フィッシャーズvsクラーケン
「ダーツ、いいかい。ウンディーネがイカを持ち上げたら急所をピンポイントで狙うんだよ」
「ああ、分かってる。そいつの上から狙える場所に移動してくれりゃいい」
「覚悟は出来てるんだね?」
「当たり前だ。自分の村は自分で守るさ」
ダーツは理解していた。恐らくセイがぬーちゃん達と組んでやれば簡単に討伐出来るのに自分達に任せてくれた理由を。村の皆がフィッシャーズを心の底から認めるには自分達でやる方がいいのだと。
「シーバス、特別ランクからの試練だぜ、援護はしっかりしてくれよな」
「あぁ、任せとけ。お前の援護は無理かもしれんがパールフはちゃんと守っておいてやるよ」
「酷ぇ野郎だ。お前はツバスを守っとけ」
「うるせえ。ツバスはチーヌとガッシーが守ってくれるだろ」
「ならパールフを頼んだぜ。来るぞっ」
海面がモリモリと盛りあがって来るのが見え、フィッシャーズは気合を入れ直してその瞬間を待ったのだった。
「セイ、任せておいていいのかよ?」
ヘスティアは少し心配そうだ。
ウェンディはフナムシに気を取られて何にも考えてなさそうだけど。
「大丈夫じゃない?ここからだとよく見えないけど、なんかあったらウンディーネが呼びに来るだろ」
「随分と呑気なんだな」
「フィッシャーズ達は強いからね。ぬーちゃんとタマモも付いてるし問題無いよ」
「あ、あんたらは誰じゃ?」
と、村のおっちゃんに話し掛けられる。
「こんにちは。自分は冒険者をしているセイと言います。アネモスから旅行に来ててシーバス達と臨時パーティ組んでるんですよ。クラーケンはシーバス達が何とかしてくれるから大丈夫ですよ」
「そちらのお嬢ちゃん達も冒険者なのかい?」
「まぁ、そんなところです。怪我した人とかいませんか?よく効くポーションを持ってるので治しますよ」
「本当かねっ。じゃこっちに来てくれんか」
と、案内されたのはシーバスの実家だった。
「誰だお前らは?」
「シーバス達と臨時パーティを組んでいるセイと言います。お兄さんですか?」
「俺はシオだ。まったくあいつはいつまでもフラフラと冒険者なんてやりやがって」
「まぁまぁ。シーバス達はアクアで一番強い冒険者になったんですから。さ、このポーションを口の中で潰して飲んで下さい。腕の怪我も治りますよ」
「ポーションを買うほど金は持ってねぇぞ」
「シーバスのお兄さんからお金なんて取りませんよ。お父さんも体調悪いんですか?咳き込んでますけど」
「ワシは構わんでえぇ。もうこれは治らんと言われとる」
「なら、気休めに飲んでおいて下さい。咳は止まると思いますから」
「ポーションは怪我に効くやつじゃろうが?」
「これは病気にも効くんですよ。気休めだと思って飲んでおいて下さい」
二人は半信半疑でポーションを潰して飲んだ。
たちどころに腕の怪我が治り、お父さんの咳も止まった。
「な、なんだこのポーションは・・・」
「まぁ、特別な奴です。他にも病気や怪我の人はいますか?」
と、咳が出ている人達は他にもいたのでポーションを飲ませていく。孤児院で蔓延していた病気なのかもしれない。
あと、この村に幽霊がたくさんいる。いつもならウェンディに集って来るのにそれもせずに家族であった人達の近くから離れない。シーバスの家にもいたな。祓う前に話を聞けそうな幽霊には話を聞くか。
もう一度シーバスの家に行く。
「つかぬ事を伺いますが、身近な人が亡くなってませんか?」
「あぁ。母親とじいちゃんばぁちゃんは死んでるぞ」
しかし、ここにいる幽霊は一つ。その幽霊に触ってみる。あー、この幽霊母親か。
「名前は?」
「ミナート」
「ミナートさん。お父さんとシオさんは魔物に襲われた所をアーパスの眷属、ウンディーネが助けました。今シーバスはその魔物と戦っています」
「心配」
「大丈夫ですよ。シーバス達は強いから必ず魔物を討伐してきます」
「・・・・」
「シーバスが帰って来たら天に帰してあげますからちょっと待ってて下さいね」
