キレかける
「おーいサカキ、カニ来るから倒してくれ」
「おっ、カニか。いいじゃねぇか」
首をコキコキ鳴らしながらこっちに来ようとしたときに入江内にザブンと波が襲ってきた。
「わっ」
慌てて後ろに下がるセイ。波に飲まれるウェンディ。
「いやぁぁぁっ!」
「ばっか、何やってんだよお前。波来てるのに呑気に見てやがって」
セイは慌てて波が渦巻く入江に飛び込んだ。
「ゴブブブっ」
溺れかけているウェンディの後ろから首に手を回して救助しようとしたセイにウェンディが抱き着く。
「やめろっ。離せっ。このままだと二人共ゴブブブっ」
ウェンディに抱きつかれたまま水中に沈むセイが見たものは赤く光るカニの目玉だった。
な、なんだこれ?
セイの頭ほどあるカニの目玉。この前のカニとは比較にならない大きさだ。ウェンディがガボガボ言いながらしがみついているので身動きが出来ない。
ヤバいっ
その時にデカい魚が二人を連れて浅瀬に逃げてくれた。
「ゴホッ ゴホッ」
「何よ、あんたら死にたいわけ」
助けてくれたデカい魚かと思ったのはマーメイだった。
ドバッシャーン
そこにカニの爪が襲ってきた。
「キャァァァァッ」
爪がマーメイの身体に当たり吹き飛んだ
「マーメイっ!」
吹き飛ばされたマーメイから血が出ているのを見たセイ。
プツン
セイから何かが切れた音がする
「この野郎・・・ カニの分際で・・・」
セイから一気に溢れ出す妖気。
「やべえっ」
それを見たサカキは慌てて元の悪鬼の姿に戻りカニの爪をひっつかんで陸地に投げた。
「セイッ、落ち着けっ。コイツは俺が殺るっ。お前は人魚を助けろっ。あいつまずいぞっ」
ハッ
サカキの言葉で我に返るセイ。
「マーメイっ。大丈夫かっ」
「あ、あんたなんかほっとけばよかったわけ・・・」
カニの爪に吹き飛ばされたマーメイは腹から血を流して意識を失った。
「ガボボボボっ」
「ウェンディっ、いつまでガボガボ言ってんだっ。もう息出来るだろうがっ。しがみついてないでなんとかしてくれ。このままだとマーメイが危ないっ」
ウェンディはずっとセイにしがみついたままガボガボ言っていたのであった。
「ガボッ? ゴフッゴフッ。本当だ息が出来るっ・・・て、何よ怪我してるじゃないっ」
「お前、自分を治癒しただろうが。マーメイにそれをやってくれ」
「自分以外にやったことないわよっ」
「うるさいっ。つべこべ言わずにやれっ」
本気でウェンディに命令したセイ。ウェンディは素直に頷きマーメイに治癒を施してみる。
「だ、だめよ。上手くいかないっ」
「本気でやれっ。お前は神なんだろっ。それぐらい出来るだろうがっ。出来なかったら落ちこぼれた事を言いふらすぞっ」
「やめてよーーーっ」
ウェンディも本気でやっているのだが自分以外を治癒したことが無いのでやり方がよくわからないのだ。
「自分を治癒するつもりでやれ。そしてその治癒の力を風に乗せてマーメイを包んでみてくれ」
ゴゴゴゴォーーっ
「ばっか、暴風を出そうとするな。微風だ微風っ。息をかけるぐらいでやるんだっ」
セイがそう言うとウェンディは口でマーメイをふぅーと吹いた。その息がマーメイに振りかかり傷がふさがっていく。
「マーメイ、大丈夫かっ?」
「う、う・・・」
良かった。マーメイが意識を取り戻した。
「ウェンディ、よくやった」
「お姉ちゃんっ」
「・・・なによマーリン、お姉ちゃんなんて呼んで子供の頃みたいなわけ・・・」
「マーメイ、すまん。俺達が未熟なばっかりに」
セイがマーメイの身体を起こしてやるとマーメイは自分に付いた傷を見る。
「あーあ、傷が残っちゃったわけ」
「すまん」
「責任取ってよね」
「責任?」
「私を傷物にした責任とって欲しいわけ」
「どうすればいい?」
「旦那になればいいわけ」
は?
