白い騎士
「こんばんは、メルナさん。私はリベットと申します、ブローネ城で騎士をしている者です。あなたが転移者を見つけたとの噂を聞きつけたので、きっとここにいらっしゃるだろうと思ってこちらでお待ちしておりました。彼がその転移者様でしょうか?」
彼が自己紹介をしてようやく、私は彼の姿を城内で見たことがあることを思い出した。
確か彼は、王を直接守護する近衛騎士だった。相当身分の高い重要職であるはずのリベットさんが、どうしてこんなところにいるのだろうか。
「そうです! グレムさんは実績のある、信頼出来る転移者です。それで、グレムさんに何か用ですか?」
そう言いながらも私は、彼の気配に何か違和感を覚えていた。この感覚を以前にもどこかで感じた気がするが、どうにも思い出せない。
「ええ、今日はもう遅いので明日に、我々の王に謁見していただきたいのです」
彼の視線は、私ではなくグレムに向いていた。その視線は、謁見していただくというよりも、謁見はあなたの義務であるとでも言いたげだった。
「ずいぶんとお早いご報告だな。謁見は別にいいが、ここの防衛をどうやるかは俺に任せてもらうぞ。王にもそう伝えておけ」
「えぇ、私もそのつもりでした。では明日、私も城でお待ちしております。ところであなたは、今夜どこに泊まるおつもりでしょうか?」
「そういえば、宿屋に泊まると言っていたな。どこにあるんだ?」
グレムさんは私の方を見ながらそう言った。
「そうでしたね。レミさん、今夜はあなたの宿屋にグレムさんと二人で泊まりますけどいいですよね?」
レミはブローネにある数少ない宿屋の、従業員として働いている。私の家が事故で燃えてからは、彼女の宿屋に入り浸りになっている。わたしがこの食堂に来たのは、帰ってきたことを知らせるためでもあるが、レミに会えるかもしれないと思ったからだ。
「ええ、もちろんよ! いつも全然お客さんとか来ないからね、全部屋空いてるわよ!」
レミは目を輝かせながら声を張った。
「嬉しそうに言うことじゃないですよ……」
「そうかしら? でも私にとってはとても嬉しいことよ、だって国を守ってくれる凄い人が泊まったなんで噂が広まれば、私の宿に泊まる人が増えるかもしれないじゃない! こっそり宿泊代を増やしても、きっとバレないわ!」
彼女の声は、とても楽しげであった。
「相変わらずの守銭奴ですねぇ、まあいいですけど。それよりグレムさん! 今夜はここで夕飯にしましょう。ついでに外の世界でのいろいろな話を聞きたいんです」
私の提案に、食堂にいた人々も聞きたい聞きたいと賛同した。
彼のようなブローネの外について詳しい人物のする話は、ここの誰しもが興味を示すのだ。
「ああ、いいぜ。大した話は出来ないが、軽い質問くらいには答えてやるよ」
彼の返答は意外にも乗り気なものだった。
そうして私達はグレムさんの話を聞きながら、いつものように夕飯を食べた。帰還祝いと称して軽いパーティーのような騒ぎになったが、なかなか楽しく過ごせた。
質問されて話をする時に、グレムさんは自分に関することは何も言わなかったが、別の転移者については流暢に喋ってくれた。
「転移者にはいろんな奴がいてな、国に認められてそこの住人として暮らしてる奴や、身分を隠して一般人の中に紛れ込んでいる奴もいる。
一番多いのは、俺みたいに家を持たずに流浪生活してる奴らだけどな。まったく、図書館なんぞに引きこもってちゃ、見えるもんも見えないぜ」
彼がしたのは、主にノーベルさんの話だった。グレムさんによると、ノーベルさんとの付き合いは百年程度だが、そのうえでわかったことは、彼以上に心配性で器用な人物は他におらず、同時に彼は現実で起こる様々な出来事こそが、最も奇妙で見応えのある物語だと考えている人物らしい。
