目を瞑れ
「キャッ」
何度もツルツルと滑る床に足を取られるオルティア。こいつ一人ならもう3回くらい死んでそうだ。
「オルティア、掴まるのはいいけど胸を押し当ててくるな」
「す、すいません。怖いんですぅ。お化けとか出そうで」
「出ても問題ない俺が祓うから。お前は幽霊見えんだろうが」
というかすでにいるけど無視しているのだ。
「怖いものは怖いんですっ」
「お前なぁ。冒険者をしてたら闇夜の中を走ったりとか、息を潜めて隠れたりするんだぞ」
「外は平気です。この閉鎖空間の闇が怖いんですっ」
ポチョン
「ヒィィィィィ」
首筋に雫が落ちて来てそれに悲鳴をあげるオルティアはよりしがみつく。はっきり言って足手纏いだ。
「オルティア、落ち着いて一度腕から手を離せ」
「いっ、嫌です」
「いいから離せ。今から重大な事が起きる」
「な、何なんですか?」
「離せばわかる」
「こっ、こうですか?」
「そうだ。しっかり付いて来いよ」
「え?」
と、セイはダッシュした。ここからはしばらく手すりが付いてるから落ちる事はないだろう。
「いやぁァァァァっ。捨てて行かないで下さいぃぃぃーっ」
「頑張れ〜」
と、セイは少しずつスピードを上げる。オルティアが走っても走ってもランタンの明かりが少しずつ遠ざかって行く。
走りながらもなんかいそうな気がするオルティア。
チーッ
「ギャァァァァっ」
どんくさいネズミがオルティアに踏まれて鳴き声を上げながら絶命する。オルティアの足に残るグニッとした感触と鳴き声が耳に残る。
それから逃れようとオルティアは覚醒した。
「イヤァァァァァァっ」
オルティアは限界を超えてスピードを上げて走りセイに追いついた。
「酷いじゃないですかっ 酷いじゃないですかっ」
と、セイの胸をぽかぽかと泣きながら殴るオルティア。
「お前速く走れんじゃん。今まで手を抜いてたんじゃないのか?」
「もう限界ですっ」
「なら試してみよう」
「イヤァァァァァッ」
セイはまたダッシュしたのであった。
ドンっ
ブッ
「いきなり止まらないで下さいっ」
恐怖よりセイへの怒りが強くなってきたオルティア。
「あそこにいるな。俺たちが探している人だと思うけど犯罪者の可能性も捨てきれない。明かりを消すからな」
「明かりを消して私を捨てていったら一生恨みますからねっ」
「ほら、手を出せ」
と、騒がれても困るのでセイはオルティアの手を握って向こうにいるのが誰か確認をしに行く。手を繋がれたオルティアは赤くなっていた。
「やぁっ、とうっ。おいオッサン、そっちに行ったぞ」
「ヒィッ」
「びびんなって。さっきみたいなデカいやつじゃねーっ」
あー、あの人だ。アクア本部の本部長をしていたコームという人だ。一緒にいるパーティメンバーはこっちの世界だと息子ほどの年齢だろう。そいつらにオッサン呼ばわりされて怒鳴られている。
「クっ」
さっきのは小さなネズミ相手にビビって悲鳴をあげたんだな。
「今のはもう逃げちまったから、俺達が斬った奴の尻尾を切り落として集めろ」
息子ほどの年齢のメンバーに命令されて先に討伐したネズミの尻尾を討伐証明として切り落としていくコーム。あれ、屈辱だろうなぁ。
そしてしばらく様子を見ているセイ。
「ほらオッサン、デカいのがいるぞ」
「今度は殺ってやる。うぉぉぉぉっ」
コームはさっきのビビリの失態を取り返すように叫び声を上げて猫かと思うぐらいのネズミを斬った。
(ヨシッ)
よくやったとセイは心の中でガッツポーズをした。
「オッサン、だいぶ上達したよな」
「当たり前だ。日々研鑽しているからな」
「研鑽ってなんだ?」
「研鑽というのはだな・・・」
なんだ、仲良くやってんじゃん。
ネズミ討伐に成功したコームを褒める少年。それを嬉しそうに受け入れて、学の無いパーティメンバーに難しい言葉を教えるコーム。てっきり屈辱まみれでイヤイヤやっているのかと思っていたセイは安堵した。
「オルティア、帰ろうか?」
「もういいんですか?」
「あぁ」
セイは暗闇の中でオルティアとずっと手を繋いだままった。
静かにそのままそこを離れ、コーム達に気付かれない所まで来て立ち止まる。
暗闇の中、手を引かれて付いて来たオルティアがドンッとぶつかった。
「痛ったぁ」
「大丈夫か?」
なんか顔の硬い部分が当たったから鼻を打ったのかもしれん。セイはランタンを灯して鼻血が出ていないか確認することに。
「なっ、なんですか?」
セイは鼻血が出ていないかオルティアの顔を覗き込んだ。
目線を自分と同じ高さに合わせて見つめられたオルティアはドキドキしている。
(これってもしかして・・・)
「オルティア」
「はいっ」
ドキドキドキドキ
「目を瞑れ」
(来たっ)
女神様たちがいるのにイケないと思いつつオルティアは心臓が張り裂けそうな思いで目を閉じて唇を突き出した。
・・・
・・・・
・・・・・
シーン
(あれ?)
