そしてアーパスも
アクアに到着後、漁村に向かうのは明日からにして今日はいつもの宿に泊まることに。
支配人を呼んで挨拶をする。
「こちらはボッケーノのビスクマリー姫。こちらは元王妃のモリーナ様」
「そうこそおいで下さいました。心より歓迎させて頂きます」
貴族向けの挨拶をする支配人。王家の人間だと紹介をしても驚きもせずに優雅に対応する。
「お部屋は別にご用意いたしますか?」
「いや、一緒でいいよ」
フィッシャーズ達は自分たちの家の様子を見たいと帰ったので寝室は大丈夫だ。
「それとね、アーパスはここにあまり来れなくなると思う」
「どちらかに行かれるのですか?」
「いや、天界に戻って神の仕事をしないといけないんだよ。ここに来ても皆には見えなくなってると思うから」
「そうでございますか。それはとても残念でございます。こうしてアーパス様のお姿を拝見できるだけで心が安らいでおりましたので」
「いつもありがとう。神の使命はちゃんと果たすから」
「アーパス様。日頃よりお守りくださっていることを心より感謝致します」
「うん」
ウェンディもアネモスの国民からこうして感謝される国にしていかないとな。
「いい宿じゃな」
「ここは気も効くしサービスもいいし本当にいい宿だよ。晩ごはんはここのレストランで食べようか?」
ということでお茶を持ってきてくれたメイドさんにレストランで食べることを伝えてもらった。
「ここの料理美味しいですわね。パンもボッケーノのよりずっと美味しいわ」
モリーナも満足そうだ。ウェンディのテーブルマナーは恥ずかしいが今更どうしようもない。
「アーパス様も天界に帰ってしまうのか?」
「そう。だから私の事が見えるのも今夜が最後」
「ヘスティア様もおられぬようになってしまって寂しいの」
「また暫くしたら見えるようにするよ。神の加護で知らないことをテルウスに教えてもらってね。神が天界にいてこそ神あり国として恩恵があるんだって」
「そうでしたの。人々は何も知らずにその恩恵に与かっているのね」
「そうですね。神の力は偉大です」
「セイ様、アネモスはどうなりまして?」
「親書を手配して下さったのはモリーナ様ですよね。ご厚意を無駄にしてしまい申し訳ありません。アネモス王とは対立してしまいました」
「そう。余計な事をしてしまいまして申し訳ないわ」
「いや、自分が未熟だったせいです。もっと思慮が深ければ対立せずに穏便に事を進められたんだと思います」
「貴族社会、王君制度というのは中にいないとわからないことも多いですから仕方がありませんわ。みな自分が神になったかのように勘違いしますのよ。マリー、あなたは市井で学びそのような勘違いをしないようになさい」
「妾はセイから色々と学んだのじゃ。妾の我儘が人を殺しかねんということは胸に刺さっておるのじゃ」
「そう。早いうちにそれを教えて下さったセイ様に感謝せねばなりませんね」
爺も一緒に食べればいいのに執事に徹している。後で何かご馳走しよう。
「失礼致します」
と、給仕の人が声をかけてきた。
「ランバール様がセイ様にご挨拶をしたいと申されてましていかがいたしましょうか」
「あっ、ランバールさん来てるの?ぜひご一緒しましょうとお伝え下さい」
そう言うと別の席を用意して皆で座れる準備をしてくれた。
「アーパス様。またお会い出来て光栄にございます。心より感謝を申し上げます」
ランバールに引き続き父親と母親も挨拶をした。レベッカも一緒だ。
セイはお互いを紹介する。貴族同士の長々とした挨拶のあと食事を再開した。
「おぉ、モリーナ様とビスクマリー様が漁村の再開発に手を貸してくださるのですか」
「いえ、こちらが勉強をさせて頂くことになりましたの。公務ではございませんのでアクア王家には内密にお願い致します」
「かしこまりました。セイ様、ご忠告頂いた通り春になってから虫の魔物が飛躍的に数が増えましてな。駆除に難儀しております」
「強いのは出てます?」
「今のところは数が増えただけです。ここだけの話ではございますが宿の宝石を献上させたのは王妃でございましてな。誠に勝手ながら王妃のワガママに呆れたアーパス様がアクアから出ていかれたことにしております」
「そうなんだ」
「はい。ご忠告通り魔物が増えた事で王妃に非難が集まったのは狙い通りで良かったのですが少々反響が大きすぎました」
「アクアの人達はアーパスへの信仰が強いからね」
「不躾なお願いで申し訳ございませんが、アーパス様に王妃の謝罪の場を設けて下さいませんでしょうか」
「王妃が謝りに来るの?」
「はい。実はこちらの宿にアーパス様がお越しになられたら連絡を頂く事になっていたのです」
それでこんなにタイミングよく来たのか。
「アーパスどうする?」
「セイはどうして欲しい?」
「アクアが荒れるのは望まないから謝罪を受けて欲しい」
「わかった。ならそうする」
「ありがとうございます。私の浅はかな考えでご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いや大丈夫。立場が上の人が間違った時に諫めるのは重要だよ。アクアにランバールさんみたいな人がいれば国は安泰だね」
「そう言って頂けると助かります」
明日の昼前に教会で謝罪を受けることになり、その後は色々と話をする。
