ヴィンドガルドにて
お久しぶりです。エタってはおらんで。
スコ速で取り上げていただいたためか、新しくブクマ付けてくださった方がおられるようです。
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
感想等お待ちしています。
「さて、それで。改めて聞きますね、ディートレア」
夜になったので食事を出してくれた……んだが。なんとも有りがたい待遇ではあるが、敵地ど真ん中だから実に居心地が悪い。
出されたベーコンのような塩漬け肉と葉野菜をいためたものや、干し魚のオムレツのようなものはなかなかうまいが、大きめの丸テーブルにはシスティーナ以外に何人かのいかつい男たちが顔をそろえている。
流石にこの状況で普段通り楽しむほどの度胸は無い。
「なんだ?俺に教えられることはなにもないぞ」
「くだらないごまかしをするのはやめなさい。分かっているでしょう?私とともにきませんか、クリムゾンの一員としてね」
やはりこういう話になるのか……
「悪いが……それはできない」
「頭に助けられた恩を分かってねえのか!」
「娼館に売り払うぞ、この女ァ!」
恐らく幹部格だろうと思われる男達が声を荒げて立ち上がった。
前に会ったポルトなる男、たぶんこいつが副官なんだろうが、そいつは我関せずという感じで酒を飲んでいる。
システィーナが黙って手で座るように指示すると、男たちが不満げな顔で椅子にまた座った。ただ険悪な目で俺を見ていることは変わりない。
こいつらが怒るのは、立場的には当然だとは思うが……だがそれでもアル坊やと離れて海賊になるわけにはいかない
システィーナがワインのグラスを置いて俺を見た。
「海賊が気に入らないのですか?私を悪逆非道とでも思っているでしょうが……私は騎士での戦いでは容赦はしませんが、別に無益な殺しはしませんよ」
「ああ、そうなのか?」
フローレンスで聞いた評判は、やれ船団を全部沈めただの、抵抗した商船の乗組員を乗り込んで皆殺しにしただの、そんな話ばかりだったが。
「どうも悪名が先行しがちですがね。まあその方が都合がいいのでそのままにしているだけです」
こともなげな口調でシスティーナが言う。
「私の騎士を見るだけで降伏するものも多い。そうしておけば無駄な戦いを避けられますからね」
「普通に戦えばいいだろ?」
「そこで怯えるような雑魚を切ってもなんの楽しみも有りませんよ。それで理由は?」
「海賊がどうってわけじゃない……店主と離れるわけにはいかないってだけだ」
システィーナが首をかしげる。
「アルバートですか、あの坊やを愛しているのですか?あなたは男だ、と自分で言っているはずですし恋人もいるでしょう?あの精霊人の」
「そういうのじゃない。そういうのじゃないが、大事な相手だってことだ」
それにフェルと離れるわけにもいかない。
「考えは変わらないのですか?」
「助けてもらったことは感謝している。だがこれは譲れない……」
険悪な雰囲気の中でシスティーナが俺を見て首を振った。
「まあ、なら仕方ありませんね」
「頭、そういうわけには」
抗議の声を上げる男をシスティーナが一睨みした。
「いつも言っているでしょう?誰に仕えるかも、誰を愛するかも、どう死ぬかも。好きにすればいい。無理強いは野暮というものです」
静かにシスティーナがそういうと男たちが黙った。
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「そう言えば一つ聞いていいか?」
「内容によりますね」
「エストリン公国ってなんだ?」
本当は無事に帰ってサラか誰かにゆっくり聞きたかったが、ここで聞けるならそれはそれでいい。
システィーナが呆れた顔で俺を見た。
「あいかわらず鳥に育てられたとしか思えないものの知らなさ加減ですね
……ヴァザン、説明してあげなさい。子どもにもわかるようにね」
スープを飲んでいた30くらいの男が嫌そうな顔をして俺を見た。
こいつは海賊っぽくないというか比較的穏やかそうな顔をしている。あんまり鍛えた感じでもないから参謀格とかかもしれない。
「エストリンはフローレンスの隣国だ。フローレンスよりかなり広い領域を持っている。軍事的にも優位だな」
ヴァザンがつっけんどんな口調で教えてくれる。まあさっきのやり取りの後じゃ仕方ないが。
「海賊には仕事がし難い国だ。騎士団の兵力がフローレンスより大きいからな」
あの国境線では大型の飛行船がかなりの数いた。
あれが全戦力とかじゃないならフローレンスよりは確かに軍事的には大きいかもな。
「じゃあ、ここはフローレンスの領域内なのか?」
「そんなこと教えられるか、ボケが」
「それで、エストリンがどうかしたのですか?」
ワインを飲みながらシスティーナが聞いてくる。
「フローレンスの国境を犯した。しらないのか?」
むしろ知らないとは思わなかったが。
