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第2話 -小さな幸せ-

とある家庭電話の目線から、ある老夫婦の生活の一部の小さな生活を綴っています。

電話に心があるならば…

ちょっとこういう電話もアリかもしれませんね。

私はどこにでもある、ごく普通の家庭用電話である。年式はかなり古いものの、未だ現役で働いている。


私は毎日ずっと同じ所に佇んでいる。何日も何日も。何年も何年も。ずっと同じ所に佇んでいる。箪笥の上に佇んでいる。

決してそこから動くことはない。同じ景色を毎日見つめながら、ただゆっくりと時が来るのを待っている。


私はとある老夫婦の家にいる。随分昔にある家電屋でここの老夫婦に買われ、ずっとこの夫婦を見てきた。

この老夫婦は、食堂を営んでいる。家と近くの食堂を往復する毎日だ。

この老夫婦には三人の息子と一人の娘がいる。しかし、その子供達も家を離れてそれぞれ別々に暮らしている。

老夫婦は、毎日二人でいるのと代わり映えのない日々のせいか、然程会話がない事も多い。


しかし、この老夫婦にも一つの楽しみがあった。その楽しみとは、毎月第1日曜日に娘夫婦と孫達が訪れる事であった。

朝になると玄関の開く音と共に、


「おじいちゃーん。おばあちゃーん。」


と孫達の元気な声が響き渡る。この声が聞こえると、老夫婦からも満面の笑みが伺える。

この時ばかりは、普段静かな老夫婦の家も活気に溢れ賑やかになる。

この老夫婦、二人の役割はいつも決まっていて、老父は孫と一緒にいつもどこかに出かけている様子。

老婆は娘夫婦と、あれやこれやと話をしながら食事の支度をしたりしている。

夕方になると、一頻り遊んできた様子の老父と孫が帰ってくる。すると、老婆と娘が夕食の準備をし、全員がその食卓を囲む。

食卓では孫達が、その日あった出来事を興奮しながら話す。その話に老夫婦も娘夫婦も笑顔で耳を傾ける。


どこにでもありそうな、一家族の日常の一コマではあるが、私はその楽しそうな姿を眺めているのが幸せだった。


次の日になると、必ず私の仕事がやってくる。

それは老夫婦の娘からの電話である。娘は、前日のお礼の電話を必ずかける。そして決まって孫達に代わるのである。

電話はいつも決まって老婆が先に出る。娘、孫と話をした後は、必ず老父とかわるようにしている。

そうしないと、この老父が拗ねるからだ。普段素っ気無い態度をとっている老父も、この電話ばかりは心待ちにしているのか、素っ気無い態度の中にも嬉しそうな感じが見え隠れする。

多くの言葉を発しない老父。話す会話といったら、孫達の会話に


「うん、うん。そうか。」


と返事をするくらいだろう。

孫達は、話の最後にいつも決まって言う言葉があった。


「おじいちゃん、また遊びに行こうね。」


この言葉を耳にすると、老父は優しい顔になり、


「そうだね。また遊びに行こう。」


と孫達に返事をして電話を老婆に代わる。

この何気ない会話も、私にとっては小さな幸せを感じる瞬間だった。


しかし、年を重ねる毎に孫達も成長し、次第に老夫婦の家を訪れる事も少なくなった。

孫達が大きくなってからは老夫婦の家では、代わり映えの無い日々を過ごすが多くなった。

そして、いつも眺めている老夫婦の背中からは淋しさが滲み出ているようにも見えた。


とある日。老父は私の眺める光景から姿を消した。何日経っても戻ってくる気配は無い。

老婆も夜遅くに帰宅する事が多くなった。一日、二日、三日…時折私が鳴らすベルにも誰も反応しない。

このまま私も生涯を終えるのか…そんな事を考えていたある日の事。老夫婦は再び私の眺める光景の前に現れた。

しかし、私が再び目にした老父は以前よりもかなり痩せ衰えていた。どうやら、老父は心臓病を患い入院していたらしい。

幸いにも手術は成功し、家に戻ってきたのだ。

老父はいつものように部屋に座り、無愛想にテレビに向かっているが、その老父の背中はとても淋しげで小さくなっていた。

病で弱くなってしまったのか、それとも淋しさからなのか、最近は時折老婆に向かって小さく呟く事が多くなった。


「孫達は、今度はいつ帰ってくるのかのぉ…。」


そんなある日、一本の電話が掛かってきた。

いつものように老婆が私の受話器をとり徐に話し出す。孫からの電話だ。

老婆はいつもと代わらない声で孫と話をする。そして、老婆は老父に対して電話を代わるように促す。

昔よく見た光景だ。

痩せ細った体でゆっくりと立ち上がり、相変わらずの無愛想な表情で電話にでる。

電話の向こうから聞こえてくる、孫の声。昔とは打って変わってすっかり大人になった声だが、間違いなく孫の声だ。


「おじいちゃん、こんにちは。元気ですか?」


声を聴いた瞬間、老父には仏にも似た柔らかい表情でにこっと笑った。

以前は専ら孫が一方的に話すのに耳を傾けるばかりだったが、今は逆に


「そっちの生活は慣れたか?」

「次はいつ帰ってくるんだ?」


と、次から次へと言葉が出てくる。

これまでで初めてと言っていい程の老父の声が私の中を通っていく。しかし、何故だろう。嬉しさがこもっているせいか、不思議と心地よい。


私は時代と共に沢山の声を送り届けてきた。それと共に幾つもの小さな幸せを運べたような気がする。

これから先、私はあとどれくらい存在できるかはわからない。

でも、出来る限りこの老夫婦のために、幾つもの幸せを届けたい。

そして、その幸せを共に分かち合えればと思う。

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