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孤島と星空

今年度の帳尻合わせの連続投稿、2回目です。

海で遭難する人の話を以前に聞いたことがある。


なんだかんだでたくさんの船が航行しているんだから、遭難しても案外見つかるもんじゃないのか、といった俺にもと船員の人が言ったこと。

海はとてつもなく広い。よほど運がよくなければ航行中の船に見つけてもらうなんてことはない。

万が一水平線に船が見えても気づかれないことがほとんどだってことらしいが。


自分でその立場になってよくわかった。

360度、広々と開けた視界には船どころか、島の影も全く見えない。

太陽を見ながら飛んでいるから方向は正しいはずだが。あまりに何もなさ過ぎて、正しい方向に飛んでいるのか、それすら怪しくなる。

かといって路肩で止まって休憩ってわけにはいかない。


「だれか聞こえるか?」


時々コミュニケーターに呼びかけるが、返事は返ってこない。

太陽の高さが低くなって、雲海が赤く染まり始めた。時間感覚はもうない。疲労で頭が重くなってきた。


騎士にはクルーズコントロールなんて便利なものはない。まっすぐ飛ばすのさえ怪しくなってきている。

長距離運転の経験から言うと、疲れが自覚出来ている状態っていうのはかなり危険だ。

これ以上飛び続けるのは難しい。


いいとは言えない視界の端に黒い浮島の影が雲海に長く伸びているのが見えた。夕方の太陽だから気づいたが、そうでなければ見逃していただろう。

これ以上飛び続けたら……偶然陸地にたどり着けない限り、どこかで力尽きて墜落する。


落ちれば確実に死ぬが、着陸すれば助かる可能性はある。選択の余地はなかった。

もし誰にも見つけてもらえなければ無人島で野垂れ死にになるかもしれない、という嫌な予感も頭をかすめたが。震電の足さえ壊さなければ明日、もう一度飛ぶこともできる。


最後の力を振り絞って震電を操作する。機首を上げて高度を確保した。

上から島を見下ろす。緑の草地と土がむき出しになったところとまだらになった島だ。誰も人はいない。何本かまばらに生えた木が長い影を地面に落としている。

広さはサッカーコート4面を長方形につなげたって感じで、それなりにスペースはある


「毎度毎度、ぶっつけ本番だな」


飛行機の着陸の時のように大きく旋回して島の縦長の側に突っ込むようにラインを調節する。勿論こんな風に着陸をさせたことはない。

というか、こういう風に着陸することは騎士は想定していないだろう。今に始まったことじゃないが、どこまでも出たとこ勝負だ。


なるべく地面のラインに平行になるように姿勢を整える。アクセルを抜いて震電を失速させた。あとは慣性に任せる。

パラセイリングの着陸のように足を前に出すようにして腰を落とすような姿勢をとった。


島の地表が想定より速いスピードで近づいてきた。

騎士のブレーキは直進のスピードを調整するためのもので完全に静止するものじゃない。


「とまれ!!」


着陸の瞬間にもう一度逆噴射をかけて、フットペダルに足を移す。

震電が後ろに引き戻されるようなGがかかった。ドンと音がする。同時に黒い土が壁のように視界を遮った。


フットペダルに振動が伝わってくる。

荒れた路面グラベルを走るラリーカーのように、突き上げられるような振動で機体が縦に揺れた。左右に土と草が波のように吹き上がるのがキャノピー越しに見える。


フットペダルを前後に動かして圧力を逃がす。何かに硬いものに引っかかったりして足が折れたらもう一度飛ぶことは難しい。

工事現場のような土を掘り返す音と左右に噴き上がる黒い波が小さくなっていき、緩くブレーキをかけた車のように震電のスピードが次第に落ちていく。

最後に下から突き上げるような振動があって、音が止む。震電が完全に止まった。


---


土と草の破片が飛び散った重たいキャノピーと装甲版を辛うじて押し上げて外を見ると、震電は島の端で辛うじて止まっていた。

もう少しでオーバーランして墜落するところだった。ツイてたな。


我ながら悪運が強いが、こういうところで幸運が味方してくれるのも競技者にとっては大事なことだと思う。

包囲網を破るときも、もし射手ストリエロークが逆の方向に機体を動かしていれば正面衝突していた。あの速度じゃ助からなかっただろう。

レースでも戦場でも、技術じゃどうにもならない、最後は神に祈るしかない瞬間というのはある。ギリギリのところで生還を拾うのはツキだ。人事を尽くして天命を待つ、だな。


コクピットから装甲版の隙間に足を掛けてなんとか地面に降りた。

島の向こうから耕したかのように土に二本の溝が伸びている。やわらかい土で助かった。これも運が良かった。


震電は体育すわりのように膝を曲げて尻もちをついている。見たところ、奇跡的に足に大きな損傷はなさそうだ。

だが、帰ったら、強制着陸に備えてかかとにタイヤを仕込んでもらうように依頼したいな。

不時着は、メイロードラップの時を含めれば二回目だ。何度もこんなことしてるほうがおかしいとは思うが。


---


震電を見上げていると、周りが急速に暗くなってきた。

遠くに浮かぶ太陽が水平線というか空平線に沈んで行く。空が青さと太陽の赤の混ざった紫色に染まった。


コクピット内のシートの裏の収納を開けてみた。何度も震電に乗っているがここを開けるのは初めてだ。