「そうでございますか。アネモス王は愚かな対応をされたものですな」
「いえ、仲間に何でも力ずくで解決しようとするなと叱られました。自分の未熟さゆえにいらぬ争いになりました」
「ハッハッハ。何でも力ずくで解決するなですか。私にも耳の痛い言葉でございますな」
「確かに。セイ様と父上は似ておられるかもしれません」
と、息子に言われてランバールはギロリと睨んでいた。
「セイ様、ご尽力申し上げたいがアネモスは距離が離れており・・・」
「いえ、お気持ちだけで結構ですよ。ありがとうございます」
「気に悩んでおられるようですが?」
「まぁ、アネモスに内乱を引き起こした張本人ですからね。仲間にもウェンディの事になると頭に血が登るのが早すぎるとも言われまして」
「アネモス王に何かされたのですか?」
「ウェンディを戦争に加担させようとしてそれを断ると武器を向けられましてね」
「そうでしたか。しかし、そこで怒らねば男ではありますまい。武器を向けられたら反撃する権利はありますのでな。しかも相手は神様だ。その場で斬って捨ててしまっても良かったほどです。セイ様は正しいことをされたのです。気に病む事はございません」
「ありがとう。そう言ってくれると少し心が楽かな」
「私もセイ様に尻拭いをしてもらって気が楽になりましたぞ」
そう言ってあっはっはっはと笑うランバール。アネモスもこんな感じだったらいいのになとセイは思うのであった。
こっちで話している間に姫様とレベッカは仲良くなっている。歳も近いだろうし姫様も妹が出来たみたいな感じなのかもしれないな。
デザートのケーキはいつものごとく選ぶ前に全部テーブルに置いてくれる。
「むぅ、この腹が恨めしい。一つしか食べれぬのじゃ」
「私ももう食べれないぃ」
姫様とレベッカがぽこたんと出たお腹をさするのを気にせずウェンディとアーパスは食べ続ける。ウェンディは俺の食べてるやつまで食いやがった。
「神様はいくらでもたべられるの?」
とレベッカが聞く。
「セイがいたら食べなくてもいいけど」
「レベッカ、神様達は食べるのが疲れるまで食べ続けられるよ」
「レベッカも女神様になりたーい」
「私は人になりたい。そうすればずっとセイといられるから」
と、アーパスはぽそっと呟いたのだった。
明日は王と王妃が謝罪に来る時にランバールが護衛に付くとのことだった。ギルマスが言っていた通り、ランバールはかなり地位の高い人のようだ。まぁ、王妃を諫める事が出来る立場なんだもんな。
シーバス達に電話をして事情を話す。朝イチで漁村に向かう予定にしていたからだ。シーバス達はその間にギルドに行くことにするので、こちらも謝罪が終わればギルドに向かう事にした。
夜の間にアーパスに妖力を注いでいく事にした。人に見えなくなるギリギリのラインがアーパスはわかるらしく合図をくれるまで注ぐことに。
「セイ。ヘスティアにしたみたいにして欲しい」
「知ってたの?」
「ヘスティアの強い感情は伝わるから」
ウェンディは見たくないと隣の部屋に寝に行った。
アーパスはパジャマの上を脱いでセイとくっついた。
「恥ずかしい」
「だね」
ヘスティアと違ってこうやって注ぐとすぐにギリギリのラインまで妖力を注げた。
「もう大丈夫。仕上げは明日謝罪を受けた後でして」
そう言ってパジャマを着るアーパス。こんなに早く終わるならわざわざ脱ぐ必要なかったのでは?と思うが今更だ。
「ウェンディも一緒に寝るから呼んでくる」
ウェンディはいつもの位置に寝るが背中を向けていた。
翌日教会に向かうとすでに連絡が入っているようで神官達は跪いてお出迎え。アーパス像の前には大きな椅子も用意されていた。
しばし待つと王妃達が到着したと連絡がありランバールに先導されて王と王妃が入ってきた。二人は白いシンプルな服に身を包み、装飾品は何も身に着けていない。
「アーパス様。私の愚かな行いを懺悔致します」
「アーパス様、誠に申し訳ございませんでした。守るべき民に愚かな行いを致しました事を深くお詫び申し上げます。何卒アクアにお戻り下さるようお願い申し上げます」
「愚かな王と王妃に申し付ける。セイが謝罪を受けろと言ったので今回は受け入れる。次はない」
「はっ、ありがとうございます」
「セイは私が愛する人。セイが言うことは私の言葉だと思いなさい」
「はっ」
「セイ、とても楽しい時間をありがとう」
「アーパス、もういいか?」
「うん」
アーパスに手を繋ぎ妖力を注いで行くと皆からは消えて行くように見えているはずだ。アーパスはすっと浮いてほっぺにチュッとして天に帰って行った。
「アクアの王様、王妃様。アーパスは天に帰りました。増えた虫の魔物も暫くしたら以前と同じくらいに戻ると思います」
「セイ様、アーパス様へのお口添え感謝致します」
「アクアはいい国だからこれからもアーパスに感謝してくれることを望みます」
「かしこまりました」
そして外に出ると加護の雨が降っていた。これはアーパスの涙雨かもしれないな。
「セイ様。ありがとうございました」
「ランバールさんもありがとう。これからも宜しくお願いします」
「こちらこそ。漁村の発展を楽しみにしておりますぞ」
セイは王様達の去り際に国営私営問わず孤児達への援助を増やすようにお願いしておいたのだった。