再会と宣戦布告
お待たせしました。
バートラムとおなじ飛行船に震電を載せてもらって後退することになった。
飛行船を守る様に何機もの騎士が飛んでいる。
地球の戦争風に言うなら、足の遅い補給部隊を守りながらの撤退作戦で、絶好の的だと思ったが連中はなぜか追撃はしてこなかった。理由は分からないが。
1日半ほど飛ぶと、見慣れた島同士を結ぶ線路とフローレンス本島が見えてきた。
それを守る様に飛行船が隊列を組んでいる。騎士団以外に民間のものらしきものも見えた。
飛行船を防衛ラインとして敷くという方法は変わらないらしいが……
「この防衛線は意味があるのか?」
率直に言って犠牲が大きすぎると思う。
トリスタン公やパーシヴァル公の旗艦であるダンテやターラントくらいデカくて火力があればともかくとして。
民間も含めた飛行船はあくまで輸送船に近いから、そもそも騎士との打ち合いは想定していない。
大砲も申し訳程度についているだけで、騎士相手だと当たればラッキーと言う程度だ。
「工業ギルドが作成した炸裂火弾を配備中だから少しはましになるはずなんだがねぇ」
相変わらずのチャラい言い方でバートラムが答えてくれる。
システィーナのラサが使っていたあれか。あれなら確かに鉛の球を飛ばしているよりは当たるだろうが。
「ただ、ディートちゃんの言う通りではあるんだ」
「足が遅く被弾に弱いという点はどうしようもないからな」
サラが口をはさんでくる。
正にその通りで、飛行船は足が遅い上に巨大な気嚢で浮いているから、騎士から見れば的に等しい。俺の射撃戦の腕前は素人に毛が生えた程度だが、それでもあれだけ的がデカければ当てられる。金属で補強はされているとはいえ、カノンの直撃に耐えられるほどじゃない。
「攻めに出ないと不味いんじゃないのか?」
二次元での戦いなら要塞防衛線も有効だろうが、航空機が現れた第二次大戦以降は要塞防衛線の価値は落ちた……らしいということを聞いたことがある。
それはこっちでも変わるまい。
「慧眼だねぇ、さすが、ディートちゃん」
バートラムがうなづく。
「まさにその通りでね。押されてこっちの飛行船の周りで戦っていると犠牲が増えるだけなんだ。ただ、攻め込むとなると数で負けてるから難しいんだよな」
バートラムがチャラい口調に似合わない苦々し気な感じでつぶやいた。
数で負けてるのは痛いな。しかも、単純な練度の差は置いておくとしても、あいつらには亡霊シリーズの派生機ともいえる得体のしれない騎士がいる。
「ただ、守り抜くためには攻めに転じないといけないことは確かだ。パーシヴァル卿にも進言するよ」
流石にわかってはいるらしい。これで少しでも効率的に守れるといいんだが。
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無事にフローレンスまではたどり着けた。着いたときんはもう夜になっていた。
銀色の巨大な月がいつも通り頭上に輝いている
震電を騎士団の倉庫に預けて、一旦上陸する。
とりあえずシュミット商会に行かなくては。ヴィンドガルドで捕虜になっていた期間を考えれば相当な時間顔を出してない。心配しているだろう。
そう思って歩き出した途端。突然腕を強く曳かれた。そのまま暗い路地裏に引っ張り込まれる。
「おい、何を!」
と言いかけて気づいた。
銀色の髪とそこから突き出した獣耳。和服を思わせる長い上着。俺の手を引っ張っているのはフェルだった。
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狭い路地。レンガ造りの建物の谷間のような路地には白い月光が差し込んできていた。
今、この夜なのにこいつがここに居るってことは、いつ戻ってくるかもわからない俺をずっと騎士団の詰め所の前で待っていてくれたってことだ。
フェルが涙目で俺を見つめる。
どちらともなく抱き合った。抱きしめるとフェルも抱き返してくる。
「死んだと思ったんだよ……もう会えないんだって……」
フェルの涙声が耳元で聞こえた。
メイロードラップの時と違って、今回は完全に俺の情報はなかった。それどころか下手すると撃墜されたと伝えられていても不思議じゃない。心配させただろう。
「すまないな」
「あたしが……どれだけ……どれだけ」
「前も言ったろ。お前を一人にはしない」
「でも……でもね」
強く抱きしめて、お互いの存在を確かめ合うように体を寄せ合った。
