第10話 -慟哭 Ⅷ-
「香奈ね、遼ちゃんが東京に行ってからすごく落ち込んでたの。でも、遼ちゃんは東京に行ってからも香奈に連絡くれて励ましてくれたでしょ?そのお陰で香奈は元気になったの。たった1年だし、頑張ろう!って。それからは遼ちゃんから連絡がくる度にあんなこと話したとか、こんな事あったとかって話してくれて。もう、鬱陶しいくらいだったんだから。」
真奈美は時折すすり泣きながらも、少し笑いながら話を続けた。
「でもね、1年が経とうとして、遼ちゃんがもうすぐ帰ってくるって頃に、帰れないって話があって。それでも遼ちゃんが励まし続けてくれたから、香奈もなんとか頑張ってたんだけど…。あの時にあんな所に行かなければ、こんな事にはならなかったのに。」
真奈美はふと気になる言葉を吐いた。
「あんな所って?」
俺は問い質す。
「私と香奈と一緒にいた時に、ふとコンビニに寄ったの。すると偶然ばったり香奈の元彼と会っちゃって。その時は軽く話をしてそのまま別れたんだけど…。それから何週間か経って香奈から電話があったの、相談したい事があるって。でも、その時香奈は物凄く泣いてて、私は直接香奈の所へ飛んでいったわ。」
真奈美はその時の状況を切々と話してくれた。
『香奈、どうしたの!』
『ごめんね、心配かけちゃって。真奈美ちゃんには心配かけたくなかったんだけど…。でも、私、もうどうにもできなくって…。』
『もしかして遼ちゃん?また遼ちゃん香奈に変な事言ったんでしょ?アイツったら!』
『真奈美ちゃん、違うの!遼さんは何も言ってないの、何も…。』
『えっ、違うの?じゃぁ、どうしたの!』
『私、前の彼のところに戻ろうかと思って…。』
『えっ!どうして!どうしてなの!この前まであんなに楽しそうに遼ちゃんの事話してたじゃない!なんで!』
『ごめんね…。私もまさかこんな風になるなんて思ってなくて…。私、今でも遼さんの事好きだし、出来る事ならばずっと一緒にいたいと思ってる。でも…、でもやっぱりダメなの。話を聞いてもらいたい時に、聞いてもらえなくて、もっと一緒の時間を過ごしたくても、それも出来なくて。それでもたった1年だからと思ってずっと待ってた。そしてもうすぐ帰ってくるって思ってたら、また振り出しに戻って…。でも、遼さんはずっと優しく声をかけてくれて、私も頑張ろうって思ってたんだけど、そんな時に彼と会っちゃって。あのコンビニで会った後、彼から何度か連絡があって話をしたりしてたんだけど、勿論、彼には今遼さんがいる事も伝えてて。でも、その後何度か会ううち次第に付き合ってた当時の事を思い出したり、今傍にいてくれることに甘えちゃったり。その彼とは、嫌いで別れたわけじゃなかったから…。』
『でも、それじゃぁ遼ちゃんはどうするの!遼ちゃんだって、同じ想いで頑張ってるんだよ!遼ちゃん可哀想だよ!』
『わかってる!わかってるよ!遼さんの事だって、私がズルイのだってわかってる!でも、でも、…もう、待てないよ。本当は私も東京に行きたかった。でも、私も就職したばかりで、親に迷惑かけたくなくて結局地元に残って。遼さんも、東京においでって言ってくれたのに…。でも、1年待てば前と同じように一緒に過ごせると思ったから頑張ったけど、今はそれも叶いそうになくて。そんな時に彼が目の前に現れて、言ってくれたの。結婚を前提にもう一度付き合ってくれないか…って。真奈美ちゃん…私、もう、淋しいのは嫌だよ。でも、やっぱりダメなのかなぁ…、私間違ってるのかなぁ…。ゴメンね。』
「それから暫く香奈はずっと泣きっぱなしだったわ。私、何も言えなかった。香奈、普段は遼ちゃんのことをいつも嬉しそうに話してたから、全然淋しくなかったんだって思ってた。でも、違ったんだね。一生懸命堪えてたんだね。私、全然分かってあげれてなかった。遼ちゃんのせいでも、香奈のせいでもないんだよね…。」
「そっか…。」
俺は何も言葉に出来なかった。
俺もずっと香奈の優しさに甘えてたのかもしれない。何でもっと香奈のことを分かってあげられなかったんだろう。俺は本当に香奈の為に、精一杯何かをしてあげていたのだろうか。
自責の念が俺の中に込み上げてくる。
今ならば東京に来いって言えるのに、全てを投げ出してでも香奈の所へ行けるのに。何もかもが遅すぎた。
「真奈美、香奈にこれだけ伝えてくれないか?最後に1度だけ話がしたい…と。」
俺は叶うかわからない最後の願いを真奈美に託し、電話を切った。
数日待ったが、香奈からの電話はなく、自ら香奈に電話を掛けた。しかし、呼び出し音だけが俺の耳元で鳴り響き、その電話は取られることはなかった。
その後暫く経って、最後の望みをかけて香奈へ電話をかけたが、既に電話は解約されていて未使用のアナウンスが流れた。
これが香奈の答えだったのだろう。こうして俺たちの関係は幕を閉じた。
その後、俺は香奈が結婚して別の地へ移ったというのを聞いた。香奈の事を聞いたのは、これが最後だった。




