セイ、家を手に入れる
「も、戻りましょうか・・・」
なんとも言えない空気に耐えきれずそう切り出したセイ。
外に出る一行。
「やっぱりここでしたのね」
「お、お前、なぜここにっ」
別荘の外で待ち構えていたのはジョルジオの奥さんだった。
「体調が戻った途端飛び出して行ったと使用人から聞いたからもしやと思ったら案の定ここでしたのね」
「お、奥様。ここの掃除が終わったと報告がございましたので確認にまいっただけでございます」
「そ、そうじゃ。本当に綺麗になったかどうか見に来たまでじゃっ」
ジョルジオ、冷や汗で足元に水溜りが出来てんぞ。
「わざわざあなたまで確認しに来る必要があったのかしら?」
「も、勿論じゃ」
「あーっ、それがあのサファイアのネックレスねっ」
こらウェンディ、いらんことを言うな。ジョルジオが気を失いかけてんじゃねーか。
「これがどうかしたのかしら?」
「この人、それをあげる約束をしててねー」
べらべらべらべらべらべらっ
ウェンディ、何を自慢気に話してんだお前は?守秘義務というものがあるだろ。
ウェンディが一部始終を説明した為に泡を吹いて倒れたジョルジオ。震える筆頭家来。
「あら、そうだったの。へぇ」
あーあ、こりゃ報酬貰え無さそうだ。
「あなたなんてお名前?」
「セイです」
「その幽霊はどうなったのかしら?」
「この別荘だけでなく周辺の幽霊も吹き飛ばしたのでもういませんよ」
「ここだけでなくてこの辺り一帯全部綺麗にしたのね?」
私がやったのよっと自慢げに無い胸を反らすウェンディ。確かに雑魚幽霊はウェンディが吹き飛ばしたからな。
「はい」
「屋敷でもう少し詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」
「守秘義務というものがございますし・・・」
「あなた、夫婦間に守秘義務なんてありませんわよね?それとも夫婦で無くなった方が宜しいのかしら?」
隠しだてしてたら暗に離婚するわよと言われて観念したジョルジオはすべてを話して構わないとセイに伝えたのであった。
屋敷に戻ってお茶を飲みながら何があったか説明している間、ジョルジオは正座だった。
「そう、よくわかったわ。これは報酬の銀貨10枚。あとは特別報酬は何を約束していたのかしら?」
「内容はまだ決めてませんでした」
「そう、ならこれを差し上げるわ」
と奥様はサファイアのネックレスを差し出した。
「おっ、お前それはっ」
「ふんっ、これは先にあげる相手が居たのでしょう?」
「そ、それはゴニョゴニョ」
「奥様、そんな高価な物を頂くわけには・・・」
「やったぁっ!これ綺麗だからいいなって思ってたのよねぇ」
断ろうとしたらキャッキャと因縁のサファイアのネックレスを首にはめるウェンディ。
ヌォォォォ
おいおいおい、シンディの念で首しめられてんぞお前。
「ん?なんか苦しいわね」
「返せっ」
ウェンディからネックレスを取り上げ、念を祓って奥様に返した。
「あら、この報酬は不服かしら?」
「いえ、これを頂くには不相応な身分でございますので」
念を祓ってたとはいえいわく付きのネックレスなんぞいらん。
「売れば結構なお金になりますのに」
あ、売ればよかったのか。しまったな。
「では代わりに何がいいかしら?何でも宜しくてよ。こんな主人でも命を救ってくれたのは感謝しておりますの」
何でもと言われて借金を払ってくれというのもなぁ。
「じゃあ、家っ、家を頂戴っ。風呂付きのお城みたいなやつ」
「こらっ、ウェンディっ」
「家?住むところが無いのかしら?」