一瞬、海賊たちの顔に緊張が走るが……すぐに疑わしげな眼に変わった。
「間違いではないですか?魔導士たちとの戦いが終わって以降、国同士の大規模な戦争は起こっていませんよ」
システィーナが胡乱気な顔で言う。
これについては分かる気がする。
地球も海を挟んだ国と戦争をするのは難しかったくらいは俺も知っている。
海が防壁なのは多分様々な理由はあるんだろうし俺は専門家じゃないから正確な理解ではないと思うが、兵站を維持するのが陸上よりはるかに難しいから、というのがあるのは想像がつく。
海どころか空を飛んでいるこの世界じゃもっと大変だろう。
だが、俺が見たのは本物だ、間違いなく。
「いや、間違いない。所属まで名乗ってたぞ。龍種武官だかなんだかのアリスタリフだかなんだかってのと戦ったよ」
灰の亡霊のステルス装備を持ってる騎士がいたし、白の亡霊の兄弟機らしきものもいた。
あの海賊たちと何らかの関係があることは間違いないが、俺が戦ったのは間違いなく正規軍だ。
「……どうかしたか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
場が静まって、システィーナの雰囲気が一瞬変わった気がした、というか僅かに動揺するような色があったが、すぐにいつも通りの口調に戻っていた。気のせいだっただろうか。
システィーナが何か考え込む。
「まあいいでしょう。ディートレア。震電は最低限の補修だけはしてあげましょう。片が付いたらフローレンスの近くまでは送ってあげます」
「ああ……ありがとな」
不満げな顔をしたのが半分、今の話について何か話し合うのが半分、という海賊たちに囲まれてその日の食事は終わった。
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翌日、システィーナと一緒に震電が格納されている倉庫に行った。
「修理には……そうだな、10日ってところか」
システィーナと何か話していた技師が無慈悲に告げた。10日だって?
「もう少し短くならないか?」
エストリンの騎士と戦ったし、そのあと小島に強行着陸している。ただ、見た目にそこまで大きな損傷は見られない。
この機会におそらく震電の解析もやるんだろう。捕虜になった以上そこはもう仕方ないと諦めるが、今はそれより少しでも早く動けるようにしてほしいところだ。
というより状況を知りたい。
こういう時はテレビもラジオもインターネットもないのが本当に不便を感じる。
今はいったいどういう状況なんだ。あれだけの兵力を集めていた以上、本格的な侵攻に転じているかもしれない。バートラムはどうなった、サラは。
「と言ってもな、俺はこの騎士は触ったことが無いからな。ただ飛べるだけにするなら大丈夫だが」
「それでは意味が無いでしょう、ディートレア。戦えない騎士を持って戻ってどうするんです?」
確かに誰かから騎士を貸してもらうとか、それこそ騎士団から借りることはできるかもしれない。ただ、それでうまく乗れるかと言うと自信はない。
もちろんある程度は動かせるとは思うが……
「あきらめて待ちなさい。時をうかがうのも大事ですよ。直るまでは好きにしなさい」
俺の気を知ってか知らずか、システィーナが言って工房を出て行った
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技師と直接交渉しては見たが結局のところ無理なものは無理ということだった。
正直言って10日はあまりに長すぎるとは思うが……今の立場では無理を通すことはできない、というか言われるままになるしかない。
むしろ、機体を接収されて放り出されないだけ相当に親切ではある。それは分かっているんだが。
仕方なく工房を出て少し散歩をしてみる。
改めて港湾を歩くと分かったが、あきれるほどの規模の町だ。
さすがにフローレンス本島ほどではないが、レンガで造られた倉庫が立ち並び騎士の部品や装甲板が忙しく運ばれていく。
油と鉄の匂い、鉄と鉄のぶつかり合う音、大した活気だな。
フローレンスと違うのは倉庫や商店に個別の店名を示す看板が無いことだ。
これはシスティーナが教えてくれたが、なんでも共同出資して作られた工房らしい。
昨日もそうだが、食事も自分たちで作っているわけではないようで、出前というかテイクアウトをしてくれる大規模な食堂があって、それも共同出資で作られているんだそうだ。
工房も含めて相当組織化されていて感心する。
補給拠点という意味では小さな商店や様々な攻防が集まっているフローレンスとかよりよほど機能的だ。
色々と話を聞くと、このヴィンドガルドは海賊ギルドというか、海賊の出資で機能している会社に近い。
私腹を肥やすような真似をしたら、荒くれ海賊からつるしあげられることは想像に難くないから、案外公正に運営されているのかもしれない。