「旦那?」
「こんな傷のある身体じゃ嫁になんていけないわけ」
「む、無理だよ。魚と結婚なんて」
マーメイを魚呼ばわりしたセイは尾びれでビッタンビッタンとビンタされたのであった。
「イヅナ、薬持って出てきてくれ」
セイは赤く腫れたほっぺを押さえながらかまいたちのイヅナを呼んだ。
「ヌシ様。これをどうぞ」
「悪いな。ひょうたんに海水は入らなかったか?」
「大丈夫です。中はヌシ様の妖力で守られてますので。それよりヌシ様は大丈夫ですか?とてつもない妖力を出されたようですが。里の者達が震え上がっております」
「ごめん。もう大丈夫だから皆にも言っておいて」
「はい、わかりました。クラマ様にそうお伝え致します」
セイはイヅナに渡された傷薬をマーメイの傷跡に塗っていく。
すると傷跡がスーッと消えていった。
「何よこれ?」
「人魚にも効果があってよかったよ。これはかまいたちの傷薬。傷を消してくれるんだ。これで旦那の話は無かった事でいいよね?」
「・・・あんた私の身体にベタベタと触ったわけ。その責任はどうしてくれるのよ?」
「触ったって・・・。それは傷跡を治すのに・・・」
「おーい、そっちはかたがついたのか?」
身体を触った、治療だから無効だともめている所にサカキが声を掛ける。
「サカキ、お前何元の姿に戻ってんだよ?」
悪鬼になっているサカキを見たセイは少し怒り気味に言う。
「お前がキレかけたからだろうが。ジジイが精神的に落ち着いてきたと言ってたが嘘じゃねーか」
俺のせいか・・・。
「悪かった。もう大丈夫だ」
「勘弁してくれよ全く。酒が抜けちまったじゃねーか」
そうぶつぶつ言いながら悪鬼の姿を解くサカキはチラッと大丈夫そうな人魚を見てホッとした。もしあの人魚が死にでもしていたらどうなっていたことか。
「さ、こいつで飲み直しだ。お前らこいつを食いたかったんだろ?」
サカキが倒したカニをバキバキと解体していき殻を向くと人魚達は生でがっついた。あのギザ歯なら問題無いだろう。
こちらは殻を半分残してそのまま焼いていく。
「こんなデカいカニいたんだね」
繊維の一本一本が普通サイズのカニの脚ぐらいある。
「食い応えあっていいじゃねぇか」
と、がーはっはっはと笑うサカキ。そこへヒョウエが鬼殺しを持ってきた。
「サカキ、樽ごと持ってきたぞ」
「おう、そいつを甲羅に全部注げ。カニ酒だ」
うぉぉぉぉっ
鬼達も甲羅酒を堪能するようだ。サカキがカニの甲羅を鬼火で炙り出した。
「ぬーちゃんはどこいったんだ?」
人魚が来る前から姿が見えないのに気がついたセイ。
「壺ごと飲ましたらぶっ倒れたぞ」
酔い潰れたぬーちゃんは鬼の屋敷の中で寝かされているらしい。なんて事をするのだお前は?ぬーちゃんが酔って毒を撒いたら全滅するじゃないか。
「あんた強いんだね」
妹人魚のマーリンがカニを堪能したのかこちらにやってきた。
「サカキは別格だね。鬼族の頂点に立つ唯一無二の存在だから」
「私はセイの事を言ったの。これからセイの事を義兄ちゃんって呼べはいいのかな?」
そう言ってまだカニにがっついているマーメイを妹のマーリンが見る。ウェンディも混ざって生で食べているけど。
「結婚なんて考えた事もないし、それに種族が違いすぎるから無理だよ。俺は海で生きられないし、人魚は陸で生きられない。それにお前らからみたら人間なんてみんなすぐに死ぬんだから」
「お義兄ちゃん、死なないかもよ」
「ん?」
「ほら、口に」
とマーリンがセイの口を拭って指を見せた。
「これからも宜しくね、お義兄ちゃん」
そうにっこり微笑んだマーリンはエラがパクパクしていた。
カニを堪能した人魚達。
「あんた本当にまたここに来るわけ?」
マーメイが腕を組んでツンとした感じで聞いてくる。
「うん、オーガ島には時々来るよ。他にもやることあるから頻繁じゃないかもしれないけど」
「そっ。ならいいわけ」
そう言ってマーメイはしっぽでピシャッと海水をセイにかけてから他の人魚達と入江の奥へと消えて行った。
オーガ島にもう一泊したセイ達は鬼達に見送られて入江から船を出す。あの一緒に手を振ってくれている鬼は小さいなと思ったらラームだった。
「さ、ワシが風で船を動かしてやるワイ」
「クラマ、なんで出てこなかったの?」
「ぬらりひょんに聞け。まったくあやつは・・・」
自称妖怪の里の長のぬらりひょんはほぼ神のクラマとよくもめる。クラマは妖怪の里の住人ではなく客人扱い。しかし統率力もあるし面倒見も良いから実質妖怪の里の長みたいなものだ。
何があったか聞かないでおこう。どうせ下らない事に決まってる。
「サカキ、鬼殺しとやらは持って帰ってきたんじゃろな?」
「当たり前だ。こいつを飲んだら他の酒なんて飲めねぇからな」
嘘つけ。酒なら何でも飲むだろが?
クラマが船を進める風を出してくれているおかげでめちゃくちゃ速い。木船が壊れるんじゃなかろうかと思うぐらいに。
「クラマ、この船はあの港に着けてくれる?返さないとダメなんだよ」
「そうか、なんかもったいないの」
漁師ギルドのある港に船を停めてギルドに向かう。
「お前らが乗ってきたその船はどうしたっ」
「オーガ島に漂着していた。乗組員はいない。あれ行方不明になってた漁師の船だろ?残念ながら漁師はオーガ達に襲われて死んだと思う。とりあえず船は返すから」
「おいっ。詳しく話せ」
「今話した内容で全部だ。中の物も触ってないから確認してくれ。じゃな」
漁師ギルドには胡散臭いと言われて少し頭に来ているので必要最小限のことだけを伝えてぬーちゃんで飛び去ったセイなのであった。