不可侵条約締結
セイは宿のプレオープンに各国の王と王妃を招待した。村中は大騒ぎになっている。ガイヤとアクアのから護衛の騎士団がぞろぞろと隊列を組んでやってきているのだ。ボッケーノの王様と王妃は空馬で連れて来ている。ボッケーノの王妃は車椅子だがあれから毒気が抜かれたように枯れていた。
教会も宿の飯や風呂はとても好評だった。大国の王族が泊まった宿として箔を付けるのとアネモスへの支援のお礼、アネモスとガーミウルスとの合併の報告、そしてこれからの大国同士の付き合い方を相談する会議を行う為に招待したのだ。
「まずはアネモスへの支援のご協力をありがとうございました。これはお礼と友好の証として各国の神が身に着けているアクセサリーと同じ物をお渡しさせて頂きます」
ボッケーノの宝石店で作ってもらった多面カットが施された物だ。
「これはなんとも見事な・・・」
皆、国家予算をつぎ込んでも購入できない宝飾品にゴクッと息を飲んでいた。
「あと、すでにご報告をさせて頂いておりますが、アネモスはガーミウルスと交戦の後に和平を結び、ガーミウルス全国民はアネモスへと移住し合併致しました。街をアネモスとボッケーノの間に作り約100万人の人口増となっています。その街はガーミウルスの総統であったデイスラルに統治を任せます。デイスラル、皆に挨拶を頼む」
「アネモスのデイスラルだ。この度は窮地にあったガーミウルス国民の為に神無し国になっていたアネモスを併合すべく侵攻をした事を深く反省しているのだよ。ウェンディの慈悲を授かりガーミウルスはアネモスに下った。今後はアネモスの一員としてウェンディに忠誠と感謝の祈りを捧げていくことをお約束する」
「セイ殿、ガーミウルスは我が国にも工作を仕掛けていたようだが。それに国を破壊出来るような魔導兵器を開発していたとも報告を受けている」
ガイヤの王はアネモスがガーミウルスを吸収し、覇権を唱えるのではと心配しているようだ。
「確かにガーミウルスは魔導兵器の開発を行い強大な力を持っていました。しかし、交戦の際にそれは破壊しています。アネモスも併合した現在、便利な魔導具はそこそこ残すつもりではありますが兵器は全て破棄及び製造もしません」
「本当ですかな?」
「はい。本日お集まり頂いたのは不可侵条約をこの4カ国で結びたいと思ってお越し頂きました。互いに争うことはありませんでしたがきちんと条約を結ぶ事が未来においても争いがないようにしておきたいのです」
「なるほど、これから先の事を約束するのですな」
「はい。今まで平和だったからこの先も平和とは限りませんので。特にアネモスがガーミウルスの技術を手に入れた事でご不安になられているでしょうから」
そういうと王達に苦笑いされた。
「条約の細かい内容は担当の人に任せて4ヶ国で話し合って決めるということでよろしいですか?」
こちらからの一方的な内容ではなくお互いに話し合って決めるのが一番安心出来るだろう。大元の内容は武力による衝突をしないのと隣国同士お互いに発展していくというものだ。
「アネモスからの条件は一つだけあります」
「なんだね?」
「条約に調印するのは来年でもよろしいですかですか?」
「別に構わんが何か理由はあるのかね?」
「調印は新しい王にして貰おうと思ってます」
「セイ殿は王を降りられるつもりか?」
「自分の役目は神たちの世話係。国を統治するのは相応しい人に任せたいのです」
「まさかデイスラル殿にまかせるられるおつもりか?」
「いえ、違いますよ。正式に王になった時に改めてお知らせいたしますが今日来てもらっていますのでご紹介します。さ、入って」
そう声を掛けるとガチャッとドアが開いてビスクマリーが入って来た。
驚いたのはボッケーノ王と王妃。
「父上、母上。お久しぶりにございます」
「マリー・・・・、まさかお前が」
「ご紹介します。元ボッケーノのビスクマリー姫です。非公式でこの漁村の再開発に当初から携わって頂き、お陰様でこのような立派な宿が出来ました」
「皆様、初めまして。ビスクマリー・ボッケーノと申します。来年成人を迎えるにあたり、セイ様よりアネモスの王になれと拝命致しました。微力ではございますがアネモスの発展と平和の為に尽力を尽す所存にございます。若輩者ではございますがこれからの良きお付き合いを宜しくお願い申し上げます」
姫様は日頃ののじゃ姫口調ではなくきちんと挨拶をしたのであった。
「ボッケーノ王、宜しいのですか」
ガイヤ王は驚きを隠せない。
「マリー、いつの間にそのような話が」
「セイ様。マリーはあなたにお預けした身ではありますが本当に王になさるおつもり?」
ボッケーノ王妃はセイにそう聞いてきた。
「はい。新生アネモスは貴族と庶民の垣根を低くします。生まれた身分で出来ることが決まってしまうのではなく、自身の力で活躍できる国へと変わります。姫様はここで身分関係なく働く人達に混じり頑張ってくれました。その経験を活かして立派な王になってくれると信じています」
「マリー、ボッケーノの貴族に嫁いだら苦労せずに豊かに暮らせるのよ?それでも他国の王という重責を受けるのかしら?」
「母上、妾はセイより信頼をもらったのじゃ。それに答えられねば女が廃るというものじゃ」
「セイ様、マリーと婚姻をされるおつもりなのかしら?」
「いえ、自分は神達の面倒をみないとダメなのでそれはありません。姫様にはもっと相応しい方が現れるでしょう」
