契約達成の報酬
「おいタマモ、いいのか?セイの野郎、本気でウェンディにプロポーズしやがったぞ」
「まったくしょうがないねぇ。寿命のある者と無い者が惚れ合うなんて辛い道を選んだもんだよ。まぁ、セイは初めっからウェンディに惚れてたみたいだからしょうがないさね」
「それはどうかわからんの」
「ん?ジジイ何がだ?」
「セイが異世界に来て6〜7年経っとるじゃろ?」
「もうそんなになるか」
「そうじゃ。セイがここに来たのは高校卒業した年じゃったから18歳か19歳じゃろ?人間があんなに変わらんもんか?」
「そういや、確かにセイの見た目はあの頃のままだな」
「じゃろ?異世界におると歳を取らんのではないか?」
「だとするとセイはこっちにいる間は寿命がねぇってことかよ?」
「沖田だっけ?ガーミウルスから来た奴はちゃんと歳を取っているけどねぇ。もしかしたら神の加護を貰ったからかねぇ?」
「加護をもらう前と同じ容姿だぞ。関係ねぇんじゃねーのか?」
「それもそうだねぇ。まぁ、後10年もすれば本当に歳を取ってないか分かるさね」
「セイの野郎が歳を食わねぇんならラッキーだな。いつまでこの中にいられるかと思ってたけどよ。ずっとこのままいけんじゃねーか?」
「まだ決まったわけじゃないから他の奴らには言うんじゃないよ」
ひょうたんの中でセイとウェンディの様子を伺っていたサカキ達。タマモは寿命がある者と無い者の恋愛関係は辛くなるものだとわかっていた。昔セイに相談しろといったのはこのことだったのだ。しかし、もし本当にセイが歳を取らなくなっているのなら気の済むまでウェンディと一緒にいればいいと思うのであった。
「んっ」
セイがウェンディにキスをした時にウェンディから声が漏れる。セイから一気にエネルギーが流れて来たのだ。
えっ?
セイも驚いた。尋常じゃないぐらいの量の妖力がウェンディに流れたのだ。
「ウェンディ・・・」
「セイ・・・」
今まで青色だったウェンディの髪の毛が透き通るような青と緑が混じったような色に変わっていく。それは不思議な色でとても綺麗だった。
「お前の本当の髪の毛色はそんなんだったんだな」
「そうだったかも。気にいらない?」
「いや、綺麗だよ」
ウェンディは髪色も相まってなんとなく輝いて見え、とても神々しくなっていた。
「神に戻れたんだな」
「うん」
「この姿を皆に見せてやれないのは残念だな。そうだ、お前のその姿を宝石でステンドグラスにしてやるよ」
「楽しみにしてる」
ウェンディは天界に戻れるようになっている。セイを連れてきた時はあれ程帰りたかった天界に。
・・・
・・・・
・・・・
「加護の風を吹かす前には先に知らせろよ」
「うん」
「いつまでも寝ずにちゃんと起きて神の仕事をしろよ」
「うん」
「魔物がアイテムを落とすようになったらちゃんと帰って来いよ」
「もう、また小姑みたいに」
セイは永遠の別れではないのに涙をホロホロとこぼしていた。もう今までの世話の掛かる生活が終わる。寝て起きないウェンディをおぶる事も、お腹空いたとぶーたれる度に何か作ったり、一口齧った食べさしを食わされる事もなくなるのだ。
「ははは、何だよこれ?」
セイは自分がなぜ泣いているのかよくわからない。ようやくウェンディとの契約を果たせ、長かったようで短かったウェンディと過ごした日々の思い出が頭の中をぐるぐる回る。
