セイと犬
「なんっにも覚えてないわけ?」
「マーメイみたいな口調で話すなよ」
「お前よぉ、本当に何も覚えてねぇのかよ?」
部屋に突然入ってきたヘスティア。
「俺が何したってんだよ?」
「あたしに頰ずりしたり、ウェンディを抱き締めてこいつを俺から奪おうとするやつは許さんとか言って他の奴らを攻撃しようとしたじゃねーか」
「なんで俺がウェンディを抱き締めなきゃなんないんだよっ。それにウェンディを奪うとか奇特な奴がいるなら持ってけってんだ」
朝っぱらから何をからかってくるんだまったく。
ベシベシベシベシ
セイを攻撃してくるウェンディ。
「勝手に持ってけって何よっ。あんなにヨシヨシして頰ずりしてベッドまで連れ込んだ癖にっ」
「俺がお前にそんなことするかっ。自意識過剰かテメーは」
「キィーーーーっ」
ぎゃいぎゃい騒ぎながらダイニングのテーブルへ移動するセイとウェンディ。
砂婆が朝飯を持って出てきた。和定食の朝飯だ。一緒にぬーちゃんやサカキ達も出てくる。
セイがワカメの味噌汁を飲んでいるとタマモがクスクス笑って話しかけてきた。
「昨日は随分とご機嫌だったねぇ」
「昨日?いや、寝ようとする度に起こされて機嫌悪かったけど?」
「夜の話さね」
「夜?」
「おう、ちっとヒヤッとしたぜまったく」
「夜何してたっけ?ずっと寝てたような気がするんだけど?」
「本当に何にも覚えてねぇのかよ?」
「だから何がだよ?」
「セイがウェンディ臭い」
セイをスンスン嗅いだぬーちゃんがそういう。
「ちょっとおっ!ウェンディ臭いってなによっ。わたしは臭くなんてないわよっ」
自分の腕とかスンスンするがそんな臭いか?と思うセイ。
「こいつが俺のベッドで寝てやがったからかもな」
「だからあんたが無理矢理連れてったんでしょうがっ」
「まだ言ってんのかよ。俺がそんなことするわけないだろ?寝ぼけてぬーちゃんを連れてくならまだしも。ウェンディなんか連れてくかっ」
「ウェンディなんかって何よっ。なんかって。ずっと抱き締めて離さなかったくせにっ」
「お前、まだそんな事を・・・」
「セイ、ウェンディの言ってる事は本当さね」
「えっ?」
「あんたビール飲んで酔っ払ってウェンディを離さなかったのさ。随分と熱い抱擁を続けてたからねぇ」
「えっ?嘘だろ?俺がウェンディを?なんで?」
「さあ?嬉しそうに頰ずりして抱っこしてたわよ」
サーッと青くなるセイ。タマモに言われて失った記憶を手繰ってみる。
宝石の買い取りをしてもらえなくて帰ってきて寝たよな?あれ?ウェンディとヘスティアが飯飯とうるさいから捕縛したよな?解除したっけ?
顔を上げてウェンディとヘスティアを見ると捕縛の術は解けているから解除したんだよな?
ん?
「俺、ウェンディとヘスティアを捕縛した?」
「おうっ、神を捕縛して添い寝させたふてぇやろうだテメーは」
「いつ解除した?」
「日が暮れた頃に起きて解除して飯食いに行ったろうが」
はて?
「どこに?」
「街の中の飯屋だよっ。金貨減ってんだろうがっ」
金貨?
そうヘスティアに言われて数えてみる。いちまーい、にまーい・・・・。皿屋敷のお菊さんみたいに数えるセイ。
「一枚足りない」
「ほれみろ。お前が使ったんだよっ」
「まさかお前ら金貨分食ったのか?」
「んなわけねーだろうがっ。ウェンディのことを500円なら安いもんだと言って払ったんだよっ。なんだよ500円って?」
ヘスティアが円なんて知ってる訳がない。ということは俺が言ったのは間違いないな。確かに金貨は金色の500円玉みたいだなと思ってたからな。
「俺が飯屋でウェンディを買ったってどういうこと?」
「んなこた知るかよっ」
「あんたわたしの事を飼うとか失礼な事を言ったんだからねっ。給食のパンって何よっ!給食のパンって」
給食のパン?飼う・・・・?
