滅亡の導き手
「なんでですか! 一般人の依頼は受けられないっていうんですか! 国がひとつ消えちゃうかもしれないんですよ!」
私は思わず声を荒げた。彼に見捨てられれば、本当に他に当てがないのだ。
「滅びる原因が食糧難や、他国との戦争程度のものならば僕でも解決出来る。僕の祝福能力”大図書館”はいろいろと応用が効くからね。
でも君の国が滅びる原因はその程度のものではないはずだ。そうなると、僕には対処不可能だ」
「ノーベルさんほどの転移者でもどうにも出来ないことってあるんですか!?」
グリモアス・ノーベルは、この世界でも有数の強力な祝福能力を持つ転移者だ。
神によって授けられたとも噂されるこの祝福能力には様々なバリエーションがあるが、その大半が何かしらに特化した能力になっている。
そして、ノーベルさんの祝福能力”大図書館”は、とにかく”本”に特化しているらしい。
彼が自身の能力によって作り上げた、というか彼の能力そのものであるグリモアス大図書館は、彼が本を集めるためだけに用意された空間と言っても過言ではなく、何もせずとも自然とあらゆる本や魔導書がそこに集まり、さらに図書館に収められた魔導書を無制限に量産することもできるらしい。
一般人の場合、もし魔術師であっても読むのに一ヶ月、実際にそれを使って魔術が扱えるようになるまで一年かかるといわれる程の魔導書を、目を通すことすらせずに理解し、戦闘時には図書館の一部屋分の魔術書を同時に展開する。
その際の戦闘力は、半生を魔術の会得に費やした大魔術師五千万人分に相当するそうだ。
魔導書に記されたありとあらゆる全ての魔術を複数同時に使用する彼は、混沌極まるハレス世界でも最強の一角と噂されている。
ブローネでそんな彼の噂を聞いたとき、私は国が危機に迫った時は彼に頼るしかないと考えたのだ。
彼ほどの転移者の力が及ばないことがあるなど、私には考えられなかった。
「どうやら君は、僕のことを神か何かのように考えているのかもしれないけれど、君の抱えている問題を解決するには、僕では不向きなんだよ」
それでは困るのだ。彼にはなんとか動いてもらいたい。もらわなければならない。
「それって、お金とか物とかで解決できますか? そういうのなら国からたくさん持ってきましたよ? よかったらいくらでもあげますけど!」
「いらない。出来ない。僕にとって欲しいもの、必要なものは、すべてここにある」
なんとなくそんな気はしていた。元からよほどの本好きでなければ、こんな図書館を作り上げたりはしないだろう。私が国から持ってきた珍しい本も、とっくにこの図書館に収まっているはずだ。
「そんなぁ、私はあなたを頼って三日もかけてここにたどり着いたんですよ。あなたならきっと”イザリアの予言”だって乗り越えてくれると思って……」
「あぁ、やはり彼女の予言の被害者か。この手の相談はうちによく来るよ。対処不可能とは言ったが、僕は君達に出来る限りの協力をするつもりだよ。せっかくはるばる来てくれたことだしね」
「本当ですか! 私何もあげられないんですけど……」
「気にしなくていいよ。最初から期待してなかったし」
彼は私が想像していたよりも、ずっと親切な人だった。転移者でない一般人の願いを聞いてくれる転移者というのは、非常に貴重な存在らしい。
「それは本当にありがたいです。でも、協力ってどんなのですか?」
「僕に出来るのは情報の提供だけだ。まず、”イザリアの予言”のイザリア。彼女のことは君も知っているね?」
当然のことのように言われたが、私はブローネが予言を受けるまで、イザリアのことを知らなかった。
「………いや、予言をする人ってことぐらいしか」
「なら三十八ページの上のほうだ」
ノーベルさんはそう言いながら私の本を指でトントンと叩いた。私は即座にそのページを開く。
”滅亡予報士” イザリア 祝福能力名 【イザリアの予言】 出身世界:ドルガナ
彼女の素性は謎に包まれているが、イザリアの使途と呼ばれる手下を使わせて、人や組織に対していつの日に自身が滅びるのかということを正確に告げる”イザリアの予言”は有名だ。