ウェンディはそんなセイにもう一度キスをした。
「わたしの加護もあげるから使ってよね」
「これはほっぺにするんじゃないのか?」
「どこでもいいわよ」
「そっか」
「うん、浮気しないでよね。ちゃんと天界から見てるから」
「するか馬鹿」
セイはそう言ってもう一度ウェンディにキスをした。
「じゃ、またね」
「おう、またな」
ウェンディはセイから離れ、天界に帰ろうとした。
「ご苦労であった」
えっ?なんだこの頭に直接響く声・・・
「もしかして大神か?」
「さよう。不出来な娘達をよくぞ導いてくれた。感謝するぞ源誠」
「い、いや導いたなんてそんな」
「これでウェンディと交わした契約は達成ということになる。ささやかではあるがお礼としてこの世界で得た物はすべて持ち帰るが良い。元の世界でも役に立つであろう」
「元の世界?俺は元の世界に帰るつもりは・・・」
「お主がウェンディと交わした契約の報酬はウェンディが神に戻れた時に元の世界に戻すこと。これは契約なので変えられん」
「そ、そんな報酬はいりませんっ。俺はウェンディとずっと一緒に・・・。それにまだやり残したことが」
「ではさらばじゃ」
大神がそう言うとセイの身体が光り出す。
「大神様っ、わたしからセイを奪わないでっ」
「ウェンディ、セイは人間、お前は神だ。諦めなさい」
「いやーーーっ」
ウェンディは天界に戻らず消えゆくセイに抱きついた。
「こっ、こら馬鹿者っ、離れんかっ」
ひゅーんっ
・・・
・・・・
・・・・・
「あーーーーーーっ!あの馬鹿娘がっ。一緒に付いて行くとは何事じゃーーっ」
ひゅーん
「えっ?えっ?えっ?」
眼の前が真っ白に光った後、セイは自分の家の玄関の前にいたのだった。
「ここどこ?」
セイの腕の中にはウェンディがいる。
「ここは俺の家の玄関の前だ・・・。ってあーーーーっ、お前までこっちに来てんじゃねーかよっ。ど、ど、ど、どうすんだよっ」
「え?」
「大神が契約達成の報酬として俺を元の世界に戻したんだよっ。お前まで付いて来たらアネモスはどうすんだよっ」
「そんなの知らないわよっ」
「いいから早く元の世界に戻れ。前の時はお前がこっちに来て戻ったら10年近く経ってただろうが。すぐに帰んないと向こうが何年経つがわからんだろが」
「どうやって帰るのよ?」
「え?」
「天界への入口はどこにあるのよ?」
「そんなの俺が知るわけないだろうが」
・・・
・・・・
・・・・・
「どうすんだよ?むこうに海坊主と醤丸置いてきてんのに」
そこにサカキ達がひょいとひょうたんから出てきた。
「海坊主も醤丸もひょうたんに戻ってるよ。なんだい?強制的に元の世界に戻らされちまったのかい?」
「みたいだね。ウェンディまで来ちゃったけどどうしよう」
「それは向こうのミスさね。そのうち誰か迎えに来るんじゃないかね?こっちから行く術はないんだ。ジタバタしてもしょうがないさね」
確かにタマモの言う通りだ。そのうちまたいきなり向こうに連れて行かれるかもしれない。もしくはウェンディだけ連れて行かれるかもしれないな。
慌てふためくセイとは裏腹にウェンディはぼーっとしていた。こいつはこういう時に何を考えてぼーっとするんだろうか?
