震電二号機、改良プラン。
あの思いがけない邂逅から数日経った。
港湾地区の宿で騎士の乗り手のたまり場になっているようなところを中心に歩き回ってみたが、あいつには会わなかった。
マリクの噂を集めてみたが、これも収穫は無かった。
グレッグ達が教えてくれた通り、フリーの傭兵のような立場で、最近は姿を見ないらしい。そして雇い主によってはそれは珍しくないとも言われた。
フリーの騎士の乗り手は極端な話、どこかで戦死してしまえばだれも知られないうちに姿を消すことになる。
あまり姿を見ない、と言っても、周りは珍しくもないことって感じで、さほど誰も気にしてないようだった。
プロレーサーにしても、契約を貰えずに消えていく奴は居た。まあ俺もその予備軍に近かったが。世知辛いが、そんなものなのかもしれない。
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収穫がないまま当てもなくうろついていても仕方ない。
ということで、今日はレストレイア工房に来ている。
結局、震電は全損で一から組み直しになった。
まあこれは当然だと思う。左手は白の亡霊に吹き飛ばされ、右手は墜落の時に潰れた。足も墜落の時に折れてしまっている。
そして、それ以上にマズかったのが、着艦の時の衝撃で股関節や腰のフレームがゆがんだことらしい。
騎士団の整備員が一目見て首を振るくらいの有様だった。
震電には思い入れは山ほどある。
1年にも満たない短い騎乗だったが、何度も俺の命を救ってくれたし、渡り鳥レーサーだったことを考えれば、プロになって初めての愛機と言える機体だ。まあ震電はレーシングマシンじゃないが。
だが、残念ながら一度完全に壊れてしまったものは元には戻せない。これは車でもそうだし、おそらく騎士でも同じだろう。
ただ飛ばすっていうだけなら何とかなるだろうが、限界域での空戦をやるならやはり不安が残る。未練は残るが……組み直すのが妥当だろうな。
騎士団の工房で震電を組みなおす話もあったんだが、レストレイア工房で組みなおしてもらうことにした。
これについては、秘密が漏れるから、と嫌な顔をされたが押し通させてもらった。亡霊シリーズと三連戦してアクーラを守ったんだから、このくらいの我儘は聞いてもらいたい。
騎士団の工房の技術を疑うわけじゃないが……命を乗せて飛ぶ機械は信頼が第一だ。技術ではなく。
やはり一号機を作ってくれたところに依頼したほうが気心が知れている。
それに、騎士はかなりの部分で手組みになるし、基礎構造自体は同じでも工房ごとの設計思想も微妙に差はある。
どういう風にセットアップするかという話は別としても、基礎的な構造は同じなほうがいい。
テスト時代はいろいろ乗る機会があったが、メーカーによってシャシー、フレーム、ブレーキやアクセルの癖は厳然と存在した。手作業中心なわけだし、間違いなくこの世界の騎士のほうが揺れ幅は大きいだろう。
所属チームを変えて違う車に乗るってのは結構大変なのだ。
レースの歴史を見れば、少しでも同じ条件で乗りたいがために、なじんだスタッフをまるごと引っこ抜いていくようだドライバーもいたらしいしな。
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今、震電は折れた手足を取り外されて、鎧の胸当てのような胴体の部分だけが整備台に固定されている。
其の装甲にも無数の傷やゆがみがあった。
「コアは移植するからの。そう嘆くな」
センチメンタルな気分で歪んだ装甲を指先でなぞっているとガルニデ親方が声を掛けてきた
「ほりゃ、下がらんか。作業の邪魔じゃぞ」
そういうと、くぎ抜きのような無骨な工具を持った工房の工員が4人進み出てきて俺に会釈をした。
そのまま震電のボディを囲む。俺は一歩後ろに下がった。
目を保護するゴーグルと、厚手のエプロンのようなものを着た工員たちが、細長い工具を装甲の隙間に差し込んだり、ビスを外したりして震電の装甲をバラバラにしていく。金属が軋む音がなんとも物悲しい。
暫くすると、二重の装甲板が外されて、鉄のフレームで形成された胸郭の中身がむき出しになった。
「ほぉ」
思わず声が出る。騎士の本当の最深部を見るのは初めてだ。
この感じはエンジンが取り外されているのを見ている感じに近い。心臓に触れたようなな感じとでもいうか。
切ない気分ではあるが、興味深いものもある。
フレームの中には粘性の強いスライムのような透明な液体に包まれた青い水晶玉のようなものが入っていた。サイズ的には、こういういい方は風情がないが、バランスボールのようだな。
