修羅場
「なんかジメッとしてるわね」
「洞窟だからな」
狐火を松明代わりにして進んでいくと先に中にいた冒険者達がチラチラと俺たちを見ている。
「何見てんのよっ」
こっちを見てくる冒険者達を威嚇するウェンディ。
「やめろ。狂犬かお前は?」
「だってジロジロ見てくるなんて失礼じゃないっ」
「あいつらお前が可愛いから見とれてんだろ」
「えっ?そ、そうなの?」
可愛いと言われて一気にニヤけるウェンディ。
「嘘だバカ。なんで後ろ向いて歩いてんだ?とか思われてんじゃないか?」
「後ろ向いて・・・? はっ!キィィィィー」
いらぬ事を言ったセイはウェンディにべしべしと殴られながら先に進んで行った。
(あ、あいつら武器も防具も持たずにカップルでダンジョンに挑むつもりかよ?)
(いくら軽いダンジョンだからといって舐め過ぎじゃねーか?)
(まぁ、ああいう奴らが死んでダンジョンの栄養になってお宝に変わるんだから感謝しねぇとな)
セイはギルマスからダンジョンの掟というのを聞いていた。危ない目にあっている冒険者がいても助けてはいけない。助け合うのはパーティメンバーのみ。殺られた冒険者はダンジョンの糧になるからだと。狩る者は狩られる側になる覚悟のあるものだけだと。
中々に厳しい世界だ。
「セイ、あそこ登るんじゃない?」
ウェンディが指を指したところに大きな登路がある。皆が歩いた跡があるからそうだろう。
「おい、サカキ。もうすぐ魔物が出るぞ」
「お、やっとか。待ちくたびれたぜ」
「よーし、やっつけるぞー」
「クラマはどうすんの?」
「ここは空気が濁っておって気分が悪いわい。危なくなるようならワシを呼べ」
というわけでサカキとぬーちゃんだけ出てきた。
「ぬーちゃん、今日の魔物は肉が取れるから毒を使って倒しちゃダメだよ」
「えーっ」
「毒まみれの肉なんてぬーちゃんしか食べられないんだから」
「わかったぁ」
毒を使うなと言われたぬーちゃんは少し不満げだ。毒を使えなければ噛んで倒すしかなくなるからな。
「で、どんな魔物なんだ?」
「まずは鶏みたいなやつが出るらしいよ」
「鶏か。チンケだが異世界の焼き鳥で一杯やるのも悪くねぇな。よし、鵺、お前たくさん狩れ」
「サカキ、全部食うんじゃないぞ。肉は借金の足しにするんだからな」
「鶏の肉なんぞ売ってもしれてるだろうが。ケチ臭いこと言うな」
ケチ臭い事も言いたくなるわ。俺も背負いたくて借金背負ったわけじゃないんだぞ。
チラッと横を見ると、焼っきトリ、焼っきトリとはしゃぐウェンディ。全く呑気な貧乏神だ。
わっ
上に登ると広いドーム状になっていて明るい。そこに鷄の魔物コカトリスが溜まっている。こいつら想像していたよりはるかにデカい。しかも鶏の魔物くせに飛びやがる。
ドーム内に先行していた3人組の冒険者達はあまり強くないのか上空からバッサバッサと羽ばたかれて転んだ所を嘴と足の爪で攻撃を食らっている。それをなんとか盾で防いでいるがヤバそうだな。
「セイ、あいつらヤバそうだな」
「ダンジョンって他の人を助けちゃダメらしいんだよ。放っておくしかないんだ」
「そっか、なら俺らはあっちのをやるか。アイツらが死のうが知ったこっちゃねぇからな」
妖怪達は人間の死にはドライだ。気に入った人間ならまだしも見知らぬ人間の生死はどうでも良いのだ。ぬーちゃんは初めっから知らん顔でデカい鶏の首を噛んで振り回して遊んでいるしな。
「あれ美味しいの?」
しれっとコカトリスを旨いのか聞いてくるウェンディ。お前、ここの元神だよね?庇護下にいた人間が死にかけてるのに気にもならないのかよ?