元の家は雑草で埋もれ郵便受けには朽ちた手紙や広告やらでパンパンになっていた。
それらを取り出し家の中に入ると埃が積もっている。テレビを点けようにも電気ガス水道はすべて止められていた。
「セイ、神器はどうなっておる?」
クラマに聞かれて神器の置いてある部屋の前に行くと荒らしたような跡がある。おそらく分家が持ち出そうと試みたのだろう。鍵は壊されていたが張ってあった結界が破れず諦めたってところか。こんな簡単な結界すら破れないとは分家の力も大した事がないんだな。
「クラマ、神器は全部あるわ」
「いつ向こうに連れて行かれるかわからんからひょうたんに入れておけ。ワシは一度山に戻ってカラス共の様子を見て来るわい」
と、クラマは飛んで行った。
「セイ、これからどうすんの?」
と、呑気なウェンディ。俺はなぜこんなやつに惚れてしまったのだろうか?いや本当に惚れたのか?単に寂しかっただけなんじゃなかろうか?だんだんと自分の気持に疑問を持つセイ。
「迎えが来るまで待つしかないだろ?」
「ふーん。誰も来なかったらどうすんのよ?」
「ここで一緒に暮らすしかないだろ。取り敢えず未払いになっている電気ガス水道代を払って再開してもらわないと何も出来ん」
朽ちた手紙やらの中から督促状やら利用停止のお知らせなんかを見つけ出し電話を・・・。って電話も止められてんじゃんかよっ。
これ、延滞料金とか莫大な事になってんじゃなかろうか?それより何年経ってるかすらわからない。誰かに今は何年ですか?とか聞いたら怪しまれるだろう。今の俺の服装はブラックドラゴンのフル装備。こんな格好しているやつなんか見たことがない。コスプレ会場なら浮かずに済むだろうけど。ウェンディは人には見えないだろうから別にいいか。
取り敢えず季節は向こうと同じく夏前みたいだからマントはアイテムバッグにしまっておく。
「喉乾いた」
「お金をおろしに行って未払い料金を払えるか確かめないとダメだからクラマが帰って来るのを待ってからな」
「えーっ」
「しょうがないだろ。水も出ないんだから」
「セイ、水出せるじゃない」
そういや、大神は手に入れた物を持ち帰って良いと言ったな。と、セイはシンクに向かって水を出してみる。
ジャーーっ
あ、加護の力使えるわ。
コップを洗ってからウェンディに渡して自分も飲んだ。
ホコリだらけの家は窓を開けてウェンディの加護をそろっと使ってみると風でホコリがどんどんと外に出ていく。家の周りの雑草はヘスティアの加護で消滅させた後にテルウスの加護で根を掘り返して焼いておいた。めちゃくちゃ便利だ。人には見せられないけど。これでウンディーネがいてくれたら家の中の汚れももっと綺麗になるのに。試しにウンディーネを呼んでみるが流石に異世界まで来れないようだ。
一時間程クラマが帰って来るのを待ってから出掛ける事に。サカキ達はひょうたんに入ったのでウェンディと二人で歩く。
「ねー、ぬーちゃんに乗りたい」
「出来るわけないだろ。空中を移動するように他の人から見られるんだから」
「じゃ、おんぶ」
「お前神に戻ったんだから浮けるんじゃないのか?」
とウェンディが浮こうとするが浮くことが出来ない。仕方がないのでおぶると普通の重さがある。
「お前、まさか神に戻れてないんじゃないだろうな?」
「知らないわよ」
しかし髪の毛は不思議な色のままだから世界が違うと理も異なるのかもしれない。
普通の重さのウェンディをおぶって歩くのはしんどいのでバスに乗る事に。黒尽くめに空気をおぶっているような感じで歩いているからかジロジロと見られ、ウェンディはめっちゃキョロキョロしている。
「どうした?」
「なんか全然違う。いっぱい走ってるの何?」
「ガーミウルスで見たろ?車って奴だ。今からあれの大きいのに乗るからな」
バス亭でもめっちゃ見られる。
ようやくバスが来て乗り込むと変な臭いがするとウェンディは嫌そうだ。
降りるときに料金を支払うと、
「お客さん、一人分しか入れてないよ」
え?
「運転手さん、こいつが見えてんの?」
「変な事を言ってないで払ってくれないと困ります」
もう一人分を払ってバスを降りる。
「ウェンディ、お前、こっちの世界だと見えてんぞ。というか本当に神に戻れてないんじゃないのか?」
「だから知らないってば」
今は神かどうか確かめようがないからな。しかし見えてるとなればおんぶもしないほうがいいし、下手な行動をさせられん。参ったなこりゃ・・・
セイはこれからどうしていくか頭を悩ませるのであった。