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第1話 -家族の絆-

私は今、地元を離れて仕事をしている。十年以上も地元を離れると、その土地の生活に慣れてしまうせいか地元に帰る機会も次第に減ってしまった。

仕事に就いた当初は、盆、正月、それ以外にも事ある毎に帰っていた。それが今となっては年に一度帰るか帰らないかといった具合になっている。

地元に帰れば勿論の事ながら実家に帰る。私の両親は未だに健在だが、年を経る毎に老いていくのが目見にえてわかるようになってきた。

一人息子の私は、その両親の事が気になる年齢にもなった。気になるのであれば地元に戻ればいいとも思われるかもしれないが、そういうわけにもいかない。

だから、暇をみては極力実家に電話を入れるようにしている。


私の父は、話下手…ではなく、電話が苦手らしく、話をしても5分程度で終わってしまう。

耐え切れなくなる父は、母がいる時は「お母さんが代わりたいみたいだから代わる。」と言って、すぐさま母に電話を渡す。


母の方はというと、父とは打って変わって無類の話好き。一度話し出したらこちらが「いい」と言うまで止まらない。それ程の話好きである。

しかし、いつも話す内容は本当に他愛も無い話ばかり。

自分の身の回りであった出来事、その日の晩御飯、妹達の話。とにかく何かを探しては話すと言っていいくらいだ。

私はそれをいつも黙って聞いている。私が言葉を発するとしても精々相槌を打つくらいだろう。


だが、そういった何気ないやり取りを聞いているだけでも安心できるものである。


ある日の事。私は母に用があって、実家に電話をした。電話には父がでた。私は母に用があったので母に代わるよう頼んだが、

「忙しくて出られない。」

と言われた。それならば仕方ないと、その日は折り返し電話をくれるようにとだけ伝えて電話を切った。

しかし、数日経っても折り返しの電話は無かった。いつもであれば直ぐにでも掛けなおしてくる人が掛けてこない。

「何かあったのか?」と少し気になったが、その時は然程気にも留めずそのままにしていた。


それから数週間後、前回とは別の要件で母親に話があったため実家に電話した。

時間は昼過ぎだっただろうか。

今度もまた父が電話に出た。普段絶対に家にいない時間帯にもかかわらず、父が電話にでるという事に親子ならではの不安感を覚えながらも、母に代わるよう頼んだ。

すると父は…

「今、母さんは家にはいない。」

そう答えた。

しかし、答えた父の声には覇気が無く、落胆の色さえ伺えた。私はその声色に一抹の不安を覚えた。

私は問い詰めるかの様に、母親の所在を尋ねた。

父は暫く無言のままだった。それに対して私が何度も母の事を尋ねると、父親は諦めたのかその重く閉ざした口を開いた。

「本当はお前に心配をかけたくなかったから、ずっと言わないでおこうと思ったんだけど。やっぱり隠しきれんな。」

父は今にも泣きそうな声でこういった。そして、

「いいか、慌てるなよ。とりあえずは大丈夫だからな。」

と付け加えた。父は私に心配させまいと、そして心積もりをさせようとしたのだろう。だが、それは同時に、自分自身にも言い聞かせているようにも思えた。

暫くの沈黙の後、父は心を決め、ゆっくりと話し出した。


「母さんな…、車で事故したよ…。」


この時、「目の前が真っ白になる」という言葉を初めて体験した。頭の中で突然「何故?」が飛び交う。

父は私を察してか、すぐに今の母親の状態と事故に至った原因などを事細かに説明した。

一通りの経緯を聞き、命に別状が無い事を確認した後、私は父に対してこれまでに無い怒号を浴びせた。

「何故すぐに連絡しないんだ!親子だろう!」

父は「すまない」とつぶやき泣いた。そして何度も何度も私に対して謝った。

私は父の謝罪を耳にした途端我に返った。憔悴しきってしまう程、父も私以上に母の事が心配でならなかったはずなのに…。


父の事を考えずに怒鳴ってしまった自分に、そして、何も出来ない自分の無力さに憤りを覚えた。

そして、私も泣いた。


この日は、母の安否を再確認し、そのまま電話を切った。



それから何週間が経っただろう。携帯に一本の電話がかかってきた。

携帯の画面を見ると、そこには母の名前が表示されている。仕事中だった私は、その時電話に出る事は出来なかった。

暫くして、再度携帯の画面を見ると、そこには留守電のマークが。仕事が一段落した所で留守電を確認する。

すると、そこからは以前となんらかわらない、元気な母の声だった。


「もしもしー。元気ですかー。お母さんです。今日退院しましたよ。心配掛けてごめんねー。また、電話しまーす。」


ホントに最近まで入院してた人の台詞だろうか?と思うくらいあっけらかんとした声だった。

でも、その声が私に大きな安らぎを与えてくれた。自分でも頬がゆるんでいるのがわかる。

そんな自分を少し恥ずかしくも思いながら、職場へと戻った。


翌日、私は実家へ電話した。

電話の向こうからは、以前と変わらない元気な母の声が聞こえてきた。

これまで通り、元気かと尋ねてみる。すると母親は、


「元気よ。」


と答えるが、やはり退院したばかりなので、あそこが痛いここが痛いとブツブツ呟いている。

今だから言えるが、そんな母が少し可愛らしくも思える。

それからは、今までと同じように母がずっと喋っている。事故に至るまでの話、入院してからの周囲の話、病院での出来事。

今まで私と話せなかった分を一気に伝えるかの様に、母はずっと話していた。

さすがにこの日ばかりは、面倒に思うこともなく、母の会話にずっと付き合った。というよりは、私も母の話を聞いていたかったのだ。それがとても心地よかった。


どれくらい話していただろう。かなり長い時間話した母だったが、一頻り話終えると母は突然静かになった。

なにかあったのか?母に尋ねようと思った瞬間、母はゆっくりと、静かに口を開いた。


「今回は本当に心配掛けてゴメンね。あなたには本当に一番心配をかけたと思います。あなたがお父さんを怒った話も聞きました。

でも、あれはお母さんが言わないようにとお願いしておいたんです。勿論事故の事を知れば、あなたは仕事どころではなくなるだろうし、

お母さんとしては、私の事は気にせずに頑張っていて欲しかったから。でも、私の気持ちも今回は裏目にでてしまったみたいですね。

あなたがお父さんに言った『家族だろう』という言葉に胸を打たれました。家族だからこそ隠さずに伝える事が大切なのだとわかりました。

それだけの絆で結ばれた家族を持つことが出来て、母さんは今本当に幸せです。あなたが私の子供でよかった。産まれて来てくれてありがとう。」


母は涙ながらに私に伝えた。


私は泣いた。


母に対して何もできなかった自分の不甲斐なさに対してもあったが、それよりも母の私に対する言葉が嬉しかった。

こんな私でも、生まれてきた事に心から感謝してくれた母の優しさが嬉しかった。

家族の強い絆を知る事ができたのが嬉しかった。


何気ないたった一本の電話だが、私にとってはかけがえのない電話になった。


「父さん、母さん。私は二人の子供で本当によかった。産んでくれてありがとう…。」







母さんへ

翌月に電話代が高いからといって怒るのはやめてください。

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