甘いビール
アネモス王都は騒然となっていた。風の神ウェンディから発しられたとされる魔物の大量発生の警告を信じて避難するもの、それを信じない者で二分されていく。信じない者はウェンディを疫病神と罵り、国を荒らすような警告を発したことへの反発を強めた。
「疫病神の事を信じろってのかよっ」
「おう、ならここにそのままいやがれ」
サカキ達は文句を言ってくる人にそう言い返して、これから何が起こるか警告を発し続けた。
一方、ウェンディの警告は地方の貧しい地区程効果的に信じていく。農村は先にセイとウェンディが一緒に周り、サカキとぬーちゃんが魔物を狩った後にクラマが風で周りを浄化、セイが結界を張ったあとにウェンディと手を繋いで雨を降らせる。
「ここはもう大丈夫です。日照りが続くようならまた来ますので。村の杭の内側は神の結界を張りましたので魔物が入って来ることはありませんので外にはなるべく出ないようにしてください」
同じ事を日々繰り返していく。王都から避難する人は冒険者達が護衛をして受け入れてくれる領地へ避難をしていった。
半月程それが続いた後、前に王の謁見の際に案内してくれた騎士が何人か引き連れて屋敷を訪ねてやってきた。
「ご自宅までお仕掛けて申し訳ございません」
「どうしたの?」
「私はルーク・セイダルと申します。誠に勝手なお願いがございまして伺いました」
「どんな願い?」
「我々は王国を守る騎士でございます。ウェンディ様の警告を信じておりますが職務を放棄する訳には参りません」
「そうだろうね」
「お願いと申しますのは家族は避難させて頂く事は可能でしょうか」
「問題ないよ。信じて避難してくれる人はどんどん避難して」
「ありがとうございます」
「でも職務を全うしてたら死ぬよ。家族を残して死ぬ気?」
「はい。騎士とはそういうものなのです。自分の命を賭して国を守るのが使命」
「王都に残る事が国を守ることになる?」
「はい」
「国とはなんだ?土地か?王か?」
「それは・・・」
「俺は国とは人だと思うんだよね。騎士は王を守る護衛任務というのがあるのも知っているけどそれで国民を守れるか?王は魔物が増えても軍の訓練相手にいいと言ったけど魔物と日頃戦ったことのない兵士達が強い魔物に勝てるかな?」
「魔物とはそれほど強いのですか?」
「想定している強い魔物ってオーガくらいまででしょ?サイクロプスの上位種の三つ目とか出たら倒せないと思うんだよね。アネモス近辺では出たことがない魔物が出だすからヤバいと思うよ。それよりまだ強いのもいるし、一角幻獣とか出たらあっさり全滅するから」
「それでも・・・」
「王を守るのが騎士というなら残ればいい。国民を守るのが騎士というなら避難する人達を守る事も任務を果たした事になると思うけどね。俺はそこまで騎士の任務に詳しいわけじゃないから勝手な言い分かもしれないけど」
「・・・・」
「俺達はウェンディを信じてくれる人を守るだけ。判断はそれぞれに任せるよ。家族を避難させるなら受け入れ領地に向けて避難する所に行けば纏まって避難してるからそこに行けばいい」
「皆が避難してしまえばガーミウルスの侵攻に対抗が・・・」
「王は対策をしていると言ったけど想定が甘いんじゃないかと俺は思っている。ガーミウルスは大型魔導兵器を持ってるんじゃないかと思うんだよね。それこそ建物とか吹っ飛ばすぐらいの」
「そのような物があるのでしょうか」
「剣やそこそこの魔法でどうにかなると思わない方がいいよ。いざ攻めて来られた時に慌てて避難しても間に合わない。殺されるか占領されてアネモスの国民は奴隷みたいな扱いをされると思っておいた方がいい。ウェンディを信じてくれた人達は俺達が守るから、王を信じた人達は王になんとかしてもらえばいいんじゃないかな」
「ウェンディ様がガーミウルスを撃退されるのですか」
「神は人を守る為に存在する。敵とはいえそれはさせられない。それは人の役目だから俺がやる」
「軍が敵わない相手を一人で・・・?」
「俺は神を守るのが役目なんだよ。それこそ命を賭してでもね。だからお互い守るべきものを守ればいいさ」
「貴重なお話をありがとうございました」
「ルーク」
「はい」
「出来れば君みたいな人には死んで欲しくないかな。新生アネモスの為にもね」
「新生アネモスですか・・・」
「ま、それは全てが片付いた後の事だ。お互い頑張ろう。家族は早く避難させろよ」
「はい。ありがとうございます」
騎士達はセイの屋敷を後にしたのだった。
ピリリりりっ
「もしもし」
「よう、そっちはどうだ?」
「かなりやばいね。アネモス全体が魔物の巣になりつつあるよ」
「マジかよ」
「姫様達はどうしてる?」
「おー、すっかり村に馴染んでるぜ。ありゃいい姫様になんぜ。モリーナ様も流石だな。人の割振りとか上手ぇしよ、爺も予算組みとか教えながらやってくれてんぜ」
