昨日よりは今日
オルティアは身体の痛みを我慢しながら走っている。痛いし辛いし涙が勝手に出てくるのだろう。声をかけずに見守りながら並走する。
休憩ポイントに付いたらぐすっぐすっと泣き出した。
「辛いならもう歩こうか?それでも良いけど失格だから村かアクアに置いて行くことになるわよ」
パールフはそう冷たく言う。
「辛くなんかありませんっ。目にゴミが入ったんです」
「なら、水分補給したら出発ね」
そして昼飯まで歯を食いしばりながら付いていくオルティア。
「よぉ、あいつ大丈夫なのかよ?」
ヘスティアは心配しているようだ。
「大丈夫じゃないだろうけど、俺達と行動を共にするならこういうのが当たり前なんだよ、という事を教えてるんだよ。俺達は口出し無用だ。甘やかすのはオルティアの為にならないんだと思うよ」
セイは自分の小さい頃を思い返していた。陰陽術の修行、サカキとクラマの修行を始めた時はこんなんだったな。辛くて恨んだ事もあったけど、全ては俺の為だったんだと思う。辛くてどうしようもない時にタマモや砂婆が甘やかせてくれなかったら心が折れていたかもな。
オルティアはもう成人している。子供時代の自分とは違うけど、少し甘えられる人が居ないと身体より心が折れるかもしれない。
昼飯をなんとか食べたオルティア。それが仇となって横っ腹が痛いようだ。
「ぐっ、ウッ」
「オルティア、鼻から息を2回吸って、口から吐け。口だけで浅い呼吸をすんな」
スッスッハー
スッスッハー
オルティアは並走するセイの助言を取り入れて呼吸をする。
「よーし、その調子だぞ」
まだ脇腹が痛いようだが少し苦しそうな顔がマシになったな。まだ涙は出ているけれども。
休憩の時にハチミツドリンクを飲ませる。
「ほら、ここにうつ伏せになって寝転べ」
と、マットレスを出してオルティアを寝転ばせる。
「や、やらしい事をするんですか?」
「するかアホっ。ちょっとマッサージして筋肉の疲れを取ってやる」
余り強くやるのは逆効果なので軽くほぐす程度でやっていく。足先、ふくらはぎ、太もも、腰とか順番に。
「ふわわわぁ、とろけそうです」
「これ、自分で出来るからな。ちゃんと覚えて次から自分でやれ」
「セイ、甘やかすなよ」
とシーバスに言われる。
「根性と身体の異常とは別物だからね。このままだと痛めるかもしれないから身体のケアを教えただけだよ」
少し回復したみたいなので、脇腹を伸ばすストレッチをさせておいた。これで晩飯まで走れるかな?
簡易マッサージ効果もすぐに切れてまた涙を流しながら走るオルティア。
「スッスッハー、スッスッハーだ」
並走しながら苦しくて呼吸が速く浅くなるのをやめさせる。これを癖付けて行かないとダメだからな。
そして晩飯まで走りきったオルティアは無言だった。
タンパク質を取ったほうがいいかな?と砂婆に海鮮雑炊を作って貰う。めっちゃ美味しいのに笑顔にならないオルティアは風呂に入ってすぐに寝に行った。
「あの娘、明日は持つかなぁ。多分明日が一番辛いのよね」
筋肉痛と疲労がピークにくる時期だ。万能薬を飲ませてやったらそれも無くなるだろうけど、これはフィッシャーズ達がやっている心の訓練でもあるからな。薬で回復するのは違うだろう。
セイは温かいはちみつレモンを持ってテントに行くとオルティアは泣いていた。
「ほら、これ飲め」
「いりません」
「飲むと回復効果もあるし、こいうものを身体が欲しているはずだぞ」
そう言って渡したけど口を付けようとしない。
「もうやめるか?」
「・・・嫌です。やめたらまた捨てられるんですよね」
「そうだな。冒険者適性が無かったら命に関わるからな」
「私は他に何も出来ません。学もないし、帰る家もありません。冒険者を辞めたら娼館に行くしかなくなります」
「その覚悟を決めてたんじゃないのか?」
「だってしょうがないじゃないですかっ。みんな私のことなんて必要としてくれないんですよっ。身体ぐらいしか必要としてくれないじゃないですかっ。声を掛けてくれる人もみんなソレ目当てで・・・うわぁぁぁぁんっ」
