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予期せぬ再会

「魔導士領ってどんなところなんだ?」


「あたしも行ったことないんだよね、行ってみたいんだけどさ」


フェルが残念そうに言う。

魔導士領がどのくらい遠いのか分からないが、それなりに長旅だろう。

それだけの大規模な航海をできる商店は限られてるだろうし、一般人が旅行気分で行ける場所ではないか。


「今は魔法使いたちとの交流はないのか?」


「無くはないよ。

こんな風にフローレンスから船が出てるし、その船に乗ってフローレンスに来る魔法使いもいるし」


「……また戦争になる可能性は?」


「うーん。それは……まずないんじゃないかな」


ちょっと首をかしげてフェルが言い切る。


「どうしてだ?」


「ああ……まず、魔導士領には飛行船を作る技術が無いはずなんだよ

エーテル炉もフローレンスで作られたものだしね」


どうやら技術移転はしてないらしい。

まあ、飛行船にしても騎士にしてもそうだが、完成品を作るためにはその周辺の技術の蓄積やインフラの整備が十分じゃなきゃ話にならない。

教えればすぐできるなんて単純なものじゃないが。


「だが、空を飛ぶ魔法ってのはあるだろ?あのホルストが使ってたぞ」


始めて灰の亡霊ブラウガイストと戦った時。機体は撃墜したが、あいつは空を飛んで逃げて行ったはずだ。

あの時仕留めていれれば、と思うが今更それを言っても仕方ない。


「魔導士領とフローレンスの間は飛行船でも最低で2週間以上はかかるからね。途中には空の魔獣がいたりもするし。

どんな魔法使いでもここまで飛んでくるのは無理だよ」


「なるほどな」


騎士だって1日どころか半日も飛び続けることはできない。飛行船がなければ長距離の遠征は無理だ。

つまり魔法使いによる大規模な攻撃は不可能ってことか。


「それに、仮に来れても、騎士と戦える魔法使いはもういないと思うよ。

昔は、魔法で作った大きな鎧を身にまとって機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナと戦う魔法使いも居たっていうけどね」


人間サイズの魔法使いがどうやって騎士と戦っていたのかと思えば、そんな魔法があったわけだ。

魔法使いとロボットの空中戦てのもなかなかロマンがあるな……実際に戦闘になったら浪漫どころの話じゃないだろうが。


それに、最低でも2週間以上かかるってんならこっちから遠征するのも現実的じゃないだろう。補給線を維持できるとはとても思えない。


地理的に細やかに交流しつつも、相互不干渉になってるって感じだな。

地球では海が防壁になるってことはよくあったが、こっちでは空が防壁になっているってわけだ。


「それに、戦争してたのはもう200年以上昔だよ……今更戦争なんてね」


フェルが肩をすくめる。

まあ、200年と言えば日本だと江戸時代までさかのぼる。世代もかなり変わるし、その時の恨みなんて覚えてるやつはいないのが普通かもな。


「そういえば、フェルは魔法使えるんだよな」


一度それで助けられた。

だがそれ以外ではあんまり使っているところを見ない気がする。魔法を実際使っているのを見たのは、フェルとホルストの二人だけだ。


「精霊人だからね、精霊人はみんな魔法使えるよ」


フェルが言う。

精霊人はどうやら魔法適正が高いらしい。身体能力も高いし羨ましいな。


「人間は?」


「うーん……たまにいるみたいけど……でもしっかり習わないと使いこなせないしね。

一応、魔導士領からきた魔法使いが魔法を教えてる私塾もあるんだけどさ」


なるほど。そういうのもあるのか。

俺みたいな日本人からすれば大金叩いても教えてほしいんだがな。一度行ってみようか。


「でも、習うにはお金もかかるし、かなり練習もしないといけないしね

護衛船員とか海賊にたまにいるって位だと思うよ」


海賊、というところで、ホルストを思い出したのか、フェルがちょっと顔をしかめた。


---


広場の一角にフードコートのようなテーブルやいすが並べられたスペースがあった。

そろそろ赤い夕陽を残して日が沈んで、空がダークブルーに変わりつつあるが、明るい月が上りつつあるし、フードコートはそこら中にランプが置いてあって明かりには不自由しない。


