ヘスティアよ、お前もか
うーっ、頭が痛い。
夜明け前に目が覚めたセイは二日酔いに似た症状に襲われていた。酒を飲んだ記憶はない。
セイは万能薬を飲むと頭の痛いのが収まり、身体にエネルギーが補充されたような感じだった。この薬凄いな。
外に出ると無数の素材が集められていて、それぞれに魔物のスケッチ画が添えられていた。
あ、九十九神が全部やってくれてある。なんて素晴らしい。まるで眠っている間に仕事をしてくれる小人のようだ。
まだ暗いので、狐火を灯し魔物図鑑と照らし合せて名前を確認しておくことに。
夜が開ける頃ぬーちゃんが起きて来たので袋を持ってきてもらって素材を回収した。
「ぬーちゃん、俺はいつの間に寝たんだ?」
「セイが蛾の毒で酔っ払ってー」
と、昨日自分が何をしたか聞かさせれる。
俺はそんなことをしていたのかと自己嫌悪に陥る。
二人はまだ起きて来ないが砂婆に出て来てもらって朝飯を用意してもらった。メニューは焼き鮭だ。
ウェンディとヘスティアの分を鮭おにぎりにしてもらっておく間にキュウタロウを呼び出した。
「お呼びでヤンスか?」
「この湖にさぁ、こんな魔物がいたら捕まえて来てほしいんだよ」
「また噛まれるの嫌でヤンスっ」
「魔魚がいたら逃げて来ていいから。頼むよ。水の中で活躍出来るのキュウタロウしかいないんだ。な、お前だけが頼りなんだよ」
「ヌシ様がアッシを頼りにしてくれているでヤンスか?」
「そうそう。お前、俺の一番の舎弟なんだろ?これを捕まえてきたら妖力やるからさ」
「一番の舎弟に任せるでヤンスっ」
チョロい。チョロいキュウタロウでチョロQだ。後ろに引いてやると走るかもしれん。
キュウタロウはドボンと湖に飛び込んでいった。またキョエエエエッとか飛び出して来ないところをみると大丈夫のようだな。
そして、デカいゲンゴロウみたいなものとかミズカマキリみたいなものを捕まえて来てはこっちへ持ってくる。九十九神にスケッチをさせてはナイフで止めを刺してアイテムに変えていく。しかし、虫ってデカいと気持ち悪いよな。
虫の造形は結構グロいのだ。
同じものでもいいから目についたら捕まえて来いよと言ってあるので次々に持ってくるキュウタロウ。スケッチ済で全く同じものはぬーちゃんが爪でぷちっとしてくれるから楽チンだ。セイはその場を任せて湖の畔を見て回ることに。
「しかし、本当に綺麗な湖だな。結構な深さのある所でも底まで見えるぞ」
そんな独り言を言いながら、岩の上から深くなった所を覗き込んでいた。
その時、
パチッと何かと目が合った。
ハッ
すっかり油断していたセイは驚いて目を見た時に反応をしてしまう。
「あなた、私が見えるのね?」
そう声が聞こえた瞬間に水がずざざざっと盛り上がり、セイ目掛けて襲ってきた。
しまったっ。思わず反応してしまった。
セイは水に飲み込まれる瞬間に浄化の術をを唱えた。が、水はお構いなしにセイを包み込んだ。
ヤバイっ。こいつ怨霊か?もっと強い術にするべきだった。
霊を払う術では得体のしれないものは浄化されず、セイを水の身体の中に取り込んだ。
「あなただぁれ?何者なの?」
そう問い掛けて来るがセイは返事をするどころか息すら出来ない。剣を抜こうとするも水に圧力をかけられ身動きが出来なくなってしまった。
ヤバイ・・・。もう息が・・・
そう思った時に
「ヌシ様っ」
キュウタロウがセイのピンチに気付いてその水の中に飛び込んで来た。キュウタロウはセイを掴んでその水から脱出を試みるが水は形を変え、キュウタロウの泳ぐスピードに対応して抜け出せない。
「ゴボッ」
セイが耐えきれずに息を吐く。
「ヌシ様っ」
キュウタロウは脱出は困難と見て、エラから吸った酸素をセイに口移しで送る。
ブチュー
哀れ、セイのファーストキッスはキュウタロウに奪われてしまった。そしてキュウタロウは大きく口を開け、セイの顔を包み込み、口の中で息を出来る様にする。
「ゴホッ、ゴボッ。助かったぜキュウタロウ」
キュウタロウの口の中で息をするセイ。なんか生臭いけど溺れ死ぬよりマシだ。
祓う術をいま唱えるとキュウタロウまで祓ってしまうかもしれない。
「サカキ、いま水の中に閉じ込められている。キュウタロウが頑張ってくれているが脱出困難だ。助けてくれ」
「しょうがねぇな」
お前、ひょうたんからこの様子を見てただろ?
サカキがひょうたんから悪鬼になって出てきたのが雰囲気でわかる。こいつはそれほどの相手なのか?