「了解。こっちはなんとかするから姫様達をよろしくな」
「おう、なんかあったら連絡してくれや」
シーバスが心配して連絡をくれた。姫様が元気にやってくれているようで良かった。
「セイ、ちょっと休んだ方がいいんじゃねぇか?」
「ん?夜はちゃんと寝てるぞ」
「嘘つけ。ウェンディに妖力注ぎ続けてんだろうが」
「まあ、それはしてるけど」
「いくらポーション飲んで体力回復してるってもよ、精神までは回復してねぇだろ?」
「まぁ、冬になるまでに避難を終わらせたいからね。それまでの辛抱だよ」
「いいからちょっと付き合え」
と、サカキはセイを心配して一緒に飲もうと言ってきた。
「風呂に入ったら回復するって」
「なら風呂で飲むか」
と、ズルズルとセイを露天風呂に引っ張って行った。
ゴボゴボゴボゴボゴボ
「ふぅー、夏でも風呂はいいね」
サカキとクマラと屋敷の露天風呂に浸かる。
「セイと入るとウンディーネのサービスがあるからいつも一緒に入れよ。こいつぁ気持がいいからよ」
「ならあたしもご相伴に預かろうかね」
タマモは妖狐の姿で入ってきた。ぬーちゃんも一緒だ。
「ん、ウェンディを一人にしてんのか?」
飯食った後に先に寝たウェンディは今寝室で一人のはずだ。
「ちょっとくらい大丈夫さね。ここにいても何かあったらわかるよ。セイは過保護すぎさね」
「過保護って・・・」
確かに屋敷には結界も張ってあるから魔物が入って来ることもない。
そうだぞ全くとサカキにも呆れられてビールを渡された。
「ビールって苦いんだよなぁ」
と、言いながら飲むと凄く旨く感じた。
「あれ?旨いね」
「風呂で飲むビールは旨ぇんだよ。なぁジジイ」
「ワシは冷酒の方がええわい。セイ、こっちを飲むか?」
「いや、このビールを飲んでからでいいよ」
ゴッゴッゴッとセイはビールを飲み干した。苦味のあるビールが何故か少し甘く感じ、炭酸の刺激が喉を通るのが気持いい。
「ふぅーっ」
「ちょっと心の疲れが取れるだろ?」
「そうだね。肩の力が抜けて行くような感じがするよ」
「セイは何かやり始めるとのめり込むからな。ちょっとは立ち止まって周りを見やがれ」
「ん?」
「心を落ち着けろって言ってんだよ。気持ちが焦っても空回りするだけだ。ウェンディはそのうち絶対にちゃんと神に戻る。心配すんな」
サカキ達はセイの心情を分かっていた。ウェンディを信じる人が増えるに連れて妖力の流れる量は少しずつ増えてはいる。が、神に戻る兆しが少しも掴めないのだ。このまま永遠に戻してやれなかったらどうなるのだろうかと。混沌としたアネモスを元の穏やかな国にするのはなんとか自分達でも出来そうではあるがそれも自分が生きている間だけ。自分が生きている間に神に戻してやれなければもうウェンディが神に戻れる事はなくなるのだ。そうなればアネモスはまた混沌とした国になり滅びを迎える。
セイは日々結界を張り、雨を降らせていることで神の恩恵の強さを改めて感じていた。これは人間がやり続けられる事ではないのだ。
「ウェンディは神に戻れるかな?」
「もしだ、もし戻れなかったらそれでもいいじゃねーか」
「なんでだよ?」
「人はボッケーノにでも移住させてよ、ウェンディと楽しく暮らしゃいいじゃねーか。お前ももう神に戻らなくていいとも思った事あんだろが」
「まぁね。でもやっぱり神は神でないとダメなんだよ。ヘスティアやアーパスがそうだったように」
「お前、自分が死んだ時の事考えてんだろ?」
「そうだね。なんかで死ななくてもあと5〜60年ってところだろ?俺の妖力もどこから来てるかわかんないし、いきなり無くなる事もあるんじゃないかと思ってね」
「そいつぁ、俺達にもわからんな。まぁ、考えてもわからん事は考えるだけ無駄だ。それに悩んで心が壊れる方が馬鹿らしいだろうが」
「まぁね」
「それよりちょっとは笑え。大事なウェンディにもここしばらく笑顔を見せてやってねぇだろうが」
そう言われて自分でも笑ってないことに気付く。毎日、結界を張り、雨を降らせてもウェンディを信じろと言って各地を回っているだけだ。飯も楽しんで食ってはいない。
「あと結界張る場所はいくつ残ってる?」
「そんなに残ってないとは思う」
「なら、それが終わったらアクアに行こうぜ」
「姫様は馴染んで頑張ってるみたいだぞ」
「馬鹿かお前?あいつはまだ子供だろうが。知らない土地で頑張ってるって事は何にも遊んでないってことだろうが」
「あっ」
「ちょっとあいつも遊ばせてやれ。結界を張り終わったら一週間くらいここを離れても大丈夫だろ?」
「そうだね」
サカキ達にそう言われたセイは風呂を上がって寝室に行くと特注の4人ベッドでセイが寝る位置でウェンディは寝ていた。
頭をよしよししてからいつものように妖力を流していくとコロンとくっついて来た。
あと少し頑張ったら遊びに連れて行くか。
セイはその日、久しぶりにゆっくりと寝たのであった。