ウェンディのスイッチ
その後、まだドーム内は氷漬けになったままだ。リポップしたコカトリスは寒さに弱いのか生まれて来ても動けない。サカキは退屈そうにそれを殴って始末していった。
寒さに震える半袖のセイは狐火を焚き火代わりにそれを見ていた。
「やっと氷が溶けて来やがったぜ」
天井に張り付いた氷も溶けてボタボタと冷たい雨のようになっている。
「帰るぞ」
「はぁ?これからだろうが」
「寒くて風邪引くわっ。明日出直しだ」
「ったく、人間はこれだからよぉ」
下に降りようとすると氷で塞がれていたせいか冒険者達が登り口で溜まっていた。
外に出ると初秋の気候が温かい。しかし身体が芯まで冷えてるから早く帰りたいセイ。
ぬーちゃんが空を駆けると濡れた身体に風が当たってものすごく寒い。
「ただいまぁ。風呂っ風呂っ」
内風呂に入りに行こうとするとウェンディが自分も入るから露天風呂に行けとかいいやがる。まだ明るいしサカキ達も宴会もしてないからいいか。
「ぬーちゃん、鶏肉を砂婆に渡して今晩の飯は焼鳥にしてと言っておいて」
ぬーちゃんにそう指示をして露天風呂に浸かる。
「はぁ、生き返るわ」
芯まで冷えた身体にお湯がとてつもなく気持ちが良い。
はぁ、税金払えないとこれを手放す上に借金奴隷か。
心地良いお湯に浸かってても嫌な事ばかり頭を過る。
ようやく暖まったセイは風呂から出て食堂で水を飲んでいた。
「私にも頂戴っ」
「水くらい自分で入れろよ」
「早くっ」
ウェンディみたいのを嫁にしたら大変だろうなとか思いながら水を入れるセイ。
「プハーッ。生き返るわねっ」
お前、もう神に戻るとかどうでも良くなってないか?幸せそうに水を飲みやがって。
「なぁ、ウェンディ、お前がいなくても風は吹いてるけど誰が吹かしてんだ?」
「普通の風なんて勝手に吹くわよ。精霊達もいるし」
「風の精霊か。大精霊ってのもいるんだよな。俺にも見えるか?」
「低級精霊はほとんど見えないわよ。存在感薄いし。でも大精霊のシルフィードはあんたなら見えると思うわよ」
シルフィードか。
「それはお前の仲間か?」
「仲間じゃないわ。眷属よ。下僕ってやつね」
「お前が見習いになっても眷属なのか?」
「う、うるさいわねっ。そうよっ」
「なら、そいつにも手伝ってもらえよ。他にはいないのか?」
「後は神獣のフェンリルがいるわ」
「どこにいる?眷属ならお前が呼んだら来ないのか?」
「こ、来ないわよ。どこにいるかもわかんないし。あいつらいい加減なのよねっ」
どこにいるかも解らない、呼んでも来ないとか眷属の意味ねぇ。しかし、飼い主に似るのはペットも眷属も一緒か。ウェンディがいい加減だからな。
ウェンディによると庇護下にあった国のどこかにはいるらしい。そのうち偶然に出会うのを待つしかないな。
砂婆が焼いてくれたコカトリスの焼鳥は地鶏みたいな感じで硬いが味は濃く美味かった。まだまだ肉はあるから残りは売るぞと言ったらみんなに反対された。どうやら妖怪の里でも振る舞うらしい。ま、向こうの食べ物も貰ってるからたまにはいいか。
しかし、この皮塩旨いわ。
翌日も少しコカトリスを狩りながら上に登る。サカキとぬーちゃんで余裕だな。
「セイ、お前も少しは狩れよ」
「素手で倒さないとダメなのに面倒臭い」
「ちっ、刀くらい買えよ」
「借金無くなったらな」
サカキたちだけで倒せるのに余計な物を買う必要はない。それに俺が武器を持ってもさほど戦力にならないだろう。俺の力は神通丸や錫杖があっての物種だ。
「あんた、もしかして幽霊退治しか出来ないの?」
「お前がいきなり連れてきたから使える神器を持ってこれなかったんだろ」
「取りに帰りなさいよ」
「どうやって帰るんだよ。お前が神に戻らんと無理だろが」
「もうっ、使えないわねっ」
それはこっちのセリフだ。
ウェンディには暴風を出すなと指示してあるので俺たちは見ているだけだ。
「おっ、豚みたいなやつだぜ」
「あれはオークよ」
「豚肉か。少し多めに狩るぞ」
サカキは丸焼きをするつもりらしいが人型の丸焼きなんぞ見たくないからな。
オークはコカトリスと違ってそこそこ耐久力があるのか手を抜いて殴ったサカキのパンチを耐えやがった。
「ムカつくぜこいつ」
サカキがフンッと少し力を込めて顔面を殴ると顔が砕け散る。グロいからやめてくれ。
オークも死ぬと肉の塊になった。
「なんでい、こいつも肉の塊になんのか。丸焼きできねぇじゃねぇか」
「十分でかいだろ。そいつは茶色だからノーマルだな。それよりピンク、黒の方が旨いらしいからさっさと上に行くぞ」
と上がったのは5階のギルド出張所があるところだ。そこの出張所でブラックオークが出るところを聞くと7階からだそうだ。ぜひたくさん狩ってきてくれとのこと。あと角有りのミノタウロス。
「角有りは10階ですから宜しくお願いします・・・って、武器や防具は無しでここまで来たんですか?」