「お恥ずかしながら安宿暮らしでして。お金貯めて家を借りたいなとは思っているんです」
「あらそう。なら使ってない屋敷があるからそちらを差し上げますわ」
「そ、そんなっ。家を頂くほどの仕事ではありませんよ」
「どの神官も医者も治せなかった主人を治したのよ。使ってない屋敷ぐらいかまいませんわ」
奥様はそう言って手を叩いて執事を呼んで指示をした。
こうしてセイはこの世界での住む場所を手に入れたのであった。
「セイ殿、こちらでございます」
翌日、執事に案内された屋敷は街からは少し離れているけど2階には海の見える露天風呂、屋敷内にも風呂のある豪華な屋敷だった。
「こんな立派な屋敷をいいのですか?」
「はい、もう使っておりませんし、その・・・」
言葉を濁す執事。
「幽霊の溜まり場になってるんだね」
「お解りになりますか?」
「あぁ。うようよいるからね」
「奥様が幽霊退治出来る者達なら問題なかろうとその・・・」
「いやぁぁぁぁっ。触んないでっっ」
ゴオウッッ
「大丈夫、もう終わったみたいだから」
「は?」
「今の暴風で幽霊どもは吹き飛んだよ」
「幽霊とは風魔法で吹き飛ぶものなのですか?」
「いや、普通は飛ばない。あいつ元風の神様でね、特別なんだよきっと」
「あちらのお嬢様はあの疫病神のウェンディの生まれ代わりだと・・・・」
また疫病神呼ばわり。しかも呼び捨てされてやがる。
「まぁ、生まれ変わりというかなんというか」
「いやはや、冒険者への詮索はご法度でございましたな。これは失礼致しました。ではこちらの書類に譲渡のサインをお願い致します。手続きは私が行っておきますので」
手続きとかわからんから助かる。
「うん、ありがとう。奥様にもジョルジオ様にも有り難く頂戴致しますとお伝え下さい」
その後ギルドで依頼達成の報告をして今回の件は無事に完了した。
「セイさん、本当に依頼達成したんですねぇ」
「幽霊もなんとかなったしね。今回の依頼以外にも幽霊討伐の報酬で家をもらっちゃったんだよ」
「へぇ。それは凄いですねぇ。どこの家ですか?」
海辺の屋敷だと説明する。
「えっ?あそこ貰ったんですか」
リタのこの驚き様は幽霊出るの知ってるんだな。まぁ、それはウェンディが吹き飛ばしたから問題ないけど。
「そうだよ。少し手直し必要だけどいいところだよ」
「が、頑張って稼いで下さいね」
ん?
「ガーハッハッハ」
またサカキ達はいつの間にかひょうたんから出て飲んでやがる。
「綺麗になったら引っ越しパーティするから招待するね」
「いいんですかっ」
「いいよ。部屋もたくさんあるし何なら泊まって行ってもいいよ。海の見える露天風呂とかあるし」
「さっすが高級別荘地ですねっ。楽しみにしてますっ」
幽霊が出るの知ってても誘ったら喜んでくれるのか。リタはいい子だ。
その日はウェンディもクラマもいがみあいながらも暴れることなくギルドの酒場で飯を堪能したセイなのであった。
「奥様、セイ殿はあの屋敷を気に入って下さったようです。幽霊もすぐに退治されたようで」
「そう。なら良かったわ。あと、今回の騒動のあった別荘の付近一帯を買い占めておいて頂戴。今ならただ同然で買えるでしょ」
「かしこまりました」
(セイとやらは使えるわね。幽霊騒動で無価値になった場所を綺麗にしてくれたのだから。それに比べたら海辺の別荘ぐらい安いものだわ)
クックックと笑う奥様であった。
貰った屋敷を下級妖怪達を呼び出して掃除と修理をしてもらった。報酬は妖力だ。
「随分と良い家をもらったわね」
タマモ達がこれから住むところになった屋敷を見回っている。君達、妖怪の里に住むところあるよね?
