また異世界誘拐が流行り始めたんだってよ!・短編
地方都市にあるマンション「コーポ・ヴィント」。
「コーポ・ヴィント」は鉄筋コンクリート七階建て築十年のマンションで、一階を店舗として貸し、二階以上を住居として貸し出している。
どこにでもあるごく普通のマンションだ。
ある日、コーポ・ヴィントの近くを走る片側一車線の道路で交通事故が起きた。
道路にはブレーキ痕があり、街路樹に衝突してフロントガラスが大破した車もあった。
車にひかれたのは市内の高校に通う十六歳の少女と、近所の幼稚園に通う六歳の少年。
車載カメラにも近所に設置されていた防犯カメラにも二人が車にひかれるところがしっかりと写っていた。
にもかかわらず車にひかれたはずの少女と少年の姿は、事故の現場からこつ然と消えていた。
数時間後、一キロほど離れた公園のベンチで眠っている少年が発見された。
少年は幸い無傷だった。
少年は近くの病院に搬送され、今も眠り続けている。
そして少女はまだ見つかっていない。
☆☆☆☆☆
――事故から一カ月後――
私の名前は秋月雷人、二十四歳。「コーポ・ヴィント」二〇三号室の住人だ。
「コーポ・ヴィント」の一階に探偵事務所を構え、私立探偵を営む傍ら朝は牛乳配達と新聞配達。夜はピザのデリバリーとコンビニのアルバイトを掛け持ちし、日々忙しく過ごしている。
今回の依頼人は吉川夫妻。コーポ・ヴィントの二〇一号室に住む中年の夫婦で、車にひかれた少女吉川芽依さんの親御さんだ。
芽依さんは二〇二号室に住む少年、三上蓮くんと仲が良かったそうだ。
交通事故が起きた日、芽依さんと蓮くんは近所の公園でボール遊びをしていたという。
芽依さんの投げたボールが道路まで飛んでいってしまった。
蓮くんは転がったボールを取るために道路に飛び出した。
そのことに気づいた芽依さんが蓮くんを助ける為に道路まで駆けたが、二人とも車にひかれてしまったそうだ。
なぜそれが分かったのかというと、近所の建物に設置された防犯カメラに一部始終が写っていたからだ。
よくある不運な事故だった。
大怪我を負ったはずの芽依さんが事故の現場からこつ然と消え、車にひかれたはずの蓮くんが一キロも離れた公園で無傷で発見された以外は。
「謎は全て解けました」
だが私は、吉川夫妻の話を聞いてピンと来た。
吉川夫妻は目を瞬かせる。
「これは異世界誘拐です」
私の言葉を聞いて吉川夫妻はきょとんとしていた。
「異世界誘拐……ですか?
しかしそれはひと昔前に終わったはずだ」
「残念ながら最近また増えてきているのですよ」
「異世界誘拐というのはあれですよね?
教室ごと生徒が異世界に連れていかれるという。でも芽依がいなくなったのは学校ではなく道路です。
芽依の失踪と異世界誘拐は関係ないと思います」
吉川夫人が私の考えを否定した。
「確かに一昔前はクラスごと人が誘拐されることが多かった」
一昔前に流行った異世界誘拐は通称「クラス転移」と呼ばれている。
その名の通り、ある日突然教室にいた生徒が消えるのだ。
生徒だけではなく、生徒のいた建物の壁や床や天井も一瞬にして消えてしまう。
壁や床を一瞬で消すなど人間には不可能。
故に異世界誘拐は神が行っている説が有力だ。
「ですが最近は単身での誘拐も増えてきているのですよ」
「しかし単身で消える場合、いなくなるのは何年も家に引きこもりしているおじさんだろ?