「あのさぁ、ダンジョンの決まりはあるけどアイツら気にしなくていいのか?」
「弱いから死ぬのよ。私が悪いわけじゃないもん」
あっさりと冒険者を見捨てるウェンディ。セイは段々と気になる自分がおかしいのかと思い始める。
あーあー、あいつらウギャァァァとか叫んで血塗れになってるし・・・。ここは出入口にまだ近いから今なら死なずに済むかもしれん。それに見たところまだ少年だしな。
「おいウェンディ。お前の暴風でここらのコカトリスやっつけろよ。その方が手っ取り早い」
「わかったわ。喰らえっ!焼きトリ旋風っ!」
何だよそのしょぼい必殺技みたいなのは?
ゴオゥゥゥっと暴風がドーム状の広間で竜巻になり、周りを巻き込んで行く。サカキは踏ん張り、ぬーちゃんは風の中を駆けて避けた。巻き込まれたのはここにいるコカトリスと血まみれの冒険者達。
「もういいっ もういいっ」
「まだ生きてるわよ」
まだ生きてるとはコカトリスのことだよね?まさか冒険者達に止めを刺そうとかしてないよね?
慌てて風を止めさせたセイ。ドサドサと落ちて来たコカトリスを殲滅するサカキとぬーちゃん。
魔物って不思議だ。肉が取れる魔物は死んだら肉になりやがった。
「セイー、お肉ーっ」
「ひょうたんの中に入れといて」
「里に置いといたら腐らねぇか?貯蔵庫に入り切らんだろうが」
「あー、そうだね。仕方がない。ぬーちゃん、雪女に頼んで冷やしておいてもらって」
「はーい」
「セイ、ユキメに頼むのか?」
「元の世界だと氷室に頼むけど、あいつは里にいないだろ?」
「あぁ、いねぇな」
氷室とは氷の神様だ。元の世界なら神社を通じで呼んだら来てくれるけどここは違う世界だから無理だろう。
そんな話をしていると少年冒険者達がやってきた。まだ致命傷になっていなかったようだ。
「た、助かった」
「なんのことだ?俺達は肉を取りに来ただけだ」
ウェンディに暴風を吹かせて助けたとは言わない。ギルドにバレたら怒られそうだしな。
「そ、そうだな。あんたらの名前教えてくれないか」
「いいから、さっさとここから出ろ。歩けるんだろ?」
「わ、わかった。あんたら見ない顔だけど冒険者なんだよな?」
「新人冒険者だ。魔物がいないうちに早く行け」
そうセイが言うと少年冒険者達は頭を下げて下に降りて行った。
「セイは相変わらず甘ぇな」
「知らんよ。ウェンディが風を出しただけだ」
「そっか、ならいいけどよ。ユキメが出て来てんぞ」
「ゲッ」
「何よ。私の顔見るなりそんな顔しないでよ」
雪女のユキメ。正直セイはユキメが苦手だった。
「私が必要なのよね?ねっ、セイにとって私は必要なのよねっ」
「あ、あぁ。悪いけど里でこの肉を冷やしておいてくんない。追加でどんどん肉を運ぶ予定だから」
「いいわよっ。セイのお願いだもの。ねぇ、セイっ、私のどこが好き?」
「あの、前から言ってるけど好きとか嫌いとかじゃなくてね・・・」
「早くぅっ。どこが好きかはっきり言ってよ。ずーっと呼んでくれないしぃ。ユキメ寂しかったんだからぁ」
「セイ、誰これ?」
「雪女のユキメ。肉が傷まないように冷やしてもらおうと思ってね・・・」
「セイっ、誰よこの女はっ」
ウェンディを見て般若のようになるユキメ。
「ユキメ、落ち着け。こいつはウェンディ。今訳あって違う世界に来ている。こいつは風の神様の見習いだ」
ユキメからどんどん冷気が出て凍り付いていくドーム内。
「ユキメっ、寒い寒いっ。寒いから落ち着けっ」
「ユキメ、この嬢ちゃんはセイの嫁だ」
