黒い暗殺者
青い光がおさまったとき、リベットの目の前には無傷の俺の姿があった。
リベットは斬撃によって俺の手前の空間を八つ裂きにし、俺本人にはかすり傷さえ与えなかったのだ。
「ーー何故だ。お前、俺を殺さないのか?」
「私が君を傷つけない理由は二つある。一つは君が何らかのカウンターを僕に喰らわせるつもりだと言うことに気がついたから。二つ目は私が君を殺す気がなかった」
「どういう意味だ?」
「グレム、やはり君は明日国王と会うべきだ。会って、どうか彼を説得して欲しい。国王は私に転移者の暗殺を命じたのだが、最近の王は少しおかしい」
リベットは刀を納めて俺達にそう言った。予想外の展開に一瞬困惑したが、どうやらリベットが敵ではないらしいということは理解した。
だが、何故そうなったのかがわからない。俺の予想が外れていたにせよ、リベットは間違いなく敵側の人間だと思っていた。
「……どういことだ? お前は今、国王に言われて俺を暗殺しに来たと言ったな? ということは、お前は国王のもとについている転移者なのか?」
「その通り。私は数十年前からこの国で騎士をしている。王が必要とすれば暗殺や偵察をこなすこともあるな」
「そんな、あり得ませんよ! ブローネ王はずっと転移者を遠ざけ続ける政策をとっていたはずです。その王が転移者を騎士にするわけが……」
ポケットから飛び出して、空中で人間の姿に戻ったメルナが、リベットの言葉に激しく抗議する。
しかし彼女はそこまで言って、ふと何かに気がついたように息を飲んだ。
「もしかして、王はブローネで自分だけが、転移者の協力を得られる唯一の人間になるつもりだったんじゃないですか?」
「まあ、そんなところだ。私は彼が王位についてすぐ彼の盟友となったが、彼は私を信頼して他の転移者は必要ないとまで言った。ゆえに私はこのブローネで、一般人に身分を偽装しながら、王を守り続けていた」
要するに、これはある種の権力集中政策だ。実際、転移者側も、無闇に自分の存在をあたりに吹聴して回るような重要な一般人とは、上手くいかない場合がほとんどなので、転移者と交わした契約を黙っている人間も多い。
だが、その関係が王とその騎士という形で成り立ち、盟友同士という繋がりによって計測するケースは、初めて見る。
「待て、お前が王の盟友だとして、俺をブローネに呼んだのはその王だろ? 何故そいつがお前に俺を暗殺しろだなんて命令するんだ?」
リベットの説明は、物事の辻褄が合っていない。ここの王が転移者を遠ざけていた真の理由はわかったが、リベットが襲撃して来た理由はイマイチ掴めない。俺が何か見逃しているのだろうか?
「えーっとですね、グレムさん。私もよくわからないんですけど、私に転移者を連れてくるように言ったのは、正確には王ではなく、補佐官であるアムスさんなんです」
「どういうことだ? 転移者を遠ざけたいブローネ王と、転移者と協力したい補佐官で、別別に動いてるってわけか?」
俺が尋ねると、リベットがそれに答えた。
「その通りだ。どちらかといえば、私はその補佐官の意見に賛成でね。とはいえ、ブローネを守る転移者はそれ相応の人物でなければならない。君たちの暗殺を頼まれた時も、正直どうするべきか迷ったんだ。だから君達に一度会ってみようと思ってね」
「だからあんなに質問ばっかだったのか。アルトリディアについて聞いてきたのも」
「不快に思ったのならば、すまなかった。私はアルトリディアという連盟の存在は知っていたが、その行動原理がまるでわからなかった。だがあの食堂で君と話した時に、君にならこの国を任せてもいいと思ったよ」
「本当か、それ? ずいぶん曖昧な返事をした気がするんだが、それで俺を信用して良かったのか?」
何を言ったか詳しく覚えていないが、言いたいことを十分表現できたとは思えない。だがリベットは、その俺の返事で国を任せるという重大な決断をしたというのだ。