これが騎士の動力であるコアか。
たしかコアの発するエーテルを動力にして騎士は動いている。この液体がエーテルを四肢や武器に伝達しているんだろう、となんとなく思う。
レーサー時代は動力についてや駆動系についても勉強したが、こっちにきてからはあまり騎士の構造については勉強していない……通り一遍の知識はあるが。
コアの発するエーテルを動力とする騎士の構造は、地球の電気を基礎とした技術系統とあまりに違いすぎて、少しレクチャーしてもらったがチンプンカンプンだった。
プロレーサーだと、分からないでは済まされないんだが。
この世界は乗り手は乗り手、整備するものは整備するもの、と役割分担がされているようなのでその状況に甘えている感はある。
工員たちが粘性の強い液体に鉤爪のようなものを挿し込んでコアを慎重に引き出す。
震電の胸郭から青く輝くコアが取り出された。
台車に載せられたコアは淡い光を発していて、少し離れている所に立っている俺でも、肌になにかが触れるような感覚を感じる。これがコアの発するエーテルなんだろうか。
見ていると、工員がコアに灰色の布をかぶせてワイヤーでコアを台車に固定する。そのままコアが運ばれて行って、がらんどうになった震電のフレームだけが残された。
「なるべく震電に近い形にしてくださいよ」
見た目は性能には関係ないかもしれないが、でも似ている方が愛着は湧く。ルックスは大事だ。
「分かっておるわ。儂にとってもこの震電は特別な騎士じゃからの」
ガルニデ親方がフレームを見ながら感慨深そうに言う。
自分で言うのもなんだが、震電の活躍もあってレストレイア工房はかなり客を増やしたらしい。
特に、近接強襲型機に載って名を上げようとする乗り手からの注文や改造依頼が多かったのだとか。
建物は変わってないが、初めて来た時より明らかに工員は増えている。
「コクピットのレイアウトも同じにしてくださいよ」
操作系のレイアウトも大事だ。コンマ1秒を取りあうような戦いでは、わずかな迷いや操作のミスが命取りになる。
「そうじゃの……だが、それは装備次第じゃぞ。どういう風にするんじゃ?」
ガルニデ親方が言う。
言われてみれば、コクピットのレイアウトは、新生震電をどういう形の機体にするのかってことに大きな影響を受ける。
というか、あまり考えてなかった。さて、どういう風にしたものか。
「まあ、基礎的な組み方は前のままでいいんじゃろ?」
ちょっと考え込んだ俺にガルニデ親方が聞いてくる。
「ええ、まあ」
「なら、機体の基本的な骨格は組み始めることにしよう。装備はさっさと考えておけよ」
「そうします」
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数日後、再訪したレストレイア工房には意外な人がいた。
「やあ、ディートレア。大活躍だったそうだね。トリスタンに聞いたよ」
久しぶりにお会いする工業ギルドのギルドマスター、エルリックさんだ。
相変わらずのハンサムさんだが、服装は地味な工房の職員のような服装だ。灰色のツナギのような作業着に、前と同じように髪にターバンのように布を巻いている。言われなければ使いにきたギルドの職員間違えそうである。
ガルニデ親方や工房の作業員もさすがにかしこまっているが、相変わらずエルリックさんは気にしている様子がない。
つーかお供も連れてないようだが、なんともフリーダムだな。
「お久しぶりです」
「ところでだ、今日は君に頼みがあってきたんだよ」
「といいますと?」
エルリックさんがにんまりと笑う
「今回いろいろと過去の騎士の武装を調べなおしてね。
そうしたら近接戦をしていたころの装備の設計書が見つかったんだよ。で、ぜひとも君に使ってほしいと思うんだ、どうだろう?」
そういって書類カバンのような平たくて大きい木のケースから、工房の天窓の下のテーブルに何枚もの紙を広げる
「きっと君の力になるだろう
むろん、装備のための費用はわがランペルール家が拠出するから負担はかけない、どうだい?」
嬉しそうな口調だ。
君の力になる、とか言ってるが。まあ、要するに新武装を装備した騎士の試験機になれってことらしい。
申し出はありがたいといえばありがたいが、微妙といえば微妙でもある。
レース時代もそうだったが。車というか、この場合は騎士だが、それと乗り手の愛称ってのは明確に存在する。新しくてカタログスペック上強力な装備であれば戦闘力が上がるというわけじゃない。
