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灰の太陽

 カラミタの一撃が大きくそれ、俺の目の前で隙を晒したのだ。


(ここだ!)


 俺は即座に、カラミタに蹴りを入れる。吹き飛ばされたカラミタと俺の間に、ほんの数メートルの距離が空く。音速で動けるコイツにとって、この程度の距離は間合いですらないだろう。


 だがこれでいい。俺が欲しいのは杖を振り上げられるだけの空間と、高速詠唱で一言言うだけの時間なのだから。


十億分の一の太陽(ナノフレア)


 俺がそう唱えると、振り上げた杖の先から小さな光の玉が出現し、少しずつ大きさを増しながらゆっくりと空へ昇っていく。

 その光球が中空まで移動した時には、約一・四メートルの大きさにまで成長していた。


 光球が俺とカラミタのちょうど中間あたりで動きを止めた時、勢いよく光を放ち始めた。

 その光は、今が夜だと言うことを完全に忘れさせるほどの凄まじい光で、影という影全てを駆逐しようというほどの絶対的な陽光だった。


 そう、この魔術はいわば十億分の一サイズの極小の太陽を上空に召喚する技だ。


 とはいえこの光球は実際の恒星ではない模型であって、当然、重力も持たない。だがとある点において、これは完全に太陽の要素を再現している。


「あ、あれは、な、あガッッ。な、なに、あ、あ、あ゛あ゛あ゛」


 光球を見ていたカラミタの全身が、周囲の燃えうる全てのものごと、炎をあげて燃えていく。

 真っ白だったその肌が、真っ黒に焦げていく。


 この光球は太陽の“熱”を再現している。太陽の中心温度は千五百度。表面温度でも六千度もの高温だ。そんなものを目の前に召喚されては、いくら転移者でも耐え切ることは出来ない。


