蒼い斬撃
リベットの斬撃にはわずかな音すらしなかった。物体を切ることだけに特化したその斬撃は、青い残像以外は見ることすら困難な刃の波であった。
ましてや、その攻撃を完全な不意打ちで扉越しに放ったのでは、もはや回避の使用がない。
木の扉は無数の木くずとなり、部屋のすべては青い光に包まれ、部屋はもはや消滅したかのように消え失せた。
しかし、斬撃の直後にリベットは軽い舌打ちをした。そして周囲を警戒するように辺りを見回す。
「チッ、手ごたえがなかった。ということは気が付いていたな。ならば、すでにここを離れたか、あるいは――」
「俺はここにいるぞ」
彼が言い終わる前に背後の扉が勢いよく開き、炎の海がリベットのいた廊下に押し寄せた。水が川に流れ込むようにして廊下に炎が流れ着く。
押し寄せるその炎に対して、リベットは自身の目の前に斬撃で”壁”のようなものを作り出すことで炎を防いだ。炎が消えた後には、胸ポケットに小さなネズミを入れた灰色の魔術師が立っていた。
〈グレム視点〉
「おいおい、なんだよその刀はぁ? 何でもありの一級品か? まさかアムルドの創作物じゃねえだろうな」
「よくわかったな。さすが、私の殺意に気が付いただけはあるようだ」
俺はリベットの持つ刀の刃の部分が、青く輝いていることに気が付いた。しかし、その輝きは一瞬で収まり、同時に刃の部分も消失して刀の柄部分だけがリベットの手に残った。
リベットはその刀を再び鞘に納める。刃がないにもかかわらず、刀はぴったりと鞘に収まったように見える。
「なるほど、”幽玄魔法剣”か、お前にぴったりの武器じゃねえか」
魔力を凝縮させて一時的に剣を作り出す技術を魔法剣と呼ぶのだが、俺が知っている中で幽玄魔法剣は、最も強力で最も扱いにくい魔法剣だ。
何しろ剣が実体化する時間が、わずか三秒しかない。
「案外、知られているものだな。君の言うとおりだ、この刀は魔力によって三秒間だけ質量を持った剣となる。だが私は、その三秒の間に数千万回ほど斬撃が放てる。それ以上の時間は、必要ないのだよ」
リベットは再び刀を抜刀しようとしていた。アイツが再び攻撃を行えば、俺にそれを防ぐ手段はない。魔法剣は、物理的な防御によって受け止めることが出来ないからだ。そもそも、俺はあの素早さの斬撃に対応できない。
「まぁそう焦るなよリベット。お前はさっき、俺がお前の殺意を見抜いたみたいなことを言っていたはずだが、殺意の正体がお前だと気が付いたのはメルナだ」
「―――何だと」
俺は杖を握りしめたまま、リベットに話をする。
これでコイツから情報が引き出せれば儲け物だ。
「メルナはな、この国に来た時に違和感を感じたんだってよ。その正体はお前の視線とそこから伝わる殺意だったわけだが、メルナが感じ取ったのはそれじゃない。お前の”魔力”だ」
***
食堂から離れて数分後、三人で宿屋に向かっているときに、メルナは食堂でリベットにあった時に、違和感を感じたことを明らかにした。
「あの感覚は、おそらくわたしがブローネに帰ってきて、最初に感じたものと同じものです」
「マジかよ。そいつが確かなら、視線の正体はあいつだな。でもあいつは、城に勤務してるって言ってたよな? あれはあいつの嘘か?」
「それはわかりません。彼がリベットという一般人に成り代わっている可能性もあると思います。それで、その感覚の正体について考えてみたんですけど。多分、転移者が魔力を隠している時の物だと思います」
「何故そう思うんだ?」
「カラミタから感じた感覚とよく似ていたからです。強い魔力を持つ存在って、魔術師ならそれを感じ取れるんですよね。カラミタが魔力を隠していたのは無意識かもしれませんが、リベットさんも同様に自身の魔力を隠していました」