あー、他の冒険者達からも身体目当てで誘われていたのか。
「お前、親は死んだんだっけ?」
「知りません。私はいらない子だったので捨てられたんです」
「そうか。なら俺と同じだな」
ぐすっ ぐすっ
「本当ですか?私に気を使ってウソ付いてくれてるんじゃないでんですか」
「いや、本当。ある日突然母親から怯えた目で見られて捨てられたんだ。俺は小さい頃から人に見えない物が見えるタチでね。幽霊とか見えて話せたから、アネモスに来るまで友達もまったくいなかったよ」
「ずっと一人だったんですか?」
「いや、曽祖父と曾祖母の家で育ってね。自分の身を守るために4歳くらいから毎日毎日修行だったよ。それが辛くてね、どうしてこんなことをしなきゃなんないんだって毎日思ってたよ」
「どうやって耐えたんですか?」
「サカキ達が居てくれたらんだよ。と言ってもサカキとクラマにもしごかれてたけど。心の支えはタマモと砂婆だ。二人は甘えさせてくれたから耐えられたんだろうね。ぬーちゃんは遊び相手だったし。それも子供の時の話だよ。オルティアはもう成人してるだろ?」
「でも辛いです。シーバスさんたちはSだからEの私なんか関わりたくなかったんだと思います」
「そりゃそうさ。シーバス達も小さいころからずっと修行してから冒険者になったみたいだからね。みんなそれぞれ家庭の事情があって生きる術を見付ける為に冒険者になったんだ」
「でも、みんな仲間がいたじゃないですか。私はずっと一人です」
「でも今はいるだろ?無かった物を今嘆いても仕方がない。今からやりゃいい話だ。昨日よりは今日、今日よりは明日ってやつだ」
「何ですかそれ」
「お前の辛さの話だ。明日はもっと辛いぞ」
「そんなのもう耐えられませんっ。今日でも死ぬかと思ったのに。身体もこんなに痛いのにっ」
「でも生きてんじゃん。明後日はどうなるかは明日耐え抜いたらわかるぞ。そしてそれはずっと続く。投げ出したら永久にそれはわからなくなる。まぁ、分からなくても生きていくことは出来るぞ。アクアにも娼館はあるだろうからな」
「・・・・」
「いやいやとはいえ、SランクがEランクの面倒を見てくれるのはラッキーだと思うか、こうしてしごかれて不幸だと思うかはお前次第だ。どっちにしろシーバス達の村かアクア王都までは俺が責任を持って連れて行ってやる。明日どうしても辛くて投げ出すなら俺が走るからお前はぬーちゃんに乗れ」
「はい・・・」
「それちゃんと飲んでから寝ろよ。絶対に身体が欲しているはずだから」
それだけ言ってテントを出た。
「セイ、お前は相変わらず甘ちゃんだな」
「まぁ、これを耐えて走り抜いたら良いことがあるかもしれないしね」
「なんかやるのか?」
「条件を出してクリアしたら魔法を教えるよ」
「お前が?どうやって」
「それは秘密」
「えーっ、もしかしてオルティアに火と風魔法を使えるようにするつもり?」
と、ツバスが言う。
「条件をクリアしたらね。剣とかは今から修行しても先がしれているから、他になんか武器がいるだろ?魔法を教えたらもしかしたツバスより強くなるかもよ?」
「やめてよっ。私達もずっと頑張ってきたのにっ」
「それはまた別の話。ツバス達には試練を超えたら新しい杖を作ってもらうように頼んでやるからさ」
「あっ、あのナイフみたいなもの?」
と、パールフ。
「そう。フィッシャーズはヘスティアの試練に挑戦するんだろ?話はそれからだね。フィッシャーズとは相性の悪い敵だから相当苦労するとは思うけど頑張ってね」
「オルティアの条件は何よ?」
「フィッシャーズの試練を乗り越えたらだよ。なんか基準作ってあるんだろ?」
「Sよ、S。あの娘がSランクになるのが条件よっ」
ツバスはオルティアが自分より強くなるのが許せないと言う感じでそう言った。シーバスはアホかという顔をしていたので、本当はCランクぐらいが目標なのだろう。そこまで上がって攻撃魔法が使えたら上のクラスのパーティにも入れるだろうからな。
その後、ツバスはヘスティアにサラマンダーの弱点を教えろと騒いでいたのであった。