した彼女に僕は胸がもやりとした。
途端にむしゃくしゃして、イラついた。
「……じゃあそれは向こうでやってくれ。邪魔なんだよ」
「あのさ、城之内くんて小説書いてんだよね?」
邪魔だと冷たくあしらおうとする僕を何も気にすることはなく、宝条は顔を僕へと近づけてくる。
何故かニコニコと笑顔で、一体どういうつもりなのか。何ともやりにくい。
「僕が物書きだということは以前も言ったはずだよ。だから僕の時間を奪わないでく……」
「それ読みたいっ」
「っ!?」
僕の言葉を遮り、急に突拍子もないことを言う。
それに何でこんなにこいつは嬉しそうなんだ?
無視しても話し続けるし、思った以上に訳がわからないやつだ。
平凡と言ったのは撤回しよう。
コイツは絡みづらい。面倒くささではかなり非凡な女だと認めてやる。
「私が嫌いでも読者は選ぶものじゃないよね? 読む権利は誰にも平等にあるはずだもんね?」
「いや……しかし……」
「じゃあ明日持ってきてねーっ!」
言葉に詰まる僕を残し、宝条はさっさと自分の席へと戻っていってしまう。
なんて面倒くさい奴だ!
散々僕の邪魔をしておいて、言い度胸だ。
絶対に僕の作品など持ってこないからな!
それに未だ誰かに自分の作品を読んでもらうなどしたことがない。
僕の作品が面白くないわけはないが、よりにもよって対して仲良くもなく、平凡な感想しか抱かなそうな宝条に、僕の初めての経験を与えるなど。そんな事があってなるものかっ!
ふんっ!
絶対持ってこないからな!
明日きっぱり断って、もう二度と僕に話しかけないようにズタズタにあいつの心を引き裂いてやるっ!
そう思った時、僕の脳裏にはさっきの宝条の嬉しそうな笑顔が浮かんだのだ。
なんだこれは。意味不明だな。
それに、ブサイクだ。全然僕の好みじゃない。
まあいい。しょうもないことに時間を使ってしまった。
早く小説を書こう。……いや、こんな状態で小説を書くよりは……今日はインプットに時間を割くか。
くそっ……宝条め……。
僕はイライラしながら鞄の中の文庫本に手を伸ばす。
パラパラとページをめくりながら、文字の羅列をつらつらと目で追っていくのだった。