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死者の書  作者: 立花 葵
エーデルワイス
8/13

ユーゴとアルマ 2/2

 あれ……。

 微睡む意識の中で、ユーゴは最後の記憶を手繰った。

 どうしたんだろう……?

 アルマとお茶を飲んでいたら急に眠くなって……。 

 声が聞こえる。

 話し声だ――


「――少女が女になるのは何時だと思う?」

「……一般的には――破瓜(はか)の瞬間でしょうか?」

 ニコラスともう一人……聞き覚えのある、若い男の声――

 ユーゴはうっすらと目を開いた。鉛のように、瞼が重い。


「ふむ。処女であれば少女、それを失えば女であると……」

「私はそう考えていますが……違うのですか?」

「女は、産まれてから死ぬまでずっと少女だ。時々、女になる」

 ぼやけていた人影は、次第にニコラスの姿を成した。

 彼の前には、アルマと――自分が横たわっていた。まるで天井に張り付いたように、それを上から見下ろしていた。


 アルマの頬をそっと撫で、ニコラスが恍惚した笑みを浮かべた。

「見たまえ。この少年を惹き付けようと――より美しく、艶やかに……。今この娘は、女だ」

 会話の相手は、梁に遮られて顔が見えない。

「ああ――愛する男の為に流したあの涙を、保存出来なかったことが悔やまれてならない……」

 ふと、ユーゴ視界の遮るようにアルマの顔が割り込んだ。

「アルマ……?」

「ごめんね……ごめんねユーゴ……。私の所為……私の所為で……ごめんなさい……ごめんなさい」

 泣きじゃくるアルマは、ひたすらユーゴに詫び続けた。

「私の所為……私の所為! ごめんなさい……ごめんなさい……」


「……どうしたの? どうして泣いているの? どうして……謝るの?」

 ポロポロと涙を流しながら、アルマは眼下に横たわる自分とユーゴを振り返った。

「私達……死んじゃったの……。お父様が殺したの……。お人形にするために……」

 向き直ったアルマは、再びユーゴに詫び続けた。

「ユーゴ……ごめんね……ごめんね……。私の所為……私の所為で……」


 眼下では――横たわる二人の前に、ニコラスが嬉々として様々な器具を並べていた。

 泣きじゃくるアルマと、横たわる自分とアルマ……。暫くの間、ユーゴはそれを交互に見つめた。

「私が、私がお父様を信じてしまったから! 恐ろしい人だと知っていたのに……! どうして……どうして……」


 意識が遠退く間際――アルマの瞳に映っていた自分が、すぐそこに横たわっている。綺麗な服に身を包み、磨かれた肌は淡く光を弾いていた。

 今、アルマの瞳に映っている自分は――くたびれたキャスケット、くすんだ肌……アルマの言う通り、自分は死んでしまったようだ。

 彼女の瞳に映る何時もの自分を見つめ、不意にそう理解した。

「ごめんね……ごめんねユーゴ……。ごめんなさい……ごめんなさい……」


「アルマ。泣かないで」

 ユーゴは身を起こし、そっとアルマを抱き寄せた。しゃくり上げる彼女の頭を胸に抱き、赤子をあやすようにそっと撫で続けた。

 何時も、アイカがしてくれるように……ギュッと胸に抱きしめた。アルマが落ち着くまで……ずっと、ずっと――



 やがて……体を離したアルマは弱々しく微笑んだ。

 その時、アルマの視線がメスを掴み取ったニコラスへ動いた―― 

「行こう!」

 見せてはいけない。咄嗟にそう思った。

 ユーゴはアルマの手を取って駆け出した。屋根や壁は見えているだけで、体はそれらをするり通り抜けた。

  

