漁村の観光地化の第一歩
走り始めて3日目、オルティアは身体中が悲鳴を上げているのだろう。マットレスから起き上がるのも辛そうだ。というか起き上がれない。
「ほら、起きろ」
と、オルティアの手を引いて起き上がらせるセイ。
「痛たたたたたっ。痛いですぅっ」
そう言ってセイにしがみつく。
「なーに、イチャついてんだよ?」
「ヘスティア、これがいちゃつくついているように見えるのか?」
「だってよぉ、オルティアが抱きついてんじゃんかよ」
「これがイチャついてんなら、俺とヘスティアもしょっちゅうイチャ付いてるぞ」
「そっ、そんなことしてねぇわっ」
嘘つけ。
「ほら、オルティア。自分の足で立て。風呂入れてやるからそこで身体を温めたらマシになるぞ」
と、マットレスと布団を片付けてバスタブを出す。
「マシになったら飯を食いに来いよ」
余りたくさん食べさせるとまた腹が痛くなるだろうからスープにしておこう。
皆でずぞぞとスープを飲んで出発。
そして、なんとか今日も耐え抜いたオルティアだった。
「オルティア、明日からはこれを持って走しれ」
と、チーヌがテントを渡す。
「えっ?」
「今日までは慣れないお前を甘やかせてやった。本来はテントや鍋とか持っての移動になるだろ?それに風呂や快適なテントと寝具、旨い飯とかは普通の冒険者にはあり得んことなんだ。俺達もアイテムボックスを買えるようになるまではずっとそんなんだったからな」
「そ、そんな・・・」
「あのな、セイと一緒にいるとこんな快適な野営が当たり前だと勘違いしちまうんだ。それにお前は今回凍えるような寒い夜の見張りとかやってないだろ?」
「はい」
「お前は俺達を酷いと思ってるかもしれんがこれでも甘々な対応だと言うことを理解しろ。セイは並外れているから劣るお前を甘やかす。しかしずっとセイが俺達と一緒に居てくれるわけでもないし、お前を正式なパーティに入れることはない。それは俺達も同じだ。お前が娼館より冒険者家業を選ぶならソロでやって行けるぐらいにしてやるぐらいに鍛えてやるしかないんだよ」
「ソロで・・・」
「お前を身体目的で誘ってきた冒険者はまだマシだ。言葉巧みに誘っておいて無理やりとかじゃねぇからな。今後はそういうやつに出くわすかもしれねぇ。そういうときも自分を守る力が必要になる。お前より強い奴らが数人いたら抵抗すら出来ねぇだろう?」
「はい」
「女が冒険者家業につくとはそういうことだ。俺達は幼馴染で元から信頼関係があった。だがお前にはそれが無い。どこかのパーティに入ってもその中でお前を認めさせる力を身につけろ。それがお前の生きる道だ」
チーヌは俺とオルティアの会話が聞こえてたのかもしれん。なぜこんな目に合わせるのかと疑いを持っているであろうオルティアにフィッシャーズ達がやっていることを理解させるために真実を話したのだ。これは三日間耐えたオルティアへの褒美なのかもしれない。
「チーヌ、なら俺達とフィッシャーズと飯を別々にしようか?」
「セイ、そりゃねーぜ。今更草の冒険者鍋とか食えねぇよ」
「人は贅沢に慣れるの早いよね」
「お前のせいだからな。責任取って今日は焼肉にしてくれ」
「オルティアに言ってる事と違うぞ」
「俺の信条は今を楽しめだからな」
「いい信条だな」
「だろ?俺達ゃいつ死ぬかわからんからな。明日の不安より今の楽しみだ。サカキ、飲もうぜ。焼肉パーティだ」
今を楽しめという言葉はオルティアにも届いたようで。テントを持って走る明日はもっと辛いと落ち込んでいたが、取り敢えず美味しい物を食べる事を優先したのであった。
昨日までまともに食事が出来なかったオルティアも今日は食べられたようだった。
そして二日後、シーバス達の村に到着する。
「予定より遅くなったが、取り敢えず1つ目のゴールだ。よく頑張ったな」
「は、はひ」
村のみんなから歓迎されるフィッシャーズ達。
「セイ、宴会場で皆で食うぞ。お前らテントはうちの庭に張るか?」
「それなら宴会場の近くに張るよ。食い終わった後に移動するの面倒だし」
「そうか。なら夕方に集合な」
と、フィッシャーズ達はそれぞれ自宅に帰って行った。
「オルティア、動けそうか?」
「はい、なんとか」
「なら狩りに行こうか」
「え?」
「黒豚とか出る場所があるから晩飯確保しにいこう。お前、俺達の狩りを見たことないだろ?」
「はい・・・」
「心配すんな。走らずにぬーちゃんに乗って行くから」
と、村の外に出てぬーちゃんに鵺に戻って貰って一角幻獣近くのスポットへ。
「おー、いるいる。オルティア、お前やってみるか?」
「ブラックオークなんて無理ですっ」
「じゃ、そこで見とけ」