ここ四百年程の統計上で、三千九百二十五件中、三千七百五十八件の予言を的中させており、予言の的中率は約九割六分と非常に高い。
よって、彼女から予言を受ければ、ほぼ滅亡からは逃れられないと言っていいだろう。ちなみに、彼女の目的はあくまで自身の予言の精度を確かめることであり、滅亡の回避には一切助言してくれない。
「あれ、これで終わりですか? 殺生すぎません? 予言の回避方法は?」
「そんなものはないよ。 彼女が滅びると言ったら、滅亡の危機は必ずやって来る」
「うわぁ、無慈悲だ……」
イザリア本人との面会を願っていたわけではなかったが、彼女の情報がここまで役に立たないとは思わなかった。
「普通なら僕は、君たちに残った余生を存分に生き抜くことを勧めるんだけど、どうせ君も滅亡に最期まであらがうつもりなんだよね?」
「当然です! 自分の国が滅びるのを黙ってみてられる人なんているんですか?」
私が自身満々に言うと、彼は顔をしかめた。
「僕は君に、国外逃亡する気はないのかと聞いているんだ。滅亡の予言を受けたのが人ではなく国なら、君個人は国に戻らなければ滅亡の範囲から外れる。
もし望むのならば、移民を受け入れてくれる国を紹介してあげるよ。もちろん、それで助かるのは君だけだけれどもね」
なんともありがたい相談だが、私はアムスさんから信頼されてここまで送り出されたのだ。
それを裏切ることは出来ない。
「それじゃ意味がないですよ。私はブローネを救いにここに来たんです。ブローネが滅びるのなら、私もそこで死ぬつもりです」
私が本心からそういうと、ノーベルさんは少しあきれたような顔をしながら、右手を空中で振るった。その手にはいつの間にか薄紫色の本が握られている。
何らかの魔術によるものなのだろうが、詠唱も道具も魔法陣もなしにどうしてそんなことが出来るのか、魔術師の私にもその原理がまるで分らない。魔術を使った痕跡を見つけられなかった。
「どこの組織にも属したことのない僕には、君の選択は理解できない。でも僕は君の考えを尊重しよう、これはイザリアの予言とその結果をまとめた資料本だ」
「あの、九割六部予言通りになったていう奴ですか?」
「そうだね。これを読めばわかることだけど、滅亡の原因の大半は転移者のせいで、その滅亡を打ち砕くのも転移者だ。つまり君の国には、予言の日まで国を守ってくれる転移者が必要不可欠というわけだよ」
逆にいえば、私が転移者を集められなければ、やはりブローネに未来はないということなのだろう。
「それがですね、私の国には戦える転移者が来たことがほとんどないんですよ。だから私も含めてブローネの人たちは、転移者についてほとんど知らないんです」
「どうやらそうらしいね。僕が今、連絡を取れる転移者に、防衛が得意な者がいる。彼女なら国を守りたいといえば、必ず協力してくれるだろう。今、結構遠い所にいるのだけれども、彼女には優秀な相棒もいることだし、今日連絡を入れれば三日以内にはブローネにつくだろう。それで、君の国はいつ滅びると言われたんだい?」
「今日からあと一週間後です。あの、その協力してくれる転移者ってどんな人なんですか?」
私がそう聞くと、彼は少し悩んだようなそぶりを見せた後、説明してくれた。
「”龍の谷“ミリスは《アルトリディア》の連盟員さ、彼女は他人のために平気で命をかける狂人だよ、あれで二百年も生きてこれたのは驚きだ。まあ、転移者は一般人から見れば皆狂人さ。ともかく、彼女が君たちの役にたってくれることは間違いないよ」
「アルトリディアってたしか、アムルドさんの連盟みたいなとこでしたよね? 一般人のために戦う団体みたいな」
「その通り。なんでも彼らは、アムルド自身が異世界からスカウトしてきた人材で構成されているらしい。スカウトの基準は知らないけどね」
つまり、あのバベルとかいう門を使って、異世界から呼び寄せた転移者ということだろうか?