「おい、誰と話している?今ミナートと言ったか?」
「ミナートさんって、シオさん達のお母さんですよね?心配そうにして今ここにいますよ。シーバスが帰って来たらメッセージを聞いて伝えますね」
「なっ、何を言ってるんだ?」
「今言った通りです。この村は未練を残して亡くなった方が多いみたいですね。ちょっと他の幽霊にも話を聞いて来ますから」
と、セイは村で幽霊達の話を聞いていくのであった。
「嘘だろ・・・こんなデカい魔物がいるのかよ・・・」
「ダーツ。お前怖気ついたのかよ?」
「ダメだよっ。こんなの倒せるはずがないっ。ダーツやめてっ」
「パールフ、心配すんな。セイがブラックドラゴンのマントを貸してくれたんだ死にゃしねぇよ。シーバス援護頼んだぜ」
逃げようと言うパールフの声には答えず、討伐を決意するシーバスとダーツ。
「おうっ、死ぬなよ」
「縁起でもない事言うなっての」
タマモは水の中に包まれ宙に浮くクラーケンの触腕がブワンブワンと振り回されるのをヒョイヒョイと避けていく。
「ほらシーバス、ぼさっと掴まってないで腕の一本ぐらい斬って落としな」
タマモにはっぱを掛けられたシーバスは襲ってくる触腕を剣で斬る。しかし跨がったままの剣は力が入らず上手く切れない。
「力に頼るんじゃなく斬れ味優先だよ。叩き斬るんじゃなくて、スッパりやるんだよ。じれったいねまったく」
タマモは刀をイメージしてそう言うが、シーバスの剣は叩き斬るタイプの剣だ。それが身に付いているシーバスは足場がしっかりしていないと実力を発揮出来ない。セイが使っている剣ぐらいの斬れ味があればそれでも十分に斬れるのだが。
「タマモ、俺を落としてくれ」
ダーツが急所目掛けて落とせと言う。
「馬鹿言うでないよっ。今落としたらあんたは捕まって食われちまうよ。せめてあの腕の半分を斬り落としてやらないとね。ほらシーバス、さっさと斬りな」
「ツバス、お主は胴体ではなく足を狙って撃て。胴体を狙っても水の中にいるあいつはダメージを受けておらん」
「わかってるわよっ」
クラーケンはウンディーネの水の中にいる。触腕は水から出て攻撃をしてきているからそれを狙えとぬーちゃんに言われていた。
「ツバス、俺が斬る。ガッシー、ツバスの盾を頼むわ」
ガッシーは大剣を盾代わりにして触腕を防ぎ、チーヌはショートソードで触腕を斬る事を試みる。
「ぬーちゃん、近寄ってくれっ」
「落っこちるなよ」
「うぉぉぉぉぉっ」
チーヌは雄叫びをあげてぬーちゃんをクラーケンの触腕のそばに飛ばせたのであった。
そこに襲いかかる触腕。離れて見ているよりも近付くと相当速い。ぬーちゃんはこちらの攻撃は当たらないと判断し離脱して仕切り直しをする。
「もう一度行くぞ。ツバスはチーヌに当てないように援護するのだ」
ぬーちゃんがチーヌとツバスに指示を出していく。
「わかったわ」
再突入して襲い掛かって来た触腕にファイアボールをツバスが当てる。触腕の勢いが少し止まった所にチーヌがショートソードを振り抜いた。
ズクッ
「チッ、見た目は軟らかそうなのによっ」
想像していたよりかたかったようで、少し傷を負わせただけのようだ。ぬーちゃんはすぐさま離脱する。
「うむ、今の調子だ。奴は長い2本の触腕でしか今の所攻撃をしてこない。まずはあれを斬れ」
「わかった。ツバス援護を頼んだぞっ」
「バンバン撃ってやるわっ。あんたもさっさと斬ってよね」
「簡単に言ってくれやがるぜ」
「ほら、直角に当てるんじゃなしに円を描くように斬るんだよっ」
シーバスはシーバスでタマモにやいやい言われながら戦っていた。タマモも刀は少々使える。が、それよりもはるか昔から剣や刀で戦う奴らを見てきたのだ。それをシーバスに伝えようとしている。
「円を描くようにたってよ」
「切先が円を描くように振り抜くんだよ。剣が当たったら下に滑らせるように斬りな」
シーバス達の剣は独学だ。まともな指導を受けて来た剣筋ではない。しかし、タマモの指導によって徐々に剣筋が変わっていく。