 これこそが俺の切り札であり、かつて文明狩りとの戦いで猛威を振るった禁断の魔術だ。


「なに、な、う゛うう。ゴお、ごッ……」


「はぁ、さすがのお前でも、これはどうしようもないようだな」


 炎に包まれたカラミタの体はほとんど全身が炭化しきっており、それでも炎はまだ燃えるところを見つけては黒く染める作業を続けている。


 俺が今平気なのは、魔術を調節して俺に熱が伝わらないようにしているからだ。逆にカラミタには熱が集中するように誘導しているので、コイツはもうじき燃え尽きるだろう。


 俺は目の前の大炎上と黒い炭のかたまりに背を向けて、後ろで呆然としている女に声をかけた。


「おい、お前平気か? ……これさっきも聞いたな」


「え、よ、夜が昼に? あれ、たいよう? 今、何が」


 女は目をパチパチさせて呆然としている。


「お前、落ち着け。また錯乱してんのか?」


 俺の言葉に反応せず、数秒女は押し黙ったが、すぐに意識を取り戻した。


「あ、ああ、いえ。もう大丈夫です。落ち着きました。それよりあなたは大丈夫ですか?」


「んん? 俺か? 俺は大丈……」


 そう言いながら自分の体を見ると、全身の至るところに切り傷が刻まれていた。頬の傷が特に酷く、ぱっくりと皮膚が割れているようだ。

 そうとう頑丈なはずの杖にすら切り込みが入っている。


「……まぁこのくらいの傷、転移者にはつきもんだよ。俺らならこのくらい、一晩寝てりゃほとんど治ってるさ」


「そう、なんですか?」


 どうやら深い傷はないようだし、出血も少ない。もし腕が取れたりしていれば数十年はそのままだったが、この程度なら問題ない。

 深い傷がないとはいえ今日は疲れたし、早めにどこかで寝て回復するとしよう。


「じゃあ、俺はもう行くぞ。お前もあの太陽に釣られて、誰かやってくる前にどっかいっとけよ」


「ちょ、ちょっと待って下さい。あの、私の乗ってきたペガサスさんが、カラミタにやられてしまいまして。でも私、すぐに国に帰りたいんです」


「……つまり俺に、自分を国まで運んで行ってくれと」


 俺が尋ねると、女は言いづらそうに話し出した。


「はい。それでですね。ついでに頼みたいことが……」


「イザリアの予言でしょ! 私知ってるよ!」


 するはずのない声が聞こえた。


 振り返ると、俺の真後ろにカラミタが()()で立っていた。

 体には焦げあとひとつなく、何事も無かったかのように顔に微笑みを浮かべている。まるで彼女の時間が巻き戻ってしまったかのようだった。

 そしてその笑顔は、とにかく不気味だった。


「なんなんだ、お前。文字通りの不死身か? さっき焼け死んでたはずだろ?」


「こんなに月が綺麗なのに、無粋な人だね。あんなに強い光じゃあ、花だって枯れてしまいまうよ」


 恐らく、カラミタの祝福能力は“不死”だ。転移者を同時に何人相手にしても、コイツが生き残ったカラクリがそこにある。


「……なるほどな。“血だまり”っていうのは、お前の血でもあるわけか」


「血を流すのは好きだよ。いい運動になるしね」


 会話出来ているのか怪しいが、コイツが燃やされて一瞬で復活したというのは本当らしい。転移者が皆、不老なのと合わせて、カラミタが不老不死の怪物であることがハッキリした。


「それで? 続きでも始めるか? 俺の太陽はまだ出せるぞ」


 虚勢を張った嘘ではない。だがここで太陽をもう一度出すと、体に大きな負担がかかる。今の傷が悪化したり、古傷が開いて致命傷になるかもしれない。

 最悪なのは、そこまでしてもコイツが殺せないことだ。

 

 だがカラミタはとても残念そうな顔をした後、俺に自分の持っている鉈を見せてきた。黒くこげ切ったそれは、今にも壊れてしまいそうだ。


「いやー、私もそうしたかったんだけど、鉈がもう焦げて使えなくなっちゃってね。予言の日には、もっと丈夫なものを持って遊びに行くから待っていてね。じゃあね、グレム」


 彼女はそう言うと近くの森の奥の方へと、大きく跳躍して一瞬で去って行った。


「……はぁ。危なかったぜ、今日はさすがに死にかけたな」


 カラミタの気配が完全に消えた後、俺は大きくため息をついた。数秒でここまで疲れる戦闘をするのは、三十年ぶりくらいだ。


「……文明狩りってあんなのばっかりなんですか?」


 女が尋ねてくる。俺が文明狩りと敵対する、アルトリディアであることを踏まえての質問だろう。


「いや、今生き残ってる連中がやばいだけだ。太陽で殺せねえ奴とは久々に会ったな」


 女は釈然としない顔をしていた。きっと想像も出来ないような世界の話だと思っているのだろう。


「そういえばお前、アイツにイザリアの予言がどうこうって言われてたな。なんでアイツの名前が出て来たんだ? お前イザリアを知ってるのか?」


 イザリアは俺が何度か会ったことのある、転移者だ。どうにもいけすかない奴で、ほとんど表に顔を出さない。


「そうですね……。じゃあ説明しますよ」


 そうして女は、故郷のブローネが破滅の予言を受けてから今までのことの経緯を話し始めた。


 

 <メルナ視点>



「なるほどな。とりあえずお前、ノーベルにはもう頼るな」


 グレムさんは、私の話を聞き終えるなりそう言った。


「どうしてですか? あの人はとても優しい人です!」


「そう思わされてんだよ。だいたいなんだよグリモアス・ノーベルって、本好きすぎかよ、名前まんまじゃねえか」


「ノーベルさんはブローネに転移者を送ってくれたんですよ! それにこの世界のことをいろいろ教えてもらいました!」


「それはアイツが、お前らの“物語”を見たいからさ、アイツの常套手段だ。お前気づいてないだろうが、たぶん今、ノーベルに監視されてるぞ」


 そう言われて、私は慌ててあたりを見回す。しかし、自分たち以外の人影もなければ、視線も感じない。


「監視!? 図書館から跡をつけられてるってことですか?」


「いや、お前の行動が図書館にいるアイツに全部晒されてるってことだ。お前を主人公にした物語が、本に書かれるみたいにな。

 ついでにその覗き見は、俺にも使われてるだろう。何故って、俺にカラミタの討伐を依頼したのがノーベルだからな」


「なんであの人がそんなことを?」


 助けてもらった相手にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、この人はうさん臭くて信用できない。ノーベルさんが、いかにも信頼できそうな雰囲気だったのとは大違いだ。


「それはグリモアス・ノーベルが物語中毒者だからさ。あいつは元の世界に戻ろうともせずに、この世界で起きた出来事を、かたっぱしから記録してまとめ上げているんだ。その記録のために使うのが、さっき言った“覗き見”だ」


