海賊たちの島
これを含めてあと二話更新します。
見上げると、長銃を突き付けている男と目が合った。
「お前さん、こうなるまで気づかないとは、大した度胸だな」
感心した、というよりどっちかというと、あきれたって感じの口調で長銃を構えた男が言う。
よく見ると周りに5人ほどの男がいて、それぞれ曲刀だの銃だのをもっている。島の上には2隻の飛行船が浮いていて島に影を落としていた。
飛行船からは何本かのロープが下がっている。あれで降りてきたわけか。こうなるまで気づかないのは確かに我ながらどうかと思うが……
「しかし、だ」
銃を突きつけたまま、男がこっちを見下ろす。
太陽は上っているがまだ空は白んでいる。明け方より少し時間がたったって感じか。
たき火と発煙筒はまだ煙を空に立ち昇らせていた。
「本当に今まで気づかなかったのか?」
「ちょいと疲れていてね」
これは事実だ。戦闘開始からこの島に辿り着くまでほぼ飛びっぱなしだったからな。
「見慣れない顔に見慣れない騎士だが……ご同業じゃなさそうだな。自由騎士か、それとも護衛か。
騎士団じゃなさそうだが」
そう言って男が震電を見る。そういうこいつは海賊だろう。
40歳くらいだろうが、ちょっと太めだがレスラーのような大柄な体格。顔の片方がやけどかなんかで焼けただれていて片目がつぶれている。
こういっちゃなんだがいかにもって感じの顔だ。それに周りの連中も、シュミット商会のカタギの船員とはまとう雰囲気が明らかに違う。
「しかし、足を壊さずに着陸するとは大した腕だな」
「そりゃどうも。光栄だ」
男が島に縦に刻まれた畝のような土の溝を見て言う。明るいところで見てみるとかなり深い。
やはりこの世界の乗り手としても不時着は難しい技術なんだろう。
足を壊すことを考えると、気軽に練習するわけにはいかないし。そもそも、これをやる状況にはあまり遭遇したくないところだ。
俺に銃を突き付けている男が俺をじっと見て、横の連中と何かひそひそと話を交わす。
「なるほどな。20歳くらいの金髪、男みたいななりの男言葉の女……お前、ディートレアだな?」
名前をズバリと言い当てられた。
海賊とは何度も戦っているから、エストリン公国とやらに名前が知れているよりは驚くことじゃないが……
誤魔化そうかとも思ったが、こっちの反応を探るような鋭い視線が俺を見ている。
なんとなく、嘘をついてもダメなきがした。
「……我ながら有名になったもんだな。その通りだ」
「ならこいつが噂の双剣、震電か」
独りごとのように船長が言ってまた横の男と何か言葉を交わす。
「相談はいいんだが、銃を突き付けるのは止めてもらえないか?」
目の前に銃口があるのは、かなり控えめに言ってもいい気分じゃない。
引き金から指が離れていても、だ。
「ああ、すまんな」
そういって男が銃を肩に乗せるようにして銃口を外してくれた。ちょっと安心する。
とりあえず立ち上がったが、周りの男達は油断なく俺を見ていた。
「で、どうする?」
「どうする、とは?」
「一暴れしてみるか?それとも俺たちについてくるか?どっちにするね」
震電に乗っての空中戦なら二隻の飛行船と2機の騎士を蹴散らすことは出来るだろう。
だが生身でそれをやるのは無理だ。フェルがいてくれれば、と思うが。
「まあ確かに……降参するしかないか。ついていくよ」
さすがにどうにもならない。
昨日の包囲網を破るのは確率は低くても可能性があったからやる価値はあったが。たとえここで5人を制圧できても意味がない。船にはまだ船員がいる。
それに、震電を接収されたらこの島で日干しになるしかない。すでに、海賊船からワイヤーがたらされて、それを船員たちが震電に引っ掛けて係留作業に入っている。
震電を残して放っておいてくれる、なんて親切はしてくれそうにない。
「武装は?」
「生憎何もない」
非武装をアピールするように両手を上げる。実際のところ、コクピットに作業刀があるだけで他に武装はない。
「船長、身体検査をした方がいいんじゃないですかねぇ」
「その防寒着の中になにか隠し持ってるかもしれませんぜ」
周りの奴らがはやし立てるように言うが。
「言っておくが俺は男だ……妙なことをやるなら噛みつくぞ」
睨み返すと、ぴたりと静まり返った。
「おお、怖い怖い。大丈夫だ、安心しろよ。客として迎えるさ」
船長が言って縄梯子を指さした。あれで上れってことか。
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海賊船は、シュミット商会の船と構造にているようだが、なんというか明らかに整理がなってなくて雑然としていた。
