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変わらない彼女が変わった日常

作者: くろまんと

「ねえ、何してるの?」

「うーん、来週中に提出しないといけない課題があってさ…」

ボクは顔を上げずに答える。これはかなり必死にならないと単位を落としかねない。今やっている課題も、実を言えば提出期限などとうに過ぎているのだ。無理を承知で頭を下げて、やっともぎ取った執行猶予だ。

そもそも何故ボクはこんなに今課題に追われているのか?簡単な理由だ。ここ最近の週末は、いつも彼女と街を出歩いていたからだ。

彼女はいつも変わり映えのしない風景を、まるで宝石箱でも覗いているかのようにキラキラとした笑顔で眺めていた。そんな彼女の嬉しそうな笑顔を見ていたら、課題の事などすっかり忘れてしまっていた。思い返すまでもなく、完全に自分のせいだった。

PCに向かって黙々と指を動かすボクを、彼女は珍しそうに眺めている。学生が勉学に勤しむ姿が珍しいのだろうか?…違う、ボクが勉学に励んでいる事が珍しいのだ…。そういえば彼女と過ごすようになってから、こんな風に勉強する姿を見せるなんてなかったのではないだろうか?…以前からそれ程勤勉な学生とはいえなかったのだが…

カタカタと指を鳴らすボクと、それを眺めている彼女。そんな二人きりの静かな時間を、無粋なスマホの着信音が破った。


SNS独特の着信音にスマホを開くと、その画面を見てボクは少し顔を歪ませた。

「どうしたの?」

「…いや、友人からのメールなんだけど…」

「君、友達居たの?」

「居るよ!?…少ないけど…」

自然な流れで酷い事を言われた。確かに最近は彼女と過ごす時間が多かった事もあり、他の誰かに時間を取るという事は無かったが、ボクだって友人は居るのだ。ただ、それが少ないだけなのだ…

「それで、友達くんはなんだって?」

「んー…飲み会するから来てくれ。だって…」

こっちは課題で手一杯だ。それどころではないというのに。それに危うくコンパと言いかけてしまった。彼女ではないかもしれないけれど、好きな人が居るのにそういう場に行くのはボクの望むところではない。誤魔化してしまったのは悪手だろうけれど、どうせ断るのだからこちらの方が彼女の気を煩わせずに済むはずだと自分を納得させる。

「課題でそれどころではない」と返そうとしたところで、彼女は首を傾げて聞いてきた。

「君、行かないの?」

「いや、来週中に提出しなきゃいけない課題があるし…」

「でも最近毎晩がんばってるよね?それでも間に合わないの?」

「それは…多分間に合う…かな…?」

ボクは現在の進捗状況と残り日数を頭の中で計算し、答えた後で後悔する。

「じゃあ行ってきたらいいじゃない」

彼女は「問題なんてないでしょ?」と言わんばかりに胸をはっていた。失敗した…ここは正直に、彼女に話をした方が納得してくれるだろう。

「あの、さっきは飲み会って言っちゃったけど、実はコンパで…それで友人の他にも女の子とかも来るから…それで…」

なんだかしどろもどろだ。まさに語るに落ちる、というやつか。ボクは少し冷や汗をかきつつ、彼女に説明をすると…

「女の子が居るとダメなの?」

キョトンとした顔で聞かれてしまった…。これは怒られるよりもへこんでしまう。なんだろう…つまりはそういう事なのだろうか…

「だってきっと知らない人でしょ?ならいい機会じゃない。君はもっと友達を作った方がいいよ」

全く知らない人な訳ではないのだが、確かに接点など殆どない人達には違いない。そういう意味では彼女の言う事も一理あるのかもしれない。…しれないのだが…

「…キミはボクが他の女の子と一緒に居ても何も思わないの?」

少し恨みがましい言い方だったのは否めない。ボクが逆の立場だったなら、絶対に嫌だから。彼女にもそうであってほしいと思ってしまった。

「うーん…私は、君に友達が増えたら嬉しいかな?」

彼女は少し困ったような表情で答えた。困らせたのはきっとボクの質問だ。そんな自分が嫌になる。

そもそも彼女がボクの傍に居てくれるのは、ボクと彼女の約束を見守る為だ。そこに特別な感情なんてきっとない。今のボクの感情がそうかもしれないからと、それを彼女にも求めるのは間違いだ。傲慢が過ぎる。

彼女はきっとボクのこれからの事を考えてくれているのではないだろうか?ボクの狭い世界が、少しでも広がるようにと。それにボクは彼女と約束をした。これがその約束に繋がるかは分からないけれど、その一歩になるかもしれない。

