最終日 未だ残る謎とこれからの話
文中に出てくる機械仕掛けの神については、1章の幕間・アルバートの語るこの世界の話 騎士とコアを参照してください。
アル坊やが気を効かせてくれたんだろうな。
フェルが今にも泣きそうな顔でこっちを見て、ゆっくり歩み寄ってきた。
「心配した……すごく」
「言ったろ。ゴールに待っている人が居たら必ず戻るって」
フェルがおずおずと身を寄せてくる。息がかかりそうなほどの距離だ。
普段は外ではべたべたしない、がルールなんだが。今日はいいか。
「御帰り。ダイト」
フェルがこつんとひたいをぶつけてくる。
メイロードラップは、いまやサファリラリーでもGPSで現状の位置が分かる、地球のレースとはわけが違う。
サーキットを走るレースもトラブルが起きればアナウンスがあるから、今何が起きているか大体は分かる
だがメイロードラップは当たり前だがテレビ中継もない。騎士団がある程度情報を伝えていたかもしれないが、それだって確実じゃない
待ってる側の不安感は俺の感覚とは比較にならないか。
「ダイト……」
フェルのピンクの唇がかすかに開く。キスをねだってるんだろうな、というがなんとなく分かった。
ちょっと周りを見ると、人混みの中ではあるが、それぞれが思い思いに話したりしていて俺たちに注目している奴はいない。まあいいか。
唇を近づけるとフェルが目をつぶる。唇が触れるその瞬間。
「おいおい!ちょっと待てよ!」
唐突に横から声がかかった。
「何を雰囲気出してるんだ、お前ら女同士だろうが」
振り向いてみるとそこにいたのは……茶色の長髪を首の後ろで一つ結びにした男だった。
年は25歳くらいだろうか、背は170センチくらいでちょっと低いが体はがっちりしている。無精ひげを生やした精悍なアスリート風の顔立ちだ。
というか、さっきの格納庫の中にいた顔なんだが……誰だっけ、こいつは。
「ブラウンだ、ブラウン・ヴェイス!バーネット商会所属、5位入賞!」
俺が黙ったのを見て男が怒ったように言う。
ブラウンか。そういえば顔をまともに見たのは初めてだな。
フェルが険悪な目でブラウンを見ている。ややっこしいことになったな。
「俺は男だぜ、別にいいだろ」
「あほ言えよ、鏡見ろってンだ。どこをどう見りゃ男なんだよ」
……まあこれが一般的な反応なんだろうが、今まで隠していたからこういう風に直接的に言われたのは初めてだ。
フェルの獣耳がピンと立っている、怒りサインが出ている。
キスの邪魔をされたからなのか、単に言ってることが気にくわないのか……その両方だろうな。
「ちょっと……」
「まあ待ちなさい」
食ってかかろうとするフェルの機先を制するかのように、声を掛けてきたのは。
なんとファティマことシスティーナだった。
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「お前……」
システィーナ。
リタイヤした、という名目で戦線離脱して逃げたかと思ったら……まさかフローレンスに居るとは。
海賊だというのに、つくづくいい度胸をしているな、こいつ。
しかし、あの後どうやって戻ったんだろうか。どこかに自分の指揮下の飛行船でも潜ませていたのか。
まあ、あいつの騎士に殆ど損傷は無かったから、大回りしてフローレンスまで戻ってくることもできたかもしれないが。
「なんだ、ファティマかよ……」
「ブラウン、相変わらずあなたは野暮でいけない」
システィーナがやれやれって感じで首を振ってこっちに来る。
「誰に仕えるかも、誰と戦うかも、好きにすればいいんですよ。誰を愛するかもね」
「だってよ、お前。美人は有限だってのによ。女同士なんて、男として悲しいぜ、俺は」
不満げなブラウンに対して、システィーナがその本性に似合わない柔らかい笑みを浮かべる
どうやらこの二人は知り合いらしい。
「って、そういやお前、リタイアしたって聞いたが、無事だったんだな。
良かったぜ、ファティマ」
「ええ。海賊の変な騎士と戦ったのでね。何とか逃げましたよ」
ブラウンとシスティーナが親し気に話している
「知り合いなのか?」
「そりゃ護衛騎士同士だからな」
そういえば、俺はシュミット商会専属で他の商会や護衛騎士とはほとんど接点がない。
騎士団意外だとわりと閉じた人間関係の中にいる気がする。
