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ブローネの食卓

誤字脱字有れば、報告願います。

 考え事をしながら歩く彼を引き連れて数分後。東南地区に差し掛かったところで、彼はついに声を出した。


「さすがにもう見られてないだろ、それらしい気配もない。今は考えるより行動するのが先だ。とにかく、まずは寝よう! カラミタとの戦闘でダメージを受けすぎた。今日はとっとと寝たい」


「それもいいですけど、ちょっとブローネを見て回ってもいいですか? 久しぶりの故郷なので……」


「久しくはないだろ、三日ぶりなんだから。まあ、あんな強固な結界があったんじゃ、三日外に出ただけでも大冒険かもな。まぁ、お前の好きにしな。俺は雇われた側の存在だ」


「そういえばグレムさん、体の傷がふさがっててますね。頬のやつもあとが残ってますけど、ほとんど治ってますし」


 グレムさんの体は、少し前まで傷だらけだったはずだが、今はもう深い傷以外は完治している。これが転移者の治癒能力という奴だろう。


「そうなのか……。頬の傷はもうちょい残っててもらいたいもんだな」


「いや、そこは『治っててもらいたいな』じゃないんですか?」


「お前、わかってないな。体の傷は戦いの勲章なんだよ」


 彼はそんなことを言いながら、傷をさすっていた。彼のことを理解するには、まだ時間がかかりそうだ。


 東南地区に入ると、美しい夜景が出迎えてくれた。

 外はもう真っ暗だったが、オレンジ色の街灯と家の窓から溢れ出る光で、町はまだまだ明るい。白塗りの石造りの建物が、礼儀正しく立ち並んでいるこの景観はいつ見ても綺麗だ。夜のブローネは、私の大好きな景色のうちの一つだった。


「いいですね〜故郷って。三日居なかっただけなのに、すごく懐かしく感じます」


「―――ずいぶん綺麗な街並みだな、他の街より整っている。建物を統一させて作ってるのか」


 グレムさんは街を多少は気に入ったようだった。


「そうなんですよ、街並みが美しく見えるように、工夫されてるんです。他の転移者さんからも褒められましたね」


「他の? 俺以外に転移者が来たことがあるのか?」


「ありますよ、というか今もブローネにいると思います。“万能薬師”アイナスって人なんですけども、知ってますかね?」


「知らんな、どんな奴だ? というかブローネは転移者に(うと)いって聞いてたんだが」


 そういえば、その説明をしていなかった。ブローネは完全に転移者の来国を弾いているわけではないのだ。


「確かに、今みたいな緊急事態でない限り、基本的に転移者さんの入国はお断りしています。でも彼女の祝福能力は、エレクシアを作ることだけだとお聞きしたので、無害だと判断されて特別に入国が認められたのです」


「エレクシアって万能薬のことだよな? ということは薬売りの転移者か。なるほどな、明日会いに行ってみよう」


「いいですね。あ、そろそろ見えてきましたよ!」


 そんなことを話しながら歩くうちに、私に馴染み深い場所が近づいて来た。立ち並んだ家の中の一つに、茶色い看板の食堂がある。中からは聞きなじみのある話し声が聞こえてくる。


「まずは皆さんに挨拶をしましょう! 私の後に続いてくださいね!」


 何か言おうとしたグレムさんを差し置いて、私は食堂の戸を開ける。


「みなさーん! メルナが帰りましたよ! なんとか転移者を連れてこれました!」


 私がそう言いながら食堂の中に入ると、店内にいた十人程の客達が一斉にこちらを向いた。そして直後に、驚きと喜びが入り混じったような声が店内に響く。

 この食堂にいる人々はほとんどが私の知り合いだった。外との関わりの少ないブローネでは、同じ地区に住んでいるほとんどの人が顔なじみだ。

 その顔なじみの中の少女が一人、私の顔を見るなり駆け寄って来た。


「メルナ!? ほんとにメルナなの!? よ、よかった。もう会えないかもしれないと思ってたから」


「私のことをあまり舐めないで下さいよ? レミさんが思っているより、私はずっとすごいんですから! まあ、ちょっと死にかけたんですけど」


「やっぱりそうなのね! あなたそそっかしいから、外に出たら一日持たないと思ってたのよ!」


「あなたは私を何だと思ってるんですか!? というか私が死にかけたのは、そそっかしいのとは関係ないですよ、もう」


 レミは、私がブローネで一番仲良くしている友達だ。彼女は私がブローネの外に出ると決まった時には、誰よりも心配してくれた。彼女は少し金にうるさく遠慮がないが、心優しい性格をしている。


「あらぁ? メルナちゃん? おかえりなさぁい。思ったより早かったわねぇ?」


「転移者の人に送ってもらったのです。もうあれはやってほしくないですけど!」


 店の奥からなにくわぬ顔で挨拶をしてきたのは、この食堂の店主であるデルミアさんだ。彼女の温厚な性格と逸品の手料理に惹かれる人物は多く、夕方ごろになると彼女の食堂には多くの来客が集まってくる。かつて私もその中の一人だった。彼女の作るアップルパイは、何よりもおいしいのだ。


 今日も食堂には大勢が集まり、帰還を果たした私のことを口々に心配したり褒めてくれたりした。


「それでさ、メルナ? 私たちにその転移者の人を紹介してもらえない? その人、一緒についてきてないの?」


 レミに言われてうしろを振り返ると、そこには灰色の彼はおらず、入ってきた扉は閉まっていた。


「あれ? 私の後ろについてきたはずなんですけど、どうしたんでしょうか? グレムさーん、出てきてくださーい」


 私がそう言うと、ぎしぎしと音を立てて扉が開いた。外から顔を見せたグレムさんは、ひどく不愉快そうな顔をしていた。こちらに鋭い視線を投げかけ、何か言いたそうにしている。


「どうしたんですか、グレムさん? 何か不都合でも?」


「人前に出るなら先に――。いや、好きにしろと入ったが、急に人前に出すな! そもそも宿屋に行くはずだっただろ? なんでここに来てんだ?」


 私が彼の質問に私が答える前に、店内にどっと歓声があがった。


「あなたが我々の国を救って下さる転移者様か! いや、ありがたい!」


「頼みますよグレムさん。我々の行く末をあなたに託します」


 食堂にいる人々が、次々に期待に満ちた声をなげかける。食堂は今まで以上に盛り上がり、大騒ぎになった。


「あら、あなたがメルナちゃんが連れてきたお方ぁ? 頼もしいわぁ。どうか私たちの国をよろしくねぇ」


 デルミアさんが、丁寧な言葉遣いでグレムさんに頭を下げる。ただ彼女の特徴的な言葉づかいは変わらなかった。あれは彼女の親から受け継いだ喋り方らしい。


 突然、数々の期待の声を受けたグレムさんは、困惑しているようだった。彼がほかの国でどのような扱いを受けてきたのかは知らないが、ブローネ流のもてなし方は、はたして気に入ってくれるだろうか。


 そんな私たちに、一人の男性が声をかけてきた。白を基調とした騎士然とした服装で、腰に不釣り合いな鞘と長刀をぶら下げた彼は、普段ここで見ることのない人物だった。

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