布で封をされたかごがベルトで固定されている。


布をほどいてかごを開ける。中のものは一応一通り使い方のレクチャーを受けている。

狼煙というか発煙筒をかごから取り出した。

見た目はダイナマイトみたいな細い棒の片方にひもが伸びているものだが、これを引けば火がつくらしい。


万が一遭難した時にはこれを炊けって言われたが。

一瞬、どうしようか迷ったが。紐を引くと赤い光が瞬いて、赤みがかった煙が紫から濃い藍色にかわりつつある夜空に上がり始めた。

騎士団の連中が捜索してくれている可能性はある。だが、海賊に見つかる可能性もある。

こればかりは更なるツキがあることを祈るしかない。


---


この島には俺以外に何もいないのは調べるまでもなく分かった。風になびく草と数本の木と恐らく虫以外に生き物はいない。精々で鳥が飛んでくるくらいだろう。

人里離れたところで野宿となれば警戒しなけりゃいけないのはあるが、この様子なら見張りをしなくてもいいのは救いだ。少なくとも野生動物に襲われるとか、そういう心配はしなくていい。


しゃがませた震電の足に引っ掛けるように、かごをくるんでいた布を張って簡易テントを張る。

かごの中には水と食料も入っていた。3食分ほどだろうか。


完全に夜の空になって、冷たい風が吹き抜けていった。

何本か生えている木の下から木の枝を拾い集めて、これまた箱の中に入っていた油を固めた固形燃料と合わせてたき火をする。

発煙筒の赤い煙とたき火の白い煙。見上げると、二筋の煙が並ぶように上がっていって、夜空の果てに消えていく。これを誰かが見てくれればいいんだが。


食料はパンと干し肉、それと封をした小瓶に入れた香油だった。

干し肉は甘い味付けになっている。糖分を取らせるためだろうか。だとしたら理にかなってる。


パンは保存重視なのか、硬く焼き締めてあった。一口かじってみたが、歯が欠けそうなほど硬い。

水に浸してすこし柔らかくして香味油をつけて口に入れる。香味油はこってりした濃いめで、ニンニクのような風味がした。


「なかなか美味いな」


思わず口に出してみたが、その声も静寂に吸い込まれて消えた。

パンをかじっていると案外腹が膨れてきた。サイズは小さいがずっしりした感じで見た目より食べ応えがある。


残りのパンと肉を箱に戻して、巻いて入っていた毛布を取り出して、箱を収納に押し込んだ。

防寒着を着ていても寒さが体に刺さってくる。毛布にくるまるとなんとか耐えられそうだ。


太陽が完全に沈んで、代わりに月が上った。

周囲は恐ろしいほど静かだ。陳腐な表現だが、世界の果てに自分しかいない気がする。かすかな風の音。焚火の枝が燃える音。それしか聞こえない。


雲がかかっているが、それでもなお地球のそれより明るい月の光があるのは本当に救いだ。

これで漆黒の闇の中とかだと、正気を保てるか……自分でも不安を感じる。


見上げる夜空には白い砂粒をまき散らしたような満天の星が輝いている。

視線を下げると、銀の月光に照らされた雲海が果てしなく遠くまで伸びて、空の奥でまっすぐに黒い夜空とコントラストを描いていた。


吸い込まれるように広い白い雲海。わずかにうねる雲が月の光を反射して、波打つように黒い影と銀に輝く面を変える。

暗い夜の海を見るな、闇に引きずり込まれるぞ、というのは小説や映画で聞いたことがあるが。

この雲海を歩ける、といわれたら信じたかもしれない。


眺めていてもしょうがない。明日のことを考えれば体を休めておかないと。

毛布にくるまってとりあえず横になった。明日起きたら、方向を確かめて飛べるところまで飛ぶしかないか。

コアのエーテルで飛ぶ騎士は燃料切れで墜落ということがないのは車よりありがたい。明日に希望を繋ぐことができる。

張り詰めた緊張感がなくなると、連戦と高速機動の疲れが襲ってきた……明日のことは明日考えよう。


……眠りに落ちる前に、横になったままもう一度目を開けた。

果てしなく広がる銀雲の平原と荘厳ささえ感じる静寂。小さく揺れる赤い炎。吐く息がかすかに白い。

高い山の山頂で一人、夜明かしをしたらこんな感じなんだろうか。

絶望的な状況だが……それでもなお、たまらなく美しかった。


---


こつんと硬い物の感覚が額に触れた。続いてもう一度。

目を開けると、うっすらとした太陽の白い光と、目の前に何か黒い丸いものが見えた。


……眠い頭が一瞬で冴えた。銃口だ。





射手ストリエローク


工房・エストリン公国国立工房


エストリン公国の国防師団の騎士。

どちらかというと機動性を重視する傾向があるフローレンスの設計思想とは異なり、厚めの装甲で身を守り被弾しても戦闘を継続できるようにしている。代わりに機動性は劣る。


装備は右手はカノン、左手はエーテルシールド、カノンも速射性より一発当たりの火力を重視している。

また一部の改装型は至近距離用に左手に三連式の散弾発射筒(エーテルではなく質量弾)を備えており、左手には指が無い。

超至近距離でしか機能しない、三発しか打てない(前装式なので戦闘中の再装填は実質的に不可能)、火薬着火式で発射ラグがありタイミングをとるのが難しい、という欠点はあるものの、エーテルシールドでは実弾は防げない上に、火力は高くちょっとした騎士の装甲位なら軽く貫通する。


どちらかというと火力に特化した武骨な騎士。



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