人魚
「おい、海が木だらけになってんぞ」
ぬーちゃんに乗れば帰れるのだが、乗ってきた漁師の船を返してきて欲しいとヒョウエに言われている。
「ゴミなんてそのうちどっかに流れて行くわよ」
そりゃそうだけど。
「ウェンディ様、セイ。海が落ち着くまでここでゆっくりしていってくれ。サカキにも自慢の酒を振る舞いたい。今日は宴にしよう」
鬼は仲間だけになると宴会好きだしな。
初対面の時は敵意剥き出しだったヒョウエはすっかり俺達を仲間だと思ってくれたようだ。
「ならお邪魔するか」
「お、自慢の酒とはこの前話していたやつか?」
サカキは自慢の酒と聞こえて出てきた。
「そうだ。ぜひ飲んでみてくれ」
他の鬼達がいそいそと宴会の準備を始めている。
そして出された料理は豪快に肉の塊を焼いたやつだ。野菜もあるけどメインは肉だ。
「かんぱーい」
俺とぬーちゃんはジュースを貰い、サカキとウェンディは自慢の酒で乾杯する。
「かぁっ、コイツはすげえ酒だな」
「そうだろう。別名鬼殺しというんだ。俺たちでも酔っ払って倒れるぐらいだ」
サカキはおかわりをしているが、ウェンディはよく確認せずにガッと飲んでぶっ倒れていた。
そんなに強いのか?とふんふん臭いを嗅がせて貰うとアルコールの匂いしかしない。相当強い酒なのだろう。ウェンディは確認もせずこれを一気に飲んだんだな。急性アルコール中毒とかなってないだろうな?
まぁ、毒耐性付いたらしいし大丈夫だろう。このまま放置しておくか。
プクプクと泡を吹いて倒れるウェンディを見慣れているセイ。あまり気にせずに食事をすることにして肉の塊を食べた。
グニグニグニグニ
「これ、オーガ肉じゃないかっ」
「そうだ。肉と言えばこれだろう?」
ヒョウエは当たり前だろ?って顔をしている。味もかなりしょっぱい。酒を飲むのにはいいだろうけど食事としてはダメだ。恐らく塩漬けにしたオーガ肉をそのまま焼いて食べているに違いない。
ヒョウエ達はオーガ肉の塊を食いちぎっては鬼殺しを飲んで騒ぐ。口元に松明を近付けて火吹きとかしてるやつもいるし・・・
鬼の食事に期待した俺が馬鹿だった。野菜は普通に食べられるけど肉がオーガ肉しかないとは。これラームがここで生活していくのにどうすんだ?
と、思ったら普通に食べてるラーム。食べ方は上品だけど普通の人はオーガ肉を噛み切れないからね・・・
うん、君ならここで幸せに暮らして行けるよ。それに鬼殺しも普通に飲んでるし・・・
「ぬーちゃん、角有りの肉持ってきて」
セイはオーガ肉をパスして、ぬーちゃんと角有り肉を食べて海が落ち着くまで3日過ごしたのであった。学習しないウェンディは毎晩鬼殺しを一気飲みして気絶する。朝起きたら記憶がないからこれを繰り返すのか馬鹿なのか?
そしてそろそろ帰れるかというときに、
「久しぶりっ。この前かなり荒れたけど良かったわけ」
そう言って入江に顔を出したは人魚達だった。
顔は美人なんだけど首のエラブタがパクパクしてて少し気持ち悪い。胸は海藻で隠している。胸を隠すのはホタテの貝殻かと思ってた。
「はじめまして」
「わっ、何でここに人間がいるわけ?」
「マーメイ、この人達は恩人だ。それにこちらは風の神様であるウェンディ様だ」
ヒョウエが紹介してくれる。
「へぇ。神様が外界に来ているの知らなかったわけ」
風の神様と紹介されても驚かない人魚達。
「ねぇ、神様。もっと海をかき混ぜてよ。底の方はまだ息苦しくてたまんないわけ」
神様と呼ばれたウェンディは超絶に嬉しそうだ。
「なぁ、マーメイ。海をかき混ぜないとどうなるか詳しく教えてくれないかな?」
「海流の速いところだと問題ないけど、ここは海流が入って来ないから風で混ぜてくれないと息苦しくなるわけ。魚達も同じだからここに来なくなっちゃったわけ。小魚が食べる餌も下に落ちてるし」
どうやら海をかき混ぜると空気の混入と底に溜まった小魚の餌となるプランクトンが舞い上がり海が豊かになるのだそうだ。畑を耕すようなもんかな?
「人魚はどこでも泳いで行けるなら海流の速いところで生活すればいいんじゃないの?」
「あんたさぁ、ずっと泳ぎ続けて寝られない辛さとか想像つかないわけ?バカなの?」
こいつ口が悪いな。ウェンディと同類だろうか?