かなりの人出で、周りは賑やかだ。親子連れ、友達同士らしきグループ、騎士の乗り手から商人と客層は幅広い。

テーブルはあらかた埋まっていたが、二人分なら空きもある。小さなテーブルにとりあえず座った。


しかしメイロードラップの後夜祭とか前夜祭の時や騎士団の戦勝の宴の時とかもそうだったが、フローレンスではことあるごとにイベントでお祭り騒ぎをしている気がする。

まあ日本とかと比べれば娯楽が多い環境でもないし、騒げるときには騒ごうということなんだろうな。


「あ、ちょっと待ってね」


一軒の屋台に歩み寄ってフェルが何かを買ってきてくれた。


「はい」


「ありがとな。なんだ、これ?」


きつね色の生地を巻いて揚げた、細長い春巻きのようなものだ。それをちょっとゴワっとした手ざわりの紙で包んである。


「フラウトっていうんだ。美味しいよ。熱いから気を付けてね」


指に、紙越しに熱が伝わってくる。揚げ立てだな

一口かじると、サクサクの皮からあふれた熱いトマトのような酸味のあるソースと粗く切った野菜と肉が口の中に広がった。

その後に唐辛子のような辛さが追いかけてくる。


「熱っついが…………うまいな」


イタリアンのアラビアータソースを思い出す酸味と辛さだ。

香辛料はたしか魔導士領の特産品なんだっけか。それを使ったソースらしい。


「でしょ?大きなお祭りでしか見れないけど、美味しいんだよね」


ソースが熱かったらしく、フェルがちょっと頬を触って目をつむった。

春巻きに息を吹きかけて冷まして残りを口に放り込む。ソースが着いた指先を舐める仕草が可愛いな。


「ねえ、ダイト。ここでご飯食べていかない?」


「ああ、いいぜ」


ちょっと食べると猛烈に腹が空いてきた。ちょっと晩御飯には早いが、ここで食べていくか。

それに、魔導士領特産の香辛料の香りがあちこちからしてきて食欲をそそる。普段のハーブの匂いとは違う、独特の香りだ。

せっかく祭りにきているのに、いつも通りに機械油亭の食堂で食べるのももったいない。


椅子に座ろうとしたところで、どこかで見たことのある男の顔が視界の端に入った。


---


「どうしたの?」


フェルが訝し気な顔で聞いてくる。

短く刈り込まれた灰色の髪に無精ひげ。アスリートを思わせる精悍な表情と、姿勢の良い長身の立ち姿。

連れらしい男と何か話している。


こぎれいな平服を着ているから少しイメージが違ったけど、思い出した。

向こうもこっちに気付いたらしく、視線がぶつかる。


「お前……」


「おや、誰かと思えば……」


そいつがこっちに歩いてくる。


シュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミットか。久しぶりだな」


マリクだ。

ホルストに雇われて、メイロードラップの途中に槍騎兵ランツィラーで仕掛けてきた傭兵。

あの時はパイルバンカーは壊したが逃げられた。まさかこんなところで再会とは予想しなかった。


「そういえば、無事で何よりだ。あの過酷なメイロードラップを完走するとは、さすがだな」


まるで久しぶりに再会した仕事仲間に話しかけるかのような口調で言う。

白々しいというかなんというか、あの時のことを忘れてるわけじゃないだろうな、こいつは。


「おい、海賊野郎……こんなところを歩いているとはいい度胸だな」


海賊と聞いて、フェルの顔が強張る。


海賊に与した傭兵がフローレンスを堂々と闊歩しているとは。

出入国管理とかはやってはいるが、現代日本のレベルから見ればザルもいい所だ。システィーナのように海賊が潜んでいることはあるんだろうが。

ここまで堂々とうろちょろしてるのはどうかと思う。


「海賊とは……まったく失礼だな、ディートレア」


俺の言葉にマリクがおどけた感じで答える。


「ひどいことを言う。私はただの自由騎士だぞ。海賊だという証拠はあるのかね?」


「手前、しらばっくれるつもりか?俺にあれほどのことをしておいて」


「あれほどのこととは何だね?まさか、あの戦いのことを言っているのかな?」


マリクが肩をすくめて、首を振る。


「メイロードラップは攻撃自由だぞ。まさかそれに文句を言おうなんて軟弱なことはいうまいな」


余裕綽々、という顔で言い返される。

手前、ふざけるな、と言いかけたが……言われてみると、メイロードラップの時は一騎打ちだった。

通信ではホルストのことを言っていたが……こいつが海賊に雇われていたことを証明することはできないのか。


「どうしたんだい?マリク」


「いえ、高名なシュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミットがいたのでね。挨拶をと」