「グレム、重要なのは言葉ではなく、そこから伝わる感情だ。君は自らの行動動機を“信条”だと言ったが、君はその動機に確かな自信を持っていた。だから私は君を信頼することにしたのさ」
そう語るリベットの瞳は、泉のように澄んでいた。彼の魔法剣と同じ、青い瞳だった。
***
リベットはその後、俺達に明日必ず城に来るようにと釘を刺して帰っていった。
「へえー、上でそんなことが起きてたのね。おかげでスイートルームがなくなっちゃったわ」
全て終わった後に、事情を説明されたレミが文句を言うが、その声は上機嫌だ。何故ならリベットが部屋を破壊した損害賠償として、この宿屋で三年働いても得られないほどの金を置いていったからだ。宿屋のオーナーも金で黙らせたらしい。もとから客が来ないから、どうせなら二階全部を吹き飛ばしてもらって、損害賠償をはずんでほしかったとまで言っていた。
「グレムさん。ところでリベットさんが、グレムさんがカウンターを狙っていたから攻撃できなかったみたいなことを言っていましたが、何をしようとしてたんですか? なんだか魔力が渦巻いていたのはわかるんですけど、それ以上はわからなくて」
「そのことか、カウンターならまだ使えるぜ? 服の裏にこいつを仕込むだけだからな」
俺は袖口から魔力の塊を取り出した。それは小さいながらも辺り一帯を昼のように照らす光球だった。
「えっと、それってまさか……」
メルナが光球を見て後ずさりをする。コイツはこれがどんなものか知っているからだ。
「そう、【十億分の一の太陽】だ。あいつがこっちに斬りかかってきたタイミングで、こいつを爆発させる。カラミタ相手に使った時より、さらに火力が出るぞ? 一発ここでやってみるか?」
「やめて下さい! 私、損害賠償分のお金なんて持ってませんよ! あの人が戦うつもりだったら、本当に爆発させる気だったんですか? というか、爆発に巻き込まれて死ぬんじゃないですか?」
「お前は魔術師なのに、魔術を極めた転移者の実力を知らないんだな。いいか、魔術師が魔術の威力を極めても、いずれ頭打ちになる。どこかで技の威力が上限に達するんだ。それ以上の魔術を扱いたければ、今度は魔力の精密操作を極める必要がある。転移者の場合は、威力は簡単に上限まで極められるが、精密操作となるとまた別だ。俺くらいになると、被害を出さずに爆発を起こすぐらい楽勝だ」
「へぇ~。そうなんですね、知りませんでした。私、威力のある魔術とか使わないんで、精密操作を極めればいいんですかね」
魔術師なら攻撃魔術の一個や二個くらい持っているべきじゃないだろうか。それでどうやって身を守る気だろうか。
「それにしてもお前、なかなか鋭かったな。ネズミになれるだけのチビかと思っていたが、見直したぞ」
俺がそう言うと、メルナはあからさまに怒り出した。
「はァァァ!? 誰がチビですか! 私のことをそう思ってたんですか、素直に褒められないんですか!」
「そう怒るな、オマエの鋭さはブローネを守るためにも、後々役に立つかもしれないだろ?」
「ネズミになるのだって役に立ちますよ、まったくグレムさんってば……。じゃあ褒めるついでに、私のことは『メルナ』って呼んで下さい。誰に対しても『お前』呼びじゃあ、名前だって覚えませんよ?」
メルナにそう言われて俺は始めて、人を名前で読んでいないことに気がついた。
「そうだな……、じゃあメルナ。俺とお前と、あのリベットと後から追加で来る転移者。この四人で、ブローネを滅亡から守り切るぞ」
明日になれば、状況は大きく動くだろう。まだ敵の正体が掴めていないのが気になるが、今できることをやるしかない。
予言の日まではあと六日だ。あと六日後には、この国は滅びている。それまでにどうにか手を打たなければならない。
それは俺の信条のために。
あるいは俺の過去に報いるために。
俺が元の世界に置いてきた、あの炎を二度と見ないために。




