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死者の書  作者: 立花 葵
エーデルワイス
7/13

ユーゴとアルマ 1/2

 どのぐらいの時が過ぎただろうか……。

 体を離した老人は、一冊の本を取り出した。


 ――黒い本。

 黒い、真っ黒い本だった。

 闇を切り取ったような、淀みの無い黒――


 異様な存在感を放つそれは、閉ざされたマルクの意識をこじ開けた――

「ユーゴが渡せと」

 老人の言葉が、微かに届いた。

「……ユー……ゴ?」

 微かに呟き、差し出された本に手を伸ばした――



 黒い――

 黒い部屋。

 切れ目のない、一面の黒。

 黒一色だった。


 椅子に座る自分と、同じく向かいに座る見知らぬ女性――側の小さなテーブル……まるで、黒という色そのものに、それらを描き込んだように思えた。

 体は動かすことは出来ず、見開いた目を泳がせた。


「死者の書――」


 女の声が響いた。

 抑揚の無い、無機質な声だった。


「今、貴方が読んでいる本よ」

「死者の……」

 マルクは直感的に呟いた。

「俺は……死んだのか……」

 ……いや、自身の願望を口走った。

「いいえ。貴方は(・・・)生きているわ。家族の亡骸の前に座っているわ」

 悲愴を顕にしたマルクを見つめ、女は言葉を続けた。


「一つだけ、命を貴方の手に委ねる」

「……何を……言っているんだ……?」

「蘇らせたい者はいるかしら?」

 その瞬間、皆の顔が次々とマルクの脳裡を駆け抜けた。

「それとも、殺したい者かしら?」

「……そんな……事ができるのか……?」

「ええ。ただし、一つだけよ」

 立ち代わり、目まぐるしく脳裡を駆け抜ける者達を見つめ、マルクは顔を歪ませた。

「選べ……っていうのか?」

「そうよ」

「そんな事……」


 女は席を立ち、マルクへ歩み寄った。

「マルク……。私は――貴方がどんな選択をしようとも、決して拒まない。その選択を責めもしなければ誉めもしない。ただ貴方の選択を受け入れる」

「……」

 そっと、女はマルクへ手を伸ばした。

「これは、ある死者の物語――」




 ◆




 狭いテラスの先に――線路を囲う高い壁と、立ち並ぶ(やしき)が見えた。

 丸い視界は流れる様に動き――とある邸へと辿り着いた。

 少し離れた場所に建つ大きな邸。その二階の窓辺を捉えた。

「……」

 単眼鏡を離すと、邸は指の先で隠せてしまう程に小さくなった。

 ユーゴは単眼鏡を覗き込み、目の前に見える邸へ手を伸ばした――


 昨日の事だ。


 その少女は線路の向こうに居た。

 線路の向こう――フェンスを越えた先で、花を摘んでいた。

 線路と町を隔てる壁の僅かな隙間から、偶然その姿を見た。

 大人びたドレスを纏い、長い白金の髪が微かな風にそよいでいた。

 あの時――ハンクに抱えられ、単眼鏡越しに見た少女だ。

 一目見て、そうと分かった。

 

 ユーゴは背を振り返り、路上に口を開けた鉄格子へ歩み寄った。

 格子の数本が折れており、ユーゴのように体の小さい者であれば、下を通る溝へ下りる事ができそうだ。そして――


 この溝は線路の向こうへ繋がっている。


「……」

 ――この日、ユーゴは初めてマルクの言い付けに背いた。

 どうしても、彼女の元へ行きたかった。

 何故そう思ったのか……それは自分でもよく分からなかった。

 


