フェンリルとシルフィード
快速空馬はノーマル空馬より断然早く、3時間程でアネモスに帰ることが出来た。乗り心地は良くないのでぐったりするけど。
セイはアネモスで布教活動を続けていく日々を過ごしていく。冒険者達も布教活動を続けてくれようとしていたが魔物の数が増えて布教活動に手が回らなくなっていた。
「セイ。ここの村の魔物討伐をやってくれんか。トロールが何匹もウロウロしてるらしくてここの冒険者共じゃ歯が立たん。村だと依頼金も払えねえしな」
「各地で似たような状況になってるんだろ?」
「そうだ。怪我するやつも増えててな」
「怪我した奴は教会に行ってポーション貰って治して。教会にはたくさん渡してあるから」
「わかった。あと農作物が全然育たんらしい。冒険者の魔法使いも魔物討伐で農村まで手が回らん。このままだとアネモスの野菜が枯渇する」
「だね。酷い所はなんとかするよ」
「頼んだぞ」
セイはトロールが出ている村にぬーちゃんで飛んで行く。
「たっ、助けて下さいっ。大きな魔物があちこちにウロウロしていまして。何人も怪我人が」
「神をおろそかにした報いが来ていることは理解しているか?」
「はっ、はい。何卒お助けをっ」
「タマモ、ウェンディの護衛を頼む。怪我人は二人で治してやってくれ」
と、ポーションを神の慈悲として使うように渡しておく。タマモなら上手くやってくれるだろう。
「ぬーちゃん、行くよ」
村の近くにいるトロール目指して飛んでいく。
「クラマ、サカキ。二手に別れて狩って来てくれ」
セイは上空から群れを見つけて殲滅していく。もうこんな数が出てんのか。
今出ているトロールを狩ってた後に巣穴をクラマと探すが見つからない。
「全体に嫌な空気が漂っておるの」
「巣穴を見付けられそう?」
「前みたいに特定の場所から出てるようには思えんのじゃが・・・」
「セイ、あそこ見てろ」
と、サカキが言う。
あっ・・・
何も無いところからトロールがリポップしたのだ。
「クラマ、どう思う?」
「アネモス全体が巣穴みたいになっておるんじゃないのかのう」
「俺もそう思う」
とりあえずリポップしたトロールはサカキが狩った。しかしアイテムに変わらない。相当まずい状況だ。ガーミウルスが侵攻してくる前にヤバくなるんじゃないかこれ?
村に戻るとウェンディが拝まれていたのでもうこの村は大丈夫だな。
「お前は村長か?」
「はい」
「皆に話してこの村を捨てろ。魔物はこれからもどんどん出てくる」
「え?」
「今出ているのは全部倒したがまたすぐに出てくるはずだ。そのうちこの村は全滅するぞ」
「村を捨ててどこに行けとおっしゃるのですか」
「王都に逃げろ。住む場所はなんとかする」
想定していたより遥かに悪くなってきている。クラマの言ったアネモス全土が巣穴みたいになっているなら対処のしようがないじゃないか。
その夜はこの村にとどまって皆に現状を話した。今晩中に荷物をまとめろと言って避難準備をさせておく。
「イフリート、ちょっと来てくれ」
「お呼びでございますか」
「ウェンディの眷属って何してる?」
「それがその・・・」
「悪いけど呼んできてくれるかな?ちょっと手伝わせたいんだよ」
「フェンリルとシルフィードは気まぐれでございまして・・・」
「いいから連れて来てくれ。ウェンディが外界に来てから一度も顔を出さないしどんな奴らか見ておきたいし、眷属に手伝わせないと手が足らん」
イフリートに強く言うと呼びに行ってくれた。
結構な時間を待たされてようやくデッカイ犬みたいなやつと羽の生えた小さな女の子がやってきた。犬はふてぶてしそうに横を向き、羽の生えた小さな女の子はほっぺたを膨らませて横を向いている。
「お前らがフェンリルとシルフィードか?」
「気安く話しかけるな人間が」
フェンリルは喋れるのか。リザードマンと同じような感じだな。
「無理矢理呼んで何様のつもりっ」
シルフィードもプンスカ怒ってやがる。
「お前らウェンディの眷属だろ?神が下界に来ているのに顔も見せないし呼んでも来ないとかどういうつもりだ?」
「お前には関係ない」
カチンと来るが確かに俺はこいつらとは無関係だ。
「ぬーちゃん、ウェンディを連れて来て」
ウェンディを連れて来たぬーちゃん。
「あっ、フェンリルにシルフィード」
と、近寄ったウェンディ。
ガブッ
フェンリルに触ろうとしたウェンディを噛みやがった。
「なんで噛むのよっ」
「落ちこぼれたくせにいつまでも神のふりをするな。我は落ちこぼれの眷属になった覚えはない」
「えっ?」
「そうよ。みっともないったらありゃしない。ウェンディなんかと契約させられて赤っ恥よ」
「なんでそんなことを言うのよっ」
「うるさい落ちこぼれが」