触ってくれと言わんばかりに手にまとわりついてくる尻尾をモフると、フェルが身じろぎする。吐息がかすかに乱れた
背中に回された手に力が入って、しなやかだけど柔らかい体がぴったりと張り付く。手に触れる背中がふるえていた。ひんやりした夜の空気に熱いフェルの体温が心地いい。
お互いの存在を確かめ合うかのように、どのくらい抱き合っていたのか分からないが。
……不意に触れ合う体の感じが変化した。
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「どうした?」
甘えるようにすり寄せてくる柔らかい体に、芯が入ったかのような感じだ。立ち姿勢が変わった。
「誰かが見てる……」
「……なんだって?」
「このままでいて」
さっきまでの涙声が一変していた。背中に回されていた手が懐に移動する。
すっかり腕利きの護衛船員の雰囲気に戻っていた。
……そう言えば、マリクと会ったことを思い出す。フローレンスに工作員が侵入していても不思議じゃない。
今どうなっているのか知りたいが……背がフェルより低いから、抱きしめられたままで周りの状況が分からない。
「行ったね……」
長く感じたがおそらく数分の間を置いて、フェルが抱擁を解いた。
「なんだったんだろうな」
フェルが首を振った。
もしかしてエストリンの連中か。だが、無粋な覗き魔なんてこともあるかもしれない。なんせちょっと路地に入ったところだし、夜とはいえど人通りはある
……さっきまでの緊張感のある雰囲気が消えて、狭い路地に沈黙が戻った。
改めて見つめあう。フェルが目をつぶった。
少し背伸びして唇に軽くキスをすると、護衛船員から女の子の顔に戻ったフェルが嬉しそうに笑った。
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5日後。
フローレンスの中央広場ともいうべき場所で演説会が行われることになった。
なんでもフローレンスの最高権力者というか議会の議長を代々務める、フローレンス・ローザの演説ってことらしい。
フローレンスに侵入者がいることについてはバートラムを通じて警告した。
マリクやあの時見かけた少年は誰だかわからないが、あれは黒歯車結社の連中だと思う。俺のカンも入ってしまうんだが。
ただ、槍騎兵や宵猫とやらも黒歯車結社製ならエストリンと黒歯車結社が関わっていることは間違いないから油断はできない。
警告をしたからか、広場に通じる路地には騎士団の兵士が立っていた。
金属探知機とかで検問できる世界じゃないから、地球の感覚からすればザルもいい所だが、それでも警戒しているという姿勢を示すだけで結構効果はあるもんだ。
議会の前の広場は人でごった返していた。
サッカー場4面ほどのだだっ広い広場は、全面綺麗なタイルで舗装されていて、中央に7大家の白い石像が立てられている。
普段は屋台とかが出ているが今日は人だらけだ。
何度か来たことはあったが、これだけの人で埋まっているのはあんまり見ない。ていうか、フローレンスってこれだけ人がいたんだな。
一際大きい歓声が上がった。見ると壇上に誰かがいた。
かなり遠くて良くは見えないが、白いドレスのような服に金色の長い髪。多分あれがフローレンス・ローザか。
彼女が手を上げると、ざわついていた広場から波が消えるように音が退いて言って、最後に水を打ったように静まり返った
「皆さん、聞いてください」
涼やかな声が大きく広場中に響いた。そのあとこだまするように遠くからも聞こえる。
フェルが教えてくれたが、コミュニケーターを応用したマイクのようなものらしい。これによってフローレンスの隅々まで声が届いているってことなんだそうだ。
「我が国の国境を侵し、二つの島を占拠したエストリンより先ごろ我が議会に要求が来ました」
ようやく宣戦布告と言うか戦争の目的が分かるのか。
軍備を整えたら戦争になる、などと殊更に煽る連中もいるが……戦争をすれば金も人の命も失われる以上、当たり前だが侵略をするときは必ず目的がある。
理由なく戦争をやり始めるのは子供向け小説の世界を支配したがる大魔王様だけだ。
「彼らはわがフローレンスを橋頭保とし、魔導士領に進撃を行うと言っています」
その言葉に聞いていた人たちがざわめいた
どよめきが波のように広場に広がっていく
「……あり得るのか、そんなこと」
「……分からない……なんで、今更?」