しかし、ブラウンも気楽に話しているが。相手がとんでもない賞金首の海賊だとわかったらどういう顔をするんだろうか。
「しかし、もう少し粘ってアクーラに戻ればよかったのにな。修理代と報酬金は出たんだぜ」
「まあ仕方ありません。機体の損傷はさほどではないですからね。なんとかしましょう」
「騎士団に言ってみればどうだ?お前も海賊どもと戦ったんだろ?」
「ええ、そうですが。今から言いに行くのもあまり体裁がいいものではありませんしね」
システィーナが首を振る。
そもそもあいつのラサは殆どダメージはないはずだし、それ以上に騎士団とは余りかかわりは持ちたくないだろう。
「ところでこんなところで立ち話をしていても仕方ありません。
場所を変えましょう」
「ああ、いいな。せっかくだからディートちゃんも飲まないか?」
ブラウンが気楽な感じで声を掛けてきた……フェルがブラウンの方を睨んでいるのが見なくてもわかる。
「……なら、今夜の酒はあなたが奢りなさい。
ずいぶん稼いだようですし、女三人に囲まれるんですからそのくらいはするべきでしょう」
システィーナの言葉に、ブラウンが怯むようなひきつった表情を浮かべた。
つーか、3人って俺たちも入ってるのか?ブラウンが一瞬うつむいて、胸を叩く。
「ああ、いいともよ!ドンと来やがれ!」
「ふ。流石ですね。
では、行きましょう。ディート、勿論断りませんね?」
ブラウンの肩を軽くたたくと、システィーナがこっちを見る。口調は優し気ではあるが、有無を言わさぬという感じだ。
「まあ……仕方ないか」
「ダイト……」
フェルは不満げに俺を見るが。
「あいつもメイロードラップの参加者でな。
途中で飛行不能になりかけた時にあいつに助けられたんだよ。だから今日は勘弁してくれ」
そういうとフェルが渋々、という感じでうなづいた。
フェルには悪いが、二人きりになる機会はあるだろうが、あいつと話す機会がそう多いとは思えない。
それに出来れば聞いておきたいこともある。
あいつの正体がシスティーナであることは、話がややこしくなるだけなので伏せておいた。
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一応アル坊やに一声かけて、システィーナの先導で言った店は賑やかな酒場だった。
機械油亭のような騎士の乗り手の集まる酒場じゃなくて、普通のフローレンス市民が集まるようないわゆる大衆酒場だ。
かるく100人は入りそうなホールの席は殆ど埋まっていて、人混みの熱気と笑い声と話し声に圧倒されかける。あまり普段は此処まで広い店には来ないからな。
焼けた肉やパンや香草の香ばしい匂いと酒の匂いが何とも言えず活気を感じさせる。
そろそろ窓から差し込む光は暗くなって、夜になりつつあるが。
広いホールの高い天井からはたくさんのランプが吊られていて、壁にも明かりが設置されていて店内は明るい。
システィーナがすっと周りを見渡すと、ホールの隅を指す。
運がいいことに二つほどテーブルが開いていた。システィーナがウェイトレスに合図しながら席の間をくぐって空席に向かう。
端の方のテーブルは衝立でテーブル同士が仕切られていて、個室風というほどじゃないが、そこそこプライバシーは確保されていた。
顔なじみというか常連らしいシスティーナがウェイトレスに何か言う。
ワインを入れた大きめの細い壺のようなデキャンタとグラス、茶色っぽいパンを入れた籠がすぐにテーブルに運ばれてきた。
システィーナがグラスにワインを注ぐ。
俺たちを見ながらニヤニヤ笑いをしているブラウンと、ぶすっとした表情のフェル、本心が分からない笑みを浮かべるシスティーナ。それぞれグラスを手にした。
「じゃあ始めようぜ。無事の帰還に」
ブラウンが音頭を取ってグラスを掲げる。
軽くグラスの端をぶつけてグラスを傾けると、ワインが喉を抜けて行った。
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宴会が始まって2時間。
テーブルの上にはワインを入れた陶器のデキャンタのような器が5本ほどと、料理の残りを乗せた皿が置かれている……デキャンタはもうほとんどが空だが。
ブラウンは机に突っ伏して寝てしまっていた