いかにも荒くれ男の乗り物って感じだ。
「ここに居ろ。食事は運んでやる」
そういわれて閉じ込められた部屋は窓のない暗い部屋だった。簡素な机と大きめの椅子、あとはハンモックがあるだけだ。
窓は無いが、大きめのランプが天井から下がっていて明かりには不自由しない。
ランプの油と、汗の様な何とも言えない饐えたにおいがする。なんというか空気が淀んで湿っぽい感じだ。女を閉じ込める部屋か、これが。
一応確認してみるが、外から抑えられていてドアは開かなかった。
俺を連れていく意図が何なのか、考えてみたが、これも意味がないからやめた。
騎士団が海賊に賞金を懸けているように、俺に賞金がかかっていても不思議じゃない。その引き渡しなのかもしれない。
ただ、とりあえず何かをする気はないんだろう、というのは分かった。
出てくる食事もきちんとしているし、体をふくための水と布も貰えた。心なしか丁寧に扱おうという気配を感じる。あくまであいつらなりに、って感じではあるが。
そもそも、何かするならとっくにしているだろう。
今はじたばたしても仕方ないか。といっても話し相手もいない、窓の外も見えない、では寝る以外は何もすることがない。
食事の時に酒を要求してみたら、あきれ顔をされたが、瓶に入った酒が出てきたのはありがたかった。
飲んでみるとワインを凝縮させたような強い酒だ。多分ブランデーとかそんな感じなんだろう。
部屋に閉じ込められて2日くらいが過ぎただろう。
窓がない部屋だからよくわからんが、食事のサイクルから考えてそんなもんだろうか。
「ついたぞ。出ろ」
ノックもなしにドアを開けて入ってきた男がそう言った。
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促されるままに部屋を出ると太陽の光が目を刺した。目の前が少し白くなる。目を瞬かせて光に目をならした。
光の加減から、昼頃だろうか。ランプの明かりに慣れた目には久々の太陽の明かりはちょっと刺激が強い。
先導する男についていくと飛行船の外部回廊に出た。
吹きさらしの回廊の向こうの空。船の周りは様々な形の飛行船に囲まれていた。
かなりの数だ。ざっと見ただけでも、かるく30隻以上は居そうだ。
フローレンスの港で見る風景に似てはいるが……飛行船の姿に統一感がなく、気嚢にもつぎはぎがある船が多い。
商船とは明らかに違う。これはいい加減護衛任務で見慣れた飛行船、海賊船だ。
飛行船は飛んでいる、というより浮いている、の方が適切だった。
どの船もローターは止まっていて、舫綱が何本も下に向かって伸びている。
見下ろしてみると、震電を下した島くらいの大きさの島があって、そこに綱がつながれていた。
浮島は一つじゃなくて大小含めてかなりの数がある。それがそれぞれ飛行船を係留していた。
島同士は蜘蛛の巣にように相互につり橋でつながれていて、その上を人が行きかっているのが見える。
艀のような小さな飛行船がそこここを飛び回っていた。
吹き抜けの回廊から見える何隻もの海賊船と係留所ともいうべき岩場の向こうには、大きめの島が見える。
見ていたら足音を立てて回廊の向こうから片目の男が歩いてきた。俺に銃を突き付けていた男。あいつが船長と言うか頭目なんだろう。
俺と目が合うと、傷だらけの顔に今一つ似合わない、ちょっと自慢気な笑みを浮かべた。
「どうだ?良い眺めだろ」
「どこなんだ、ここは?」
概ね察しはつくんだが。
「海賊の島、ヴィンドガルドにようこそ。ディートレア」
・チャージウイング
震電に搭載された新装備。
もともとはフローレンスの騎士団で実験的に作られた装備でそれをエルリック・ランぺルールが改良した。
ウイングからエーテルの繭を展開して機体を覆うというもの。エーテルの繭は簡易的なシールドとして機能する。
また、ブレード状にエーテルを形成するわけではないがスピードに乗せて繭で体当たりを食らわせれば十分なダメージも期待できる。
繭状に展開したウイングは空力を改善させるため、展開時は直線スピードが大幅に向上する。
攻防一体、かつ機動力を強化するという強力な武装。
ただし、繭状にエーテルを形成し続けるため継続して展開できる時間は長くなく、盾として使うと持続時間はさらに短くなる。最高速域での機体操作はスピードが上がるがゆえに旋回性能が下がり、扱いが極めて難しい、などの欠点も持つ。
また最高速に達した時の速度は、乗り手に高い判断能力、動体視力、Gに耐える体力を要求する。
このため、一般的な装備にはならずお蔵入りになっていた。