「じゃあ私の面倒を見てくれたのはなんでです?」


「さあな? 今のままだと、つまらん物語になるんじゃないかと思ったとかだろ。」


 グレムさんの言うことは、筋は通っているがどうにも信用出来ない。今の私には、どの話を信じたら良いのかよくわからない。


「ずいぶんあの人に詳しいですね?」


「アイツ、ノーベルとはそこそこ長い付き合いなんだよ。だからお前に忠告してるのさ、アイツの考えることは、なんとなく分かるからな」


「まぁ、アイツの監視なんて無視してりゃいいんだよ、別に害はない。たぶん。それより問題なのは、アイツが見たいのはおそらくブローネの最期であって、ブローネが救われる展開は別に望んでないだろうってことだ」


「そんな! あんなに支援してくれたのに!」


「その支援は単なる賑やかしにすぎねえよ。イザリアのヤツの予言は、転移者一人じゃ絶対に避けられねぇ」


 この転移者、グレムさんのことを信用するかどうかはともかく、もっと戦力がなければならないというのは正しいだろう。カラミタの予言を超えるには、もっとたくさんの力が必要になる。


「じゃあ、どうすれば……」


 これから別の転移者を探しに行こうにも、もうあてがないし、そもそも移動手段も交換品もない。私が持っていたあらゆる物は、さっきの一瞬で弾け飛んでしまった。


「どうするもなにも、お前自身が出来ることなんてほとんどないだろ? お前が出来るのは俺に『依頼』をすることだけだ」


 アルトリディアの転移者は、一般人から依頼を受けるという形で文明狩りと戦うことが多いらしい。彼は、私にその依頼主になれと言っているのだろう。


「依頼? それは私があなたに、一般人としてアルトリディアに依頼をするという意味ですか?」


「見た目に似合わず話が早いな。俺は依頼されれば、どんな難題でも必ずやり遂げる。たとえ命の危険があってもな」


「……いいんですか? あなたはただ通りかかっただけなんですよ。今のでさえ死にかけたのに、また命がけの依頼を受けるんですか?」


 私がそう言うと、彼はフッと笑った。


「命がけなのはお前も同じだろうに、変な奴だな。俺が協力する理由はあれだ、カラミタが去り際に言ってただろ、『予言の日には遊びに行く』って。

 あれもしかしたら、アイツがお前を守った俺を見て、俺がこれからブローネに行くものだと思って、そう言ったのかもしれないだろ?」


「ええっと、つまり?」


 とてつもなく嫌な予感がする。彼女はブローネの危機に関わっているのだろうか。。


「つまり俺がお前と関わったおかげで、予言の日にカラミタがブローネまで来ることが確定したってわけだ」


「あっっ!?」


 彼女が? ブローネに? 

 考えただけでも寒気がする。イザリアが国内に入って暴れ回れば、もはや誰の手にも負えない。

 彼女が通りを駆け抜けるだけで、何十人もの人々が巻き込まれ家屋は崩壊するだろう。そうしてブローネは一日たたずに崩壊するのだ。


「状況を理解したか? 俺の助けが必要だろ?」


「……そうですね。じゃあお願いします。

 グレムさん。私の故郷を、ブローネを、どうか救って下さい!」


 私は彼に向かって頭を下げた。たとえ厄介ごとを持ち込む原因になったとしても、彼と出会えたことはきっと幸運なことなのだろう。


「ああ、わかったぜ、お前の国のことはこの俺に任せな。それじゃ、早速ブローネまで行くか。

 とは言っても、移動手段がないのか。……そうだな、あの馬車の残骸でたぶん箱が作れるはずだ。それにお前が入って、そいつを俺が運べばブローネまで早いんじゃないか?」


「ちょっと待って下さい! それ中にいる私はどうなるんですか!? 乗り心地最悪なんてレベルじゃないですよね!?」


「俺がもし、お前を落としたりしたらお前は全身打撲だ。あと骨折したり、脳がやられたりするかもな」


「いや、死んじゃいますよ……。しょうがありませんね。我がミュース家に代々伝わる秘伝魔術をお見せしましょう」


「へえ? なに見せてくれるんだ?」


 そのうちこの魔術に頼ることになるとは思っていたが、まさかこんなタイミングで使うことになるとは予想していなかった。

 まあいい。きっと私の大魔術を見れば、さすがの彼でも驚くだろう。

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