「そう・・・」
ボッケーノ王妃はビスクマリーをなんとも言えない目で見ていた。その目にどのような感情が込められているかは分からなかったが、王も王妃も反対はしなかったのである。
「では姫様にも会議にはいってもらって続きを話しましょうか」
「続き?」
「はい。次は実益についての話です。ガイヤとアクア、ボッケーノとアネモスの交易の促進です」
「ガイヤとアクアの街道の件ですな」
「そうです。まずはガイヤとアクアの街道の改善のお話をさせて下さい」
「水路の話は報告を受けてはおるが、あれ程の距離を水路で繋ぐのは費用対効果が取れませぬぞ」
とガイヤ王は水路自体には反対ではないがそこまで大規模な工事費を掛けてまでする事は出来ないということだろう。
「工事の大半は自分がやります。これは支援に対するお礼でもありますし、各国が共に発展するきっかけにもなると思っています。水路があれば重い荷物の運搬も楽になりますし移動も楽になります。ガイヤとアクアの両国には船着き場の土地の提供をお願いしたいのです。水路は再開発した村にも通します。出来れば街道沿いに宿場町を作って下さると行き来する商人や旅行者たちの安全が担保されて流通が増えると思うのです」
「水路を作って下さるというのですか?どのようにして」
「テルウスとアーパスの力を借ります。テルウスの加護の力で水路を掘り、アーパスの加護の力を借りて水を循環させるように出来ますからガイヤからアクアへ、アクアからガイヤへ川のように流れを作ります。これで運搬がかなり楽になると思います」
「なんとっ、神の力を借りるとおっしゃるのか」
「はい。先行してアネモスとボッケーノの街道を作っております。山に穴を空けて直線で繋ぎますのでかなり便利になります。間にはボッケーノの領地、アネモスのガーミウルス地区を経由しますので両地とも交易の恩恵を受けると思ってますよ」
「いつの間にそのような事を・・・」
「ガーミウルスの人達の街作りをしながらやってます。そろそろボッケーノへつながりますのでボッケーノ内の工事許可を頂ければ助かります」
セイは簡単な地図を見せながら今やっている事を説明する。
「ガイヤとアクアは水路ということですな」
「はい。街道はすでに整備されていますので水路がよろしいかと思います。街道と合わせてより人の交流が増えることでしょう」
「了解した。ガイヤは土地を提供しよう。宿場町も一つ作ろうではないか」
「アクアも依存ございません。水路は直接王都に入れるように繋いで下さると土地は必要ありません」
と、両国とも快諾してくれたので測量をしてくれる人を頼んでおいた。上手く傾斜を付けないと水が流れないからだ。
ガイヤーアクアの工事は来年の春を待って着工することになった。
「ボッケーノまでの新たな街道を作って下さるのであれば工事の許可はこの場で致そう」
ボッケーノ王も反対はしない。工事費はこちら持ちだからな。
こうして大国同士の会議とビスクマリーが王になる報告は完了。後はアネモスの今後の展望等を話しておいたのだった。
ーボッケーノ王達を送った後の屋敷ー
「テルウスから先に帰れよ」
実体化している女神ズを誰から元に戻すか揉めている。ヘスティアは一番最後がいいと言って聞かないのだ。
「もうっ」
長女は根負けして先に元に戻る事に。
妖力の流し慣れというのだろうか、抱きつかなくても背中を出してもらって心臓の裏に両手を当てて流すと抱きつくのと同じぐらいのスピードで流れて行く。ウェンディにも毎晩こうして流しているのだ。
2日ほどでテルウスは元に戻り、アーパスは半日で戻った。
「だっ、抱っこでやってくれよ」
最後に残ったヘスティアは甘えたモード発動だ。
「どっちも変わんないって言ったろ?」
「いいじゃねーかよ」
「ハイハイ」
ぺったりくっついてくるヘスティア。背中に手をまわして妖力を流していく。くっつくのと心臓の裏に手を当てて流すとより効率が良い。前より一日早く流し終わった。
「なんか早くねーかよ」
「早い方がいいだろ?ずっとじっとしてなきゃなんないんだから」
ヘスティアは途中で寝られるけどこっちは寝れないのだ。
「じゃ、またね。俺は寝るよ」
ヘスティアに妖力を流し続けていたので睡眠不足だ。
セイはあっという間にゴーゴー寝るとヘスティアは帰らずにウェンディとセイに一緒にくっついて寝たのであった。バレたら早く戻れと怒られるからセイが目覚める前に帰った。
翌朝
「みんな2日〜3日で元に戻るのにお前は本当に戻らんな。だいぶ流れる量が増えてんのにな」
朝起きてウェンディにそういう。ほとんど毎晩妖力を流し続けているのだ。
「でも少し身体が軽くなった気がする」
「本当か?」
と、セイはウェンディを抱っこしてみた。
「ちょっとぉっ、何すんのよっ」
「軽くなったか確かめたんだ。確かに少し軽くなってんな。自分で少し浮けそうか?」
「無理よ。早く降ろしてっ」
ジタバタ暴れるウェンディを降ろして考える。これ信者の数が増えて流れる量が増えてこれか。ガーミウルスの移住者が100万人増えてもアクアより人口少ないからな。妖力の効果が出ている事が解ったからまだ良いけど、この調子だとあと何年も掛かるかもしれないな。
セイは信仰心が戻っているのにウェンディが神になかなか戻れない事に少し不安を抱いていたのであった。