別種の疲労
「よく左右に振れてるでしょ、この映像」
青島先輩は、説明を続ける。
「これは三嗣さんが周囲をよく確認しているということでね。
多分、一年生の他の子たちよりは視野が広いというか、広い範囲を確認しながら動いている」
そういうことか。
その説明を聞いて、智香子も納得をした。
このパーティの中では、おそらくはこの黎が一番冷静に周囲の状況を確認した上で、動いていたのだ。
「手足の動きも、うん、この段階としては十分にこなれていると思うけど、この程度はみんな、迷宮に入り続けていさえすればすぐに追いつくから。
そういう表面的な攻撃力や反応速度よりも鍛えにくいのが、注意力とか用心深さね。
これは性格的なものあるから、できる人はすぐにできるし、できない人はいつまで経ってもできない。
三嗣さんは、最初からこれができる人だったわけで、全部の探索者にこうなれとはいわないけど、こういう人はパーティに最低一人は必要です」
そこで青島先輩は一度言葉を区切って、一年生をぐるりと見渡す。
「マンガやラノベじゃないんだから、必殺技みたいな派手なスキルをおぼえてその力だけで、迷宮内で大活躍!
なんてことはできないから、現実には。
実際にはそうした戦闘力よりもある種の用心深さ、いい方を変えれば小心さの方がよっぽど重要だし。
経験値なんて迷宮に入りさえすれば誰でも稼げるわけでね。
だったら、迷宮から無事に生還することをまず第一の目的とするべきだし、松濤女子の方針としてもそうなっています。
地味過ぎてつまらないかも知れないけど、なによりもまず人命を優先する。
これは、常識だから。
それで、その意味でちょっと問題があるのが……うん。
この子とこの子とこの子……あたりかな、わかりやすいのは」
青島先輩は末端を操作して、画面を四分割にして、同時に四つの動画を再生しはじめた。
「この子たち、見てれば気がつくと思うけど、他の子に比べてエネミーが自分の体にぶつかる頻度が高いよね?
初心者にしては立派なプロテクターつけているけど、それをあてにしすぎているっていうか。
うん。
確かに、第一階層あたりに出てくるエネミーならまずこうしたプロテクターはおろか、普通の、安物の保護服を破ることさえできないはずなんだけど、そうした保護具の性能をあてにする習慣をつけちゃ駄目。
っていうのはね、迷宮ってところは、エネミーの出没傾向なかでもだいたいは決まっているわけけど、常に例外が出てくる場所だから。
みんな知っていると思うけど、イレギュラーってやつね。
その階層では出てこないような強いやつがひょっこりと現れることもあるし、変異体が出てくることもある。
いずれにしても、迷宮には絶対って法則がない。
だからこの子たちみたいに、保護具の性能を当てにしすぎて、自分の体でエネミーを受け止める癖は早めに直しておくように。
弱いエネミーのつもりでプロテクターで受け止めて、その結果、プロテクターごと自分の体に大穴が開く、なんてことも十分にあり得る場所だからね、迷宮っていうのは」
うわあ。
と、智香子は思う。
いよいよ反省会らしくなってきた。
青島先輩がいっている内容は正論だとは思うが、あの映像を使われた子たちは、内心では穏やかではないだろう。
この時点でプロテクターを使用していることからもわかるとおり、そうした傾向があるのはだいたい智香子が密かに「ガチ勢」と呼んでいる子たちだった。
名指しで指摘をされていないのが、まだしも救いといえる。
「んで、ねえ。
もう一人、面白い子がいて……うん。
これ、この映像ね。
見て貰えばわかると思うけど、この子、三嗣さんとは別の意味で視野が広いなあ。
ただ、三嗣ちゃんとは違って、完全防御型だけど」
うひぃ。
その映像を見て、智香子は身を固くした。
その映像は、明らかに智香子のカメラから撮影をされていたものだった。
「棒と杖とを状況に応じて持ち替えて、うまくエネミーを捌こうとしている。
完全に、短時間ですべてのエネミーを倒しきってはいないけど、でも、うん。
目でエネミーを追わないで倒している部分も含めて、この時点でこれができる子もちょっと珍しいかな」
どうやら青島先輩は、智香子が〈察知〉のスキルを使用してエネミーとの間合いを把握していることも理解しているようだった。
その他、いくつかの映像をピックアップしていいところと悪いところを指摘し、最期に青島先輩は、
「使えるものはスキルでもアイテムでもなんでも使う。
その上で、自分の体と命を常に安全に保つように心がける。
これが、探索者としての基本だから」
と告げて、その日の反省会を終わりにした。
智香子としては、迷宮に入るのとは別の意味でどっと疲れたような気がした。