 ――フェンスに手をかけ、じっと彼女を見つめた。

 ふと顔を上げた少女は、酷く驚いた様子で立ち上がった。

 しかし……立ち去る様子はなく、じっとユーゴに視線を送った。

「……こんにちは」

 伏せ目がちに、彼女はそう言った。

「この間……私を見ていたのはあなた?」

「うん」

「私は……アルマ。……あなたは?」

「ユーゴ」

「……ユーゴ」アルマは口の中で小さく呟き、ゆっくりとフェンスへ歩み寄った。

「……この町に住んでいるの?」


「うん」

 アルマは微かに顔を和らげ、手にしていた花をそっと差し出した。

 優しげな笑みを浮かべ、唇が動いた――その時、遠くでアルマを呼ぶ女性の声が聞こえ、彼女の言葉はすり替えられた。

「行かないと……」

 アルマは名残惜しそうにフェンスを離れ、ふとユーゴを振り返った。

「明日……! また……来てくれる?」

「うん」


 パッと開いたアルマの笑顔が――ユーゴの瞳の中で目映く輝いた――




「――ユーゴ」

 振り返ると、カイルが立っていた。

 正確なところは知らないが、マルクより年上である事は確かだ。

 スーツの上にエプロンを着け、長い髪をほっかむりの中に仕舞い込んだ何とも妙な出で立ちをしている。

 