「でも、あいつには情とか信義がまるでないのさ、だから俺は”ノーベルは情報中毒者の変人で、人の心の分からない臆病な機械人間だ”っていう噂をたててやったのさ。面白いだろ?」
「あ、あなただったんですか。その噂……」
ノーベルさんについて語る彼は、いつもよりどこか楽しげだった。転移者にも友達というのはいるし、誰かにその友の話をしたくなってしまうものなんだなと、考えさせられた。
彼がノーベルさんについての話をし終わった頃、話すことのなくなったグレムさんに一番質問をぶつけたのは、意外にもリベットさんだった。
彼はグレムさん自身のことを語らせようと話題を振っていたが、その質問がほとんどかわされると、今度は彼の所属する《アルトリディア》について質問し始めた。
「君の所属するアルトリディアは元からこの世界にいた私達にとても協力的なようですね。一体それは何故なんでしょうか?」
それは私も気になっていた。カラミタから私を救ってくれた時も、彼にとってそれが当たり前のことでありような印象を受けたからだ。
「どうしても何も、転移者は普通一般人に協力的で友好的なはずなんだよ、生きて来た世界が違っても同じ人間なんだから。だが強力な力を得た彼らは、時に自分達が崇高な存在であると勘違いしてしまう。
それが行き過ぎると、一般人を愚かな存在だとみなして、自らの文化や価値観を押し付けて元あった文化を破壊してしまう。そもそも力があるから、物理的に文明に被害を出す奴もいる。そういうのを許せねぇ奴らが集まったのが俺たちアルトリディアだ。力に力で対抗するってわけだ」
「でもあなた方転移者は、実際に強い力を持つ存在です。私には、彼らが一般人のことを考えずに能力をふるうことは至って普通の行為に思えますし、それに百年たたずにほとんどが死ぬ我々のことを、数百年生きるあなた方が命がけで守って下さる理由がわかりません」
リベットさんの質問は、下手をするとせっかく来てくれたグレムさんが、気分を害しかねないようなものだった。それを聞いていた食堂の人々も、私と同じようにヒヤヒヤしながらグレムさんの返答を待っていたに違いない。
「――俺たちが一般人の人助け命までかけるのは、俺たちがそうしたいと思うような”信念”を持っているから、としか言いようがねぇな」
彼は少し考えてからそう返答した。
「信念、ですか?」
「ああ、そうだ。アムルドは俺たちを直接、元いた世界からこの世界に招待してきた。その基準はきっと、俺たちがそういった信念を持っているかどうかなのだと思っている」
グレムさんの口調は、いつになく落ち着いていた。それは、彼が確信を持って何かを語っている時の口調なのだとすぐに理解出来た。
彼にどのような過去があり、何が彼を彼たらしめているのかはわからないが、その言葉には言い表せない重みを感じた。
「――なるほど、あなた方のスタンスは大方理解しました。それではもう遅い時間ですので、私はそろそろ帰ろうかと思います。ここの料理は味付けが薄めで私に合っていました。ご馳走さまです」
そうデルミアさんにお礼を言うと、リベットさんは足早に扉を開けて出て行ってしまった。
「あらあら、なんだか丁寧な人だったわぁ。そういえばもうこんな時間ねぇ、そろそろ閉店にしようかしらぁ」
いつものようにデルミアさんの気分によって、食堂はその日の営業を終えた。食堂で出会った彼らに別れを告げて、店を出た私とグレムさんとレミは、話を続けながら彼女の宿屋へと向かった。
「どうでしたか、私の国の人々は?」
「いや、正直奇妙な気持ちだ。俺が一般人の集まりで転移者であることが発覚すれば、警戒されたり畏怖されたりすることが大半だった。
だが彼らはまるでそんな様子を見せないどころか、好奇心全開で応対された」
「へえ〜、外の世界だとそんなこともあるのね。でもブローネにいる転移者の人は、天柱の結界を通って来た人だから危ない人じゃないって皆わかってるのよ。