「痛い痛い痛いっ。噛まないでっ」
プツン
「はっ、やめろ貴様らっ。ウェンディ様に無礼な振る舞いをするなっ」
イフリートはセイから溢れ出す妖気に気付き慌てて二人を諫める。
「イフリートよ、貴様はヘスティア様の眷属だからとて指図をするな」
フェンリルはイフリートにも向かって牙を剥く。
「フェンリル、シルフィード。お前らウェンディに逆らうのか?」
無表情でそう話しかけるセイ。
「人間の分際で話し掛けるなと言ったはずだ。噛み殺すぞ」
「やめろフェンリルっ。セイ様にそのような口をきくな」
「イフリートよ、お前も我に指図するなと言っただろうが」
「セ、セイ様。おやめください。二人は神と眷属の契約を交わしております。その眷属に手を出すのはまずいのですっ」
「そうか。眷属契約を交わしているものだからまずいんだな?」
「はっ、はい」
「フェンリル、シルフィード。お前らはクビだ」
「何勝手な事を言ってくれちゃってんのさっ。あんたには関係ない・・・」
その時にフェンリルとシルフィードの眷属契約の印がスーッと消えていく。
「なっ、何よこれ・・・」
シルフィードが自分の指を見て驚く。
「これでお前らはウェンディと無関係だ。フェンリル。お前はもうただの魔物だ。どっかに失せろ。次に見かけた時は珍しい魔物として討伐してやる。シルフィード、お前も大妖精ではなくただの妖精だ。どっかに消えろ」
「人間ごときが我を討伐するだと?」
「フェンリルやめろっ。セイ様に歯向かうなっ」
「うるさいイフリートっ、お前から噛み殺すぞ」
「いいぞーっ、フェンリル。偉そうなイフリートもやっちゃえっ」
「捕縛」
セイは無表情でそう答えフェンリルとシルフィードを拘束した。
「死ねよお前ら。眷属のくせにウェンディを馬鹿にしやがって。お前らがそんなんだからウェンディが報われないんだろうがっ」
「クソっ、我に何をしたっ」
「黙れクソ犬。飼い主を噛むような犬はいらん」
セイはメラウスの剣を抜き妖力を込める。そのメラウスの剣はいつものように光るだけではなく、炎と水を纏っていた。
「ヒィィィィッっ」
悲鳴をあげるシルフィード。その炎と水を見て愕然とするフェンリル。
「まっ、まさか・・・」
「おやめ下さいセイ様っ」
「イフリート、お前俺に嘘の報告をしたな?」
「もっ、申し訳ありませんっ」
「コイツらがお前と連携するとなぜ嘘を付いた?」
「ご、ご心配をお掛けしたくなく・・・」
「イフリート、次はないぞ。嫌な報告程キチンとしろ」
「申し訳ございませんっ」
「お前ら大精霊のイフリートにまで嘘をつかせるような事をしやがって。死んで詫びろ」
セイは炎と水を纏ったメラウスの剣を振り上げた。
「おっと、セイ。そこまでにしてやれよ」
ドゴンっ
ヘスティアがいきなり現れてイフリートのケツを蹴り飛ばして。
そしてアーパスもいつの間にか横にいる。
「あら、ヘスティアとアーパスの加護をもらったのね。じゃ、私も」
チュッ
そう言ったテルウスはセイのほっぺたにキスをした。
「テルウスっ、あんた人の下僕になんて事をしてくれんのよーっ」
いきなりの事で何がなんだか分からず、セイの高まった妖力が抜けていく。
「セイ、俺様がいなくなって寂しくて気が立ってんだろ?ほらこうしててやるよ」
ヘスティアは浮いたままセイの後ろから首に腕を回して抱きついた。
「ヘスティアっ。ベタベタ抱きつかないでっ」
「セイ、私は抱っこ」
と、アーパスも抱き着いてきた。
「お前ら天界にいないとダメじゃないか」
「ちょっとぐらいいいだろうが。いつ来ても良いって言っただろ?」
「私は加護の雨を降らせたから大丈夫」
ヘスティアとアーパスがくっついて来た事でセイは穴の空いた気持が塞がっていく。
「セイ、ウェンディとコイツらの眷属契約を解除したのはいいけどよ、一応元大神の眷属なんだから許してやってくれよ」
「ヘスティアっ。だからベタベタしないでっ」
「いいだろ?セイは俺様の加護持ちなんだからよ」
「私の加護もあるから私もいいの」
「あら、私も今あげたのよ?」
「あの・・・、加護ってなんの話?」
「さっきメラウスに纏わせてただろうがよ。俺様の加護の力と同じ力を使えるようにしてやったんだよ」
「いつ?」
「この前ほっぺにしてやったたろうが」
「私も天界に帰る時にした」
「私は今よ」
「ウェンディは落ちこぼれだから加護与えるの無理だけどな」
「きぃーーっ。セイは私の下僕なのよっ。勝手に加護なんて与えないでっ」
ほっぺにチュが加護を与えた事になるのか。
キーキー怒るウェンディ、ベタベタしてくるヘスティアとアーパス。失われた日常が戻ってきてセイの心は落ち着いていき、フェンリル達に向けられた毒気が抜けていったのであった。