表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/11

ブローネの影

「それじゃあ始めます! 

祖先返り(スロウバック)】! 変!・身!」


私がそう詠唱すると、眩い光が私を包んだ。全身の感覚が曖昧になり、どんどん視界が低くなっていく。 足下にあった草が、目線のすぐ下に感じられる程になると、ようやく光が消えた。


「お前……、ネズミ……?」


私の姿を見たグレムさんが、唖然としながらつぶやいた。


「そうです! これこそが我が家に伝わる伝家の大魔術! 原初の哺乳類、ネズミに姿を変える魔術です!」


グレムさんから見た私の姿は、白い小さなネズミになっていることだろう。こんな魔術を使える魔術師は、私の家族以外には見たことがない。きっと転生者の間でも、相当珍しい能力のはずだ。


「さあ、どうでしょうか! これで私があなたの服のポケットに入れば、私を簡単に持ち運び出来ますよ!」


「……そうだな。いや、ちょっと面食らったが、“孤独動物園”のゾリアと似たような魔術だと思えば納得だ。一般人でも出来る魔術だったんだな、それ」


どうやら私の秘伝大魔術は、転生者に先駆者がいたらしい。出来れば言わないで欲しかった。


「どうした? 急にそんな暗い顔して。

まあいい、ともかく俺は今からお前を持って、ブローネまで()()()()()ペガサスで三日かかった程度なら、俺が行けば三十分で着く」


「え? なんですかソレ? 早すぎません? それに今飛ぶって言いました?」


私の聞き間違いだろうか、それともただの比喩表現だろうか。いずれにせよ嫌な予感がする。



 ***



「のわあああぁぁぁ!? キ、キツイ!! スピード出しすぎですよ、グレムさん! 聞いてますか!?!」


彼がどうやってブローネまで移動したのか。

箒に乗って飛ぶ魔女をイメージして貰えれば、わかりやすいだろう。

彼は杖を上の部分を後ろにして横に向け、その上にまたがっている。あとは杖から祝福由来の猛炎をジェット噴射の要領で噴き出せば、高速移動が可能になる。


その高速移動が速い。速すぎる。被害が少なそうな胸ポケットに入ったはずなのに、体に凄まじい圧力がかかる。炎の出ている部分から、「ゴォォォォォ」という聞いたこともない音が聞こえてくる。

体の揺れも相当で、掴まっていなければいつかポケットからこぼれ落ちてしまいそうだ。生きた心地がまるでしない。いつ終わるのかもわからない恐怖体験に、私はネズミになった体を震わせながら、ただ耐えるしかなかった。


やがて体への圧力が、横方向のものから上方向に変わった直後、突然全ての圧力から解放された。

だが、体は相変わらず揺れ動き、耳の中がキーンとしている。いったい何が起きたのだろうか?


「もう目の前まで来たぞ。まだいるよな? ちょっと顔出して見てみろよ」


彼にそう言われて恐る恐る胸ポケットから顔を出してみると、百メートルほど()()()ブローネが見えた。夜の暗さによって細部は見えないが、夜空に広がる星空のように光る街灯のおかげで、その全貌をよく観察出来る。


山々と円形の城壁に囲まれたブローネは、国というより巨大な都市のような場所だ。北と南を結ぶ川と、東と西を横断する大通りが国の中心で交差し、その交差点のすぐ隣に王族の住む巨大な城がある。