それに、そのまだ見ぬ新装備が有効なものとは限らない。
鳴り物入りで納車された新機構装備の新車がまったく見当はずれの代物で、チーム、開発関係者全員がこんなはずじゃなかったと頭を抱えた、なんてことは珍しくなかったしな。
「どんな装備なんですか?」
「君の強襲戦術をさらに強化してくれる装備さ。チャージウイングだ」
自信満々にエルリックさんが言うが、どんなものかは全く分からない。
「……なんなんです、それ?」
聞き返した俺に、エルリックさんが我に返ったような顔をする。
「おっと、すまないな。騎士団のレナスのエンジェルウイングはしっているだろう?」
「ええ」
何度か戦いの中で見たことがある。
騎士団の制式騎士であるレナスの固有装備だ。背中のウイングからエーテルの翼を展開させて、それを立てのように防御に使ったり、光弾を打ち出したりもできる。というか、バートラムのレナスの光弾に撃たれたな、そういえば。
とりあえず見た目は天使を思わせるようでなかなかにいい。
「その過程で作られた装備さ。防御と強襲に特化したものでね。
翼で機体を覆って加速させ突撃をしやすくする、というものだよ。そのまま体当たりすることもできる」
要は防御用の盾の補助らしい。体当たりしてもいい、ということは、機体自体をランスのようにするってことか。
設計図を見ると、訳が分からない図面と一緒に騎士を流線型の壁が囲んでいる絵が描かれていた。
加速するのは、エーテルの繭で空力がよくなるからかもしれない
人型の兵器である騎士は、決して空力的には良いとは言えない。
ただ、あまりその辺は問題視されていないというか。騎士は人型、という絶対的な価値観があるらしい。
アレッタに頼んで風精の構造を少し教えてもらったが。
あれも、空力をある程度は意識しているようだが、基本的には軽量な機体に大出力のエンジンと補助翼を装備して、乗り手のアレッタの技術で無理やり曲げているという、かなりのじゃじゃ馬仕様だ。
このチャージウイングとやらが空力を意識したのか、そうじゃなくてたまたまそういう副産物が生まれたのかは分からないが。
ウイングを展開すると機体のスピードが上がるのは空力が改善するからかもしれない。
「フェニックスウイングという、近接戦補助のウイングもあるがね」
「それはどういうものなんです?」
「展開した翼をブレード状にして、左右の腕にあわせて動かすのさ」
ブレード状にしたウイングで攻撃する、ということは、攻撃範囲が広くなるわけか。
これはこれで悪くないが、あんまり直感的に使えない仕様にはしたくない。
それに、この二つはどっちもあまりに極端だ。
「俺としては……少しは遠距離タイプの武装がほしいんですけどね」
両方とも接近戦特化型の装備だ。むしろエンジェルウイングをつけてほしい所なんだが。
その俺の言葉にエルリックさんが口に手を当ててうつむく。
「だがね……」
「だが?なんです?」
「君が凡百の射撃の訓練をするのかい?空戦の変革者、シュミットの魔女たる君が?」
エルリックさんが聞いてくる
「それに、今さら訓練してもそこまで成果は期待できないんじゃないのかね?」
悪気はなさそうだが……グサッと刺さるいやなこと聞くなぁ
確かに、今さら射撃戦の練習をしても……システィーナどころかグレッグの足元にも及ばない気はする。下手すればローディよりもだめだ。
システィーナのラサと戦って思ったんだが、震電のように近接戦に持ち込むために距離を詰める動きとは別に、敵との間にスペースを作る距離を保つ動きというのはある。
スカーレットはともかくとして、ラサの機動力は多分震電より下だったと思うが、それでも距離を詰め切れなかったのは、やはり、システィーナの飛び方のうまさだろう。
射撃の技術もそうだが、距離を保つ飛び方まで練習するとなると、それはそれでなかなか大変だ。
それならいっそ機動力を向上させ、俺自身の距離の詰め方を磨き上げて、近接戦術に特化するのも一理ある部分は確かにある。ただ。
「ちょっと考えさせてください」
震電が俺の私物ならいいが、震電はあくまでシュミット商会の持ち元だ。
あまり趣味に走った仕様のするのもどうかと思うしな。
「ああ、いいとも。いい返事を期待しているよ」
「特殊な機構はセッティングに時間がかかるからの。
早めに頼むぞ」
ガルニデ親方が言う。
騎士を何機も同時に組むことはできないわけで、震電の作業が止まればその分次の注文を捌くのが遅れる。
あまり長く考えることはできないな。
「わかりました」
とりあえず一言言って、工房を出た。さて、どうしたものか。




