魔導士領からの船
4章始めます。引き続きごひいきに。長くなったんで2分割です。
メイロードラップから1カ月程が経った。
今日は、港湾地区の騎士の乗り手の訓練施設に来ている。
震電の修理というか、再建はまだ始まっていないが、シュミット商会の活動は俺抜きでも普通に行われている。
まあグレッグもいるし、ローディもかなり腕を上げてるし、飛行船ギルドから俺の代わりが派遣されているから護衛の数は足りているわけから問題は無い……それはそれで寂しいもんだが。
レーサーがシートを失うとやることがないように、騎士を失ってしまうと騎士の乗り手はやることがない。
ということで、俺は今は専らトレーニングしたり、騎士団や飛行船ギルドのから仲介された乗り手に稽古をつけたりしている。
他人にトレーニングの指導をする、こういう時はテストドライバーの経験が役に立っている。
テストドライバーはテストランで感じたことをきちんと言語化して説明して周りに伝えられないと話にならない。
この言語化してポイントを伝えるってのは、後進を指導するときにも役に立つということがやってみて初めて分かった。
テストドライバー時代、というか、そのポジションに収まっているときは欝々としていたが。人間、経験はどこでどう役に立つか分からないもんだ。
これはレーサーにも共通する部分はあるんだが、フローレンスでの騎士の乗り手の訓練は多分に体感的というか、個々人の感覚や経験による部分が大きい。
そして、騎士の乗り手にとっては身に着けた技術は自分の実力の証明であり、同時に飯の種でもある。
自分がつかんだ感覚や操縦のコツは基本的には秘するのが当たり前。同じ商会所属の先輩が後輩に伝えることはあっても、大々的に教えるようなお人よしはいないらしい。
だから騎士の乗り手の教本なんてものも存在しないし、レーサー養成学校ならぬ騎士の乗り手の養成施設なんてものもない。
ただ、それだと、個々人の技術は継承されない。
極端な話、エースパイロットが偶発的に死んでしまったら、そいつの積み上げてきた技術は失われてしまう。
誰かがその技術にまた到達できればいいが、それが出来なければ失われた技術になってしまうわけだ。
こんな感じの経験の共有がされない環境では、何かの切っ掛けでインスピレーションを得たような突出した個人は現れるだろうが。
全体的な騎士の乗り手のレベルは上がりにくいことは想像に難くない。
飛行船ギルドで体系化したマニュアルを整備すればいいとも思うんだが、結局のところ技術は開示しない乗り手がほとんどだから、作ろうにもなかなか作れないんだろう。
その状況に問題意識を持っていたからこそ、トリスタン公たちは俺に技術の公開と指導を求めたってのもあるんだろうな、と理解している。
空は広いしフローレンスはいくつかの島で構成されているから飛行船の行動範囲もかなりなものになる。
その空域は騎士団だけではカバーしきれないわけで、空路の安全のためには飛行船を守る護衛騎士のレベルアップが欠かせない
カモが多いと海賊が見れば治安も悪くなるだろうしな。
稽古をつける相手は様々で、俺より若い新人もいれば、すでにそれなりに経験を積んだ中堅どころが商会の指示で来るときもある。
シュミットの魔女の名前はそれなりに知れてきたが、やはり見た目が19歳女ってあたりで侮ってくる男もいる。
まあ、そういう連中も複座の訓練機でちょっと一緒に飛ぶと静かになるんだが。
まだまだ騎士の本来のスピードを引き出せてない奴か多いな。
---
「お疲れ様」
夕方まで指導をして港湾地区の訓練施設から出るとフェルが待っていた。
シュミットの飛行船は今日の昼頃に仕事を終えてフローレンスに帰港するのは知ってたが、まさかもうここにきているとは思わなかった。
だが、荷物の上げおろしは貨物船員や港の職員の仕事だし、事務処理は経理責任者のニキータやアル坊やの仕事だ。フェルのような護衛船員や、ローディやグレッグのような騎士の乗り手は帰港したらフリーになる。
グレッグは仕事が終わったらそのまま飲みに行ってしまって、翌日は寝てることが多いらしい。今頃どこかで飲んでいるんだろう。
ローディの行動パターンはよくわからない。しかし、せっかく同じ商会に所属してるのにあんまり交流がないのはちょっとまずい気もする。
「どうかな?」
フェルがちょっと恥ずかしげに上着をつまんでアピールする。
下船してすぐ来てくれたのか、普段通りの動きやすそうな船員風のパンツルックだが、アクセサリと上着が少し違った。
普段は革のベルトを締めているが、今日はサッシュベルトというか帯を締めている。
羽織っているのも普段の和風の着物を思わせるものではなくてツートンの模様がエキゾチックな感じでおしゃれだな。
銀色の髪を包むようにターバンのようなものをゆるく巻いていて、隙間から獣耳が突き出していた。
其のターバンにも同じような幾何学模様が入っている