「しっかり付いて来いよーっ」
「え?」
目を瞑っている間にセイはもうずっと向こうに走り去っていた。
ワナワナワナワナワナ
「おのれ・・・許さんっ」
乙女心を踏みにじられたオルティアは般若となった。
「うぉぉぉぉおっ まーてーっ」
「ゲッ、速いじゃん」
セイは想定以上のスピードで走って来るオルティアに慌ててスピードを上げる。
まーてーっと叫びながらズドドドトドと近付いて来る足音。それに殺気を感じたセイは無意識に身体に妖力を込めてダッシュ。
そしてそのまま下水道の出口まで到着した。
「許さんっ」
般若と化したオルティアがセイに迫る。
「よく頑張ったな。行くときはあんなに怖がって動けなかったのに、よくやったぞ」
勢いの付いたオルティアは止まれずボフッとセイに飛び込むような形になった。そこで言われたのが今の言葉だ。
「えっ、あ、はい。ありがとうございます・・・」
さっきまで乙女心を踏みにじったセイを殺してやろうかと思うぐらい憤っていたが、自分を胸に受け止めて頭をポンポンして優しく褒めたセイ。
「さ、こんな臭い所からはさっさと出るぞ」
「限界を超えて走ったので足が言うことをききません」
オルティアがそう言うと
「しょうがないなぁ。ほら手を引いてやるからここを登るぞ」
下水道への入り口は急な階段になっているのでセイはオルティアの手を引いて上まで引っ張ってくれた。
「お帰りなさいませ」
と、下水道に入る門番に出迎えられる。
「うん、ありがとう。特に異常は無かったよ」
「はっ、ご苦労様でございました」
オルティアの手を離そうとするセイ。しかしそれを離さないオルティア。
「平地でも無理そうか?」
「はい」
「ウンディーネ、悪いけど二人共臭いから臭いを取ってくれないかな?」
と、お願いするとゴボゴボゴボと臭いが取れるまで洗ってくれた。
「ほら」
と、セイがおんぶする格好をするのでオルティアはモジモジしながらおぶさった。
「セイさん」
「なんだ?」
「ズルいです」
「は?何がズルいんだよ?」
オルティアは冷たくしたり優しくしたりとオルティアの心を揺さぶるセイにズルイと言ったのであった。
「ほら、女神ズに見つかったらなんか言われるから降りろ」
とアンジェラの店より離れた所で降ろされる。
「歩けるか?」
「もう大丈夫です」
オルティアは心の中で、自分は愛人で本妻の所に帰る男が妻たちに見つからないようにしているような事を想像していた。
「あれ?アンジェラの店が閉まってる。出掛けてんのか?」
時間は夕刻。いつもの晩飯の時間より早いけどもう食いにいったのか?
と、思っていたら皆でぬーちゃんに乗って帰ってきた。
「なんか食って来たのか?」
と声を掛けるとなぜかウェンディがプリプリと怒っている。ぬーちゃんから皆が降りるとアーパスが近付いてきて、
「浮気者」
「は?」
「よぅ、俺様達を置いていったのはそういう訳だったのかよ?」
あー、オルティアをおんぶしていたの見られてたのか。
「オルティアが足を痛めて歩けないって言ったからおぶってただけだよ」
「私は足なんて痛くなんてありませんよ」
オルティアは少し意地悪をした。
「だとよ。太もも触って、背中に当たる感触楽しんでたんじゃねーのかよ?」
「そんなことするからバカッ」
「ウェンディだと背中に当たらねぇからって他の女にするなよな」
「わたしの何が当たらないってのよっ」
「ヒンヌーェンデイだからだよ」
「キィーーーーーーっ」
「じゃ、私は抱っこ。嫌とは言わせない」
アーパスは前に回ってしがみつく。
「そこは俺様のところだぞっ」
「早いもの勝ち」
「こいつはわたしの下僕なのよっ」
女神ズはギャーギャー騒ぎ出した。
はぁ、何をやってるんだこいつらは・・・
「お前、苦労してんだな。もう飲みにいくか。奢ってやるからこの前の店に行こう。この時間なら空いてる」
「うん、ありがとう。やっぱり大人の女の人っていいね」
「私はハーレムに入らんぞ」
「ハーレムなんか作ってません。作ってるのは保育園です」
「そうか。保育園か。アッハッハッハ」
ギャーギャー騒いでいる女神ズを放っておいてスタスタと飲みに行くセイ。
「まーてーっ」
今度は女神ズに追いかけられたセイなのであった。