 アルマの手を引き、ふわふわと宙を舞った。

 泳ぐように宙を歩き、あっと言う間に(やしき)は遠ざかった。

 何処よりも高い場所から町を見下ろし、なんだかユーゴは世界が狭くなったように感じた。広いと思っていた町は、実はそんなに広くなかった。

 そう思うと同時に、自分を縛ってきた町のルールもどうでもよい事に思えた。


 ユーゴは手を離し、線路と町を仕切る高い壁の上へ降りた。

「アルマ! 見て!」

 壁を蹴り、高く舞い上がったユーゴは線路を飛び越え、町の中へ飛び込んだ。

 ユーゴの後を追い、アルマも壁に足をかけた――

 高く舞い上がり――ふと、邸を振り返った。自分を閉じ込めていた、縛り付けていた全てが――なんだかとてもちっぽけで、頼りないものに思えた。


 町へ降りたアルマは、眼前に広がる光景に感嘆の声を漏らした。

 ユーゴに聞いた町の景色、道行く人々のやり取り――モノクロームだった世界に、鮮やかな色が、匂いが付いた。

 建物も、行き交う人々も、流れてくる会話も、ユーゴに聞いた通りだ。

 まるで、物語の中へ飛び込んだような気分で――アルマは自身の死すら忘れて駆けだした。ユーゴの手を引き、時に引かれ、時に一緒に――夢中になって駆け回った。


 何かに触れることも、二人にさわれる者もいない。普通は入れない場所へも堂々と入って行けた。固く施錠された場所でも関係ない。壁をや扉を突き抜けて何処へでも行けた。ただ、電気を使う物は、二人が触ったり声をかけると急に不安定になった。たまに二人を振り返る者も居たが……見えているというわけでは無さそうだった。