話しをしているうちに、マリクの連れらしい二人がこっちに歩み寄ってきた。


一人は、革のベストに護衛船員風のあちこちに補強の入った船員の作業服を着た背の高い男だ。

こげ茶色の髪にこげ茶色の瞳。マリクよりは低いが175センチくらいはある。フェルよりは高いな。


腰には護衛船員がよく使うような短めのサーベルを吊るしている。うっかり抜けない様にベルトで鍔を鞘に固定していた

ベストの裏側には銃を一丁吊るしているのが見える。


その後ろにはいるのは背の低い男だ。男、というか少年っぽい。

しかし、高名な、というあたりを強調する辺りなんというか一々言い方が憎ったらしい。


「私は自由騎士として雇われて戦い、君は自分の意思でメイロードラップに参加した。

そしてたまたまその中で戦っただけだろう。恨みを残すのはお門違いじゃないか?」


こっちを向いてマリクが言う。

白々しい言い草に腸煮えくり返るが……返す言葉がない。


「それに、そういきり立つな。私は傭兵だ。

雇い主次第ではお前とともに戦うかもしれん。ここで諍いを起こす必要もないだろう」


マリクと入れ替わるように、護衛らしきもう一人の若い男が俺の方を見た。

何というか、ぶしつけな視線だ。


「ふーん、あんたがディートレアか」


「なんだ、おい」


「……ホントにこうしてみるとたんなるミルク臭い小娘って感じだな……まったくよ」


護衛船員らしき男が首を振って手を伸ばしてくる。一歩下がって避けた。


「おいおい、つれないじゃねえかよ」


もう一度伸ばしてきた手を振り払おうとするより早く、フェルがその手を払った


「何しやがる」


「ディートに触るな……海賊」


フェルが凄みのある口調で言って男を睨みつけた。


「ああん?何様だ、精霊人」


護衛の男が剣の鍔に掛けたベルトを外して剣の柄に手を掛ける。

それを見たフェルの空気が変わった。すっと半身になって懐に手を忍ばせる。


「やるのか、ああ?」


男がフェルを剣呑な目つきで睨み返す。

口論を始めてしまった俺が言うのもなんだが……流石にこんな人混みで刃物を使った喧嘩をおっぱじめるわけにもいかない。


「おい、フェル、ちょっと」


「……二人とも、いい加減にしてくれるかな?」


俺が言うより早く、静かだが威圧感のある声がマリクと護衛を制した。


---


「僕等は喧嘩をしに来たわけじゃないよ……不要なテンションは作らないでほしいね」


その言葉を発したのは、もう一人の連れの少年だった。

茶色の髪の子供だ。すくなくとも俺よりは若いだろう、アル坊やと同じくらいだろうか。

身長はアル坊やより低いから若く見えるのかもしれない。


短く整えて真ん中で分けたブラウンの髪に片眼鏡、目立たないが仕立てのいい服。

顔立ちは平凡だが俺を見る青い目は涼やかながら鋭いというか、知性を感じさせる。油断ならない感じだ。

声にも若さに似合わない貫禄がある。


「失礼した」


「ああ、すんません」


マリクともう一人の護衛が頭を下げる。こいつがマリクの雇い主なんだろうか。


こいつも海賊か?と思ったが……そんな雰囲気はない。

どちらかというとインテリの技師って感じだ。エルリックさんに似た系統だな。

ただシスティーナも見た目だけ見れば海賊には全く見えない。いかにも海賊、荒くれものでございってやつはいないか。


「すみませんね、ディートレアさん」


黙った二人を見て、少年が俺の方を見る。


「ああ……こちらこそ、悪かった」


俺の顔を見て、少年がフッと小さく笑う。

曲がりなりにも殺されかけた相手だから穏やかではいられないが……少し頭が冷えた。


危うく一触即発まで行きかけたが。

仮にこいつらが海賊だとしても、こんなところで切った張ったの戦いをするのは余りに無茶だ。腹が立つことだが、証拠があるわけでもない。


護衛がフェルにガンを飛ばしてフェルが睨み返す。マリクは相変わらず余裕な薄笑いを浮かべていた。

最初に会った時は余裕を感じさせるベテランって風情だったが、改めて見るとその余裕な感じが非常に鼻につくな。


「さて、じゃあ行こうか?」


少年が護衛とマリクを促して歩み去ろうとする。2人が一礼してそれに続いた。


「って、おい、ちょっと」


こいつがマリクの雇い主なら。マリクがホルストと関係があるのは間違いない。

何か話していれば、細やかでも情報を得られるかもしれないが……少年が振り返って軽く手を振る。


「……じゃあね」


そういって三人が雑踏の中に消えていった。

まさか3人で買い物に来たとは思えないが……何をしに来たんだろう。碌なことじゃないだろうし、誰かに報告しておく方がいいかもしれないな。


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