それぞれの戦い
「来たぞ」
サカキがそう言った瞬間にセイはボボボボッと狐火を大量に出して一気に明るくする。
「なんだよこいつら・・・」
「人魚ではなさそうだな」
そう、サカキの言う通り人型はしているがマーメイ達みたいな愛らしさはない。顔は人っぽいがいかつく肌感は人の物ではなくキュウタロウに近い。ただ下半身はマーメイ達と同じ魚なのだ。
「みんな攻撃は待って。意思疎通が出来るなら戦う必要はないから。おいお前ら言葉は分かるか?」
返事はなくそのままこちらにオウオウしながら近付いて来た。海から上がった直後はくるーきっとくるースタイルだ。普通の人ならここで悲鳴をあげただろう。
そして手にはキュウタロウと同じく水かきが付いていて指先は爪か何かわからないけど鋭い感じだ。
「ぬーちゃん、ウェンディ達を乗せて上に上がって」
「毒撒こうかー?」
「いや、敵かどうかまだ判別が付かないからダメ。アイツらは飛べないと思うけどジャンプして高く上がるかもしれないから高めに飛んでおいて」
ぬーちゃんがセイに言われてテントに入るとまだダメーーっとかウェンディの声が聞こえて来た。さっき風呂からあがれと叫んでもボーッとなんで?とか最後まで浸かってたに違いない。
セイは何度かこいつらに声を掛けるが反応はなくジリジリとオウオウスタイルで近付いてくるがトゲトゲ岩が侵入を阻んでくれている。その時にぬーちゃんがウェンディを乗せて上に上がった。あれグリンディルは?
「セイ、あれは魚人だよ」
ぬーちゃんに乗らなかったグリンディルは隣に来てそう言った。
「魚人?人魚とは別?」
「マーメイ達のオスだと思えばいい。ここは奴らの縄張りだったんだろうね」
「なるほど、俺達は侵入者ってことか。サカキ、クラマ、攻撃やめ。ぬーちゃん、俺とグリンディルも乗せて」
そういうとさっと降りてくれたので乗って上に上がる。サカキはひょうたんに戻した。
何匹かは海中からジャンプして攻撃をしてきたが届きはしない。
「セイー、どうすんの?」
「テントとバスタブ置いてあるから立ち去る訳にも行かないしね」
魚人達はトゲトゲ岩からテント方面に向かおうとしている。あれを持っていかれたら嫌だな。
「グリンディル、アイツらに水を掛けてくれる?」
「水魔法で攻撃するのかい?」
「攻撃じゃなくてダーっと雨が降るような感じで出来る?」
「出来るけど効きゃしないだろ?」
「別に利く必要ないよ」
取り敢えずやってというと魚人達にゲリラ豪雨のように降らしてくれた。魚人達もそんなもん効くかみたいな感じで続々と出て来た。
「ほらまったく効いちゃいないよ」
「もうすぐ効くと思うよ」
と言った頃から魚人が膨らんでいく。そしてその膨らんだ身体はトゲトゲの岩に挟まり身動きが取れなくなった。
「なんだいありゃ?」
「人魚も真水に付けると身体が水を吸って膨らむんだよ。特に害はないみたいだから大丈夫だよ」
太った魚人達が岩に嵌まっている間にテントとバスタブを回収しに行く。
「逃さんぞ貴様ら・・・」
その時に他の奴等より大きな魚人が現れそう言ったのであった。
ーボッケーノ予算会議ー
セイ達が出発したのと同時期にボッケーノの来年の予算会議が始まっていた。去年の税収入と支出が確定するのがこの時期であり、来年の予算に向けての会議が始まりだす。
「先程から何度も申し上げている通り、アネモスは災害に備えて水路の整備等を始めないといけないのです」
「リーゼロイ殿、中長期予算は決定しておるのでそのような大幅な変更は無理であるとお分かりであるはず」
「アネモスが災害に見舞われなくなって約10年。それはこの国の防災意識を希薄にし、人々も備えておりません。もし今暴風と豪雨に見舞われたら甚大な被害では済まないと何度も申し上げているのです」
「もうこの国から疫病神ウェンディは消えた。お陰でこのように安寧な国となったのだ。これはこれからもそうではありませんか」
「違うっ。ウェンディ様は疫病神などではないっ。あの暴風は神の加護なのだ。加護を失ったアネモスはこれから衰退していく。もうその前兆が現れているのだ。近海で魚が捕れなくなっているのは皆も知っているだろう。あれはその前兆なのだ。次は水不足、そし強い魔物の活発化だ」