パスッ
「おっ、斬れた」
「ぼさっとすんじゃないよっ」
タマモは慌てて離脱する。
「あんた何やってんだいっ。追撃のチャンスをみすみす逃してんじゃないよっ」
「ス、スマン」
「次はあの腕の先端ぐらい斬り落としてみせなよ。そしてどんどん短くしてやりな」
「簡単に言ってくれるぜ」
そして、タマモのアドバイスと空中戦にも慣れてきたシーバスは触腕をどんどん斬り落として行くのであった。
「シーバス達は触腕を斬り落とし始めたようだな」
ぬーちゃんは反対側の様子を見てそう言った。
「クソっ、負けてられん。ぬーちゃん、俺が飛び降りたら下で拾ってくれるか?」
「お主がちゃんと掴まれるならな」
「よし、じゃ行ってくるぜ」
「おいっ、ガッシーやめろっ」
「うぉぉぉぉぉっ」
ガッシーは雄叫びを上げながら触腕の真ん中あたりを目指して飛び降りて大剣で一振りした。
ズバンっ
「見事だ」
ぬーちゃんはそう呟いて落ちて行くガッシーを水面上ギリギリで防具を噛んでキャッチした。
ブチン
バッシャーーーん
防具の紐が切れて海に落ちるガッシー。
ぬーちゃんは水面でカエルみたいになっているガッシーを咥えてポイッと背中に乗せた。
「あー、俺の防具が沈んでいく」
大剣は手放さなかったが防具は沈んでいってしまった。
「大金が手に入ったのだろ?また買え」
「そ、そうだな・・・」
「ぬーちゃん、あいつの腕をもっと短くしてやるから近付いてくれ。俺だけ役立たずで終わるわけには行かねぇんだよ」
チーヌはまだ少し傷を付けただけで活躍出来ていない。
「気を付けるのだ。敵の腕が短くなった分速いぞ」
「ガッシーに力では負けるがスピードでは負けねぇから大丈夫だ」
ぬーちゃんの言った通り短くなった触腕はスピードは早くなったがしなるような攻撃から直線的な動きに変わった。
「オラオラオラオラオラっ」
一撃では斬れないと悟ったチーヌは手数で勝負していく。ツバスもそれに合わせて大きなファイアボールではなく、小さなファイアボールを連発するのに切替えた。そう、私達はこいつに止めを刺すのではなくサポートなのだと思い直したのだ。
そしてシーバス達の方の触腕も短くなった所でウンディーネがそろそろ限界と伝えて来た。
「ダーツ、出番だよ。パールフ、思いっきり支援魔法ってのを掛けてやんな」
そう言うや否や上空に上がり、目と目の間に向けて急降下をする。
「行けっ」
「うぉぉぉぉぉっ」
ダーツはタマモを蹴って急所目掛けて飛んだ。
ブッシュっーーつ
「ぐおっ 目がぁ 目がぁぁぁ」
クラーケンは急所目掛けて飛んで来たダーツに向かって墨を吐いた。それをまともにくらい目潰し状態になるダーツ。
「もう限界っ」
ウンディーネも巨大なクラーケンをずっと空中に浮かべていたのが限界を迎えて水牢獄が解除されてしまった。
クラーケンと共に落ちて行くダーツ。このまま水中での戦いになれば勝ち目は無い。
どすっ
グッ
ドバッシャーーーンと大きな水しぶきをあげて落ちたクラーケンは短くなった触腕でダーツをモンゴリアンチョップをするような形で捕まえた。
「ダーーーーツっ」
「キャアァァァっ、ダーツっ」
海にクラーケンと共に落ちたダーツに向かってシーバスとパールフは叫ぶ。
しかし、目が見えないダーツはしめたと思った。
セイが貸してくれたマントのお陰でダメージはない。そして腕と腕の間には急所があるはず。
〜 「一発大物狙いが成功したら良いことがあるかもよ」 〜
セイの言った言葉が頭を過る。
「良いことってなんだよ?気になるじゃねーかよっ」
ダーツは水中で痛む目を開けるとクラーケンと目があった。
「死ねよ」
ダーツはレイピアに身体を預けて急所を刺した。
その途端、クラーケンの触腕はダランと動かなくなり、その姿を巨大なイカの身へと変えたのだった。
ヤベッ、息が持たねぇわ
ゴボッ
クラーケンに止めを刺したダーツは口から泡を吐いて意識を手放したのであった。