フェルも頬を真っ赤にして俺の方に寄りかかってきてる。かすかに酒臭い寝息が頬に当たる。途中で緊張の糸が切れたように寝てしまった。
システィーナは相変わらず平然とした顔だ。こいつもかなり飲んでいるはずなのに、酒豪すぎる。
「ふ、邪魔者も消えて、これでゆっくり話せますね」
どうやら意図的に二人を潰したらしい。
まあ、俺としても、護衛騎士ファティマと話しても仕方ない。海賊システィーナと話したいわけだしな。
しかし、ブラウンも煽るように飲ませられて気の毒に。しかも支払いまで押しつけられるのか。
まだ残っている、魚の切り身に卵と小麦粉をまぶして焼いたフライのような料理をフォークで差して口に運ぶ。
少し冷めてるが、さっくりした衣の歯ざわりがなかなかいい。
「まあ、あなたが死ななくてよかったですよ」
「死にかけたけどな。震電は大破全損だ」
あの連戦に不時着はどこかでほんの少しでも運が悪ければ死んでいた。正直言って死を覚悟した瞬間も何度もあった。
今こうやってフェルたちと料理を食べて酒を飲めているのは本当に幸運と、自分で言うのもなんだが執念の賜物だと思う。
「騎士は直せばいいんですよ。もっと強い騎士を建造してかかってきなさい」
かかってきなさい、と言われても。できればこいつとの再戦はご勘弁だ。
「そういえば、あの武器は何なんだ?」
ラサに装備されていたあの爆裂弾というかボムカノンというか。
少なくとも他の騎士では見たことがない。というか、あれは工業ギルドで教えてもらった新型の艦砲用の武装に近い。
「……フローレンスに限らず、私のような技師はいるのですよ」
すこし考えるような間を置いて、システィーナがにやりと笑う。
「どういう意味だ?」
「強い相手ならだれであろうと戦いたい、と思う私のように、自分が作ったものがどういう戦果をあげるか知るためには相手を選ばない、というものもね」
マッドサイエンティストならぬマッドメカニックって感じだな。新兵器の横流し的なことをする奴がいるわけか。
海賊とつながってるってのはどうなのかって気もするんだが……こういう灰色の関係性とでもいうべきつながりはあるんだろうと思う。
そもそもメイロードラップに海賊崩れが出てるくらいだしな。
それに、技術者的な視点からすれば、どうにか実用化してもそれが正式に実戦配備されるまでには相当に間があるはずだ。
少しでも早く新武装を実践テストしたいって気持ちは分からなくもない。
あと、実用化が早ければライバル工房に先んじることができる。地球のレースでもより早く最新技術を実用化させて実戦投入できるのは大きなアドバンテージだった。
勿論、より早く、より信頼性が高い技術を開発できれば金になるってのもあるだろう。
多少無茶する奴はいても不思議じゃないか。
「つまり……お前はそういう相手とつながりがあるってことか」
システィーナが意味ありげに笑ってグラスのワインを一口飲む。
「まあ、それはいいじゃないですか。
そういえば、あのあとは大変だったようですね」
「………ああ」
強引に話を逸らされた。
もう少し色々と聞き出したかったが、この件についてはこれ以上話す気はないって感じだな。
こいつがその工房について口を滑らせるとは全く思えないから、これ以上の追及はしても仕方ない。
飛行船の中でぶつけられた凄みというか殺気を思い出すと……こいつを俺一人で取り抑えて吐かせるなんて無理だろう。フェルと二人がかりでも怪しい。
こいつが居なくなった後のことを話すべきか迷ったが。とりあえずアクーラの損害のことは伏せて、俺が遭遇した二機の騎士のことだけ話すことにした。
というより、今こいつに聞きたいのは、あいつらが何なのかってことだ。
あれだけの騎士を揃えられる組織は、海賊どころじゃない、かなり大きいのは確実だろう。
こいつはあいつ等とは利害関係は無いようだし、何か聞き出せれば……
「黒の亡霊に白の亡霊ですか……そんな騎士は聞いたことも有りませんねぇ」
だが、期待に反して、俺の話を聞いたシスティーナが首を傾げた。
「お前でも知らないか?噂くらいはどうだ?」
あれだけ特殊な騎士だ。何か噂くらいあっても良さそうなもんだが。
システィーナが首を振る。
「しかし、残念です」
「なにがだ?」
「私も留まれば楽しめたようですね。もったいないことをしました」
「……そういう話じゃねぇ」