「似合ってるぜ。というか珍しい柄だな」
「魔道士領に行った船が戻ってきてるんだよ。そこで買ったんだ」
「へえ」
そういえばなんか昨日あたりから港が賑やかだったが。そんなものが来ていたとはな。
魔導士領と言えば、南の方にある魔法使いたちの領域らしいが。其処から戻ってきた船ってことは、大航海時代の貿易船の帰港みたいなもんだろうか。
「行ってみる?」
「ああ……そうだな」
こっちに来てから海賊と闘ったりメイロードラップに出たりであわただしかったが、幸か不幸か今は時間がある。
レースだって海外に行ったら現地のモノを食べたりささやかな観光をしたりもした。見分を広めるのもいいだろうし、そういう珍しいものは見ておくに越したことはない。
「じゃあ、行こう」
フェルが俺の手を取る。
あまり人前でスキンシップはしないが……かといって振りほどくのも感じ悪い。そのままにしていると、フェルが嬉しそうに笑って指を絡ませてきた。
まあ手をつなぐくらいはいいか。
---
フェルに手を引かれて港湾地区に向かう。
広場に抜ける道はいつもの殺風景な道じゃなくなっていた。
いつもなら船員が行き来して、路面汽車のデッキをフラットにした荷運び用の車両が走っている倉庫に挟まれた広い殺風景な道だが。
今日は、普段見かけないような普通の市民って感じの人が港の方に歩いていき、かと思えば革袋に買ったものを詰め込んだ人が広場の方から歩いてくる。
道の左右にも屋台が出ていてお茶やワイン、サンドイッチとかのような軽食を売っていた。
ちょうど日本のお祭りの中心の神社に向かって歩いているって感じだな。俺としてはなんとなく懐かしい雰囲気だ。
普段は荷物が行きかう港湾地区の一番広い広場はちょっとした市場のようになっていた。
貨物らしき大きな木の箱が運ばれていく一方で、広場の大部分を簡単な屋台が占めていて、いろんな見慣れないものを売っている。
運動会のように高い位置にロープが張られて商会のものらしき旗が翻っていた。
「こりゃすげぇな」
屋台にはフェルが着ているような独特の幾何学模様を織り込んだタペストリーやマント、飾り物や装身具が並べられている。
それより独特なのは匂いだ。山のように盛られた粉状の香辛料、瓶に入った香水や酒、香炉から香る煙、どれもフローレンスではあまり嗅がないタイプの香りだ。
「ここじゃ、魔導士領からの荷物を下ろすついでに、ちょっとしたものを売ってくれるんだよ。
ちょっと珍しいものが安く買えたりしていいんだよね」
フェルが教えてくれる。
すでに日は傾いているが、広場はフローレンスの市民でごった返している。食事の屋台も出ていて、フリーマーケット風だ。
波止場には停泊している巨大な5隻の飛行船が見える。
双胴タイプのアクーラやダンテには及ばないものの、シュミットの飛行船の倍近くはある堂々たる巨大な気嚢だ。
黒く染められた色も相まってなかなか迫力がある。
「そういえば……いいか?」
「なに?」
「魔道士領について教えてくれよ」
「いいけど……珍しいね、ダイト。そんなこと聞くなんて」
「まあ、あんまりにもものを知らないのもどうかと思ってな」
今更なんだが、この世界で生きていく、と決めた以上はあまりにも常識が無いのは不味い。
つい先日もシスティーナに歯車結社なるものを知らないことを思い切り呆れられたしな。
「そうだよね。ダイトはほかの世界から来たんだもんね」
フェルが頷く。
「うーん……何から話そうかな。
ずっと昔、魔法使い達がこの世界を支配してたのは知ってるよね?」
「ああ。そのくらいは。
騎士の原型の機械仕掛けの神で魔法使いと戦ったのが歯車結社だったっけ?」
これはこの間システィーナに聞いた話だ。フェルが頷く。
「で、その戦争を講和させたのが、フローレンス・ローザさんって人だよな」
「うん。そうだよ、
フローレンス・ローザ様が魔法使いとの休戦交渉をまとめて、魔法使いたちは魔導士領に逃げていったわけ」
この辺までは俺でも知っている話ではある。
「まあ、けっこう揉めたらしいけどね。
歯車結社の中には最後まで魔法使いを滅ぼすべし、って言ってた人もいたみたいだし」
フェルが言うが……それは当然だろうな。
戦争は不毛なものだが、それでも理屈を超えて合理性なんて欠片もない戦いが続くことがあることは地球の歴史を見れば分かる話だ。
むしろ良く収まったもんだと思う。
「両方ともボロボロで戦える状態じゃなかったのと、ローザ様がすごく強い魔法使いだったからどうにか収まったんだよ。
……興味あるんなら歌劇でも見に行ってみる?母達の物語は人気演目だよ。見る価値あるんじゃないかな」
「なんだそれ?」
「ローザ様を主役にしたフローレンス建国の歌劇だよ。結構いいよ」
なるほど。建国の物語が人気なのは異世界でも地球でも変わらないか。
機会があったら行ってみよう。
続きは明日にでもアップします。