「確かに魔動士領と一番近いのはフローレンスですが……」
フェルが答えてくれて、アル坊やが首を傾げる。
この間聞いた感じだと魔道士領はフローレンスから相当遠い。本当に戦争を仕掛けるならば、膨大な手間と周到な準備が必要になる。そこまでする価値はあるんだろうか。
「魔導士領を守る理由は我らには有りません。よって彼らが魔導士領に進撃することは我らにとっては感知しないことです」
ざわめきが少し収まったのを確認して、フローレンス・ローザが続ける。
「ですが、我が国を踏み台とすることは断じて許しません!」
一際強い口調で宣言して、広場が大きく沸いた。
「我が議会は貴族議員、市民議員の全会一致でこれを拒否しました。我らは自由であり、他国の戦に利用されるつもりはありません」
「その通りだ」「俺たちは負けない!」「フローレンスの自由に栄光を!」
力強くローザさんが言う。聴衆が賛同の声を上げて、あちこちで旗が振られた。
「諸君、私はトリスタン・メイロード。我らが騎士団はこの国を守るため最後まで必ずや戦うことを誓う!」
トリスタン公の良く通る声が広場に響いた。騎士団の大きな旗が壇上に掲げられる。
マイクなんて使わなくても存在感がある声なんだが、今日は一段と迫力があるな。
声に応じてまた大歓声が上がった。
「だが、敵の数は多い。勇気あるものよ、わがフローレンスの防衛に力を貸してほしい」
「もちろんだぜ!」「俺たちも戦うぞ!」「黙ってやられたりはしねぇぜ!」
周りからそれに応じるような声が上がった。
見回すと、騎士の乗り手っぽいやつらも多い。数で負けているっていうから、少しでも多く民間からの協力者が欲しいんだろう。
メイロードラップに参加していた乗り手とかなら相当な戦力になるだろうしな。
「トリスタン公!我がガーランド商店はフローレンスのために戦うぞ!」
群衆の中から声が上がって、また大きな歓声が上がった。ガーランド商店ってのは俺でもたまに耳にする、大規模な貨物運輸をしている商店だったはずだ。
仕込みというかサクラかもしれないが、いいタイミングだな。
「ありがとう。参戦に感謝する、勇気あるものよ!」
トリスタン公が少し芝居ががった感じで声を張り上げて、声を静めるかのように手を大きく広げた。ざわついていた広場がまた静かになる。
「工業ギルドの者たちよ。戦いに備えよ」
凛とした女性の声が響いた。これはエルリックさんの妹さんだろうか。
「飛行船ギルドの者たちよ。力を貸してくれ。君たちの力が必要だ!」
次はちょっと年配の男性の声。改めて見ると、壇上の人数が増えていた。あれがフローレンス7大家の当主たちなんだろうか
「我らの自由も平穏も!なにもせず守る事はできない!」
トリスタン公がもう一度大きく声を張り上げる。
「我らは侵略に膝をつくことはない!我らの力を奴らに思い知らせるのだ!我らの国を犯したことは愚かな行いであったと!」
そう言ってトリスタン公が剣を抜いて高く掲げた。
7大家の人達がそれぞれに杖や剣を掲げてクロスさせる。それに合わせるように礼砲らしき銃声が響いた。
周りの皆が口々にフローレンスの名を連呼する。
「俺はやるぜ!店主!やらせてくれよ。こいつにだけいい恰好はさせないぜ!」
ローディが俺をチラ見しながら高揚した顔で言う。
「勿論だ」
普段は冷静な感じのアル坊やだが、今日はちょっと顔が紅潮している。
「僕たちも騎士団とかかわりがあるし……なによりここは僕たちの故郷だ。ローディ、グレッグ、それにディート。頼むよ」
アル坊やが力強く宣言してローディがガッツポーズした。
「流石だぜ、店主!」
「俺もやりますぜ、姉御、よろしくお願いします!」
ローディとグレッグが周りの喧騒に負けないような興奮した感じで言った。
俺についてはまあ今更手を引くなんてわけにはいかない。フェルが心配そうに俺を見ているが。手を軽く握ってやると、ちょっと安心したように笑みを浮かべた。
しかし。
……エストリンの兵士とかがこっそり入り込んでいるとしたらこのタイミングで何かするかと思ったが。
だがむしろこのタイミングで仕掛けるとしたら、フローレンスの市民を結束させるだけだな。
ただ、戦力で劣っているのは実際に戦闘に参加したから分かる。
この後後方撹乱される可能性も有る。前途は多難だ。
だが。ここにきて1年以上。なんだかんだで愛着もある。アル坊やの故郷であり、大事な人もできた。
もう他人事じゃない。一泡吹かせてやろう。