せっかく不死の体を持つのに、一般人のために命がけで戦う理由が、ノーベルさんには理解出来ないらしい。
「そんな人たちがいたんですか、私全然知りませんでした」
彼の話を聞けば聞くほど、どれほど私が、世界と転移者に対して知らないことだらけだったかが浮き彫りになる。
「君は世界についてもっとよく知ったほうがいい、その方が君の人生がより良い物語となる。良ければ僕が閉館時間まで色々と説明するよ、どうだい?」
一瞬、耳を疑った。彼がまさか、魔術師とはいえ一般人のためにここまでしてくれるような人だとは、まるで予想していなかった。
「いいんですか! お願いします! 色々教えて下さい!」
こうして私はこの日だけノーベル先生の生徒となって、二時間ぐらいの授業を受けた。
私が大まかな世界の事情について教わったころ、図書館全域に鐘の音のようなものが響き渡った。その音は何度か反響した後、少しずつ小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
「さて、もう閉館時間だ。ここに泊まるつもりなら向こうに部屋がある。一日だけならそこを貸してあげられるよ、どうする?」
本棚の陰からさっきまでは見えなかった魔術師であろう人々が、ぞろぞろと出てきてノーベルの指さす方向に向かっていく。彼らはここで一泊してから帰るつもりなのだろう。
「いや、ありがたいですけれども結構です。目的はもう果たしましたし、一日でも早く国に帰りたいので、今日のうちに出発しようと思います」
「そうか、なら出口まで転送してあげよう。一応言っておくけれど、本は返しに来なくていい。能力でいくらでも増版出来るからね」
そう言いながらノーベルさんが私に手をかざすと、私の足元に魔法陣があらわれて、淡い光が私を包み込んでいく。きっと、これが転移の魔術なのだろう。初めての感覚に、私は少し委縮していた。
「あ、えっと、ノーベルさん。 お礼もなしに、なんでこんなに良くしてくれるのかはわかりませんけど、とにかくありがとうございます!」
「………いや、気にしないでくれ。僕は基本、気まぐれで生きているんだ。一般人を気に掛ける転移者がそんなに珍しいかい?」
「いえ、噂では”ノーベルは情報中毒者の変人で、人の心の分からない臆病な機械人間”だと聞いていたので、意外だっただけです」
私の言葉に反応してか、彼の顔は一瞬曇った。
「………そうなんだ。それはまた心外だね、人の心程度なら、僕には手に取るようにわかるのだけれど。とはいえ面白い話が聞けて良かったよ。それでは、さようなら」
不味いことを言ったかもしれないと思ったが、彼は眉一つ動かさずにさよならと言ってくれた。
ノーベルさんは変人だったが、同時に親切な人でもあった。最初にイザリアの予言を受けたときにはどうしようかと思っていたが、彼のおかげで希望が見えてきた。
たとえどんな困難がこの先に待ち受けていようとも、決して諦めない。私はそう心に決めた。
***
「さて、お膳立てはこのくらいで十分かな」
誰もいなくなった図書館で、ノーベルはひとりつぶやく。
「どれくらい人が死ぬだろうか。実に興味深い。ブローネの結界の強度次第だな」
そんなことを先程と変わらぬ口調で言う。それもそのはず。彼がメルナを助けたのは、決して単なる親切心からではないからだ。
彼は人に親切にするとき、その相手が”幸福になるように”ではなく、”面白い物語を生み出してくれる”ように誘導する。
「争いが起これば物語になる。データが発生する。おまけに今回はイザリアの予言の新しい記録がとれる。この予言に関わることが出来るとは、滅多にない機会だ。彼女に接触したかいがあったよ」
そういいながら彼は、魔術書によって展開していた魔術を、いくつかを除いて解除していく。
相手の心を読む【マインド・リード】、自分の感情を読ませない【シークレット・エモ】、
相手の感情を操作する【マニピレーション】、魔術の使用を隠す【スライト】、
相手の経歴情報をのぞき見する【ハッキング】、周囲に話し音が聞こえないようにする【ウィスパー】、
そしてもし、相手がおかしな行動をしたときに発動する十七種類の攻撃魔術と三十八種類の防御魔術。
彼は人と話すとき、最低この五十一種類の魔術を同時展開させる。彼が話をした一般人から良い印象を持たれるのは、この魔術のおかげに他ならない。そして、これらの魔術のおかげで、一般人が彼の真意に気が付く可能性はゼロに等しい
「それにしてもおかしな噂だ。一般人が僕にそんな噂を立てるわけがないし、きっとこれは彼の仕業かな」
彼の脳裏に一瞬、悪友の灰色の魔術師が浮かんだが、ノーベルの関心はすぐさまメルナの方へと切り替わった。
「さて、そもそもまず彼女はブローネまでたどり着けるのだろうか。ここからじっくり見させてもらうよ。ましてや国を救おうだなんて、夢のまた夢のような話だけどね」
彼はイザリアの予言に対抗できるように援助したのではない。
どのようにブローネが滅びるかを見やすくするために、彼女に声をかけたのだ。
ノーベルは自身がブローネ滅亡物語の、最初の導き手となったことを自覚していた。