掃除の依頼はダミー
「しょぼい依頼ばっかりね」
そうそう高額依頼なんて物は出てるもんじゃいんだな。
「だな。これなんてどうだ?お前にピッタリじゃないか。それに割もいいし」
「えー、どれどれ。何よこれ?」
【別荘の砂埃を綺麗にする。報酬銀貨10枚】
「掃除じゃないっ」
「風でパッパとやればいいだろ?今日の飯代と宿代稼がないとダメなんだよっ」
「なんでそんなにお金が無いのよっ。この甲斐性なしっ」
「お前のせいだろうがっ」
ギルドの依頼掲示板の前でギャーギャー言い合うセイとウェンディ。
「朝からお元気ですね。討伐系で割の良い依頼はもう先に取られちゃいましたよ」
声を掛けて来たのは受付嬢のリタだ。
「ほら、あんたがグズグズしてるからっ」
「お前がなかなか起きなかったんだろうがっ」
サカキ達はひょうたんの中でお休み中だ。掃除程度なら呼ぶ必要もないし、場所は街中だから移動にぬーちゃんを呼ぶ必要もない。
「それ受けてくれます?」
「リタ、これ場所は近い?」
「街外れですけどここからは近いですよ。でも・・・」
「でも?」
「そこ出るって噂なんですよ。だから誰も受けてくれなくて」
「出るって魔物が?」
「幽霊ですよ、幽霊」
「幽霊?」
「はい。夜な夜な女の人の声が聞こえて来たり、近付くと目に見えない何かに触られたりとか・・・」
「幽霊か・・・」
「やっぱり嫌ですよね。アンデットなら他の冒険者達でも討伐依頼受けてくれる人がいるんですけど違うみたいなんです」
「アンデット?」
「はい。死体やガイコツの魔物です」
「幽霊とは違うの?」
「幽霊は見えないし呪われたりするそうです。神官さん達がいればいいんですけど今この国には力のある神官さんがいなくて」
どうやら信仰心が無くなったこの国から大半の神官達は出ていってしまったらしい。これもウェンディが降格した弊害か。
この依頼を受ける事にしたセイはぶーたれるウェンディを引き連れてまずはこの別荘の持ち主の所で話を聞いてみることに。
「はぁ、でっかい家だなここ」
持ち主は貴族らしくとても立派な屋敷に住んでいた。
「どうぞこちらへ」
門番に依頼の話を聞きに来たことを伝えると執事に応接室に案内された。
「ねぇ、城が無理ならここれぐらいの屋敷借りてよ」
「アホかっ。こんな貴族が住むような屋敷なんて借りれる訳ないだろうがっ」
「ケチっ。この甲斐性無しっ」
「うるさいっ。この貧乏神がっ」
「誰が貧乏神なのよーーっ」
応接室で大声で叫ぶウェンディ。
「なんだ騒々しいっ。依頼を受けたのはおまえらか?」
応接室に入って来た男は横柄にそう言った。屋敷の主人ではなく依頼を出したのはこの筆頭家来らしい。
「自分はセイと申します。こっちはウェンディ」
「ウェンディ?疫病神と同じ名前とはな。不吉な奴らだ」
フンッとそう言い放った筆頭家来。
「誰が疫病神なのよっ」
「バカっ。やめろっ」
風を出そうとしたウェンディにチョップして止める。こんな高級そうな部屋をめちゃくちゃにしたらどれだけの借金を背負わされるかわかったもんじゃない。貧乏神パワーハンパねぇな。
「で、ランクは?」
「Cです」
「そこそこか。で、何を聞きたい?」
「幽霊が出ると聞いたのですが心あたりはありますか?」
「知らんな」
「でも誰も依頼を受けないから掃除ごときで結構な金額で依頼をされているのですよね?それに使用人もたくさんおられるようですけど何も無ければギルドに依頼される必要がないのでは?」
「ちっ、小賢しい奴だ。なんだ、依頼料の上乗せをしほしいのか?」
「上乗せというか、もし本当に幽霊が出るなら退治したら別報酬もらえますか?」
「お前、神官の術が使えるのか?」
「まぁ、ちょっと違いますけどね。本当に幽霊なら大丈夫じゃないですかね。幽霊でなくて怨霊ならちょっと厄介ですけど」
「ん?幽霊に種類があるというのか?」
「そうです。単に自分が死んだ事に気付いて無い、強い未練がある。こういう者達が幽霊になるんですけど、中には強い恨みを持った幽霊がいましてね、それを怨霊といいます」
「強い恨み?」
「はい。それを強制的に祓うと恨みの対象人物にその念が残ってしまったりするものでね。予め恨みの念に取り憑かれないように予防しておく必要があるんですよ」
「今までの神官はそのような事を言ってなかったぞ」
「まぁ、知らない人の方が多いでしょうね」
「お前はそういった物に詳しいのだな?」
「一応冒険者になる前は家業でしたので」
「・・・わかった。今からの事は他言は無用だ。もし秘密を漏らしたら引っ捕らえるからな」
「はい、こういった依頼は秘密厳守なのは当然です」
そう言うとこの屋敷の主の元に連れて行かれたセイ。
「ご主人様、依頼を受けた者を連れて参りました」
「なぜ連れて来た?」
「この者は何やらこういった事象に詳しいようでしたので」