「そうなんだよ。怨霊退治だけでこんなの貰えるならここで祓い屋やったほうがいいかもね」
「セイよ、怨霊はどうやって退治したのじゃ?」
「ん?護符だよ」
「神通丸なら一撃じゃろ?」
「こいつにいきなり連れて来られたからさぁ、神通丸どころか破邪の錫杖も月読の盤も破魔矢とかも全部置いてきたよ」
源家には代々伝わる神器と呼ばれる物があった。ウェンディにいきなり連れて来られた為に持って来たのは身につけていた封印のひょうたんのみ。これらの神器は分家が喉から手が出る程欲しがっていたものだ。
「分家の奴らに奪われやせぬか?」
「俺が長い間留守だとわかったら持ち出すかもしれないね」
「うぅむ、カラス共に守るように命じようにもここからじゃと指示も出せぬではないか」
「正しく使ってくれるなら分家が持っててもいいんだけどね。今の当主はあっちだし」
「あれを悪用されたらどうなると思っておるのじゃっ」
「帰れないんだから騒いでも仕方がないだろ?帰るにはウェンディを神に戻すしかないんだから」
「あやつを神にか・・・」
私の部屋はここーっと一番大きな部屋のベッドでポンポンと呑気に跳ねてご機嫌なウェンディを見てクラマは溜息を付くのであった。
「セイ、酒と飯はどうした?」
サカキは何も手伝ってないくせに酒を要求してくる。
「まだ買ってないぞ」
「ちっ、気の利かねぇ奴だ」
「何だよその言い草。文句があるなら里で食ってりゃいいだろうが」
「うるせぇ。ここの風呂に浸かって飲みてえんだよっ。仕方がねぇ。里のをここに持ってくるか。ババァに作ってもらうわ」
「なら砂婆も呼んで来てここで作って貰ってよ。俺も食いたい」
「おう、なら呼んで来るわ」
砂かけばばあの砂婆。昔ながらの煮炊き物とかよく作ってくれる。妖怪の里で畑とかやってるのだ。
「セイや、走りの秋茄子持ってきてやったぞ」
「お、揚げ浸し作ってくれんの?」
「勿論じゃ」
「わっ、すっごい年寄。誰そいつ?」
「なんじゃとっ?セイ誰じゃその小娘はっ」
「今違う世界に来ててさ、この世界の元風の神様のウェンディ。ウェンディ、こっちは砂かけばばあの砂婆。砂婆の作る飯は旨いんだぞ。失礼なことを言うなっ」
「風の神様じゃと?この小娘は風神様かえ?」
「世界が違うから違うよ」
「ガーハッハッハ。ババァ、こいつはセイの嫁だ」
「誰が嫁よっ。こいつは下僕よ下僕っ」
「セイを下僕呼ばわりするとはとんだ鬼嫁じゃの」
「砂婆、嫁と違うってば」
結婚なんてする気はないが、もし嫁を貰うならおしとやかな人で願いたい。こんな大雑把でわがままな奴は嫌だ。
砂婆は手早く料理を作ってくれる。鶏肉と芋の煮っころがしとか野菜の天麩羅、リクエストした茄子の揚げ浸しとかだ。それに白飯。
サカキ達は料理と酒を持ってきてさっさと露天風呂に行った。妖怪にとっちゃ男女が一緒に入っても関係ないらしい。昔にそんなもん気にするのは人間だけだとか言われた。
鶏肉と芋の煮っころがしで日本酒を飲むウェンディ。
「な、何よこれ。美味しいじゃない」
「だろ?砂婆の飯は旨いんだよ」
セイはリクエストした茄子の揚げ浸しをウマウマと食う。
「どうじゃセイ、旨いか?」
「うん、砂婆の飯は天下一品だよ」
「それなに?」
「茄子の揚げ浸しって料理。俺、これ好きなんだよね」
「へぇ、私も食べよっ」
と、フォークを揚げ浸しに伸ばしたウェンディ。
サッ
それを阻止する砂婆。
「何すんのよっ」
「秋茄子は嫁に食わすなと言うでの」
確かにそんな言い伝えを聞いたことがある。姑が旨いものを嫁に食わせないとか意地悪な意味なのか、身体を冷やすから食べさせない方がいいとかの説もあるけど、これは砂婆の意地悪とみたほうがいいな。すっごい年寄とか言われてムカついてたからな。でも、嫁ではないからな。
「寄越しなさいよっ」
「お前には芋がお似合いじゃ」
「なんですってぇぇぇっ」
ブォォォォ
「馬鹿やめろっ」
「やりおったな小娘めっ」
ブワッ
暴風に対して砂を撒く砂婆。
「やったわねぇぇぇっ」
もう無茶苦茶だ。クラマがいないから大丈夫だと思ったのに・・・
砂嵐が吹き荒れるなか、セイは茄子の揚げ浸しをジャリジャリと言わせながら食べるのであった。