 振り返ったユーゴを見つめ、カイルは出かかった言葉を飲み込んで単眼鏡を指した。

「そんな物どうしたんだ……? 兵隊に貰ったのか?」

 その問いには、後で床を掃いていたロニーが答えた。

「ハンクさんに仕事を頼まれて、その手間賃に貰ったんだよ」

「……なるほど」

 とそこには素直に納得したカイルだったが、ロニーを振り返った彼は顔を曇らせた。

「これっきりにしろ。あいつらには関わるな」

「どうして?」

「……どうしてもだ」


 カイルは不思議そうに尋ねる二人へ交互に視線を滑らせ、困ったように肩を竦めて見せた。

「マルクが良い顔しねぇ。それにデリック……ともかく関わるな」

 その時、部屋の奥からジルの声が響いた。

「おい、カイル。皿を運んでくれ」

 首を傾げるユーゴへ、カイルはひょいと台拭きを投げて寄越した。

「ほれ、テーブルを拭いといてくれ」

 と本来の目的を果たした。


 ここは、ジェフという盲目の老人が暮らす家だ。少し前に連れ合いを無くし、今は一人で暮らしている。

 そんな彼を気遣い、数日置きにジルとカイルが訪れて世話を焼いている。最近は子供らも加わり随分と賑やかになった。


 ――皆が席へ着くと同時に、ロニーとベスに手を引かれ、ジェフが席についた。後ろで纏めた艶のある長い白髪が印象的だ。

 席についた彼は両眼を閉じ、微かに首を傾げてテーブルを囲む面々を言い当てた。


「左からクロエ。カイル。ベスとベニー。アル。ロニー。一つ空けて、ユーゴ」

「正解だ」

 テーブルの真ん中に鍋が置かれ、空いていた席にジルが腰を下ろした。

「ジェフ爺は本当に目が見えないの?」

「ああ。ほんの少し光を感じるだけだ」

 そう言って、不思議そうに見つめるユーゴの顔を、まるで見えているかのように覗き込んだ。

「見えないが、よく見える」

 優しげな笑みを浮かべ、そう付け加えた。


 ジェフの世話を焼くようになって間もなく、ジルは子供らを招くようになった。掃除や洗濯など身の回りの世話を子供らに任せ、僅かな報酬と食事を振る舞う。

 報酬は僅かだが、子供らにとって重要なしのぎの一つだ。

 だがなによりも、明るく清潔な空間で取る温かな食事が、彼らを惹き付けてやまなかった。

 質素な食事だが、子供らは腹を満たし――溢れ落ちる笑顔はテーブルを囲む大人達の心を満たした。


 ユーゴを膝に乗せたジルを見つめ、笑みを浮かべたカイルをベスが不思議そうに見上げた。

「どうしてマルク達に言っちゃダメなの?」

「ああ……」

 と呻くように溢し、カイルは肩を竦めてチラリとジルに視線を滑らせた。

「譲れないものがあるんだとさ」

「……?」

 首を傾げるベスの頭を優しく撫で、そっと顔を寄せて囁いた。

「いつか皆で食事をしよう」

「ベニーちゃんも……?」

 そう言って、ベスは不安そうに膝のぬいぐるみを撫でた。

「もちろん」

 目映いベスの笑顔に、カイルは更に目尻を下げた――



 食後の片付けと掃除は男子三人とジルの仕事だ。クロエとベスはカイルと共に別の仕事へと向かう。


 裾を捲り、(たらい)に入ったベスとクロエが足踏みをしている。

 山積みの洗濯物を前に、大人に混じって懸命に足を動かした。

 時折バランスを崩すクロエをベスが支え、見る者の頬を緩ませた。

「なんだかどうでもよくなっちまうね」

 戸口から裏庭の様子を見ていた女が溢した。

 投げやりな言葉とは裏腹に、何処か満ち足りた笑みを浮かべていた。


「無理やり仕事を作ってもらったみたいで悪いな」

 カイルは側の石段に座り、タバコに火を付けた。

「それも含めてさ」

 そう言って、ベニーちゃんのほつれを直していた女は手を止めて二人の様子を眺めた。

「そか……」

 ふわりと漂った煙をやり過ごし、女が尋ねた。


「マルクは知ってるのかい?」

「まさか、こんな場所(売春宿)に連れてきてるなんてアイカに知れたら事だ」

こんな場所(・・・・・)のお陰で生活出来てるのは何処の誰だったかしら?」

「言葉のあやだ。そんなに怒るなよ……」

 女はベスとクロエに目を戻し、カイルへ厳しい言葉をぶつけた。

「犬や猫じゃないんだ、中途半端で投げ出すつもりなら今の内に止めておきな。希望を見せるだけ見せて、取り上げる事ほど残酷な事はないよ」


「……二人――三人なら、俺と親父(ジル)の稼ぎでも――いや、俺だけでも……一人なら何とか養える」