「金無いからね」
「魔法使いですか」
「まぁ、そんなとこ」
休憩がてら出張所の人と喋ってる間にサカキがオーク肉を焼いてやがる。狐火じゃ弱いと鬼火で焼いてるけど焦げ焦げじゃないか。
ここは安全地帯で多くの冒険者がテントを張ったりしている。泊まり込みで稼いでるみたいだ。
「サカキ、塊のまま焼くならじっくり焼かないとダメなんじゃないか?」
「腹へってんだよ。待ってられるか」
お前ら数ヶ月飯食わなくても平気な癖に。
「サカキ、焼けた所から切って食えよ」
イメージはドネル・ケバブだ。最近の祭の屋台で見たことがある。
「肉はかぶりつくのが醍醐味なのによ」
「お前ら豚肉を生で食っても平気だろうが俺は嫌だからな」
サカキは肉を回転させて焼くのではなく鬼火を肉の周りに回転させて焼いていく。そして爪をシャッと伸ばして肉を削ぐ。
「ほらよ、塩は鵺に貰え」
サカキは乱暴で粗忽だがセイが小さな頃からこうやって世話を焼いてくれたりする。武術の修行が終わった後に鹿とか狩って来て焼いてくれたりしてたのだ。
「ちょっとぉ、爪なんかで汚いじゃない」
「嫌なら食うな」
「食べるわよっ」
焼けた肉を棒切れに刺して塩をかけて食べる。ウェンディもそれを見て同じようにして食べた。
性格はあれだが見た目は美少女のウェンディ。棒に刺した肉をかぶりつく姿はシュールだな。周りの冒険者達もなんだあいつら?みたいな顔で見てるし。
「お、サカキ。これギルドで食ってる肉だわ」
「みたいだな。まんま豚だな。色付きはもっと旨いんだよな?さっさと食って狩りに行くぞ」
ある程度俺とウェンディに食わした後は生焼けのオークをザックリと爪で切ってぬーちゃんと食ったサカキ。実にワイルドだ。
そしてピンクオークはそこそこにしてブラックオークの階層で死ぬほど狩ったサカキとぬーちゃん。
「いやぁぁぁ、なんで私の所に来んのよっ」
ここで死んだ冒険者たちの霊だろう。霊がいるのは知ってたけど無視したらまたウェンディが反応したのでワラワラと寄ってきて集られてやがる。
「触んないでって言ってるでしょっ」
「こらウェンディ、風を出すな。俺が祓うからこっちに来い」
走り回るウェンディを呼び寄せて手印を組んで祓う。怨霊でも無いので楽勝だ。
「あんたいつもどうやってあいつらおっぱらってんのよ?」
「そういう術だ。おっぱらったんじゃなしに成仏させたんだよ」
「どうやって?」
「今のは自分たちが死んだ事に気付いて無いからそれを教える術だ。強い未練を持ってたらやり方も違うけどな」
「私にもやり方教えなさいよ」
「お前には無理だ」
「なんでよっ」
「これを使えるようになるには妖力と修行が必要なんだよ。妖力はお前のよくわからん力が代わりに使えるかもしれんが修行なんて出来んだろが」
「出来るわよっ」
「なら先に風のコントールが出来るようになれ」
「ちゃんと抑えて出してるじゃないっ」
「あんな暴風のどこが抑えてるんだよ」
といいつつセイは少し解っていた。街ごと吹き飛んだりするような風を出せるみたいだからあれでも抑えているのだろうなと。風の威力が100を細かくコントロールできないのだろう。まるで安い扇風機みたいだ。弱・中・強のスイッチしかないのだ。
「かまいたちとか使えると周りを巻き込まずに狙った奴だけスッパリいけたりするぞ」
「かまいたち?なにそれ?」
「ちょっと呼び出してやるから見た方が早い。イヅナいるか?」
「ヌシ様、珍しい鶏肉ありがとうございました。大変美味しゅうございました」
「あれはサカキ達が狩った獲物だよ。それよりあそこに豚みたいなやついるだろ。切り刻んで倒してくれるか?」
「殺しても良いのですか?」
「アイツらは敵というか獲物だ。殺したら肉に変わるから持って帰っていいぞ」
「では遠慮なく」
「ウェンディ、よく見てろよ」
かまいたちはツムジ風となってピンクオークをスパパパと切り刻んだ。何が起こったかわからないままピンクオークは肉に変わった。
「イヅナ、次は真空刃でやってみてくれ」
「はい」
イヅナはシュッと半月状の真空の刀を飛ばしてピンクオークを真っ二つした。
「よくやった。お前が倒した奴の肉は持って帰っていいぞ」
「ありがとうございます。また何かございましたら何なりとおっしゃって下さい」
イヅナは肉を咥えてひょうたんの中に消えて行った。
「あの技を身に付けたらいいんじゃないか?」
「どうやるのよ?」
「知らん。クラマのじっちゃんなら知ってると思うぞ。じっちゃんもアレ出来るからな」
「嫌よっ。あんたが教えなさいよっ」
「俺は風出せないから教えられないんだよ。教わるのが嫌なら自力でなんとかしろよ」
セイとウェンディは自分でなんとかしろとかなんとかしなさいとか言い合いながら、魔物はサカキ達に任せてそのまま上の階層に上がって行くのであった。