と、セイは剣を抜きスパスパとブラックオークを倒していく。もうこいつらのパターンは知っているので楽勝だ。
「ほら、簡単に狩れるだろ?この塊1つでアクアなら銀貨50枚で売れるらしいからこれで金貨3枚だ」
「こんなに一瞬で金貨3枚・・・」
「お前はきっと強くなる。だからそれまで頑張れ。お前もこうやってすぐに稼げるようになるのはそんな未来の話じゃない。お前を捨てた冒険者、親、みんな見返してやれよ。そしてそいつらの前で美味そうな飯を見せびらかして食べろ」
「はいっ」
黒豚6体の肉を持って村に戻り、宴会の食べ物として提供したセイ。オルティアはいつの日にかこうやって高価な食材でも惜しげなく出せる冒険者になりたいと心に刻み付けたのであった。
宴会の前半は楽しく盛り上がり、一段落付いた所でシーバスが観光地化の話を切り出した。
「そりゃあ、俺達も豊かになるってんならいい話だと思うけどよ、そんな資金どうするんだ?失敗したらみんな借金奴隷になるぞ」
「金は俺たちが出す。が、みんなのやる気と協力がなければ失敗するのは目に見えているからな。本当にやるなら村のみんなで力を合わせて死ぬ気でやる必要がある。そして儲かれば船も大型を作れば事故も減る」
皆はあーだこーだと言い始める。
その中で渋い顔をしている男がいた。
「網元、言いたい事があればはっきり言えよ」
網元は船を持てない漁師を薄給で雇い、村で儲けている人だ。この村の権力者って所だろう。
「うちは魚の卸元が決まってるから協力出来ねえぞ」
「それは別に構わん。他の漁師で賛同してくれるやつだけでいい。今まで取引してくれていたところに義理を欠くわけには行かないだろうしな」
「小舟の奴らだけで上手くいく訳が無いだろうが。売れる魚はうちの大型船で取りに行かねぇとダメだろうが。まぁ、同じ村のよしみで色付けてくれるってんなら宿にも卸してやるがな」
「いや、それには及ばん。網元は今までの取引先と頑張ってくれ。こっちは職のないものや小舟で稼げない漁師とやるからな」
「けっ、ちょいと冒険者で稼げるようになったみてぇだが随分と偉そうな口をきけるようになったもんだな」
「まぁな。ということだから一緒にやりたいやつはこっちに集まってくれ」
本来は網元を含めて村全体でやるのがいいだろうけど、小さな村とはいえ全員一致とか無理だし初めは賛同者だけでやるのが正解かもな。
「セイ、捕れた魚を捕まえとくイケスってやつの説明をしてくれ」
「ハイハイ、養殖のことね」
と、セイは養殖の事を皆に話していく。
「海に行きゃ捕れる魚を飼うのか?」
「いつでも捕れるわけじゃないだろ?。宿にお客さんが来ました。魚はありませんとかダメだからね。常に海鮮料理を出せないと商売にならないんだよ。それに小さな魚も育てれば大きくなるから手間暇は掛かるけど儲けは増える。傷みやすくて売れない魚でも宿なら食べられるし、海の近くに住んでいない人には珍しくて美味しいと感じると思うよ。それが評判になってくれば捨てていた魚もお金になる」
「しかし、高級品もあった方がいいんじゃねぇか?」
「シーバス、大型船も作るとさっき言ってたよな?」
「おう、魔ギョロとかは沖に行かなねぇと捕れねぇからな。宿が所有する専用船とかにしたらいいんじゃねぇかと思ってる」
なるほどね。
「小舟持ってる人も釣り船とかすればいいしね。養殖担当、釣り船担当、大型船も担当とかにすれば皆が儲かるよ」
「おっ、いいねぇ。それやろう」
「あのリール作ってくれてる人も釣竿やリールが他の人にも売れるようになると思うから誘って一緒にやれば?釣り船にはいくつか用意して貸せばいいし。釣りにハマった人は自分のが欲しくなるだろうから宿屋に釣具屋を作ればいいんじゃない」
「おー、なるほどな」
「あと船酔いする人もいるから、宿の近くに桟橋とか作って船に乗らなくても気軽に釣りが出来る場所があるといいね。子供でも楽しめるように」
「なら、海のそばに建てなきゃなんねぇな」
だったらこれはどうだ?とか賛同者達から色々と意見が上がりだす。この調子なら思っているより早くに宿をやることになりそうだな。
女性陣達も女が出来る仕事をもっと作っておくれよとやいやい言われているけど、そんなのたくさんあるよと言っておいた。
客はガイヤからよりアクアから来る方が多いだろうから、飯やデザートの質はかなり上げておかないと人気は出ない。村人にはすぐに無理だろうから、出来る人をなんとかしないとダメだろうな。ダメ元でアーパス御用達宿に協力を求めてみるか。しばらく指導に来てくれたなんとかなるかな?
と、セイはシーバスが出来なさそうな方面の手伝いをしようと思ったのである。