「…キミがそう言うなら、行ってみようかな…」

どこか迷うような言い方になってしまったが、ボクの返事に彼女は優しく微笑んでくれた。…その笑みが少し暗いものだった事に、ボクは気づけなかった…


彼女以外と週末を過ごしたのは久しぶりな気がして、少し新鮮だった。普段あまり飲まないお酒を飲んだのも楽しかった。

「どうだった?」

「うーん…少し酔ってるかも…」

「そうじゃなくて…」

彼女は少し呆れたように溜息を一つ。思考回路が鈍っているせいか、彼女の言いたい事がよく分からない。

「新しい友達、出来そう?」

「どうだろう…それは分からないなぁ…」

彼女の聞きたい事は理解出来たのだが、こればっかりは分からないとしか言いようがない。そもそも友人の定義とはなんだ?というところから始まってしまう。

「友人になれるのか分からないけれど、それなりに会話は出来ていたと思うよ」

「そっか…なら良かった」

彼女はそう言って笑ってくれるが、それはどこか影のある笑顔だった。どうしたのだろう?いつもの彼女らしくない笑顔だ。気になって彼女に問いかけようとした時…

スマホの着信音が邪魔をした。画面を見るとコンパで少し話をした女の子からのSNSだった。メッセージには「今日は楽しかったです云々」とあった。

「友達くんから?」

「いや、コンパで話していた女の子からなんだけど…一応返しておいた方がいいかな」

「…見せてくれる?」

ボクは彼女にスマホの画面を見せる。彼女は少し辛そうな顔をしてから、取り繕ったように笑顔を向けた。

「良かったじゃない。友達、出来そうだね?」

少し、いやかなり引っかかるような言い方だった。明らかに普段の彼女の言葉ではない。ボクは手にしていたスマホを置くと、彼女の顔を覗き込むようにして聞いた。

「どうしたの?いつものキミらしくない。やっぱりボクが行ったのは…」

「なんでもないよ!…少し…自分でもよくわかんないよ…」

彼女はボクの言葉に被せ気味に捲し立てた。今は明らかにいつも見ていた彼女とは違う。ボクが出かける前と出かけた後、その間に何かあったのだろうか?分からないけれど、なんでもないというのが嘘なのはさすがのボクでも分かる。分かるのだが、こういう時どんな言葉をかけるべきなのか、頭が少しも働いてくれない。何かを彼女に言わなくては、と思う気持ちだけがボクの思考を掻き乱す。

「…キミは何をそんなに怖がっているの?」

言葉が勝手に出た。どうしてそんな言葉が出てきたのか…。それはきっと、彼女が何かに怯えているように思えたからだ。しかしそれは、逆に彼女を興奮させてしまった。

「!怖がってなんてない!なんでもない!私は大丈夫なの!」

彼女が声を荒らげる姿なんて初めてだった。楽しそうな笑顔。優しい笑顔。困ったような笑顔…。彼女のそんな姿しか知らなかったボクは、彼女に伸ばした手を止めていた。どうすれば良かったなんて、分からなかった。

「私は…大丈夫…私は…」

彼女の眦が僅かに滲む。彼女は何かを我慢するように、言い聞かせるように呟いていた。

ボクは止まっていた手を改めて伸ばし、彼女を抱き寄せた。いつしか彼女の呟きは小さな嗚咽に変わっていた…


「…最初はホントに、キミに友達が増えたらいいって思ってたの…」

涙に滲んだ声音で彼女は囁くように語りだした…

「…でもね…女の子も居るって聞いた時…少し胸が苦しかった…」

ボクは彼女を優しく抱き締めたまま、静かに彼女の言葉に耳を傾ける…

「…女の子からキミにメッセージが届いた時、嫌な気持ちになったの…そして文面を見て…辛くなった…」

彼女は俯いたまま語り続ける…

「…私、嫌な人だ…。自分で君に言っておいて…自分で君に…でも、この気持ちが分からないの…」

こんな時だというのに、ボクは不謹慎にも嬉しくなってしまった。彼女が分からないと言った気持ちは、きっと嫉妬なのだから…。彼女はその感情の名前を知らないのだろう。

「…ボクが他の女の子に取られると思ったの?」

彼女は少し跳ねるように体を動かすと、僅かに上げた顔を動かして頷いた。ボクは彼女を抱き締める手を離すと、彼女の頭にそっと触れた。

「…それはね、好きな人が居るなら誰でも持ちうる感情なんだよ?だからボクは、キミがそう思ってくれて嬉しい」

優しく撫でるように触れた手を動かすと、彼女は驚いた顔をしていた。

「…私が…君を好き…」

ボクだけの気持ちではなかった。それが今は一番嬉しい。しかし彼女は頭を強く震ってボクから離れた。

「ダメだよ!私死んでるんだよ!?生きてないんだよ!?それなのに…君を好きになるなんて絶対にダメなの!」

彼女は子供のように首を振りながら、必死に否定する。

「今はここに居るかもしれないけど、いつか私は消えちゃうんだよ!?この間の少年みたいに!それなのに…」

いつしか彼女の頬は濡れていた。それに構わず彼女は言葉を続ける。まるで自分に言い聞かせるように…

「私は死んでる!いつか必ず君の前から居なくなる!それなのに君を好きだなんて言えない!言っちゃいけないの!」

彼女は泣きながら叫んでいた。感情の昂りを抑えられないように。必死に自分の気持ちを否定し続ける彼女を、ボクはもう一度抱き締める。今度は離れないように強く。

「それでもいい。ボクもキミが好きなんだ。死んでたって構わない!」

ボクは自分の気持ちを認める事が出来た。…同時に全てを受け入れる覚悟も出来た。

彼女は呆けたように呟いた。

「…私…死んでるんだよ…?」

「知っているよ」

「…いつか…必ず消えちゃうんだよ…?」

「分かってるよ」

「…それでも…私を好きって言ってくれるの…?」

「キミが大好きなんだ」

彼女はボクを強く抱きしめ返すと、静かに涙を零した。

「…私も…君が好き…」

返事の代わりに、ボクは彼女を優しく抱き締める。彼女はいつかのようにボクの胸に頭を預けた。

「…やっぱり、君に会えて良かった…」

あの時と同じ台詞を彼女は口にして、そして一瞬唇を重ねた。

「…ボクもキミに会えて本当に良かった」

ボクの言葉に彼女は頬を染めながらも優しく微笑んでくれた。そんな彼女を眩しく感じると同時に、少しだけ儚く見えた。

「…いつか…いつか私が消えちゃう時は…」

彼女は少し声を落としてから、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。


「ー私と一緒に死んでくれる?」

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