ガーハッハッハと笑っていらんことを言い出すサカキ。
「嫁・・・、嫁・・・。このエグレ女がセイの嫁・・・」
「ユキメ、落ち着け。なっ、落ち着けってば」
「私のセイに手を出す奴は殺してやるぅぅぅ」
びゅうぉぉぉっとウェンディに向かって氷の息を吐くユキメ。
「冷たっ!何すんのよっ」
ゴオゥゥゥ
対抗して暴風を出すウェンディ。
氷の息吹と暴風がぶつかりあってドーム内にブリザードが吹き荒れる。
「やめろっ やめろっってば。死ぬっ 死ぬっ」
巻き込まれてどんどん氷付いていくセイ。サカキとぬーちゃんはさっさとひょうたんに避難していた。
「はぁ、はぁっ。何なのよアンタ」
「アンタこそ何よっ」
ウェンディとユキメは肩で息をしながら睨みあっている。
「私は風の神、セイは私の下僕よっ」
「下僕?旦那じゃなしに?」
「なんで神の私が人間と結婚しなきゃなんないのよっ」
「終わったか?」
ブリザードが収まったのを見計らってサカキがひょうたんから顔を出した。
「おいおい、セイが氷漬けになってんぞ」
慌ててサカキが鬼火で氷を溶かしていく。
「ユキメ、セイは人間なんだぞ。簡単に死ぬの解ってるだろうが」
「ウフッ ウフフフフ。このまま氷漬けのセイを持って帰ったら永遠に私のモノに・・・」
氷漬けのセイを見てニヤニヤと笑うユキメにドン引きするサカキ。
「おい、大丈夫か?」
「サカキ、てめぇっ。お前がいらんことを言うからだろうがっ」
「何だよ、助けてやっただろうがっ」
「うるさいっ。天誅っ!」
「ぐぎゃぁぁぁぁっ」
セイはユキメにいらんことを言ったサカキを護符を巻き付けた拳で殴った。
「消滅したらどうすんだっ」
セイに護符で殴られたサカキが怒鳴る。
「お前にはあれぐらいしないと効かないだろうが。お前のせいで死にかけたんだぞっ」
「死にかけたのはユキメのせいだろうがっ」
「焚き付けたのはお前だろっ」
セイとサカキが怒鳴りあってる横でウェンディとユキメは正座をさせられていた。
「ユキメ、今度あんな事をしたら二度と呼ばんからな」
「そんな冷たいこと言わないでよっ」
冷たいのはお前だ。
「ウェンディ、お前も次にあんな事をしたら封印するからな」
「なっ、なんで神が封印されなきゃなんないのよっ」
「うるさいっ。魔物に殺られる前にお前に殺されるわっ」
いつになく怒ってるセイに皆はそれ以上何も言えなくなって黙ってしまった。
「セイー、まだ怒ってる?」
ぬーちゃんが小さくなってセイの首に纏わりつく。
「ぬーちゃんには怒ってないよ」
「でも怖い顔してるー」
「あー、もうっ。ぬーちゃんに免じて今回は許してやる。ユキメ、お前は里で大人しく肉を冷やしてろ。ウェンディ、お前は俺の指示なく暴風を出すな」
そう言われウェンディは何かを言いかけたがぬーちゃんの尻尾を向けるとゴニョゴニョと口を塞いだ。
「ぬーちゃん、ユキメと一緒にこの肉を持っていって」
「はーい」
「セイ、また呼んでくれるわよね?ねっ?ねっ?」
「言うことをちゃんと聞くならな」
「絶対よ、絶対。約束したからねっ」
ぬーちゃんとユキメは氷漬けになったコカトリスの肉を持ってひょうたんに戻った。
「セイ、ユキメを嫁に貰ってやれよ」
「アホか。毎日凍り付くわ」
サカキはユキメを嫁に貰ってやれというがセイにはそんな感情はない。それにユキメは単に寂しいだけだ。昔助けてくれたセイへの感謝と恋愛感情を履き違えているだけなのだ。
「アンタ意外とモテるのね」
「妖怪にはな」
妖怪にしかモテないと自分で言ったセイは少し虚しかったのであった。