智香子の方法
体中を放電の火花が覆った、といっても体表から少し離れていたし、それにこの時点で智香子が発生させることができる放電はあまり強力なものでもないので、智香子自身はなんのダメージも負わなかった。
この状態で、と。
智香子は、ゆっくりとした足取りで一歩踏み出す。
放電の火花を維持したまま、移動をすることもどうやら可能なようだった。
智香子としては〈杖〉が持つ機能を目一杯引き出しているだけであり、特に無理をしているつもりもない。
〈狙撃〉の早川さんはスキルについて、
「おそらくは、イメージの問題だ」
といった意味のことをいっていた。
そしてそれは、智香子がこれまでに見聞してきた内容と照らし合わせても、特に矛盾するところがない。
探索者が使用する〈スキル〉とは、つまるところは迷宮の内部なり近くなりでしか使えない、所詮借り物の力でしかないのだ。
その源泉が迷宮に由来しているのならば、発現の仕方が多少いい加減であっても納得がいく。
よし。
バチバチという音が絶え間なく聞こえるのは、智香子がまとった放電に当たったバッタ型が次々と落ちているからだろう。
智香子にとっては直撃してもたいした被害にならないような、低出力の放電現象だったが、体が小さいバッタ型にとっては致命傷になるらしかった。
智香子はこの時点で〈ライトニング・ショット〉とその上位版に相当する〈ライトニング・バレット〉という、二種類の長距離攻撃用スキルを使用することができた。
しかしこの〈ライトニング〉系は基本的に電気をぶつけるスキルであるからエネミーによっては利きが悪い。
いや、体が大きなエネミーにとっては、ほとんど致命傷にならない。
もう少し経験を積んでスキルの威力自体が飛躍的に向上すれば、事情は違ってくるのかも知れなかったが、智香子の遠距離攻撃スキルが実際には威嚇や牽制くらいにしか使えないのは否定しようもない事実であった。
純粋な攻撃用のスキルとしては、かなり半端であるといいかえることもできる。
そして智香子しては、それならばまずその半端なスキルを別の形で活用する道はないのかと、そういう方向に活路を見いだすことにした。
繰り返しになるが、智香子の体を覆った放電の火花は、純粋に〈杖〉の機能のみで引き起こされた現象である。
ただ、智香子もこれまでこの〈杖〉を使い続けてきているので、その分、扱いに習熟している部分はあるのかも知れないが。
このまま動き続ければ。
智香子は移動速度をあげていく。
ここのバッタ型のように、体が小さくて密集する性質があるエネミーには、一体ずつ狙いをつけるより「面」で一気に攻撃をする方が効率がいい。
そう、判断したのだった。
それに智香子は、ショットにせよバレットにせよ、遠距離攻撃用スキルの命中率はお世辞にもいい方とはいえなかった。
〈杖〉により発生可能な火花の及ぶ範囲は約半メートル。
決して長い距離とはいえなかったが、どのみち周囲にはエネミーが密集しているのである。
射程が短いなら自分の方が動き回って、その動線上にいるエネミーを片っ端から捕らえた方がいい。
それに。
と、智香子は思う。
この手の〈杖〉を、こういう使い方をしたという話はこれまでに聞いたことがなかった。
ひょっとしたらこれがきっかけになって、智香子に新しいスキルが生えるかも知れない。
智香子の希望としては、射程の長い遠距離攻撃用スキルよりも、多少射程が短くても精密に狙いをつける必要がない、範囲攻撃が可能なスキルが生えてくれると嬉しいのだが。
ともあれ、一回や二回、多少変わったことをしてもただそれだけで新種のスキルが生えるとは、智香子自身も思ってはいなかった。
ただ、これまでと同じようなことを繰り返すだけだと、それこそ新スキルの生えようもないわけで、この機会に以前から考えた方法を試してみようと、そう思ったのだ。