 空を飛ぶことも、駆けることも、思いのままだった。心ゆくまで駆け回り、文字通りに飛び回った。

 ただ――些細なイタズラしか出来ないことを、ちょっぴり残念に思った。


「ねぇ、ユーゴ。私、貴方のご両親にお会いしたいわ」

 夕日を見つめていたアルマは、興奮冷めやらぬ様子でそう言った。

「ご兄弟にも、お家も見てみたい」

 ユーゴの手を取り、捲し立てるように続けた。

「カイルさんにジルさん、ジェフさんにもお会いしたいわ」

 ユーゴは大きく頷き、彼女の手を握り返した。

「じゃあ、まずはジェフ爺の所に行こう。皆は暗くなるまで戻らないから」



 ――ユーゴはとあるアパートのテラスへ降りた。

「アルマ。こっち」

 続いて舞い降りたアルマを、勝手知ったる様子で室内へ招き入れた。

「ここがジェフ爺のお家だよ」

 テラスを振り返ると、遠くに屋敷が見えた。

 リビングへ入った二人を、ロッキングチェアに座る老人が振り返った。

 目を瞑ったまま、かしげるように首を傾けた。

「……ユーゴか?」

「ジェフ爺、分かるの……?」


 その問いに、ジェフはにこりと微笑んだ

「今日は一段とよく見える。おや? お友達も一緒かな?」

 ユーゴは驚いた。しかしそれよりも、アルマを紹介できることが嬉しかった。

「うん! アルマっていうんだ」

「はじめまして。アルマと申します」

 片足を引き、膝を曲げる仕草は大人のようだった。

 そしてそれが見えているかのように、ジェフは胸に手を当て、大仰に返した。

「ジェフと申します。以後、お見知り置きを」

 にこりと微笑むジェフの前で、二人も顔を見合わせてクスクスと声を漏らした。


「ジェフ爺、何か物語を聞かせてよ」

「じゃあ好きなものを持ってきなさい」

 本棚へと駆けて行く気配を見送り、ジェフは首をかしげた。

 何か……とても嫌なものを感じていた。胸騒ぎにも似た、妙な違和感……。

 しかし、突然のユーゴの訪問は、それを易々と押し退けてしまう嬉しい出来事だった。深く考える事は止め、二人が戻るのを待った。


 一方、本に手を伸ばした二人は、同時に「あっ」と声を漏らした。

 伸ばした手は本をすり抜けて空を掴んだ。次々と別の本にも手を伸ばしてみたが……結果は同じだった。

「どうしよう……」

 ユーゴがぽつりと呟いた――その時、一冊の本が転げ落ちた。見覚えのない、真っ黒な本だった。

 拾い上げようと、二人は咄嗟に手を伸ばした。が――はやり掴む事は出来なかった。

 だが、引き戻す指先に微かな手応えを感じ、パタリと表紙が開いた――



 弾かれたように身を起こし、周囲を見回した。

 一面、黒一色だった。暗いわけではない。互いの姿はよく見え――目の前に、小さなテーブルに伏した女性の姿があった。

 ついさっきまで、確かにジェフの家にいた。一体何が起こったのか、理解する事が出来なかった。

 だが――不思議と恐怖は感じなかった。

 吸い寄せられるように、二人はテーブルに伏した女性の元へと歩いた。

「綺麗な人……」

 アルマは思わず声を漏らした。この黒い空間にあって尚、存在感を失わない長い艶やかな黒髪が印象的だった。

 その時、うっすらと瞼を開いた彼女は、驚いたように身を起こした――


 ※


 伸び上がり、テーブルの縁から自分を覗き混む二人の幼い子供の姿があった。

「貴方達……」

 女は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにそれを戻してじっと二人を見つめた。

「帰りなさい。ここは、貴方達のような清廉な魂が踏み入る場所ではないわ」

「せいれん……?」

 首を傾げる二人に、「一体どうやって……」と呟き、不意に顔を曇らせた。

「そう、魂を……。そういう世界(・・・・・・)なのね……」

 女は天を仰ぎ、二人へ呟いた。

「貴方達には、あれが見えないのね……」