娘は高校生だ。事故に遭う前は毎日学校に通っていた。
異世界誘拐とは関係ない」
吉川夫君が言った。
「一昔前は仕事をしないで家に引きこもっている成人男性が誘拐されることが多かった。
ですが今は様々な職種の人間が異世界に誘拐されているのですよ。
サラリーマン、OL、自営業、主婦、大学生……もちろん女子校生も例外ではありません」
私の言葉に吉川夫妻は息を呑んだ。
「異世界に誘拐される方法も様々だ。
歩いていたら突然道路に穴が空いてそこに落ちたり、玄関を開けたら異世界だったり、階段から落ちたり、デパートの床に黒い渦が出来て引きずりこまれたり……などなど。
ですが一番多い異世界転移のきっかけはやはり交通事故でしょう」
「じゃあ芽依は……」
「異世界に誘拐された可能性が極めて高いですね」
「そんな、芽依が異世界に誘拐されたなんて……!」
吉川夫人が顔を手で覆った。
「病院で眠っている蓮君が目覚めればもっと詳しいことが分かるでしょう。
それに芽依さんが異世界誘拐されたなら、『女神の掲示板』に芽依さんの物語が掲載されるはずです」
この世界にいる我々に異世界に誘拐された人々のその後を知るすべはない。
ただひとつ「女神の掲示板」を除いては。
「女神の掲示板」は国家ですら削除不可能なサイト。
ネットにアクセスできる環境が整っていれば誰でも無料で利用することできるが、この世界の誰もそのサイトに干渉することはできない。
「女神の掲示板」には神によって異世界に連れ去られた人々のその後が、小説や漫画などの物語形式で不定期に掲載される。
「女神の掲示板」に芽依さんを主役にした物語が掲載されたら、芽依さんが異世界に誘拐されたことが確定する。
吉川夫妻が私の事務所を訪ねてきた一週間後。
病院に入院していた蓮くんが目を覚まし、こう証言したという。
「芽依お姉さんは僕を庇って車にひかれて大怪我をしたの」と。
そこに女神が現れて芽依さんの怪我を治し、「少年の命を救うために危険を顧みず車の前に飛び出したあなたはとても勇敢です。勇敢で優しいあなたにご褒美をあげます。あなたを異世界に招待します」と言ったそうだ。
蓮くんは女神に「僕も芽依お姉さんと一緒に異世界に行きたい! 僕も連れて行って!」と頼んだそうだが、女神は「まだ幼いあなたを異世界に送ることはできないわ」と言って断ったそうだ。
実は異世界誘拐には巻き込まれ誘拐というのもある。
たまたま隣に住んでいた人などが、巻き込まれる形で異世界に連れて行かれるのだ。
巻き込まれて異世界に連れ去られた人たちには、神からチート能力が与えられることもなく、異世界人にちやほやされることもない。
異世界の知識も生き残るための武器もないまま異世界に放置される。
巻き込まれた人間にとってはたまったものではない。
私感だが蓮くんが芽依さんの異世界誘拐に巻き込まれて、異世界に連れて行かれなくて良かったと思う。
六歳の少年が異世界に連れて行かれ、なんの知識も武器もなく放置されたら、野垂れ死ぬ未来しか見えない。
芽依さんが交通事故に遭った日から一年が過ぎた。
芽依さんは彼女が生前やり込んでいた乙女ゲーム「魔法学園の白薔薇」の世界に転移したことが判明した。
なぜ分かったのかというと、「女神の掲示板」に芽依さんが異世界に転移した後の物語が掲載されたからだ。
芽依さんは異世界からやってきた神子として、異世界人から崇められ大切にされているようだ。
芽依さんは異世界の文化や風習に慣れず苦しんだり、王太子の婚約者の嫌がらせを受けたり、国家転覆を企む枢機卿の陰謀に巻き込まれたり……色々と大変そうだが、攻略対象の美少年を仲間に引き込み楽しくやっているようだ。
目覚めたら異世界で蜘蛛やドラゴンなどのモンスターになっていた……ということもあるのでそれよりはずっといいだろう。
それから「女神の掲示板」に掲載されていた漫画に芽依さんの回想シーンがあったのだが、そこで芽依さんが両親からの虐待を受けていたことが分かった。
異世界に転移される人の多くはこちらの世界で不遇な人生を送っている。
親や兄妹から虐待を受けていたり、学校や会社でいじめにあっていたり、馬車馬のように働かされていたり。
芽依さんもそのパターンに当てはまったようだ。
吉川夫妻が、芽依さんの捜索を私に依頼してきたのか不思議だった。
自分で言うのもなんだが、私の経営する探偵事務所は儲かっていない。
私が複数のアルバイトを掛け持ちしているのを見れば分かるだろう。
それなのに吉川夫妻は私に娘の捜索を依頼してきたのだ。
おそらく吉川夫妻は同じマンションに住む私立探偵の私に娘の捜索を依頼することで、「いなくなった娘を必死に探す良い親」であることを近所の人間に印象づけようとしたのだろう。
なんとも浅ましいことだ。
その後吉川夫妻はマンションに居づらくなったのかどこかへ引っ越して行った。
吉川夫妻が住んでいた二〇一号室はしばらく空き部屋だったが、一年後一条夫妻という新婚の夫婦が引っ越してきた。
