柿ではなく石
翌朝出発するときにどうしても何かお礼の品を渡したいと言われたのでワインを貰った。ウェンディもヘスティアも美味しいと言ってたからだ。何か別の特別なワインをくれそうになったけど、昨日飲んだのがいいと言って樽ごといくつかもらったのであった。
「では、娘さんに良い人が見付かるようにお祈りしてます」
と、もう嫁にくれようとしないでねと願いを込めて出発する。馬車も断ってぬーちゃんで駆けていったのであった。
ー後日リットン家ー
「なに?あの祝いをくれた当主が原因不明の病で倒れているだと?」
「はい、それにあの者は派閥の手先として色々と工作をしていたようでございます」
「呪いの内容はわかったのか?」
「恐らく呪いの内容は・・・」
それから数ヶ月後。
「おめでたですって」
「おぉ、あれからずっと子が授からなかったのに」
呪いは奥さんも娘も子が出来なくなるという非常にわかりにくいものであった。派閥へ引き込む為に娘の婿にリットン家を乗っ取らせるのもよし、このまま誰とも結婚せずにお家が途絶えるのもよしという仕掛けだったのだ。リットン家は辺境伯とも呼ばれ、ボッケーノとのいさかいごとが発生したときに防衛の要となる重要な領地。その分、中央への発言力もあり2代派閥はどちらもリットン家を欲していた。リットン家は中立派を保っおり、リットン家が派閥に入ることで優位に立てるのだ。
「あなた。セイ様は本当に神様の使いだったのかもしれませんね」
「ああ。火の神様と風の神様に感謝せねばな」
お腹の赤ちゃんはすくすくと育ち、男の子が生まれた。その後も子供が出来き、一人娘は大きな商人の息子と恋愛して幸せな結婚をしていくことになるのはまだ先の話。
ー領主街のギルドー
「縁談は無事に断れて報酬でワイン貰ったよ」
「領主の座よりワインか?」
「なんか美味しいらしくてね。皆は酒の方がいいかなって」
「まぁ、顔を立ててくれてありがとうよ」
「じゃ、ドラゴン狩りが終わったらまた来るよ。奥さんと子供にも宜しくね」
そう言い残してセイはボッケーノ王都、ビビデ達の所へと去っていったのであった。
「お待たせ。宝石店に行ってくるから、ちょっと待ってて。品物を受け取ったら出発しよう」
「なら、飲んで待ってるぜ。ビビデ、出掛ける前だからワインにするぞ」
リットン家から貰ったワインで飲み始めサカキ。ウェンディとヘスティア、クラマも参加した。
「セイ様。お待ちしておりました。どうぞこちらの品を」
リーゼロイ家に渡す宝石は綺麗なケースに鑑定書と共に入れてくれてある。ウェンディの髪飾りはカチューシャタイプだった。付け方を教えてもらって礼を言う。
「姫様はセイ様とお会いになられるのを諦めておられないようです」
「そうなの?まぁ、しばらくボッケーノには顔を出さないから問題ないかな?ここにもしばらく来ないから」
「はい。お預かりしております貴金属と宝石はお任せ下さいませ」
「うん、もし姫様に嫌がらせされるようなら記録しといて。ヘスティアにバチ当ててもらうから。じゃ、またねー」
ギルドは面倒臭い事に巻き込まれる臭いがプンプンしているので街中も歩かずそのままぬーちゃんに乗ってビビデ達の所へ。
おいっ
そんなに時間が経って無いのにワインがもう一樽空になっていた。
タマモに出てきてもらってビビデ達を乗せてもらいいざ温泉へ。ようやく温泉とカニ鍋の夢が叶うのだ。
「えっびまよまよ♪」
「何よその歌?」
「いや、これじゃないな。ぴーちぴっちカニ料理♪」
「変なの」
変なの代表ウェンディにそう言われながら温泉地へ向かう。何度か来た所ではなく別の場所だ。
「何ここ?地獄?」
荒々しい岩場からあちこち湯気が上がっている。冬だというのに全然寒くないし、プシーっと湯気が定期的に吹き出して来るのだ。毒とか出てないよね?
