異物
「バッカヤロー!」
冒険者ギルドのギルマスの部屋から大きな怒鳴り声が下の受付の所まで聞こえて来る。
「何をそんなに怒ってやがんだっ」
「いいか、セイは別の大きな依頼を受けてオーガ島に行くと聞いて俺が行方不明の漁師がいることを伝えてたんだ。あいつはそれを見付けてくれたんだろうがっ」
「オーガ島に?」
「そうだ。極秘依頼だから内容は知らん。ついでとはいえオーガ島であいつは船を発見したんだ。それをワザワザ持ち帰って届けたセイになんて言い種だっ。あいつはその報酬すらないにも関わらずだぞっ」
「そんな詳しい事は何も・・・」
「お前がセイから相談された内容を検討もせずに追い返したからだろうが。話をしても無駄だと思ったに違いない。せっかく海を生き返らせて近海で魚が捕れるようにしようとしてくれてたのによっ」
「そんな話を信じられるわけがあるかっ」
「だから俺が紹介状を書いただろうが。お前はちゃんと読んだのか?」
「い、いや。ちらっとお前の名前を確認しただけだ」
「それみろっ。俺はもう知らんからな」
「どういうことだ?」
「セイはこの国を出て行った。愛想を付かせてな。これでもう海は死んだままだ。この先永遠に近海どころか魚が捕れなくなるだろうよ」
「何だと?」
「先日木工ギルドとも話をした。山も死にかけてると嘆いていた。セイ達と一緒に調べたらしい」
「山も・・・」
「これはそう遠くないうちに国全体に良くない影響が出る前兆らしい。全部風の神様を蔑んだ結果だとよ」
「あいつは一体何者なんだ?」
「風の神様ウェンディの使者というかなんというか」
マモンはどう説明するか迷った。
「仲間・・・、そう風の神様の加護を受けたウェンディーズという仲間たちの一員だ」
ギルマスのマモンはセイがした台風の話をする。
「俺達の協力がないと山も死ぬのか・・・」
「協力というかお前らを守るために退避しろと言ったのだ。協力ったって何も出来んだろうが」
「そりゃそうだが・・・」
「しかし、今となっては難しいかもしれん」
「俺達が一週間程漁をやめれば済む話じゃないのか?」
「いや、海と山を生き返らせて、増えて来ている魔物達をなんとかする程の台風は街に災害を生む。それを国民が受け入れ望まないとやれないと言っていた。もう風の神様を疫病神呼ばわりさせたくないのだろう」
「そんな被害が出るのか?」
「暴風を恨み、神を蔑んだ結果だ」
「神が仕返しをするとでも言うのか」
「違う。乾いた山は木々を弱らせ水を蓄える力が落ちていると木工ギルドのヨーサクが言っていた。山はもう豪雨が無ければ生き返れないが豪雨が来ると弱った木が流され土砂崩れが発生し川を堰き止める。その堰が崩壊したときに街は洪水に飲まれるとな」
「なんだと・・・」
「恐らく毎年のように台風が来ていればそこまで被害が大きくならないのかもしれん。この10年近く被害がなかったのが一度にまとめてやってくるようなものなのだろう」
「まとめて・・・」
「これはこの国の人間が望んだ結果なんだろうな。このままだとどちらにしても国は衰退する」
「そんなことにこの国はなっているのか・・・。俺達は何をすればいい?」
「祈れ」
は?
「神様に祈るしかないだろう。漁師達全員。いや、知り合いにも全部声を掛けて祈れっ」
「こんな話を信じる奴がどれぐらいいると思ってんだ」
ロブスタの言う通りマモンは国民たちも自分達に被害が出て初めて信じるだろうと解っていた。いま被害が出始めているのは漁師と山関係の奴らだけだからな。
「いいからお前らだけでも祈り始めろ」
漁師ギルドのロブスタは冒険者ギルドを出て港に戻って行った。
「ギルマス、さっきの話は本当かよ?」
大声で怒鳴っていたため下にいる冒険者達にも内容が筒抜けだった。
「本当だ」
「魔物を減らす暴風なんて吹いたらせっかく仕事が増えてるのが無くなるじゃねーか」
そうだそうだと暴風反対の声が冒険者達から上がる。
「そのうちお前らで対応出来ねぇ魔物が出ないといいな」
ギルマスは冒険者達にそう答えたのであった。
漁師ギルドに戻ったロブスタに漁師達が駆け寄ってきた。
「親方っ! これを見て下さいっ」
「なんだこれは?」
渡されたのは一冊のノートだ。
「シーマンの船に残っていた日記です。奥さんに船を渡した時に船底から見つかりました」
ロブスタはその日記を読んだ。
ーシーマンの日記ー
○月✕日
今日も魚が捕れない。かなり沖合まで出たというのに年々陸から離れないと魚が捕れなくなってきている。明日は大漁を願う。
その内容が数日続く。
○月✕日
やった。驚くほどの大漁だ。こんな遠くまで来たかいがあった。これでしばらく家族を食わしていけるし、船の借金も返していける。
その翌日。
見たことも無い大物が網に入ったと思ったら魔魚だった。船が沈むかと思って網を捨てて正解だった。あのまま引き上げようとしたら沈んでいただろう。もっと稼ぎを想ったのが失敗だった。
またその次の日
