時は年末
「随分と遅かったねぇ」
バビデの所に行くとウェンディは酔い潰れていた。ヘスティアも俺の背中で寝ている。
「明日の朝出発して帰るけどタマモ達は朝まで飲むの?」
「あったりめぇだ」
「そうじゃそうじゃ。ガッハッハ」
飲み続けているのはいいけど、こんなに長時間何を話してるんだろうか?
「あたしはセイと宿に泊まるさね」
ということで宿屋に移動することにしたけど、ウェンディをどうするか?ヘスティアも嬉しそうに寝ているから起こすのも忍びないな。と思案していると、
「しょうがないね。ウェンディはわたしが連れてってやろうかね」
ドロンと九尾の妖狐に戻ったタマモはウェンディをひょいと咥えた。背中に乗せるのかと思ったらそのまま咥えて飛んで行った。雑な扱いされてんな神様見習い。
俺達もタマモの後を追って宿へと向かった。
「い、今のはなんじゃ?」
「ありゃタマモだ。アレが本来の姿だからな。あいつも強ぇから下手に手を出すなよ」
「これは驚きじゃ。魔物みたいな姿じゃがなんと美しい・・・」
「お前ら珍しいな。元の世界じゃタマモのあの姿を見ると震える上がる奴の方が多かったのによ」
「何を言うかっ。あの美しい姿はまるで神の使いのようではないか」
「タマモが神の使いねぇ・・・。所変わればって奴か。ガーハッハッハ」
サカキもこの世界に来て元の姿ではないとはいえ、見ただけで震え上がられるような事は無い。それにこうして酒を一緒に楽しめる人間がいるのは心地良いもんだなと思っていた。
宿に戻ると部屋は一つしか借りてないらしい。追加で借りようとしたら満室とのこと。年末なのでどこも混み合っているようだ。
「タマモはヒョウタンに帰るとして、ウェンディとヘスティアがベッドだな。ぬーちゃん、ここに残って一緒に寝てくれる?」
「たまにはあたしも一緒に寝ようかね。セイが間違い起こしちゃいけないからね」
「誰が間違いを犯すんだよ?」
「まぁ、あんたも歳頃になってんだ。何があってもおかしくない歳さね」
そう言ってクスクスと笑うタマモ。そしてぬーちゃんにもぐりこむとタマモも元の姿に戻って挟んでくれた。なんだ、寒くないようにとの心配りか。
ぬーちゃんのフワフワ、タマモのすべすべ毛並みに挟まれて熟睡したセイ。
夜明け前に重くて目が覚めるとウェンディとヘスティアがセイの上に乗っていた。
コイツら無意識なのか知ってて乗って来るのかどっちだろう?ヘスティアだけなら重くないので、この重みはウェンディだけなのだが。
「ヨイショッと」
ウェンディとヘスティアを抱き上げてベッドに寝かせる。
「しょうがない娘達だねまったく」
「いつものことだけどね」
「セイ、もうすぐ年末年始だけどどうするんだい?」
「どうするって?」
「正月はするのかい?」
「あー、そういうこと。餅つきくらいはやろうか」
「なら、オーガ島でやってやりな。鬼共も餅食いたいんじゃないかね?」
なるほど。あそこなら入江で人魚達も来れるしな。うちの屋敷の前の岩場は寒そうだし。
「ギルマスと奥さんも誘ってみる?」
「そうだね。リタも呼んでやりな。結婚式前に一度オーガ島も見ておいた方がいいさね」
ギルマスと奥さんもヒョウエ達に招待してくれるか聞いてみるか。なんか賑やかな正月になりそうだ。
ウェンディとヘスティアを叩き起こしてバビデの所でサカキをピックアップ。ビビデ達にまた来ると言って帰ったのであった。
オーガ島によりギルマス達の招待もOKをもらったのでギルドに直行。
「あっ、セイさん」
「リタ、ギルマスと一緒に話があるんだけど昼飯でも食いに外に出られる?」
と、少し離れた飯屋に来てもらうことにした。
メニューは定番のシチューとパンだ。どこのも結構旨い。
食い始めるとギルマスとリタがやって来た。
「なんだ話って?」
二人共シチューとパンを頼む。
「仕事の話じゃないから外の方がいいかなって思っただけ」
「またバーベキューでもすんのか?」
「いや、年越しと正月、それと結婚式なんだけどね、リタは結婚式で祝の舞を踊ってもらうことにしてるんだ」
「そんなのするのか?」
「えへへへ、タマモさんに教えて貰いました」
「で、ギルマス夫妻も結婚式に来てよ」
「俺達がか?」
「そう。ヒョウエという鬼とリーゼロイ家の娘さんの結婚式でね、リーゼロイ家の両親も来るんだよ。でも人間が少なくってさ」
「あー、前の極秘依頼のやつか」
「そうそう。で、当日いきなり顔合わせってのもなんだから、年越しと正月を兼ねてオーガ島でやろうかと思ってるんだよ」
