第4話 -慟哭 II-
香奈は、真奈美にとっての親友であり、俺が昔付き合っていた彼女でもある。
香奈とは、俺が地元のコンビニでバイトをしていた頃に知合った。
真奈美がバイトに入る時に、たまに一緒に店に来ては買い物をして帰っていた。
店に来ていた当初、俺は香奈の存在に全く気づいていなかった。というと語弊があるか。 正確に言うと『真奈美の学校の友達』程度の認識しかなかった。
俺と真奈美が二人でレジに入っていたある日、香奈はいつも通り買いかごをぶら下げて、レジの前に立った。
その時真奈美が俺に
「私の親友の香奈ちゃんです。仲良くしてあげて下さいね。」
と笑顔で紹介してくれた。
一方、紹介された方の香奈は若干戸惑い、一瞬困惑した表情を見せた。俺が香奈に目をやり軽く会釈をすると、香奈は少々笑顔を引きつらせながら
「こんにちは」
とだけ答えた。 これが僕らが知合ったきっかけだった。
だがそれからは、真奈美がバイトに入る時は必ずと言っていい程バイト先に来るようになった。時間が空いている時などはバイトが終わるのを見計らって、真奈美を迎えに来たりもしていた。
バイトが終わった後などは、駐車場でみんなで他愛もない話をしたり、恋愛話をしたりして盛り上がった。
今思えば、これも一つの「青春」というやつだろうか。こんな生活が約半年程続いた。
そんなある日、突然俺に海外留学の話が舞い込んできた。この当時、俺自身は海外留学など全く興味も無く、それどころか自分の将来に対して何も描いていない状態だった。
描いていないというよりは、寧ろ描けなかったというのが正しいだろう。これといって特に夢もなく、どこかの企業に就職し、それなりに仕事して、飯さえ食えればそれでいい…ぐらいにしか考えていなかった。
しかも、今の生活が楽しかったから、海外留学の話は断るつもりだった。
しかし、大学受験に失敗した俺の現状に不安を覚えたのか、親族は俺を強制的に留学させた。
バイトを辞める最後の日まで、楽しい日々は続いた。そして、俺は旅立った。
数ヵ月後。俺は日本に帰ってきた。
帰ってきたばかりの俺は、とりわけ何もする事がなかったので彼方此方ふらふらとする日が続いた。
ある日、ふとバイト先の事を思い出し、久しぶりに顔を出すことにした。
バイトをしていた時に原付で通っていた道を、当時の事を思い出しながら車でゆっくり走った。
コンビニに着き中に入ると、当時から働いていたメンツは数人いたものの、そこに真奈美の姿はなかった。バイト仲間に話を聞くと、俺が辞めた1、2ヶ月後に真奈美もコンビニのバイトを辞めたらしい。
仲間と一頻り話を終えた俺は、店を出て真奈美のPHSへ電話を掛けた。
今思えば懐かしいが、この当時の主流はまだPHSだった。今となっては時代を感じる。
それはさておき。
繋がるかどうかわからない電話に少しドキドキしながら、真奈美が電話に出るのを待った。
プルルルルルッ…。
ピッ。
「はい、もしもし…?」
「あ、もしもし?俺。遼だけど。真奈美か?」
「えっ?えっ?遼ちゃん?久しぶり!っていうか、日本帰ってきたの?」
公衆電話からかけた電話に、最初は戸惑いながらも出た様子の真奈美だったが、俺の声を聞くなりすぐに今まで通りの真奈美になった。
「ああ、つい最近日本に帰ってきたんだ。バイト先に行ったら真奈美は辞めたって聞いたもんだから。元気にしてるかなと思って電話したんだ。」
「そうだったんだぁ!私は元気も元気。相変わらずよ。っていうか帰ってきたんならすぐに連絡頂戴よ、まったくもぉ〜。」
一瞬ご立腹な様子の真奈美だったが、それもすぐに忘れ、その後は捲し立てるように俺が留学した後の事を話し出した。
バイト先の事、彼氏と別れた事、ここ最近の出来事…。真奈美の話は当分終わりそうにないな…そう思っていると、突然
「遼ちゃん、今日って時間ある?もし時間あるなら、会わない?」
との申し出が。散々話した挙句、まだ話し足らないとでも言うのだろうか。しかしこの日は俺もこれといって用があるわけでもなく、真奈美とも久しぶりだったので、夕方からの約束を取り付け、会うことにした。
その日の夕方、俺は約束したファミレスで真奈美を待った。
17時の約束だったが、その時間になったにも関わらず真奈美は姿を現さない。まあ、これもお決まりのパターンだ。