サカキは出て来るなり、キュウタロウの尻尾を掴んでセイごと投げ飛ばした。
ザパッと水牢獄から抜け出したキュウタロウとセイを空中でぬーちゃんがキャッチする。
「死ねよお前、セイに手を出しやがって」
まだ水牢獄の中にいるサカキは妖力を圧縮して爆発させようとした瞬間に水牢獄はサッと消えて湖と同化した。
ざっぱっーーん
サカキは湖に落ちたのでそのまま泳いで岸まで辿りつく。
「大丈夫かよ?」
ジャブジャブと湖畔から出てくるサカキはセイの無事な姿を見てホッとする。
「助かったよ。ありがとうキュウタロウ、サカキ、ぬーちゃん」
そしてセイはペッぺっとその場に唾を吐いた。
「なんか飲まされたのか?」
「いや、キュウタロウにキスされたから口の中がカエル臭い」
「ひっ、酷いでヤンスっ。アッシはカエルじゃないでヤンスっ」
「あぁ、悪かった。キュウタロウ臭い」
「アッシは臭くないでヤンスーーっ」
セイに臭いと言われたキュウタロウはそう言ってひょうたんに帰ってしまった。悪いことしたな。でもカエル臭いものはカエル臭いのだ。
「あいつは一体何だったんだ?」
「霊か怨霊かと思ったんだけど、浄化が全く効かなかったんだよね」
「何?」
その時に水の塊のようなものが人型になって湖から出て来た。一気に膨れ上がるサカキの妖力。それに反応してクラマもタマモも出て来た。
「あなた達は何者?」
「そういうお前は誰だ?セイを殺そうとしやがって」
「そんなことをする気なんてないわよ?私の事が見えたみたいだから嬉しくなって抱きしめただけ」
「で、お前はなんなんだ?」
霊とも怨霊とも違う水の女性のような容姿はウェンディを大人にしたような感じだ。
「私はウンディーネ」
ウンディーネ?聞いたことがあるぞ・・・あっ。
「お前、水の神様の眷族の大精霊か?」
「あら、よく知ってるわね?どうして知ってるの?」
「グリンディルから聞いてたんだよ」
「えっ?あなたグリンディルの知り合い?」
「そう。お世話になってるんだよ。この前一緒に旅もしてたし」
「へぇっ。グリンディルっていまどこにいるの?」
そして、ウンディーネと少し話をすることになった。
「なぁ、もしかしてここはもうアクアなのか?」
「そうよ。他の神が入ってきたから見てきてくれって頼まれたの」
もうアクアに入ってたのか。
「なぁ、他の神が違う神のテリトリーに入っちゃダメなんだよな?どんなペナルティがあるんだ?」
「さぁ?私は見てきてくれって言われただけだから」
「悪いけどさ、アーパスだっけ?水の神様の名前」
「そうよ。ウジ神アーパス」
またウジ神呼ばわり。やめたれ。
「俺たちはここがアクアって知らなかったんだよ。ヘスティアがアクアに入ったら何があるのかアーパスに聞いて来てくんない?ヘスティアはすぐに天界へ帰すから」
「私からは会いに行けないわ。天界には行けないもの。今回の依頼も声だけだったし」
「そうか。天界に行けるの神様だけだったな」
さて、どうするかだけど、ヘスティアが起きてくるまで待つしかないか。
「セイ、もういいか?俺は帰るぞ」
「昼飯どうする?」
「なら食ってくか。おい、ババァ飯だ」
「お前は里で食えばいいじゃろうが」
とぶつぶついう砂婆はお昼ごはんにそうめんを作ってくれる。
「なぁにそれ?」
「そうめんだよ。食べてみる?」
ウンディーネが興味深そうに見ているので口にそうめんを入れてやった。
身体の中というか水の中をくるくると流れるそうめん。流しそうめんってところだ。
そしてスッと消えたので吸収したのだろう。スライムみたいな食い方だな。
「あんまり味が無いのね」
「これはツユを付けて食べるものだからな。ツユ付けて食べてみるか?」
と今度はツユを付けて食べさせてみると少し茶色に変わったウンディーネ。なんか面白い。そして数秒でそうめんも茶色も消えた。
「うん、美味しい」
どう味覚を感じるのか不思議だけど味はわかるようだ。そのままウンディーネにそうめんを食べさせているとウェンディとヘスティアが起きて来た。
「ヘスティア、もうアクアに入ってるってよ」
「マジか?やべぇじゃん。って、そいつ誰だ?」
「水の大精霊ウンディーネだ。アーパスにお前がテリトリーに入ったから見てこいと言われたらしいぞ。ヤバイんじゃないのか?」
「ヤバイかもしれねぇ。とりあえず俺様は天界に帰るわ」
とヘスティアが戻ろうとすると
「あれ?」
「どうした?」
「おかしいな。とおっ!」
ヘスティアが幾度も天界へ帰ろうと試みるがどうやら帰れないようだ。
「ヘスティア、お前勝手に他の神のテリトリーに入ったから降格させられたんじゃないのか?」
「嘘だろ・・・」
「どんなペナルティがあるのか知ってるのか?」
「いや、入っちゃダメだとしか聞いてねぇ・・・」
あーあー、どうすんだよこれ。ウェンディを神に戻す前に他の神様まで降格させてしまったかもしれないじゃないか・・・
セイはやっぱりあの時にヘスティアを天界へ帰すべきだったと後悔するのであった。