芽依さんが交通事故に遭ってから十年の時が流れた。
二〇一号室に引っ越してきた一条夫妻には六年前、紬ちゃんという可愛い女の子が生まれた。
事故当時幼稚園児だった蓮くんも、もう高校生だ。
月日が流れるのも早いものだ。
紬ちゃんは隣の部屋に住む蓮くんと仲が良いらしく、時折公園で遊んでいる姿を見かける。
私の探偵事務所は相変わらず閑古鳥が鳴いている。
早朝の牛乳配達と新聞配達と深夜のピザのデリバリーとコンビニのアルバイトも継続中だ。
ある日、蓮くんの親である三上夫妻が探偵事務所を訪ねてきた。
紬ちゃんと蓮くんが交通事故に遭い、事故現場からこつ然と姿を消したという。
事故から数時間後、紬ちゃんは一キロ先の公園で無傷で発見されたが、発見されたときからずっと眠ったままだという。
三上夫妻の話では、紬ちゃんと蓮くんは公園でボール遊びをしていたらしい。
紬ちゃんが持っていたボールが道路に転がってしまい、紬ちゃんはボールを追いかけて道路に飛び出した。そこに飲酒運転の車が突っ込んできた。
蓮くんは紬ちゃんを助けるために道路に飛び出し、車にひかれてしまったらしい。
近所の家に設置された防犯カメラに一部始終が写っている、よくある不運な事故だった。
被害者の二人が現場から姿を消したことを除いては……。
十年前、芽依さんが消えたときと全く同じ状況だ。
違うのは、あのとき助けられる側だった蓮くんが助ける側に回ったことだ。
「息子さんは異世界に誘拐されたみたいですね。紬ちゃんが目覚めれば詳しいことが分かるでしょう」
私は三上夫妻にそう説明しお引き取り頂いた。
三上夫妻が探偵事務所を訪ねてきた一週間後、病院に入院していた紬ちゃんが目を覚ました。
紬ちゃんは
「蓮お兄さんは私を助けるために車の前に飛び出したの。
女神様が現れて蓮お兄さんの怪我を治してくれたんだよ。
それでね女神様は『暴走する車から少女を助けたあなたはとても勇敢です。勇敢で心優しいあなたにご褒美をあげます。好きな世界に転移させてあげます。どこがいいですか?』って言ったの。
蓮お兄さんは『芽依お姉さんと同じ世界に行きたい』って言ってたよ」
と語った。
まさか芽依さんが転移した世界に、十年後蓮くんも行くことになるとは思わなかった。
これは「女神の掲示板」に掲載される漫画の更新速度から私が推測したことだが、芽依さんが転移した世界と、私たちのいるこの世界は時間の流れる速度が違うようだ。
私はこちらの世界の一年は、芽依さんのいる世界の一カ月に当たると推測している。
芽依さんは異世界で神子として活躍し、攻略対象者たちとの仲を確実に深めている。
蓮くんが今から「魔法学園の白薔薇」の世界に転移したところで、攻略対象達を出し抜いて芽依さんと両思いになれる可能性は低いだろう。
だが誰を伴侶に選ぶかは芽依さんが決めることだ。
蓮くんが同郷からの異世界転移者というアドバンテージをうまく活かせれば、あるいは……?
第三者の私に出来ることは「女神の掲示板」に掲載される漫画の更新を待つことのみ。ふたりの行く末を暖かく見守ろう。
私の寿命が尽きる前に芽依さんの花嫁衣裳が見られればよいのだが。
何せこちらの一年は向こうの一カ月。結果が出るまでに何年かかることやら。
紬ちゃんが「私も大きくなったら異世界に転移したい! 蓮お兄さんと同じ世界に行きたい!」と言っていることだし、恋愛バトルに決着がつくのはまだまだ先のことになりそうだ。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。
※異世界転生と転移の要素を含む作品ですが、
主人公が異世界に転生も転移もしていないこと、
作品の主な舞台が現実世界なこと、
以上の理由から【異世界転生・転移】のキーワードはつけておりません。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
同時期(6/27と6/28)に下記7作品を投稿する予定です。こちらの作品もよろしくお願いします。
【短編】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」異世界恋愛・タイムリープもの
【短編】「侯爵令息は婚約破棄されてもアホのままでした」異世界恋愛・婚約破棄・ざまぁもの
【短編】「魔女のレンタルショップハイル〜助けた蛇は魔女様の眷属でした。えっ? 私をいじめていた家族に復讐してくれるんですか?」異世界恋愛・姉妹格差・ざまぁもの
【短編】「レンタル彼女を頼んだら、待ち合わせ場所に義妹が来たんだが!?」現実恋愛・義兄妹のラブコメ
【短編】「また異世界誘拐が流行り始めたんだってよ!」現実・推理・ミステリー・異世界転生、転移要素有り
【短編】「王太子だった俺がドキドキする理由」異世界恋愛・身分差もの
【短編】「ループ三回目の悪役令嬢は過去世の恨みを込めて王太子をぶん殴る!」異世界恋愛・タイムリープ・異世界転生もの