「海の中で生活したことないから知らないよそんなの」
「あと、海流の強いところは嫌な奴らもいるわけ。威張り散らしたやつとか怖いやつとか。だからおちおちと寝られないわけ。で、海流が緩くて魚も多かったここが住処だったわけ。だから私達はここが昔みたいに住み心地よくなって欲しいわけ」
「この島の周りだけ海をかき混ぜてみたんだけどどうだ?」
「ほんの少し良くなったわ。だからここに来てみたわけ」
なるほど。
「いいわよっ。どんどんやってあげるわよ」
ウェンディは無い胸を反らしてそう人魚達に答えた。
「こら、そんな安請け合いをするな。まだ調整が付いてないからやるのはこの島の周りだけだ」
「えー、なんでよっ」
「勝手にやったらまた恨まれるだろうが。お前は神に戻らなくていいのか?俺の言うことを聞かないとずっと見習いのまま・・・」
「見習い?」
人魚達が聞き返してくる。
「言わないでっ。こんなところで言わないでっ」
慌ててセイの口を塞ぐウェンディ。
「オホホホホホっ。何でも無いのよ〜。この下僕が言った事は気にしないで」
「ムグッ ムッ ンッ」
いつまでも口を抑えるウェンディにチョップをするセイ。
「痛っ!何すんのよっ」
「ブハッ。窒息して死ぬわっ」
「あはははっ。いい気味。どう?息苦しいって嫌でしょ。私達ずっとそんな感じなわけ」
窒息仕掛けたセイを笑いながらそう言う人魚。
「エラ呼吸が苦しいなら口でも出来るんだろ?」
「人間が居たら迂闊に水面にも出られないわけ」
「もしかして血とか肉を狙われんのか?」
「そうよ。昔狙われたのよ。私達何も悪さしてないのに」
「そうか。なんか悪いな勝手な人間のせいで」
「別にあんたがなにかしたわけじゃないからいいわよ。それとも何?私達の血を狙っているわけ?」
「いや、俺は別に寿命を伸ばしたいとか思って無いよ。ただヒョウエがお願いしたら聞いてやって欲しいかな」
「鬼が私達の血を欲しがるわけないでしょ?」
「いや、もし頼んだらの話だよ」
「変なの」
「時々ここに来ると思うからまた海の中が息苦しくなったら教えて。ウェンディに風吹かして貰うよ」
「なんかよくわかんないけど早くしてほしいわけ」
「しばらく待っててくれ。こっちにも事情があるんだよ。後さ、その身体には巻いてるのなんの海藻?」
「あっ、あっ、あんたっ。私達の身体が目的なわけっ」
「違うわ。昆布かワカメなら少し分けて・・・」
「いやーーーっ。卵産まされるぅぅぅ」
なんだよそれ?
「違うわバカっ」
「バカという方がバカなわけっ。あんた身体目当てだったのね。どうりで馴れ馴れしく話し掛けてくると思ったわさ」
わさ?なんだコイツの語尾は?
「だーかーらー、昆布かワカメなら料理に使えるから分けて欲しいだけだ。誰がそんな魚臭そうな海藻欲しがるってんだ」
「誰が魚臭いのよっ」
シャーーっ
口を大きく開けて威嚇したマーメイの歯はギザ歯だった。それにサメみたいに何重にも生えてる。怖っ・・・
「まーまー、マーメイ落ち着いて。この人はこの海藻、ワカメが欲しいだけでしょ」
「だって俺の卵産めとか言うから」
俺は言ってない。
「はい、これ欲しいならあげる」
仲裁に入ってくれた人魚が自分の巻いている海藻をペロンと外そうとする。
「なっ、何やってんだよっ。巻いてるやつじゃない。新しいのが欲しいんだよっ」
真っ赤になって後ろを向いてそう答える。
「私の出汁しみてるよ?」
生きてるやつから出汁なんて出るか。
「いいからっ。また今度でいいから早く巻き直してっ」
「ふーん。欲しいって言うからあげようと思ったのに」
そう言いながら海藻を巻き直す人魚。名前はマーリンというらしい。似た名前だと思ったら変な語尾で話すマーメイの姉妹のようだ。
「で、人間はこんなの食べるの?」
「ワカメは食べるし、昆布はさっきお前が言った出汁にもなるんだよ。砂婆のお土産にしたかっただけ」
「なら今度たくさん取ってきてあげるから食べさせてよ」
「人魚って海藻食うの?」
「ううん、ほとんど食べないよ。大体が魚だけどカニとか貝とかも食べるよ」
「カニ食うの?」
「カニの大きいのには負けるから小さいのだけどね」
と、砂浜にいるようなサイズを手で作る。
「そんなカニ食べても身ないでしょ?」
「だってカニの魔物には負けるもん」
「この前狩ったやつ食べる?まだ残ってるけど」
「カニの魔物倒せるの?」
「まぁ、あれぐらいなら」
「じゃあ、連れて来るから倒してっ」
と言うなりチャポンと海の中に消えていったマーリン。
「あんた、本当に倒せるんでしょうね?」
「この前倒して食ったぞ」
「あんた海に潜ったわけ?」
「いや、砂浜に出てきて襲われそうになったんだ。あそこにいる仲間が倒したんだけどね」
と、サカキを指差す。まだ飲んでてこっちには知らん顔だ。
「へぇ、アイツら砂浜に来たりするんだ。いつもは海の底の方にいるのに」
「そうなんだ。カニの魔物はたくさんいる?」
「うじゃうじゃいるわよ。じーっと岩陰に隠れてて襲ってくるわけ」
海の中も大変だな。
そしてそこそこの時間が経ちマーリンが戻ってきた。
「来るよっ もうすぐ来るからっ。あと宜しくねっ」
マーリンが慌ててそう言うと入江の奥の方に逃げた。それを見たマーメイ達も慌てて奥の方へ逃げていったのであった。