俺は焦る事も怒る事もなく、ファミレスの窓越しに外を見ながら、そしてのんびりコーヒーを飲みながら真奈美を待った。
20分程経った頃か、外を眺めながらボーっとしていると、いきなり店内に俺の名前が響き渡った。
「遼ちゃ〜ん!」
俺は瞬時に真奈美である事を察した。 それと同時に、大声で自分を呼ばれた事に対しての恥ずかしさでいっぱいになった。
足音から、真奈美が来るのがわかる。振り返り様に一言物申してやろうと、眉間に皺を寄せながら怒気を含んだ顔をして振り向くと、そこには真奈美とさらに俺が予想もしなかった人物がいた。
振り返った視線の先には小さく笑っている香奈がいた。
俺は真奈美から香奈が来ることを知らされてなく、それこそ正に「鳩が豆鉄砲を食らった」ような顔をしていたと思う。
そんな俺の顔を見た真奈美は、
「遼ちゃん、びっくりしたでしょ?電話切った後に、せっかくだからと思って香奈に連絡したの。そしたら香奈もちょうど時間が空いてるって言うから、一緒に連れてきちゃった。」
と、何故か得意気な顔をして、真奈美は俺に事情を説明した。俺は、真奈美のその得意気な顔に少々苛立ちを覚えたが、香奈に会えたのは素直に嬉しかった。
俺は久しぶりに会った香奈に目をやると、香奈の方から話しかけてきた。
「遼さん、お久しぶりです。元気でしたか?留学はどうでした?楽しかったですか?」
香奈は大人しめではあるが、最初に会った頃とは打って変わって積極的に話すようになっていた。
「久しぶりだね。俺は元気だったよ。留学は…まぁ…ね。あんまり面白いって程でもなかったけど、それなりに勉強にはなったよ。」
香奈の質問に対して、ありきたりな答えを返す。
すると次の瞬間、真奈美が
「ちょっとぉ、二人で話してないで私も交ぜてよぉ〜。」
と少々ご立腹。
「というか、お前ちょっと待て。俺は香奈ちゃんの問いかけに答えただけだろうが。しかもお前とは昼間も話しただろう。何をそんなに膨れてんだ…。」
「だってぇ…。」
「だってじゃない。まぁいいや。立ち話もなんだから、とりあえず座ろうよ。」
真奈美は冗談ながらも膨れっ面で席に座る。香奈は俺と真奈美のやりとりを見ながら、笑いつつ席についた。
それからすぐに3人で話が盛り上がった。懐かしい、この雰囲気。たった数ヶ月前の事だが、とても懐かしい感じがする。楽しかったあの頃の。
何時間ぐらい語っていただろう。楽しい時間はあっという間に過ぎるとはよく言ったものだ。
店内の時計を見ると、もう21時を回ろうとしている。真奈美と香奈は時計を気にする気配は一向にない。
まだ学生の二人を夜遅くまで連れ回すのもさすがに気が引けたので、二人に時間を継げ解散を切り出した。
すると真奈美は、
「えーっ!もうこんな時間なんだ。早いねぇ!もっと話したいのにぃ〜。」
と我侭を言う。こいつのマイペースぶりにはいつも困らされる。香奈も、
「ホント、あっという間でしたね。」
と笑顔ながらも別れが惜しいのか、少し淋し気な顔をしている。すると香奈が思い出したかの様に、俺に問いかけてきた。
「遼さんはしばらくこっちにいるんですか?」
その問いに対して俺は、
「当分の間はこっちにいるつもりだよ。帰ってきたばっかりだし、ゆっくりしたいからね。これからこっちでバイトか仕事でも探すよ。」
と答えた。すると香奈は、
「よかった。じゃぁ、ちょっと待って下さいね。」
と言い、カバンの中から一冊の手帳とペンを取り出した。取り出した手帳から紙を一枚切り取り、徐に何かを書き出した。何を書いているのか、覗き込んでみると、どうやら電話番号を書いているようだ。
書き終わるとその紙を俺に差し出し、少し恥かしそうにしながらも俺にこう言った。
「あの、もし、また遊んだりする時は私も誘って下さい。みんなといると楽しいから…。」
「あぁ、そういことね。俺、香奈ちゃんの連絡先知らなかったしね。全然OKだよ。また、みんなで遊ぼうね。」
そう言って、俺は香奈が差し出したメモを受け取った。その姿を見た二人は異常なまでに喜んだ。
俺にはなぜそこまで喜んでいるのかが、その時にはさっぱりわからなかった。しかし、今思うと、「なるほどな」と思える節もあるのだが。
この後3人は別れ、それぞれの家路についた。
この日から、俺の中で香奈に対する意識が少しずつ変わり始めていた。
この数週間後、俺は他県へと移る事になる。しかしこの時俺は、そんな事など知るはずもなかった。