 つられるように見上げたそこには、ただ黒い空間が広がっていた。何処までも続いているのか、すぐそこで終わりなのかも分からない黒い空……。

 ふと――うっすらと小さな光が瞬いた。

 それは次々と現れ、徐々に輝きを増しながら黒い空を埋め尽くして行く――

 無数の光の粒に埋め尽くされ、まるで――満天の星空を見つめているようだった。


 感嘆の声を上げる二人を見つめ、女は優しく語りかけた。

「さあ、行きなさい。貴方達を縛る楔は解いたわ」

「いく? ……あそこへ行くの?」

「ええ」

「お星さまに?」

 彼女は膝をつき、正面から二人を見つめた。

「もう行き方は分かるはずよ。心の命ずるままに、新しい世界へ、新たな生を生きなさい」

「新たな生……?」

「ここでの生は終わった。つまり……貴方達は死んだの。それは分かっているわね?」

「……うん」

 俯いた二人に、女は諭すように言葉を続けた。


「ここではない、別の世界で生まれ変わるの。全てを忘れ、全くの別人へ生まれ変わる」

「……マルク達も居るの?」

 ユーゴの問いに、女はゆっくりと首を振った。

「まだ、今は……。でも、誰もがいつかは旅立つ。何処かで巡り会う事もあるかもしれない」

「……どうしても行かなきゃダメ?」

「ええ」

「アルマに皆を紹介するって約束したんだ……」

 残念そうに俯いたユーゴをじっと見つめ――女は小さくため息を漏らした。

「……いいわ。終わったら、ここへいらっしゃい」

 そう言って、そっと二人の頬を撫でた。


 ――気が付くと、いつの間にか二人は元の部屋に戻っていた。

「ただ……急いだ方が良いわ」

 二人の耳の奥で、彼女の声がこだましていた。

 とうに日は沈み、差し込んだ月明かりが、ロッキングチェアに座ったまま眠るジェフの姿を照らしていた。

 ふと、開けたままのテラスからマルクの声が飛び込んで来た。

「――ック、ユーゴを見てないか!?」

 声を追って、テラスから身を乗り出した。


「昨日から戻ってないんだ! 何処かで見かけなかったか!?」

 眼下の路地に、マルクと彼の胸ぐらを掴む見覚えのある男の姿があった。

「タバコのおじちゃん……」

 呟くと同時に、そこへ向かう銃を持った一団を捉えた。

 通りを駆け抜ける車の音、争う様な声――銃声が響いた。それを合図に、あちこちから一斉に銃声が鳴り響いた。

 一体何が起こっているのかと考えるよりも先に、ユーゴはテラスを飛び出した。アルマも慌てて後を追い、テラスを飛び出した――



 ふと、ジェフは目を覚ました。

 銃声、怒号、悲鳴、爆音――

 ハッと身を起こし、室内の気配を探った。しかし、誰の気配も感じられなかった。

 一体何時から眠っていたのか……体が石のように重かった。

「ユーゴ? アルマ?」

 その時、玄関の扉が激しく打ち叩かれ、カイルの叫び声が聞こえた。

「開けてくれ! オレだ、カイルだ!」

 扉をを打ち破り、室内に駆け込んだカイルがジェフの腕を掴んだ。


「起きていたか。始まった、逃げるぞ!」

 ジェフは取り乱した様子で、外へ行こうとするカイルの腕を引いた。

「待ってくれカイル、ユーゴは何処だ? アルマは?」

「大丈夫だ。ユーゴならとっくに町を出てる。アルマなんて奴はしらない」

「ユーゴが来ていたんだ。アルマという女の子を連れて。先に避難したのか?」

「マルク達は昨日町を出た。大丈夫だ。とにかく急いでくれ!」

 寝ぼけていないで早くしてくれ、とでも言いたげに、カイルはジェフの手を引いて玄関へ急いだ。

 半ば引きずられるように歩きながら、ジェフは部屋を振り返った。

「まさか……」


 ※


『――マルク! マルク!!』

 ユーゴが駆け寄ると同時に、パッと離れたマルクとデリックの向こうに銃を構えた一団が現れた。弾丸は咄嗟に手をかざしたユーゴの体をすり抜け、通りを行く兵士達へ降り注いだ。

