妖星より愛をこめて
地球滅亡から■■日。
今回は……なんて星だっけな。まあ、ともかくオレに興味がない星に向かっている途中だ。地球人が暮らせない星らしい。日中の気温が百度近くまで上がるとか聞いた。
満点の星空みたいな宇宙船の窓の向こうなんて見飽きている。それを今日も眺めていた。オレがいる部屋にはベッドとテレビやネットが観れるタブレットみたいな端末もあるけど地球人の感性にはキツい。よく精神が削られるような映像や画像が流れてくるんだ。
オレが暮らせるような星があるんだろうか。今まで会った宇宙人たちに比べて地球人の体が弱すぎる気がする。端末を見ると、そろそろご飯が配られる時間だ。寒天みたいな感じの食べ物がワンプレートに盛られている。美味しくはないが食べないと死ぬ。
ベッドから起き上がり、食堂へ向かった。船に乗って移動している間はこんな感じで過ごしている。食堂にも大きな窓があり、テーブルでご飯を食べる間はずっと見えている。
食堂に来るのが早すぎたのか、知り合いがいない。この船にいる地球人はオレだけだし、地球滅亡前に抜け出せた人がいるのかも知らない。
それにオレを連れ出してくれたあの人は自分の星へ帰ってしまった。宇宙の真ん中で独りぼっちを満喫している。見たくもないが目に入ってくる宇宙を眺めていると、変な星が目に入ってきた。動いている船の窓から見ているはずなのに、同じ窓の真ん中からずっと動かない星がある。周りを見ても気が付いている人がいないみたいだ。
周りにいるのが表情すら分からないような昆虫っぽい人や死んだような目をしている人ばかりだからではない。もしかしてオレしか見えていないようだ。
なんと言えばいいんだろうか。妖艶な輝きがオレの目に焼き付けられるような光景だった。星が見えなくなるまで何分経ったか分からない。だけど、いつの間にかオレのご飯もなくなっていた。
皿を返して、オレは自分の部屋に戻る。さっきの妖艶に輝く星が窓の外にある訳もないのにオレは宇宙を眺めていた。
しばらくすると、あの星が窓の外に見える。というか窓を挟んで数センチのところに浮かんでいた。さっきと同じ輝きがオレの部屋の窓一面に広がっている。
妖艶な星は直径二メートルほどだった。それが窓をすり抜けて部屋の中へ入ってきたんだ。思わず窓から離れる。
ドアを開けて部屋から出ようとも思わないほど輝く星に心を奪われてしまった。一歩一歩ゆっくりと光に近付き、手を伸ばす。触れることは出来ずに光の中に手が吸い込まれていった。
* * *
光が無くなると懐かしい地球のオレの部屋にいた。柔らかいベッドの上で寝転がっている。
今のオレには手に入らないものだ。もう地球はないのだから。
ずっと布団の中にいたい。ああ、でも隣に女の子がいてくれたら、もっと幸せだろうな。
そう思っただけだったが、部屋のドアが開いた。
「おーい、起きてる?」
この声を最後に聞いたのはもう一ヶ月以上前だ。懐かしくて涙が出そう。
「なんだ、命の恩人様か」
と、呟いた。アイツはオレを地球から連れ出してくれた恩人だ。そして親友でもある。
「なんだい、命の恩人って? 寝ぼけてるの?」
ビニール袋のガサガサという音、冷蔵庫を開ける音が聞こえてきた。同じアパートに住んでいて、同じ大学に通う女子大生が命の恩人だ。名前はレオナ・イーストウッドと名乗っていたが本名は違う。というか、オレを宇宙に連れ出したから宇宙人だ。宇宙からの留学生だったらしい。
「もう休みだからって、いつまでも寝てないでよー。留学生のワタシには車がないんだよ」
車は持ってないのに宇宙船は持ってたんだよな、コイツ。だから、オレを助けられた。
感謝してるから車くらい出してやるか。
よく一緒に大学まで行ったり、買い物に連れて行かされたな。今はもう出来ないことだから、とても懐かしかった。
これが夢なら覚めなきゃいいのに。
オレが住めそうな星なんて見つかる気がしないし、知り合いも彼女以外にはいない。
レオナがベッドで横になるオレを揺さぶり始めた。このまま彼女をベッドに引き込んだらどうなるんだろう。
彼女の裸は見たことがない。やったこともない。だけど、モデルくらい背が高くて、くびれがある。たぶん、キレイな裸に違いがなかった。
「ちょ、ちょっと何をしてるんだ!」
焦っている彼女の声は聞こえるが抵抗されている気がしなかった。力はオレより強かったはずだ。
彼女の体がオレの体と重なる。温もりも柔らかさもない。