それにあなたみたいな人の話を聞けるなんて、一生のうちに何回あるかってくらい珍しいことだから、好奇心全開だって仕方ないと思うわ」
「なるほどな。やはりブローネは、転移者にかなり縁遠いな。なんというか、やりやすいようなやりづらいような……」
レミはグレムさんと会ったばかりだと言うのに、フランクに会話している。どれほど親しい相手でも、敬語の抜けない私とは正反対だ。
「さぁ、見えてきたわね。あの建物が働いている宿屋よ」
いろいろ話しながら、すっかり暗くなったブローネの道を歩いていると、ついにレミの宿屋に着いた。今日は起きた出来事が多すぎて、ベッドに入れば一瞬で寝てしまいそうだ。
レミの宿屋は、二階建てだが八部屋しかない小さいもので、従業員は彼女と宿屋の経営者の二人しかいないようだ。それでも問題が起こらないのは、この宿屋の利用者が非常に少ないせいだろう。
彼女はここ以外にもいくつかの仕事を掛け持ちしているのだが、そこまでしてお金を集める理由は親の病気を治すため、ということではなく、単純に彼女がお金の奴隷だからである。彼女を動かすには、お金を積めばいい。
そんな彼女に私達は、二階にある少し大きくてベッドが二つあるだけで、宿泊代が三倍以上に跳ね上がっているスイートルームという名の詐欺部屋へと、当然のように案内された。
「ここって一番高い部屋ですよね? 私達、別に一階の部屋でもいいんですよ?」
「そうなの? じゃあ、あなたにだけ一階の部屋を手配してあげるわ!」
どうやら彼女の思考は常に客から金を搾り取ることにあるらしい。
「それじゃあ意味がないんですよ! グレムさんの宿泊代は私が払うんです。ちょっとサービスしてくれてもいいんじゃないですか?」
「あら? そこそこ長い付き合いなのに、私がその程度の説得で折れると思っているの? あなた、仮にも国に認められた宮廷魔術師でしょ、給料いいんだからそれくらい払いなさい!」
「あのですね、私は時々レミさんとの関係が、お金によって成り立っているのではと不安になるのですよ」
「いやいや、そんなことはないわ! きっとね!」
なんとも曖昧な返事だったが、私は渋々その条件を呑んでスイートルーム(笑)に泊まることにした。
部屋の中には机と窓が一つずつと、簡素なベットが一つあるだけで、特別な要素は何もない。せっかく来てくれたグレムさんをもてなすには、少し物足りない。
「いやー、申し訳ありませんグレムさん。ブローネにあまりいいホテルみたいなのは少ないんですよ」
「いや、俺にとってはベッドがあるだけでマシだ。いつも土の上で寝てるからな」
グレムさんはねっ転がって目を閉じた。そのまま寝るつもりのようだ。
私もベッドを前にして、急激に眠気が襲ってくる。今日はいろいろなことが起こりすぎた。電気を消してベッドに倒れ込んだ直後、次目が覚めたらどうしようか考えながら、落ちるようにして眠りに入った。
***
「あれ、こんな時間にどうしました? え、グレムさんの泊まっている部屋を知りたい? いいですけど……。もう寝てると思いますよ?」
彼らが寝静まった頃、レミの宿屋を訪ねる者がいた。
受付で話をつけると、彼は二階に上がり、スイートルームの木のドアの前で立ち止まった。
自身の体内に秘めていた魔力を増幅させ、腰の刀に手をかける。姿勢を低くして居合の構えをとると、刀に凄まじいまでの魔力が集まってくる。
この魔力は尋常の者の量ではない。弾ければ家を吹き飛ばすほどの力の塊が、解放の一瞬に向かって収束していく。
「グレムさん。メルナさん。それではさようなら」
白い騎士としての装備から、黒い暗殺者としての装備に着替えた転移者リベットは、その一言と共に刀を抜き放った。
次の瞬間この宿屋唯一のスイートルーム(笑)は、五千個の木片へと姿を変えていた。