「ここが一番色々と湧いてんだ」
違う。俺のイメージでは雪景色の中にある温泉なのだ。寒ぅっと言いながら温泉に浸かって暖を取り、月明かりで照らされた雪を楽しむ。そんなイメージなのだ。
プシーっ
「熱っつ」
予期せぬ方向から湯気が吹き出す。
「ヘスティア、もっとこう、雪景色の温泉とかないのかよ?」
こんなに暖かくては真冬に温泉に来た意味がない。
「うっせぇな。ここでいいだろ?」
サカキ達はもう飲む準備を初めている。
「ヘスティアってば、違う場所ないのかよ」
「だったら、ここに飽きたら他に連れてってやるよっ」
なら今連れてって欲しい。
すでにサカキ達が地獄で酒盛りをしているように見えているのだ。ここの雰囲気にサカキが馴染みすぎている。
「ここ、寝転べる所もないじゃんかよ」
「うるせえなまったく。ほらよ」
ヘスティアが近く岩を熱で焼きやがった。ドロっと溶けて平になっていくトゲトゲしい岩場。
バッシューーっ
「熱っつうぅ」
ヘスティアの熱に誘発された湯気がもろに掛かった。ワイバーン装備じゃなかったらヤバかったぞ今の。隙間から入ってきた水蒸気までは防げなかったので裾近くとかヒリヒリする。
ブツブツ文句を言ってると
「セイよ、ここは面白い料理が作れそうじゃの」
砂婆が出てきてそういう。
「何作ってくれんの?」
「地獄蒸しじゃ。ここなら鍋よりもそっちの方がいいじゃろ」
ということで、根菜に豚バラを乗せた蒸し焼き、温泉タマゴ、蒸しカニとか作ってくれる。まぁ、これはこれで旨い。塩胡椒でもいいし、ポン酢でも旨い。カニも甘みがそのまま残ってて、もしかしたらこれがカニの一番旨い食べ方かもしれん。が、違うのだ。俺が求めていたものは違うのだ。
砂婆が悪いわけではないけど。
皆は酒で盛り上がってるので、一人で風呂に入ることに。湧いてる温泉をいくつも回って温度をたしかめる。しかしどれもクソ熱いのだ。しばらく探し回って岩場の下に川と合流できそうな所を発見。ここなら行けるかも。
岩場を下の河原まで降りてせっせと川そばのクソ熱い温泉に川の水が流れ込むように石を並べていく。サカキにやってもらったらすぐなのに自分でやると重労働だ。
お湯の温度を確かめながら作業を続けるセイ。これでなんとか入れそうだなといそいそと服を脱ぎだしたら、
「わたしが先ね」
「はぁ?何言ってくれてんだテメーはっ」
「セイは泉のお風呂は先に入ったじゃないっ」
「それはそれ、これはこれだ。ようやく浸かれる温度にしたんだぞっ」
「だから私もはいるんじゃない」
「俺の後に入れっ。俺が先だ」
ここは負けてはいけない。ようやく入れるようになったのだ。先に服を脱いでやる。
「わたしが先に入るって言ってんのになんで脱ぐのよーーっ」
「へっへーん。悔しかったら俺より先に脱いで入ればいいだろ」
「キィーーーっ」
「なっ、何脱ぎだしてんだお前はーーっ」
「先に脱いだ方の勝ちでしょーーっ」
「そんな問題じゃねーっ」
薄暗くなってるとはいえ、何俺の前で脱ごうとしてんだお前は?
セイはウェンディを無視してさっさと脱いで風呂に入る事に。どうせブーツを一人で脱ぐのに死ぬほど時間掛かるからな。
段差を降りて川辺りの温泉に入る。こっちからは冷たい水が、後ろからは熱い湯が出てくる。常に混ぜながらふぅっと息を付いて流れる川を見た。これはこれで有りだな。
「キィーーーっ 脱げないっっ」
どうやらブーツが上手く脱げずにイラつき始めたようだ。今更脱げた所で俺が入ってんのに無駄なあがきをしてやがる。
しょうがない。せっかく買った水筒に水も入れてないし、もうちょっと浸かったらかわってやるか。
と思ってると
ジャボン ジャボンっ
「なっ、何してくれてんだテメーはっ」
半泣きになって上から石を投げてくるウェンディ。
「早く出なさいよーーっ」
「だからと言って石投げんなっ」
さるかに合戦の猿かお前はっ。柿投げるよりタチが悪いわ。
ムカつくので川からの流れ込みを止めてから出てやった。
「もう出るからあっち向いてろ」
段差を登って身体を拭いて着替える。後でもう一度ゆっくり入ろ。
「ほら、足だせ」
ブスッとむくれるウェンディは岩に腰掛けて足をあげる。
「ほら、脱げたぞ。いいか、ジャボンといきなり浸かるなよ」
一応忠告はしておいてやる。
「見ないでよねっ」
「前か背中かわからんような奴を覗くか」
いらぬ事を言ったセイは石を頭にぶつけられた。
そして下に降りていったウェンディ。
「熱っづううぅぅぅっ」
だからいきなり浸かるなと言ってやったのだ。大火傷でもないだろうから自分で治癒しろ。
着るのは自分で出来るだろうからそのまま放置して皆の所に戻った。
「セイー、何してたのー?」
「悪い猿を懲らしめてた」
それをふーんと聞いたぬーちゃんだった。