その日から食事と宿はシスティーナのアジトで、居心地が悪い思いをしつつも世話をしてもらい、昼は工房や港に通った。
もう少し監視下に置かれて窮屈になるかとも思っていたが、ヴィンドガルドではほとんど放任だった。
まあここに震電を置いて逃げるわけにもいかないし、ほかの海賊の船に乗せてもらうなんてこともできないから監視する必要もないってことなんだろう。
「貴方が撃墜した海賊の仲間がいるかもしれませんから、あまり目立たないようにしたほうがいいですよ?」
とは言われたが。まあ顔までは割れてないはずだから大丈夫だろう。
テストドライバーや渡り鳥ドライバーとしてあちこち転戦していろんな経験もしたが、どうしても慣れなかったのは契約の電話を待つ時間だ。10分が1時間にも感じて何度も何度もスマホを眺めたもんだが。
いまはスマホはないから手持ち無沙汰を慰めるものさえない。しょうがないから港で噂話に耳を傾けるしかない。
10日間の間に、海賊の島ヴィンドガルドにも様々な情報が入ってきた。
エストリンの侵攻はやはり事実らしく、最後に船を休めた島へ進撃されたらしい。
騎士団は敗走し、あの島はエストリンの橋頭保になってしまったとか。おそらく俺たちにみられた時点で攻撃を開始したんだろう。
戦争が始まってしまうとそのエリアに貨物船は立ち入らなくなるから、その空域は海賊にとってはうまみの無い場所になる。ということで、その辺の情報共有がなされていた。
「苦戦しているようですね。島を奪われたのが痛い。それに単純な兵力ではエストリンの方が上ですからね」
8日目あたりの夕食でシスティーナが教えてくれた。
基本的には戦争は数が多い方が勝つ。俺も局地戦なら数的不利を覆せるが、戦略レベルだと数がものをいう。それは歴史が証明している。
何もできない状況にやきもきしていたが。
予定通り10日目に震電が仕上がったことは良かった。
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「ここから30分ほど飛びなさい。まっすぐにね。そこにフローレンスの騎士団が陣を引いているそうです」
海賊団クリムゾンの飛行船で飛ぶこと1日半。さすがにこの間は部屋に軟禁されて外は見せてもらえなかったが。
部屋から出してもらうと、すぐに防寒着を渡されて騎士を搭載している下層部に連れていかれた。
海賊船でも商船でも下層に騎士を係留するスタイルは変わらない。
震電は既に出撃できるように縦にされていて、コクピットのキャノピーと装甲板もあけられていた。
今がどのへんなのかは分からない。それに何か細工されているかもしれない……などと思ったが。
ここまで来てこいつが俺をだます意味はないだろう。この後になにか策を巡らせるくらいならヴィンドガルドでどうとでも出来ただろうしな。
それになんというか、そういう小賢しい知恵を回らせて罠にはめるタイプではないじゃないのはもう分かっている。
不思議なもんだが、敵であっても何度も真剣に切りあったからこそ分かりあえる感覚はある。
「ありがとう、というべきなのか?」
「当然でしょう。多いに感謝しなさい。これは貸しですからね。返すまでに詰らないところで死んで私を失望させないようにしなさい」
「ああ、借りておくよ……だが何故ここまでしてくれる?」
立場的にも状況的にも俺が何と言おうと俺をヴィンドガルドに留め置くことはできただろう。
震電を修理する義理もないはずだ。
「それはあなたが尊敬すべき敵だからですよ」
システィーナが不敵な薄笑いを浮かべて言った。
「強くなるためには様々なものを捨てなければならない。貴方の強さと、その強さを得る過程で捧げたものに私は敬意を払うのです。敵であってもね」
尊敬すべき敵、か。
気まぐれで我が儘で無茶な奴だが、その点は俺も同感だ。
「まあいつでも私の旗下に入って構いませんよ?」
「俺にお前はとってもそうだな。ただ、俺は出来ればやりたくないよ、正直言って」
「そこは気が合いませんね。強い相手と戦うのは強い者の喜びでしょう。それに強い相手を切り倒してこそ自分の強さが証明される」
「殺し合いは嫌だってことさ」
強い相手とギリギリの線で競い合うのは楽しいが……命のやり取りはできれば遠慮したい。
「そういえば前にそんなことを言っていましたね」
「……じゃあ行くよ」
ここで話しているうちにも戦闘が繰り広げられているかもしれない。
数分の遅れが大きなことになるとは思わないが……それでも早く行くほうがいい。
コクピットに乗り込んでベルトを締める。多少部品の交換はされているようだが、いつも通りのコクピットだ。
「では、また会いましょう、ディートレア」
意味ありげな顔でシスティーナが笑って、キャノピーが閉じられた。
言われた方向に飛ぶと、遠くに砲炎らしきものがひらめくのが見えた。
……戦いはもう始まっている。