だがこの国で最も目を引くのはその城ではない。城の真横にそびえ立つ、一本の漆黒の塔台だ。城よりもはるかに高く、周囲の山々に負けないほどだ。


たとえ夜でも、白い家が多いブローネにそびえ立つ漆黒のその姿は、異様な雰囲気を放っている。


その塔台は、本来ライトがある部分に巨大な緑色のクリスタルが挟まっていて、怪しい輝きを放っている。


「なんだありゃ、変な塔だな。景観だいなしだろ」


「えっと、あれは“リームグンテ天柱”です。たぶんアムルドさんが作った、国に結界を張ってる防衛装置ですよ。あれは転生者の人とか魔術とかを完全に弾くんです。

それよりグレムさん。私達、今どこにいるんですか?」


「ブローネが山に囲まれてたから飛び超えてきたんだよ。これ以上、上に飛ぶと着地に支障が出るから、そろそろ落ちるぞ」


「あの、ここからゆっくり降りれませんかね? 杖からちょっとずつ炎を出して、ホバリングするみたいにこう……」


「無理だ。そもそも俺はホバリングが出来ない」


体は既に落ち始めていた。これから凄まじい速度で地面に激突することは、どう見ても明らかだった。

転生者ならば問題ない高さなのかもしれないが、わたしがここから落ちれば、どうなるか分からない。


「そ、そんなああああああああ!!!」


そこから私は、数百メートルの自由落下を経験した。

今日は私の「人生でもっとも命の危機を感じた瞬間」が、何度も何度も更新される。


数秒後、地面を割った轟音が鳴り響いた。


「あ、ああ、はぁああ、はぁ。ようやくついた……」


私はなんとか恐怖のフリーフォールを生き残った。着地の衝撃で胃の中のものが全部出てしまいそうだった。


「防壁結界があるなら、空中からは入れないな。というかなんなんだその天柱ってやつは? このレベルの防壁結界を張れる装置なんぞ見たことねえぞ」


グレムさんは地面に降りるなり結界の分析を始めた。彼は私の心配などは特にしていないらしい。せめていたわりの一言くらいは欲しいものだ。


「確かマーク8の天柱だと聞きました。アムルドが作った天柱の中でも最新式で、世界に五本しかない貴重品だそうです。なんでも耐久性はマーク7の九倍以上で、五次元からの侵入も防ぐんだとか。中に入っているレビスタ鉱石から、魔力を得て動いているそうです」


「なんでそんな大層なもんがここにあるんだ? ブローネの国王が取り寄せたのか?」


「そう聞いています。王いわく、今のブローネ帝国に必要なものは、転生者に頼らずに国を守る方法を模索することだそうです。現在アムルドが作った物に頼っているのは、いつかこれを一般人の力で再現するためだとか」


私はかつて、王の命令でリームグンテ天柱を解体して研究しようとしたことがあるが、全体の構造の九割が理解できなかった。ただ、柱の結界には自己修復機能と、物理的にも魔術的にもあらゆるものを通さない強固さがあることがわかった。


「ずいぶんと無茶なことを言うな、その王は。しかしだとすると、王にとって俺は好ましい存在じゃないんじゃないか?」


「そうなんでしょうか? 私はまだ、王が何を考えているのかわかった試しがありません」


私の役目は、あくまで彼を連れてくることだ。それ以上のことは、あまり考えていない。


「ところで俺はそんなヤバい結界があるブローネにどうやって入ればいいんだ? まさか結界に隙間でもあるのか?」


どうやらグレムさんは東門の前に降りたらしい。十メートルの城壁に囲まれたブローネに入るための、数少ない入り口の一つだ。ただその門も当然、結界に覆われている


「それなら私に任せて下さい。結界は国全体に張られているので、転生者のグレムさんは結界に穴を開けてもらわないと入れないと思います。しばらくここで待っていて下さいね」


私はなんとかブローネに戻ってこれた事実に喜びつつ、魔術を解いて人に戻って、門まで行って見張り番に話をつけた。

見張りの男性は私の帰還に少し驚いたような顔を見せたが、迅速に手はずを整えてくれた。城まで無線を送って返事をもらい連絡を取ってもらう。そして結局、小門のあたりに結界の穴を作ることが決定したらしい。


一時間程で手続きを済ませて私が戻ると、グレムさんは自分の杖を手で回して遊んでいた。よほど暇だったのかもしれない。


「なんだ、もう話がついたのか。早すぎないか? もう一日くらい待たされると思ってたんだがな」


「どんだけ待つ気だったんですか。ともかく、変な物は持ってませんね? うちの入国検査は厳しいですよ!」


「俺が祝福能力持ってる時点で、なに持っててもあんま変わらんだろ。ところで国に入ったらどこ行きゃいいんだ? お前の家か?」


「私の家は出国前のボヤ騒ぎで全焼したので、私の知り合いの宿屋に泊めてもらいましょう。その前に帰ってきたことを皆の知らせないといけませんね」


「今さらっととんでもないこと言わなかったか? 両親はどうしたんだ」


彼は私の”全焼”という言葉に、強く反応したように見えた。


「私が幼い頃に外の世界に旅立ちました。私の夢は、彼らの後を追って外の世界を巡ることです。

ささ、早く行きましょう? 宿屋は東南地区ですから、結構近くですよ」


「……ああ、そうだな」


グレムさんは急かす私を、複雑そうな表情で見ていた。


小門に作られた一時的な結界の穴を通った直後、私はしばらくの間、謎の違和感を感じた。故郷に帰ってきたはずなのだが、少しだけ何かが違う気がする。


「グレムさん、なんだか変な気がします。気のせいかもしれないんですけど、でもやっぱり何かおかしいんです」


思い切ってグレムさんにそう伝えてみると、彼は少しの驚きと感心が混ざったような顔をした。


「よくわかったな。今さっき俺たちは誰かに見られてたんだよ。ノーベルの監視とは別にな。」


「見られてた!? 誰にですか? 普通の人の視線じゃありませんよね!?」


彼の言う”見られていた”というのが本当だとすれば、私はその視線に違和感を感じたということになる。普通の人間にただ見られていたというだけでは、あんな感覚にはならないだろう。


「あんまり大声出すなよ、こういう時はあえて自然体でいるべきだ。だが、これで最悪の状況を考えなけりゃならなくなった」


彼は冷静だったが、周囲には重い緊張感が漂っていた。


「ブローネの中に、もう何かが潜んでいるってことですか? 国の崩壊は、もう始まっていると?」


彼は返事をしなかった。ただ杖を握りしめて、考え事をしているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