強力な魔術を使用すると、その跡のようなものがその場に残ることがある。毎日のようにその強力な魔術を使用している転移者は、そういった魔術の跡が体に染みついてしまうのだろう。
「俺はそういうのは感じなかったぞ。俺だって一応、魔術師のはずなんだが」
「転移者の人は自身の持つ魔力が膨大すぎて、他人の魔力を感知できないんじゃないかと思います。確かなことは言えませんけどね」
「つまりお前は、リベットと会うたびにあいつの隠された魔力を感じてたわけか。こりゃクロっぽいな」
こうして違和感の正体には、ひとまずの仮説が付いた。だが、まだリベットが何をするつもりなのかがわからない。
「グレムさん。リベットさんは、私たちをどうしたいんでしょうか。どうにか平和に終わればいいんですけど……」
「そいつは難しいな。リベットが俺たちに向けた視線には、確かに殺意が混じっていた。なにより
あいつは、食堂で俺たちがどこで寝るのか聞いてきやがった。となれば、あいつの次の行動は一つだ」
「寝首を搔くってやつですか。もしそうなったらどうします? リベットさんがどんな祝福を持っているのかもわからないんですよ? レミさんのとこに行くのはやめましょうか?」
「ええっ!? 泊って行かないの? せっかく来てくれたのに?」
レミは二人のする話の大半を理解できなかったが、グレムたちが宿屋から離れようとしていることだけはわかった。
「いや、別に宿屋を離れる必要はねえよ。むしろ待ち伏せして返り討ちに出来るかもしれねえだろ。泊まる部屋とは別の部屋に潜伏しよう。もしリベットが来たら、そこを奇襲する。今日はマジで長い一日になりそうだな」
***
「まさか彼女が、そこまで鋭い人間だとは思わなかったな。ただの一般人だと思って油断していたよ」
リベットは居合の姿勢を崩さずに、俺の話を聞いていた。
「率直に聞くぞ。お前の目的は何だ? お前の名は本当にリベットなのか? ここで何をするつもりだ?」
「君にそれを伝えたところでどうなる? あいにく、肉片に与える知識はないんだ。冥途の土産はなしでいってくれ」
リベットは再び魔力をため始める。即座に空気が揺らぐほどの魔力が刀に宿り、鞘の内側から青い光が溢れ出る。
「そりゃ、残念だな。お前の正体くらいは聞いておきたかったところだったんだが。じゃあリベット、お前が死ぬ前に、俺の推理を話してもいいか?」
リベットは構えたまま動かない。もし俺が少しでもその場から動けば、すぐさま斬りかかるつもりだろう。
「お前はここに結界が張られるより前に、リベットという一般人としてブローネに潜伏していた。だが国王が天柱を使ってこの国に結界を張ってしまったため、お前は外との出入りが自由に出来なくなってしまった。だからお前はこの国を内側から崩壊させて、それに乗じて結界を破壊するつもりだった。
だがその計画の最中に、国の滅亡をあの予報士に予言されて俺たちがやってきた。俺たちの存在はお前の計画の邪魔になるから殺すことにした。違うか?」
これはすべて、俺が推測だけで考えたリベットの過去だ。国や都市に潜伏する転移者は決して少なくない。そして、気まぐれや勝手な都合でそこにいた人間を皆殺しにしてしまうことすらある。
だから俺はそのような予想を立てた。国の滅亡の理由は、リベットにあると考えたのだ。
リベットはその話を聞いて、わずかに口角を上げた。張り詰めた空気が、一瞬だけ緩んだ。だが魔力の方は一気に刃に収束し、力の解放に向けて動き出す。
「違う。残念だが、ハズレだ」
その言葉と共にリベットは魔法剣を抜刀した。限界まで濃縮された刃が空間を切り裂いた。
俺にはその刃の動きを、一瞬も捉えることが出来なかった。ただ気が付いたときは、青い光が視野のすべてに広がっていた。