「正月ってなんだ?」
「俺のいた国の風習だよ。新年を祝う祭りみたいなもんだ」
「行きますっ」
リタ即答。
「うちはかあちゃんに聞いてみないと・・・」
「なら大丈夫だね。31日の昼にうちに来て」
タマモ調べでは31日と1日はどこも休業になるらしい。ギルドも閉めるそうだ。
これで決まりとなり、オーガ島で船を借りることに。船は結構大きいが帆はなくて手漕ぎだ。船の横から何本も櫂がでている。鬼たちが漕いだらスピードが出るのかもしれない。
櫂をすべて中にしまいクラマに風を出してもらって屋敷に戻った。
砂婆に正月の事を伝えるとおせちの準備はしてくれていたようだ。年越しそばも打たねばならんと張り切りだした。
問題は雑煮だ。クラマ達は味噌雑煮希望。俺はすまし汁仕立て。鶏ガラ、昆布、カツオのスープだ。あとは餅があればそれでいい。
どちらも譲らなかったので結局両方となった。蕎麦は鴨ザルを希望しておいたが恐らく天ぷらも付けてくれるだろう。
「鬼達も食うなら鶏肉が足らんかもしれんのう」
アイツらめっちゃ食うからな。
ということでコカトリス探し。さすがに暖かったアネモスもすっかり冬で寒い。冷え込むと魔物の種類が変わるらしく、コカトリスが見当たらない。
「ダンジョンにお願いしてみようか?」
ゴブリンはいつでもいるのだが殺すと魔石に変わってしまう。檻もないからユキメに手伝ってもらうか。
「おーい、ユキ・・・」
「気っ持ちいい季節ーっ!」
出てくるの早いよ。
「ユキメ、あれ凍らせて」
ヒュオーーー
流石だな。バンバン凍り付いていく。凍ったゴブリンをひょひょいとヒョウタンにしまってくれるぬーちゃん。ゴブリンが大漁だ。
「ユキメ、ありがとうな」
「もーっ、また都合のいい女扱いするっ」
「今度、ヒョウエの結婚式用にいいもの用意してあるから」
「ふふふっ。本当ね?」
と言うと帰っていった。申し訳ないけどユキメが来ると底冷えするんだよな。
コカトリスの出るダンジョンのゴミ捨て用の口にこっそりと行く。
未調査ダンジョンから情報が伝わっているのか口を閉じないダンジョン。
「これとコカトリスの肉を交換してくんない?」
と、大量のゴブリンの凍り漬けをぽいぽいと出していくとすぐさま吸収を始める。
ドサドサドサドサドサドサ
「もういい、もういいから」
食わせたゴブリンと同じぐらいの量の鶏肉を出してくるダンジョン。等価交換かもしれんがゴブリンなんて栄養なさそうなのに。
鶏肉をヒョウタンに入れて見付からないうちにダンジョンを去った。ついでに黒豚と角有りを狩りにいくといつもよりずっと数が少なかった。冬は狩りに向いてないのかも。
肉類は砂婆に好きに使ってくれと言っておいた。
そして大晦日。
「よう、かあちゃんも連れて来たぜ」
「セイ、少しぶりね」
少しぶり?初めて聞いたぞその言葉。
「グリンディルさんもお元気そうで」
本当に元気そうだ。ますますオー・・・
ぎぬろと睨まれたので口を慎む。
リタも来たので出発する。
「速ーい」
リタはこういうのを怖がらない。ギルマスはふぬぬぬぬと船べりを掴んで耐えている。グリンディルは肝っ玉が座ってるな。それにとても安定性に優れた身体・・・
ぎぬろっ
程なくしてオーガ島の入江に入る。
「こんな入り口があるのか・・・」
「普通は気づかないよね。砂浜に上陸すると魔物が襲ってくるよ」
到着したら砂婆が海坊主を呼んで色々と魚のリクエストを出していた。正月用の魚だろう。
ギルマス達をヒョウエ達に紹介する。
「お前達が鬼と呼ばれる者達か」
「そうだ。よく来てくれたな。セイの仲間は俺達の仲間だ。人間から見たら俺達は化け物かもしれんが誰も襲わんから安心してくれ」
「いや、そんな風には思ってはおらん。まさかオーガ島の山の中がこんなふうになっていたのかと驚いたんだ。お前達はサカキみたいだから怖くはないぞ」
「なら良かった。何もないところだがゆっくりしていってくれ」
「おくつろぎくださいませね」
「あぁ、ありがとう。鬼のお嬢さん」
それはラームだ。
「セイ、あんたマモンにいい剣くれたんだってね」
「お土産にちょうどいいかなって」
「この島のは魔物が多いんだろ?」
「ここにはいないけど、森の方に行くとたくさんいるよ」
「マモン、狩りに行くわよ」
「え?」
「あんたもその剣試したいだろ?」
グリンディルは初めからそのつもりだったのか。どおりで冒険者ルックな訳だ。
結局、ぬーちゃんと俺、ギルマスとグリンディルで魔物狩りに島の森へ行くことになってしまったのであった。