年越し
「あーはっはっはっ」
グリンディルがバーサーカーのようになっている。ズドドドドドっとゴブリンなんか水の機関銃みたいなので皆殺しだ。
「カイッ カン ・・・」
ごめん、似合ってないわそのセリフ。
ぎぬろっ
ごめんなさい。
「おいグリンディル、こいつの試し斬りさせてくれんじゃねーのかよ?」
「あー、そうだったそうだった。随分と攻撃魔法使ったの久しぶりだったからね。はい交代」
そう言って戻ってきたグリンディル。なんか少し痩せたような気がする。
ギルマスはゴブリンやオークを一刀両断していく。パワフルな剣だ。
「なんだこの剣はっ。うわはははっ」
あー、似た者夫婦だ。ギルマスもメラウスの剣の斬れ味が楽しいみたいでバーサーカー化している。しかし、これで現役引退しているのか。メラウスの剣を使ってるとはいえバンパイアから救出したAランクの奴らよりずっと強そうだ。
「グリンディルさん、ギルマスってあんなに強かったの?」
「そうだねぇ。現役の時に比べるとさすがにスピードは落ちてるけど力強さは変わっちゃいないね」
「まだ現役でやれそうじゃん」
「かもね。でもアネモスの冒険者達はあんまり強くはないだろ?」
「あまり知らないけどボッケーノの冒険者がそう言ってたね」
「ここはこまめに浄化されてた国だから魔物も弱い。だから冒険者も育たない。それを心配したマモンはそいつらを育てるのにギルマスになったのさ」
「親心みたいなやつ?」
「そうだろうね。冒険者をやってりゃ知り合いが死ぬのは当たり前。パーティーメンバーが死んで入れ替わるのも当たり前なのさ。それを少しでも減らしたいんじゃないかね」
「そうなんだ」
「この国の奴らって馬鹿だろ?」
「何が?」
「神を捨てたことだよ。恐らくどこの国よりも魔物浄化の恩恵を受けてた国だよここは。魔物が少なく弱いのが当たり前に思ってる大馬鹿者ばっかりさ」
「アクアはどうなの?」
「パーパスは雨で浄化するんだけど、その力は弱いから降らせ続けないとダメでね」
「雨が降り続けるのか・・・」
「どうなるかわかるだろ?そしたら雨をやませてくれと人々のお祈りが始まるんだよ。そしたらあのウジ神がウジウジジトジトしてブツブツ言って雨を全く降らさなくなる」
ウジ神って・・・
「ずっと降らさないから今度は干ばつさ。そしたら今度は雨乞いが始まってとかそれの繰り返しだよ」
「雨は浄化能力が弱いの?」
「そう。例えばウェンディは暴風一発でドカンと浄化出来る。ヘスティア様も灼熱で一発さ」
ウェンディは呼び捨て・・・。まぁ今は神じゃないからな。
「大地は?」
「あれはあれでえげつなくてね。何もかも一撃だよ」
それ以上は自分で見ておいでと言われた。
「こんな話はギルマスにしたことある?」
「ある訳ないだろ、どうしてそんなことを知ってるんだとなっちゃうじゃないか」
「それもそうだね」
「こうやって包隠さず話せる人がいるっていいもんだねぇ」
「そうだね。また色々と教えて。そろそろギルマスの体力切れそうだから」
「本当だ。情けないね全く。ほらっ、マモン。しっかりしなっ」
グリンディルはギルマスのそばに走っていき、少々息切れした所を援護に回ったというかまた水機関銃をぶっ放していた。
「セイー、ひまー」
「肉を拾いにいこうか?」
と、セイはぬーちゃんと豚肉拾いに徹したのだった。
物凄くスッキリした顔で戻ってきたグリンディル。というかあんた誰?