「行け!! ユーゴは必ず送り届ける!! 早く行け!!」

 デリックの声が響き、駆けだしたマルクへユーゴは叫んだ。

『マルク!! 僕はここだよ! ここに居る!!』

「北側へは行くな!! 絶対に地下を通るな!!」

 デリックの声をかき消すように爆音が響き、マルクの姿は巻き上がった土煙の向こうに消えてしまった。


 マルクを追って、ユーゴは走った。走っても走っても、息が上がる事はなかった。微かに捉えたマルクの背を追って、ユーゴ走った。

『マルク!!』

 ようやく、立ち止まったマルクに追いついた。そこにはアイカとベルの姿もあった。

『アイカ! ベル!』

 しかし、声は届かない。マンホールへ取り付いた二人の間に割り込んだが、その瞳にユーゴの姿は映っていなかった。

『どうして……ジェフ爺には――』

「居たぞ!」

 殺気立った声が聞こえ――ベルはマンホールの中へ、マルクとアイカは近くの路地へ飛び込んだ。同時に、振り返ったユーゴの体を無数の弾丸が走り抜けた――


「後で合流する!! 皆を連れて先に行け!!」

 振り返ると、既にマルクとアイカの姿はなかった。一瞬の迷いの後、ユーゴはベルを追ってマンホールへ飛び込んだ。

 行き先は分かっていた。しかし、ユーゴはこのマンホールを使うのは初めてだった。

『ベル! 待って! 待って!!』

 先を行くベルに振り切られないよう懸命に後を追った。しかし――ついにベルを見失ってしまった。

 やむなく、ユーゴは地上へ出た。銃弾と悲鳴が飛び交い、血だまりに伏した者達を飛び越えて、ユーゴは走った。

 ようやく何時も使っているマンホールへ辿り着いたユーゴは、一直線にねぐらへと駆け込んだ。


「……ユーゴは見つかったの?」

 ベルは既に到着しており、奥からアルの声が聞こえた。

「置いて行くの……?」

 二人の間に割り込み、ユーゴは叫んだ。

『ぼくはここだよ! ここに居る!!』

 やはり、ユーゴの声は届かない――

「これ以上もたもたしていられないんだ。ユーゴは必ず迎えに行く。だから、今は従ってくれ」

『ここだよ! ぼくはここに居る!!』

 ユーゴの姿は、誰の瞳にも映らない――


『ベル! アル!』

 部屋を出て行く皆に追いすがるも、ユーゴの手は体をすり抜けて空を掴んだ。

『ロニー! ベス!』

 立ち尽くすユーゴ体を次々と通り抜け、ふと最後尾を歩くクロエが振り返った。

『クロエ……』

 しかし、彼女の瞳にも自分の姿はなかった。何かを感じて振り返ったのか、住み慣れた我が家への未練か――ユーゴには分からなかった。

 皆と共に灯りは部屋を出て行き、闇に覆われた部屋にユーゴの嗚咽が響いた――


 膝を折り、嗚咽を洩らすユーゴへ、そっとアルマが歩み寄った。不思議な事に、闇の中でも互いの姿ははっきりと見えた。

「ユーゴ」

「どうして……。ジェフ爺には聞こえていたのに……」

 アルマは膝をつき、ユーゴの頭をそっと抱き寄せた。

「……のせいだ。ぼくが戻らなかったから。ほんとなら、皆避難していたはずだったんだ……」

 アルマの腕に、力が籠った。

「ぼくのせいで……皆が……」

「違う! 私の所為!」出かかったそれを喉の奥へ押し込み、抱きしめた頭を優しく撫で続けた。


 ――やがて。

「……ありがとう」

 体を離したユーゴは、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 その時、慌ただしい足音が聞こえ、差し込んだ光が周囲を照らした。同時に、躍り込んだ兵士の一団が室内を改めた。

「誰も居ません」

地下(ここ)に居る連中は皆レジスタンスだと思え。子供だろうと容赦するな。見つけ次第殺せ」

 やり取りが聞こえ、彼らは慌ただしく部屋を後にした。ユーゴとアルマは顔を見合わせ、弾かれたように駆け出した――


 先を行くベル達の気配を捉えたのか、兵士達は真っ直ぐにその後を追っていた。

 どうにか兵士達を止めようとするも、やはり――触れる事はできない。声もを張り上げても無駄だった。唯一できた事は、懐中電灯を不安定にさせる事ぐらいだった。

 やがて――兵士達は前方から響いた声を捉え、足を早めた。ユーゴとアルマを大きく引き離し、トンネルの奥へ吸い込まれて行った。


 結局……二人の妨害は、僅かに足を鈍らせただけの些細なものに過ぎなかった。

 ユーゴとアルマを大きく引き離し、兵士達が角を曲がると同時に激しい銃撃戦が始まった――

 積み上げられた土嚢を挟み、兵士達とレジスタンスが激しく撃ち合っていった。その間を走り抜け、二人は皆を追って土嚢の向こうへ出た。

「南だ!! 南へ向かえ! 北へは行くな!!」

 後を追いながら、そう叫ぶ誰かの声を聞いた――



「ベル!」

 不意にマルクの声が聞こえた。アイカの声も聞こえる。

 周囲を見回すと、地上と繋がる小さな穴にマルクの顔が見えた。鉄格子に顔を押し付けて中を窺っていた。

 直ぐにベルも気が付き、皆をつれて駆け寄った。

 マルクとアイカも無事であることが分かり、ホッとした矢先――

「俺達はこのまま北へ向かう。国境を背に進めばいくらか安全なはずだ」

『ダメ……』

「分かった。俺達も北へ向かう。一先ず川で合流しよう――」

 デリックも、先程のレジスタンスも、北へは行くなと言っていた。

『ダメだよ!! 待って!! ベル!! マルク!!』

 

 ユーゴとアルマは、必死にベルの後を追った。懐中電灯に手を伸ばし、叫び続けた。

 一瞬で、一言だけでいい――

 どうか――


 どうか――


 いつの間にか銃声は遠退き、移動する足音や車両の音が微かに聞こえていた。

 ベルは通りがかったマンホールへよじ登り蓋に手を伸ばした――


 その時、ベスはクロエの手を引き最後尾を走っていた。先を行くベルとアル、そしてロニーが角を曲がり姿が見えなくなった。

「よし、開くぞ!」

 角へさしかかった時、ベルの声が聞こえた――その瞬間、強い衝撃が二人を弾き飛ばした。

 一瞬だった。角の向こうは燃えさかる瓦礫に埋め尽くされ、次々と轟音が鳴り響き、地面は激しく揺さぶられた――

2022/04/21微修正

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