ドアの外から主人と呼ばれた人と話す筆頭家来。
「まぁ良い。入れ」
と部屋に案内されると顔に霊障の出ている男がベッドに寝ていた。
「はじめまして。冒険者のセイと申します」
「冒険者だと?神官でも医者でもないのか?」
「はい。神官ではありませんが家業が祓い屋でして」
「祓い屋?」
「怪異と呼ばれる事象を解決する仕事です。その顔に出ているのは霊障です。別荘の怨霊を中途半端になんとかしようとしたのが原因でしょうね」
「なんじゃと?」
「よほど強い恨みを持たれていたようで。何か心当たりはございませんか?」
「別荘でワシに強い恨み・・・・。おい、貴様たち席を外せ」
「はっ」
筆頭家来達を部屋から出した主人。
「これは恨みが原因か?」
「そうです。このままでは恨みの念に飲まれて命を落とします」
「そうか・・・、あいつはやはりワシを恨んでおったのじゃな」
やはり心当たりがあるようだ。
「お心当たりを聞かせて頂ますか?」
そうセイが言うと主人は何があったか語りだした。
「ワシには惚れた娘がいた。お互いに結婚するつもりであったのだが、貴族というのはのはままならぬ事も多くてな」
「つまり愛する人を捨てたと?」
「うわっ、サイッテー」
「ウェンディ、お前は黙ってろ」
「いや、良い。最低なのは確かじゃ。ワシは愛する者より家を選んだのじゃからな」
主人の話によると相手は貴族ではあるが格が下の娘と恋仲になったが家を継ぐ為に他の有力貴族の娘と結婚したらしい。が、お互いに愛し合っていたため別荘を建ててそこに娘を住まわせていたとのこと。
「それって愛人ってことよね。本当に最低っ」
「ウェンディは黙ってろって。えー、第二夫人とかではだめだったのですか?」
「ワシが結婚した相手はその娘と対立する派閥の家柄でな、そういうわけにもいかなんだ・・・」
「で、そこで娘さんは亡くなってしまったと?」
「そうじゃ。妻にバレそうになって別荘になかなか行けなくなってしまっている間に病で亡くなってしまったのじゃ」
そう言って唇を噛み締めた主人。
「事情はわかりました。では別荘の怨霊は祓いますね」
「祓うとはどういうことじゃ?」
「怨霊を滅するのですよ」
「滅する?消し去るのかっ」
「そうです。恨みの念まで出してますからね。もはや説得して成仏云々の時期は過ぎています。怨霊になる前なら説得して成仏させてやることも可能だったかもしれませんが」
「待てっ。いや待ってくれ」
「何を待つのですか?」
「ワシは恨みに飲まれて死ぬと申したな?」
「はい。もう時間ないですよ」
「ならばこのまま恨みを受け入れよう。それがワシのしてやれるせめてもの償いじゃ」
「別にそれでもかまいませんけど、あなたが死んでも恨みは晴れませんよ」
「なんじゃとっ?」
「怨霊とは恨みの塊です。恨みの対象が死んでも恨みは晴れずその影響はやがて周りにも影響し始めます。ちなみに他にご家族はおられますか?」
「妻と子が3人おる」
「あなたが死んだら次は奥さんか子供の番です。怨霊とはそれほど恐ろしいものなのですよ。最悪代々祟られます」
「な、なんと・・・。ワシだけでは済まぬのか」
「はい。ですからあなたが恨みに飲まれて死を受け入れても怨霊は祓う必要があるのです。それとも家族全員を巻き込みますか?」
「・・・あいつを・・・シンディを開放してやってくれ」
「かしこまりました。その方がそのシンディさんとやらも恨みから開放された方が幸せだと思います。とりあえずこれ以上恨みが来ないようにこの部屋を封印します。今あなたの恨みを祓うと怨霊がどういう行動に出るかわかりませんので」
「封印?」
「はい。部屋に食料と飲み物を運んで貰って下さい。今から封印の結界を張る準備をしますので」
封印の結界は悪しきものを封印することも出来るし、寄せ付けないようにも出来る陰陽術だ。
セイは筆頭家来を呼び、主人の食料と飲み物を運んでもらうように指示した。
「何をするつもりだ?」
「この部屋を封印します。自分が戻って来るまで部屋に誰も立ち入らせないこと、主人を外に出さないこと。これ以上は守秘義務がありますので説明出来ません」
「何だとっ」
「よい。その者の言う通りにせよ」
セイは護符を作り、手刀で厄を祓い手印を組んだ。
「リンビントウシャ・・・・封っ!」
ドアの前に護符を張り結界を張る。
「これで今以上にご主人様が悪くなることはございません」
「本当に大丈夫なのか?」
「はい。では別荘の掃除に行って参ります」
セイはそう筆頭家来に言い残して屋敷を出た。
「ねぇ、セイ。あんた何やってたの?」
呑気にそう聞いてくるウェンディ。
「怨霊は俺が祓うからお前は砂を掃除しろよ」
「えーっ、手伝いなさいよっ」
こいつ・・・
セイはウェンディにチョップしながら別荘に向かったのであった。