まるで陶磁器みたいなのを押し付けられているみたいだ。レオナが宇宙人でもこんな感触じゃないはずだ。
急にオレの視界がボヤけて、懐かしい部屋から変わる。一人で寂しい宇宙船の個室に戻ってしまった。あの妖艶な光の塊に手を伸ばした姿で立っている。
光に飲み込まれる前と違うことは、オレの他にもう一人いることだ。
クリーム色の陶磁器みたいな皮膚をしていて、上半身と下半身が離れている。というかお腹の部分がなくて、そこには妖艶な光の塊の小さい物が浮かんでいた。
「なんだお前、童貞か?」
いきなり失礼な奴だな。オレが使ってる自動翻訳機が対応してるので会話ができるようだ。
「妾は妖星という。人生が嫌になった者の前に現れて、一番幸せな記憶を見せ続けるのが生きがいだ」
口が全く動いていない。しゃべっている間に光の塊が動いていた。
「妾に取り込まれて抜け出せる者なら、まだ大丈夫じゃろ」
自分勝手なやつだ。いや、人格のある星みたいな感じだし、人間とは時間に対する考えから違うのかもしれない。
妖星と名乗ったヤツはまた窓から出ていこうとしている。話が通じるなら話し相手が欲しかった。
「オレが童貞じゃなかったら、抜け出せなかったのか?」
そう質問してみる。
「そうじゃな。お前がレオナと呼んでいた者とやったことがあったら、記憶の中でもやっていたはずじゃ。快楽に溺れて妾の中で残りの人生を生きることになったかのう」
そう言って星はお腹に手を当てた。光の中には体中に管が刺さったミイラみたいなのがたくさん浮いているのが見える。
あんな感じになるよりは、今のままの方が良かった。
「しかし、童貞で良かったな。レオナとか言う星の行為は終わった後にオスが食われるらしいぞ」
命の恩人が怖すぎる。カマキリかよ。いや、奥手でよかった。酒の勢いとかでやってたら死んでた。
「お前が絶望した時にまた来てやろう」
そう言い残して、星は窓をすり抜けていった。
とんでもないモノに目を付けられたかもしれない。
どっと疲れたのでオレはベッドに横になり、地球を出た日のことを思い出した。
確か、オレが里帰りする前日のことだ。深夜にレオナが部屋に入ってきて、よく分からない言葉で散々喚き散らした。オレとオレのキャリーバッグを彼女は持った。
何を言っているのか全然分からないままアパートの外まで連れて来られる。すると、空から銀色で楕円形の物体が降りてきて、オレの車を潰してしまった。
「おい、何だよ。これ」
とオレが言っても、彼女はよく分からない言葉を言うだけだった。そして銀色のそれに彼女は入ってしまった。オレも銀色の中に飲み込まれる。
まるでSF映画の宇宙船みたいな感じの光景が広がっていた。なんとかファルコンとかのコックピットのようだった。
「あ、翻訳機切れてた……とりあえず今は何かに捕まってて」
言われた通りにするしかなかった。今までみたこともないくらいの真剣な顔をしていたからだ。一瞬、ガタっと揺れたと思ったら、オレの体やキャリーバッグが宙に浮いた。
「ごめん……君しか連れ出せなかった」
と、彼女は画面を指さす。そこには宇宙から見た地球が映し出されていた。
ピカっと目がつぶれそうなほどに輝いた後に、地球が真っ二つになっていた。
「どっきりだろ?」
「違うよ」
レオナがコックピットに沢山あるボタンを操作すると、天井や壁が透ける。そこにも同じ真っ二つの地球があった。
「今まで黙っていたけど、宇宙人なんだ」
彼女の顔色がみるみる悪くなっていく。というかブルーハワイの如く青くなった。それに目は人の目というより昆虫のようになり、触角みたいなのが生えた。
人と昆虫の中間みたいな姿でも彼女を怖いとは思えず、目の前の非日常の光景を信じるしかなかった。
地球を出た後はオレが今乗っている難民保護船に拾ってもらい、レオナは彼女の星で降ろしてもらった。オレもその時降りればよかったと思う。
地球人でも暮らせるような星だったから。でも、彼女が全力で止めたのは、彼女がやった相手を食べてしまうからだろうか。
まあ、深く考えても分からないな。
オレの帰る場所を探す旅は続いていくのだ。とりあえず、レオナの星と……一応今日出会った妖星は候補に入れておこう。
(終)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品はSSの会メンバーの作品になります。
作者:四条半昇賀