「ウェンディを疫病神だ悪魔だと言っていたのはあなたも同じではありませんか。それに魚が無くとも肉がある。水不足は魔法使いが補えば済むことではないですかな?」
「王都、いやアネモス全体の水不足が発生したら魔法使いがどうやって補うのですか。国民は貴族だけではないのですぞっ」
セイが魚人達と戦い始めた頃。リーゼロイ家の当主もまた戦いを始めていたのである。
ー魚人と対峙したセイ達ー
「なんだしゃれべるやついるのかよ」
「うるさい、薄汚い人間め」
「この磯場はお前らの縄張りだったの知らなかったんだよ。悪かったな勝手に入って。もう出て行くから勘弁してくれ」
「それより貴様ら仲間に何をしたっ」
「真水を吸って膨らんだだけだよ。害はないからそのうち元に戻る」
「真水を吸って膨らんだ?」
「あぁ、知り合いの人魚が前にそうなってな。お前ら人魚と同類だろ?だから大丈夫だ」
「人魚と知り合いの人間なんているか。いい加減な嘘を付くな」
「いや、本当だって。お前らオーガ島は知ってるか?」
「人間が済んでいる所に近い島か?」
「そうそう。そこに来ている人魚と知り合いなんだよ」
「名前は?」
「俺はセイと言う名前だ」
「違う。人魚の名前だ。知り合いなら知ってるはずだ」
「マーメイとマーリンは知ってる。他の若い人魚達は話せないから知らないけど」
「マーメイとマーリンを知っているのか?」
「時々一緒に飯食ったりしてるぞ。お前ら知り合いか?」
「あぁ。よく知っている・・・」
「なら、敵ではないと信じてくれ。まぁ、お前らは人間を信頼出来ないだろうからもう出ていく。だから攻撃しないでくれ。これ以上攻撃してくるなら反撃しなきゃならん。このテントとか回収したいからな」
「マーメイ達はどこにいる?」
「だいたいオーガ島周辺にいるんじゃないか?あの辺は魚が戻ったからな」
「探しに行ったけどおらんかったぞ」
「あそこには俺の仲間を派遣してある。その中で寝てたりするみたいだからじゃないか?そいつにマーメイ達を守らせてるんだよ。大型魔魚とかに襲われる心配が無くなったと言ってたぞ」
「今の話は本当か?」
「嘘か本当かは自分で確認してくれ。俺達は旅の途中でここで休憩してただけだ。悪かったな縄張りに勝手に入って。じゃな」
もう攻撃してくる雰囲気はないのでテントを回収しに降りた。
「もう少し話を聞かせてくれ。あいつらがどうしているか聞きたい」
「なら、ここで泊まってもいいか?」
「構わん。お前らからは敵意や俺たちを狩ろうとする感じはないからな」
「俺はサムだ。他の奴らは言葉も話せん」
「みんな若い魚人ってことか?」
「そうだな」
魚人は海の魔物と戦闘になることが多く、言葉が話せるようになるまで生き残る魚人は少ないらしい。なので卵から人魚に生まれて来るより魚人に生まれる比率が高いらしい。サムはその中で言葉が話せるまで生き残った強くたくましい魚人のようだった。
そう教えてもらっているうちにトゲトゲ岩に挟まっていた魚人達も元に戻り海へと入る。
「ここはなぜ平らになった?」
「お前らには見えてないだろうけど、ここに火の神様がいるんだよ。神様がここで寝られるように溶かしてくれたんだ」
「何っ?ならこの平らなところまで来やすいように道を作ったりできるのか?」
「多分ね。やって欲しいなら頼んでやるけど?」
「頼む」
皆を周辺から遠ざけてヘスティアに海からここまで平らにしてもらった。溶けた岩が冷めるのを待ってまた戻る。
「本当の話だったのか・・・」
「ちょっとは信じたか?」
「あ、ああ」
他の魚人達もここまでオウオウと近付いて来たので魚を食べさせてみる。マーメイ達より大きな口だからちょっと怖い。がっつかれると腕まで持っていかれそうだ。
「魚をたくさんもっているんだな」
「マーメイ達を守らせている仲間が捕って来てくれるんだよ。お前は肉を食ってみるか?」
と、角有り肉を焼いてやる。
「肉ってのも美味いのだな」
「高級肉だしね。マーメイ達も色々食って旨いと言ってるよ。酒も飲むか?」
と鬼殺しを薄めて飲ませるとサムと名乗った魚人はだんだん酔って泣き上戸へとなっていくのであった。