「か、かあちゃん。その姿・・・」
「何に驚いてんの?アンタがあたしを家に閉じ込めておくからあんなんになってたの。それをオーク呼ばわりしたくせにっ」
脱げる脱げる脱げるっ。
オーガ島の木々がボロボロになるぐらいに死ぬほど魔法をぶっ放してきたグリンディル。
あの体型はどこへやら。物凄く痩せて服が脱げそうになっているのだ。
これでも現役時代よりかは太めだそうだが、まだグリンディルと言われても信用出来ないくらいの変貌だ。
「見るなっ!セイっ、グリンディルを見るなっ」
脱げかけた服を押さえるギルマス。慌てて後ろを向くセイ。
「おい、誰か。見てるならこの人に合う服を持ってききてくれ」
「ハイハイ〜。これでいいかにゃ?」
「お、マダラ。サンキューな。悪いけどこれを着せてやってくれない。俺には着物の着付けなんて無理だから」
マダラは猫又の妖怪だ。
「お任せ〜」
マダラは器用にグリンディルに着物を着せた。この着物はタマモの物らしい。
「出来上がり〜にゃ」
「お前、こんなの出来たんだな」
「昔は皆これだったからねー」
「そっかありがとうな。海坊主が魚をたくさん取ってきてるだろ?食ってるか?」
「もちろん。今度イワシとかもお願いにゃ」
と用事が済むと帰っていった。
「この服はなにかしら?」
「タマモの服だよ。似合ってるよ」
「へぇ。動きにくいけど素敵ね」
すっかり痩せたグリンディルの着物姿にギルマスはデレていた。
皆の元に戻ると順番に年越しそばを食べている。
「あら、似合ってるじゃないか」
タマモは自分の着物をグリンディルが着ていても怒りもせずに褒めた。それより痩せた事に驚きもしないのに驚く。
「溜め込んでた力を使ったようだね」
「あんた解ってたの?」
「まぁ、色々と見てきたからねぇ」
「ふふ、勝手に服借りて悪かったわね」
「あんたに似合ってるからあげるさね。後で着付けの仕方教えてやるよ」
「そう?じゃあ遠慮なく」
「おっ、グリンディルじゃねーかよ。ほら飲むぞっ」
「おぅ、付き合ってやろうじゃないの」
サカキや鬼達の飲みに参加したグリンディル。サカキも痩せたのに驚いてはいない。タマモの話ぶりからすると、あれは太っていたのではなく、魔力過多というような状態だったのかもしれない。気付いていなかったのは人間だけなのか。
と、思ったらウェンディはめっちゃ驚いていた。くそっ、俺はウェンディと同類だったのか・・・
海坊主が大量の魚を持ってくると人魚達もやって来た。
「何が始まるわけ?」
「年越しだよ。今年は今日で終わり。それを振り替えって新年を迎えるんだ。そば食べるか?」
人魚達は麺類を食べるのが苦手のようで苦戦する。ウェンディも下手くそだ。フォークだとそばを巻いてツユに浸けた時に取れてしまうのだ。
「キィーーーっ」
マーメイ、ウェンディみたいになってんぞ。
小さなお椀を里から持って来て貰ってわんこそばスタイルにしてやる。若い人魚達も同じように食べる。あれ?なんか見たことがある風景だぞ?
なんだっけな?
あっ。
おもちゃの魚釣りだ。ぐるぐる回ってパカッと口を開けた時に磁石で釣るやつ。
人魚達は口が大きく開く。お椀を持ってパカッというのがあのおもちゃとそっくりなのだ。釣れるかな?
「また失礼な事を考えてたわけ?」
バレた。
「い、いや。天ぷら食うか?」
一人では人魚達のそばを食うスピードに間に合わないので式神を出して皆にワンコそばしながら天ぷらを順番に食べさせてやる。俺は調教師になれるかもしれん。
いつの間にかウェンディまで並んでるし。
一段落付いた所で鴨そばを食うことに。
「なんでお前のだけ匂いが違うんだよ?上手そうな匂いしてるじゃねーか?」
「お前、向こうで食ってただろうが」
特別に鴨そばにしてもらってたらヘスティアが嗅ぎつけてきた。
「欲しいの?」
「うん」
もう、せっかく落ち着いて食えると思ったのに。
砂婆に言って鴨出汁を追加で貰ってワンコそばスタイルに。ヘスティアも箸を使えないからな。
「へぇ、鳥が入ってるのもあるんですね」
リタ参戦。結局ウェンディもやってきてほとんど食われてしまった。まぁ、天ざるでいいやと思ったらウェンディに天ぷらをヒョイパクされる。
「向こうにあるだろうが。なんで俺のを食うんだよ」
「こっちの方が美味しそうだからに決まってるでしょ」
「同じだよっ」
結局持ってきても食われてしまうのでカケザルソバになってしまった。
この世界はこたつに入ってテレビを見ながら年越しって事はなく、飲んで騒いでの年越しだ。まぁこんなのも悪くはないな。
セイはこの一年を振り返る。高校卒業して祓い屋の開業準備。一応会社みたいな形を取らないとダメだったから大変だったな。知らないことばかりだったから色々と調べていざスタートって時にウェンディがやって来た。
あれから半年。あっと言う間というか、まだ半年しか経ってないのに随分と仲間や知り合いが増えた。タマモ達が言うようにこの世界の方が俺には向いているのだろう。
そしてこの半年の間で人が自分を見る目を気にしなくなっているのに気付くセイ。
「どうしたんだい?ボーッとして」
「いや、この1年というか半年で色々とあったなと思ってね」
皆を眺めてボーッとしていた所にタマモが話しかけてきた。
「そうだね。あたしも長い間存在してきてここまで目まぐるしく何かあったのは初めてだよ」
「タマモでもそうなんだ」
「あぁ、ここの世界は風習や文化どころか理が違うからね。ここはあたし達やセイ向きの世界さね」
「そうかもしれないね」
「まだ帰りたいのかい?」
「一度はね。でも戻ったらもうこっちに戻れないかもしれないから複雑だよ」
「そうかい。ま、どっちを選ぶにしろあたし達はずっと付いてやるさね」
「ありがとうね。タマモ達はさ、俺が死んだらどうすんの?」
そう言うととても悲しい顔をするタマモ。
「確かに人の命は短いもんさ。でも今の歳からそんな事を気にするんじゃないよ」
そう言ってギュッと抱きしめたタマモ。ちょっと悪かったな。タマモはこれまでにも気に入った人間がいたかもしれない。それを全部見送ってきてるだろうからな。
チラッとその様子を見ていた人達からやっぱりと、マザコン認定されていた。