「そうすれば良いじゃないか」

「……」

「でも覚悟が決まらないからこっそり援助して?」

「……」

「下らない意地を張る親父にヘタレの息子……。あの娘(アイカ)は見る目があるよ」

 嫌味みたっぷりに溢し、女は仕上がったベニーちゃんを手に二人の元へ向かった。


「さ、二人ともいらっしゃい。今日はお風呂に入れてあげるわ」

「ほんとに? ベニーちゃんもいい?」

「ああ、綺麗に洗ってあげな」

 ほつれの直ったベニーちゃんを受け取り、歓声を上げるベス。彼女に手を放されて何処か落ち着かない様子のクロエ。

 二人の様子を、カイルはぼんやりと見つめた。



 ◆



「ユーゴはどんなお家に住んで居るの?」

 フェンスを挟み、二人は背を合わせた。

「僕らはマンホールの中に住んでるんだ」

「マンホール?」

「地面の下に部屋がいくつもあるんだ。そこを借りてるんだってマルクが言ってた」

 フェンス越しに伝う互いの体温がくすぐったく――とても心地が良かった。

「マルク?」

「僕らの父さん。すっごく怖いんだ」


「……そう」

「何時も怖い顔で僕らを見てる。稼ぎが少ないともっと怖い顔で睨まれるんだ……。

 でも、僕らが寝た後、とっても優しい顔で『おやすみ』って言いに来るんだ」

 そう答えるユーゴの笑顔が、アルマにはとても眩しかった。

「……お母様はどんな人?」

「母さんはアイカ。マルクに怒られて悲しい時とかは何時もギュってしてくれる。

 とっても優しくて……アイカの胸の音を聞いていると何だか眠くなっちゃうんだ」


「……お父様と、お母様は好き?」

「うん。アルマは?」

「私は……お母様が大好きだった。とっても優しくて……」

 ユーゴとは対照的に、両親の事を語るアルマはとても悲しそうにしていた。

「お父様は……とても恐ろしい人……。お母様をお人形にしてしまったの……。大好きだった庭師のお爺さんも……」


「お人形?」

「……うん。私は……お父様が恐ろしい。いつか私も……。いいえ、もう私はお人形と変わらない……」

 俯いていたアルマは、空気を変えるように明い声を出した。

「ねぇ、ユーゴのお家の事をもっと聞かせて。兄弟は居るの?」

 その時――ふわりと鐘の音が響き、ユーゴはハッと立ち上がった。


「もう行くの……?」

「……うん。僕はまだ自分のしのぎを見つけてないんだ。だから皆のお手伝いをしなきゃいけないんだ」

「しのぎ……?」

「僕らは三日間で五百ミラ稼がないといけないんだ」

「どうして?」

「そのお金で、僕たちはここで生きて行く権利を買っているんだって、マルクは何時もそう言ってる。

 でも……僕はまだ一度もきちんと稼げた事がないんだ。だから何時もマルクを怒らせてしまう……。本当はとっても優しのに……僕のせいで……。

 だから自分のしのぎを見つけて、ちゃんと稼げるようにならないといけないんだ」


 ユーゴを追うように立ち上がり、アルマは尋ねた。 

「五百ミラあれば良いのね?」

 そう言うと「待ってて」と、言い置いて何処かへ駆けて行った。

 程なく――戻って来たアルマは息を整え、フェンス越しにユーゴの手を取った。

「ここで私とお話しするの。それがあなたのしのぎ(・・・)

 そう言って、ユーゴの手に数枚の硬貨を握らせた。


 この日から、ここへ通うのがユーゴの日課となった。


「――ベスがお姉ちゃん。クロエはちょとだけお姉ちゃん。アルとロニーがお兄ちゃんで、ベルはもっとお兄ちゃん。マルクよりも年上なんだ」

 毎日――毎日、話は尽きなかった。

「前に住んでいた町は、道路の上を電車が走っていたわ」

「電車? 汽車とは違うの?」

「うん。煙が出ないの。だから単眼鏡でよく見えたわ。一度乗ってみたかったな……」


 ユーゴの語る彼らの日常、住処、町の様子……。自宅と庭以外殆ど知らずに育ったアルマにとって、それらは物語だった。飽くことなく、彼の話に耳を傾けた。

 そしてユーゴも、アルマの話に夢中になった。

 アルマの語る暮らしとそれを囲む日常、ここではない遠い町の話……。産まれながらに今の暮らししか知らないユーゴにとって、それらはジェフに聞く物語のように彼の心をときめかせた。


「――ジェフ爺?」

「うん。目が見えないのに本を読んでくれるんだ」

「目が見えないのに……?」

「うん。本棚から本を持って行くと、触っただけで何の本か言い当てちゃうんだ――」

 