ダメだ、風が吹かない。手漕ぎで進むのも限界だ。潮に乗って流されるスピードの方が速い。こんなに魚が捕れていたのにもう捨てるしかないのかもしれない。
○月✕日
魚は全てダメになった。ここはどこだろうか?水も食料も底を尽きた。乗組員達も限界が来ている。
ここから数日間日記が途絶えている。
○月✕日
島が見えた。しかしあれはオーガ島だろう。それでも一か八か上陸する他は無い。食料も水も尽きて皆はもうほとんど動けないのだから。
そして最後にこう記されていた。
愛する妻と子供達へ。
スマン。食わせて行くどころか船の借金まで返せなくなってしまった。せめてこの船がお前達の元へと戻り、少しでも借金の返済になることを願う。
お前達をいつまでも愛している。
〜シーマン〜
日記を読んだロブスタは涙が止まらなかった。
「馬鹿野郎・・・。船を沈める程の大きな魔魚が出る海域まで行きやがって・・・」
「お、親方・・・」
「シーマンの家族に伝えろ。この船の残金はギルドが立替える。残された家族を絶対に借金奴隷になんてさせるんじゃねぇ」
ロブスタはその夜に漁師たちに緊急招集をかけた。冒険者ギルドのマモンから聞いた話を皆にしてもう祈るしか無いことを皆に伝えたのであった。
ーセイ達が出発した後の屋敷ー
「ウェンディ、あんたどうしてそんなに他の国に行きたくないんだい?」
「い、嫌なものは嫌なのっ」
「セイはあんたの為に行こうって言ったのは理解してるのかい?」
タマモはウェンディに訳を聞いていた。
「それは解ってるけど・・・」
「行きたくない理由を話しな。理由が解んないと間も取ってやれないさね。セイはかなり怒ってただろ?」
「いつも私に怒ってるじゃない」
「そんなことないさね」
「怒ってるっ。絶対私の事を嫌いなのよ」
「ウェンディ、セイはいつもお前を守ってるだろうが。嫌いな奴を守ろうとするもんか」
サカキも会話に加わる。
「だって、いっつも私に怒鳴るじゃないっ」
「セイは意味も無く怒鳴ったりしねぇ。お前の為に言ってる事の方が多いだろうが。ダンジョンの時しかり、入江で溺れそうになった時しかり、身体張って助けてただろ?」
「それは私がいないと元の世界に帰れないからじゃない・・・」
「ウェンディ、あたしらはセイが元の世界に帰る必要がないと思ってるさね」
「え?」
「元の世界はセイに取って生き苦しい世界さね。元の世界はあたし達や幽霊が見える人間がほとんどいやしない。特にあたしらの事はね」
「どうしてよ?」
「さぁ?大昔は見える人間の方が多かったのが今ではさっぱりさね。これも信仰心が薄れたのが原因かねぇ」
「信仰心が無くなるとそうなるの?」
「本当の所はわかんないさね。でも見えなくなったのは事実だよ。そんな世界にとってセイみたいな人間は異物なのさ」
「異物?」
「そう、異物。だから弾かれるんだよ。その証拠にセイは人間との関わりをほとんど持っていない。唯一の理解者だったジジイとババアはもうくたばっちまったからね。残ってるのはセイを捨てた親と反りの合わない分家だけさね。帰る理由が無いってのはそういうことさ」
「じ、神器ってのを守らないとダメなんでしょっ」
「あんなもん分家にくれてやりゃいいさね。あれは人間を守る為のもんさ。あっちの世界に帰る必要がないならどうでもいいんじゃないかとあたしゃ思うがね」
「で、でも」
「あたしゃセイが人間から弾かれた癖に人間を守ろうとしてるのが哀れでね。どうしてもそれをやりたいならセイを受け入れてくれたこっちでやればいいさね。だからあんたを神に戻さなくても問題はないのさ」
「私を神に元に戻さなくても・・・」
「というかあんた本当に神に戻りたいのかい?」
「え?」
「あんた寂しかったんじゃないのかい?それがこうやって一緒に飯食って酒飲んでるのが楽しいんだろ?」
「そ、それは・・・」
「神に戻ったらそれが無くなるんだろ?一度知った楽しい味を忘れられんのかい?」
タマモは交渉や人を丸め込む話術に長けている。しかし、ウェンディにはそういうことではなくちゃんと話をしていた。
「まぁ、どうするかはあんたが決めることさね。セイは必ずあんたを神に戻す手段を見付ける。その時にどうするかよく考えておくんだね。で、どうして他の国に行きたくなかったんだい?」
「ば、馬鹿にされるから・・・」
「はい?」
「他の神の国に行ったら絶対に私が来たことがバレるのっ。そうしたらみんな私を馬鹿にするに決まってるのっ」
「はっ、そんな下らない理由だったのかい?心配して損したさね」
「へっ、本当に下らなねぇ理由だな」
「下らなくなんてないっ」
「うるさいっ」
べしっ。
サカキはセイのようにウェンディにチョップした。
「ゲフッ」
物凄い衝撃が走るウェンディの顔面。
いつもセイのチョップに痛いと文句を言っていたが、セイがどんなに怒ってチョップをしてきても実はそんなに痛くはなかったことに気付いたウェンディなのであった。