あっ。
セイは子供の頃に連れて帰れなかった犬を連れて帰ってヨシヨシする夢を見ていた。とても幸せな夢をだったのだ。自分の事を怯えずに嬉しそうに見てくれていたあの犬の目は生涯忘れられない。
「犬・・・」
「なんでわたしが犬なのよっ」
「お前は猿だ」
「キィーーーっ」
「子供の頃、連れて帰りたかった犬がいたんだ・・・」
「あー、あの犬の事かい。あん時は大変だったねぇ」
「あいつの夢を見てたのかよ。危ねぇとこだったじゃねぇかよっ」
「うん。でも夢の中では連れて帰れたんだ・・・」
「そうかい。ならウェンディはお手柄だったさね」
「何がお手柄だったのよ?」
「セイ、幸せな夢だったのかい?」
「うん。一緒に寝たんだ。暖かかったよ」
「そうかい。なら良かったじゃないか。その夢は大切にしておきな」
「うん」
セイの少し落ち込むような顔を見てウェンディはそれ以上怒るのをやめたのであった。
ーセイの小学生時代ー
「源くんって嘘ばっかり付くからきらーい」
「嘘なんて付いてないよっ。幽霊とかもそこら中にいるから。ほらお前の上にも」
「いやーーっ」
「キャーーーっ」
もっと幼かった頃は人間、妖怪、幽霊の区別が付いていなかったセイ。異形の者たちに話しかけれて普通に話していた。周りの人たちからは何もいないところに向かって話しかけたり笑ったりするセイは気持ち悪がられていた。
セイはいたずら好きのかまいたちがいるから切られるよとか、砂をかける妖怪がいるから目を閉じないとダメだよとか教えたがためにそれまでの奇異の目からセイが何かをしているんじゃないかという恐怖の目で見られるようになっていった。
放課後は誰とも遊ばずすぐに帰って修行していたのもセイの事を信じてくれる友達が出来なかった原因の一つでもある。
そして下校途中の川原にいる捨て犬がセイの心の友だった。
セイの事を嬉しそうに見てくれる犬に同じく嬉しそうに給食のパンあげて毎日構っていた。曾祖父と曾祖母はセイを強く育てる為に厳しく育ていたのでセイは犬を飼いたいと言い出せなかったのだ。
しかし、どうしても連れて帰りたい気持ちを抑えきれず曾祖父に犬を飼いたいと告げた。
「自分で世話をするのじゃぞ」
怒られると思っていたのがあっさりと許しを出した曾祖父。セイは名前は何にしようかとワクワクしながら走って犬を迎えに行ったのだった。
そしてそこで見た物は・・・・
見知らぬ者がセイの可愛がっていた犬を構っている。
「お前、何やってんの?」
セイからは見知らぬ者が犬を抱き上げているように見えた。
「ほう、俺様が見えるとは珍しい。それに人間の子供のくせに妖力も高そうだ。こんなまずい奴よりお前を食ったほうが良さそうだな」
「そいつは俺が構ってたやつなんだぞ。勝手に奪おうとするなよっ。今日は連れて帰れる事になったんだ。さぁ、おいでっ」
見知らぬ者は持っていた犬をその場にポイと捨てた。
「えっ?」
状況が理解出来ないセイ。帰るときにはクゥンクゥンと甘えてきた犬が動かない。それどころか下半身はすでになく、そこからは内臓が垂れ下がっていた。
「なんで半分ないの?なんで動かないの?」
おいでと呼んでも返事もしなければ反応もしない犬。
「ほら、お前も今から同じように食ってやろう。クックックック」
「お前、犬食べたの?」
少しずつ状況が理解出来てきたセイ。
「見りゃわかるだろ。今からお前もそうなんるんだよっ」
プツン
セイの中で何かが切れた音がする。
「うわァァァァァっ」
どーーーーんっ
「ゲッ?なんだ今のはっ」
「これはセイの妖気だよっ」
「まずいぞ、急ぐんじゃっ」
爆発するかのように辺りを飲み込む妖気。それは尚も膨れ上がっていく。まずい。
タマモ、サカキ、ぬーちゃん、クラマはその中心にいるセイの元に向かった。
「ヤバいぞっ」
サカキは元の姿に戻ってセイに近付く。が、サカキを持ってしても強すぎる妖気にあてられる。
「ちいっ、まさかこれ程とはっ。ヤベェ飲み込まれるぞっ」
「しっかり気合いれなっ。セイをこのまま放置する気かいっ」
「こんの未熟者めがっ」
「セイーーっ」
初めに飛び込んだのはぬーちゃん。
正気を失って何かへ変貌しようとしているセイにぬーちゃんは毛や皮膚を弾き飛ばされながらも懸命に纏わりつく。
「セイーっ セイーっ」
「しっかりしやがれっ」
サカキがセイから出る妖力を吸い取ることを試みる。が、セイを抱きしめた両腕が吹っ飛び身体まで弾けそうになった。
「セイっ、しっかりおしっ」
タマモも皮膚やら髪の毛やらが毟り取られながらもセイを抱き締めた。
「ママ・・・」
タマモの胸に顔を埋めたセイは少しずつ妖力の放出が収まっていく。
「セイーっ」
「ぬーちゃん・・・」
セイはぬーちゃんを撫でた後に気を失って倒れたのであった。
ーセイが寝た後の屋敷ー
「そんな事があったのかよ」
ヘスティアはセイの話を聞いて呟いた。
「そうさね。あんときゃあたしらも消滅を覚悟したさね」
「ありゃマジでヤバかったな。ジジィはクソほどの役にもたたねぇしよ」
「やかましいっ。あんなもんワシにもどうにか出来るかっ」
「セイは一体何者なんだ?人間じゃねえだろ?」
「セイは人間さね。ただ色々な血や存在が混じってるだけさ」
「血?存在?」
「まぁ、そんなのどうだっていいさね。セイはセイだよ」
「セイもあれから成長してだいぶ大人になったからの」
「嘘つけっ。人魚がやられた時にヤバかったんだぞ」
「でも自分で抑えられたんだろ?」
「そうだがよ。やられたのがウェンディだったらどうだったかわかんねぇぞ」
「えっ?」
一緒に話を聞いていたウェンディは自分が同じような目にあったらセイが暴走するかもしれないと言われて驚く。
「セイにとってわたしは人魚より大切に思われてるってこと?」
自分で言って自分で赤くなるウェンディ。
「お前はセイにとってあの犬と同じなだけだ」
サカキにそう言われたウェンディはブチ切れる。
「なんでわたしが犬と同じなのよーーっ」
「うるせえっ」
べしこんっ
ウェンディはサカキのチョップを食らって悶絶したのであった。
タマモはそれを聞いてサカキがけなしたわけじゃない事は気付かないんだろうねぇと思っていたのであった。