 いつしか――

 背にあった温もりは指先へ移り、互い瞳に自身の姿を求めた。


 しのぎ(・・・)だから――


 それは口実だ。


 アルマの声を――

 ユーゴの姿を――

 温もりを――

 鼻先をくすぐる息づかいが、二人を絡め捕る。

 もっと、


 もっと近くへ――


 ゆっくりと開いた瞳が、再び互いを映した――その時、ハッと足音を振り返った。

「ユーゴ……」

 一人の男が、呆然と二人を見下ろしていた。ボサついた髪に無精髭を蓄え、よれたコートを纏っていた。

「線路は渡るなと言われているだろ?」

 男は片膝をつき、ユーゴの両肩を掴んで語気を強めた。同時に、思わず顔をしかめてしまうほどの濃いタバコの匂いが漂った。

「しかもよりにもよって……」

 ちらとアルマに視線を滑らせ舌打ちを漏らした。だがそれは彼女へ対してではない。悪意すら感じる、この巡り合わせへの精一杯の抗議だ。


「これはデリック警部。こんな所で何を?」

 タバコ臭い男の向こうから、別の声が聞こえた。

「おや? そこに居るのはアルマか?」

 フェンスの向こうで、アルマの顔が青ざめる様子がハッキリとわかった。


 デリックはゆっくりと立ち上がりながら、器用にユーゴを背に隠した。

「お嬢様をお見かけしまして、まさかお一人かと思い……どうやら私の早とちりだったようで」

「いやいや、部屋に姿がなかったので探していたところです」

 そう言うと、ニコラスは嘘臭い笑みを湛えて呼びかけた。

「さあアルマ、おいで。あまり警部殿の手を煩わせるんじゃない。とてもお忙しい方なのだから」

「はい……お父様」

 初めて聞く……固い、無機質な声……。

 まるで、人形が喋っているように思えた。

「もう少しだ。もう少しの辛抱だ」

 デリックの囁きが届いたのか――アルマはほんの一瞬立ち止まり、父の元へ向かった――


 去って行く二人を見送り、デリックは改めてユーゴと向き合った。

「もう少しで、自由に会えるようになる。これも無くなる」

 そう言ってフェンスを掴んだ。

「だから……二度とここへは来るな。少しだ。少しだけ辛抱してくれ――」


 翌日――

 溝の穴は何者かに塞がれてしまった。ユーゴは壁に張り付き、僅かな隙間から線路の向こうを覗き見た。

 しかし、アルマの姿はなかった。

 そしてその翌日も……彼女は現れなかった。

 とぼとぼと引き返すユーゴを、聞き覚えの無い声が呼び止めた。

「こんにちは。ユーゴ君だね?」

 ユーゴから滲む警戒を察し、男は更に声を和らげた。

「大丈夫。僕はアルマとデリックの使いだ――」



 ◆



 窓辺に立ち、アルマは外を見つめた。

 線路の向こうに見える大きな建物。その屋根に視線を走らせた。爪先で立ち、伸び上がって線路が見えないかとも試した。

 しかし、求める姿を見つける事は出来なかった。


 あの日、無言で歩く父の後に続いて邸へ戻った。

「部屋に居なさい」

 父はだだその一言を発しただけで、彼女を咎めなかった。

 それどころか、黙って抜け出した事も、こっそりお金を持ち出した事も――父は咎めなかった。

 まるで何事も無かったかのように振る舞っている。とても不気味で……恐ろしかった。


 ぼんやりと線路の向こうに広がる町並みを見つめていたアルマは、ふと扉を振り返った。

 コツコツと、扉をノックする微かな音がする。

 弱々しく、躊躇いがちな――まるで、返事を恐れているかのような音だった。

「……どうぞ」

 扉の向こうで、ビクリと身を震わせた訪問者の姿を見たような気がした――


 一瞬、誰か分からなかった。

 服だけではない。いつも枯れたようにくすんでいた肌は、剥きたての卵のように瑞々しく、つるりと光を弾いていた。

 大人びた髪型が、幼い顔と不釣り合いで――背伸びをした出で立ちがとても魅力的だった。

「……ユーゴ?」

 はにかんだユーゴを見つめ、抑えがたい喜びにつつまれつつも、アルマ戸惑った。


「風呂に入って着替えてもらった。どうだ? 見違えただろう?」

 半開きの扉をゆっくりと押し退け、ニコラスが姿を見せた。

「あの……お父様……」

「どうした? 会いたかったのだろう? お前の為に来てもらったんだ」

 ニコニコと微笑む父が恐ろしかった。

 父の笑顔。これまで最も多く見た嘘。

 最も多くを欺いたもの……。


「お父様……申し訳ありません。もう二度とお父様の言い付けを破ったりしません。ですから、ユーゴは……お願いします、お願いします、お父様」

 ニコラスは膝をつき、涙ながらに訴えるアルマをそっと抱き締めた。

「ああ……アルマ。そう思われてしまうのも無理はないね……。でも、私は分かったのだ。変わったのだ」

「……」


 肩に手を置き、ニコラスはアルマの顔を覗き込んだ。

「あれから、私はお前に何か言ったか? お前に何かしたか?」

「……」

「私が間違っていた。もうお前の自由を奪うような事は二度としない」

「お父……さま?」

「お前が望むようにやりなさい」

「本当……ですか? お父様……」

「ああ。誓って本当だ。私は、もう決してお前の邪魔をしない」

 そう言って、ニコラスはユーゴを振り返った。

「さぁ、アルマ。そちらのハンサムな友人を紹介してくれるかな?」

「……はい。お父様」

2022/04/21微修正

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