システィーナがグラスに入ったワインを一気に飲み干してテーブルに置く。
注ぎなさい、と言わんばかりにグラスを突き出してきたから、デキャンタからワインを注いだ
「……2機は知りませんが……灰の亡霊は機械仕掛けの神に似たような装備があったと聞きます」
満足げに笑ってシスティーナがグラスを取り上げる、目じりが少し赤い。流石に酒が回ってきたかな。
こっちもそろそろ頭がぼんやりしてきた。潰されないようにしないと。
「ああ……あのステルスか」
「ステルス、とは?」
「ああ、こっちの話。あの姿を隠す奴だな」
システィーナが探るような眼でこっちを見る
あんまりうかつな単語を言うのもまずい。俺の経歴を説明しても信じてはもらえないだろうし、それ以前に説明してもややこしい話になるだけだ。
「それですが……まあいいでしょう。
ただ、あなたの話を聞く限り、その二機の装備についてはまったく聞いたことも有りませんね」
システィーナの表情が、元のちょっと余裕の笑みを浮かべたような表情に戻る。
「関係があるかは分かりませんが……あの灰の亡霊の装備は失われた技術です
機械仕掛けの神はほとんどが先の魔法使いたちとの大戦で失われていますからね
歯車結社でも今はその技術はもってはいないでしょう」
「歯車結社?」
どこかで聞いたことが有る名前なんだが……頭がぼんやりして思い出せない。
グラスを持ったシスティーナの手が止まる
「………まさか知らないとはいいませんよね
辺境出身とは聞いていますが」
「いや……知らない」
システィーナの顔が心底呆れた、という顔になった。どうやらこれは本当に呆れられてるらしい
「一体どこの空の果てから来たのですか、あなたは」
システィーナが皿から焼いたスペアリブを指で取り上げてかじる。
「……歯車結社はかつての魔法使いたちとの戦いで、騎士の原型たる機械仕掛けの神を作った機工師の集団です。
どんなクソ田舎でもこのくらい知らない人はいませんよ。鳥にでも育てられたんですか?」
フェルやアル坊やに教えてもらった気はするんだが、やはり自分で過ごしてきた世界とは違う世界の歴史ってのはどうもピンとこない。
「ああ、そういえば魔法使いとの戦争自体はフローレンスの建国者のローザさんって人が終わらせたんだよな」
確か、最終的な和睦交渉は、フローレンスの建国をした7大家筆頭のフローレンス・ローザが仕切った、というのはフェルが教えてくれた。
これは今住んでいるフローレンスにかかわっている話だから覚えている。
「ええ。ただ、歯車結社は工業ギルドに組み込まれて今はもうありませんからね
誰があの騎士を作ったのか……」
システィーナが顔を伏せて考え込む……が考え込んだのも一瞬で、また顔を上げてグラスを煽った。
「まあ、でもよく考えればそんなことはどうでもいいですね」
「いや、どうでもよくないだろ」
「楽しみが増えた……そうじゃないですか?」
気楽そうにシスティーナが笑う。どういう神経してるんだ、こいつは。
こいつもあの戦いで明らかにホルストの恨みを買っているはずなんだが。
それに、マリクははっきりと俺を狙ってきた。
どこの誰だかしらないし、どういう意図があるのかも分からないが、俺に対して特別な意識を向けている奴はいることはほぼ間違いない。
それの正体は不明なわけだから気にするなって言われてもそういうわけにはいかない。
「無論……備えは必要ですよ」
そう言ってシスティーナが俺のグラスにワインを注ぐ。これが最後の一杯だったようで、雫がワイングラスに波紋を作った。
システィーナが手を上げてウェイトレスの子を呼ぶとワインをオーダーした……まだ飲む気か。
というか今は何時だ。もうかなり遅いはずだが。
メイロードラップの後夜祭だからなのか、まだ周りの賑わいは席に着いた時と変わらず、客が引く様子はない。
「……しかし、気にし過ぎても詮無きことです」
システィーナが結構真面目な顔で言う。
まあ、それはそれで正しいか。確かに今気に病んでも仕方ない。
真っ赤に頬を染めて俺の膝に頭を乗せているフェルを見る。
……今日は生き残ったことを喜ぶか。
これで3章は終わります。
作中は4日ほどなのに実時間は1年以上かかるという体たらく。
そして、こんな超絶不定期更新でもブクマをはがさなかった皆様、本当にありがとうございます。
待っていてくれる人がいるということが、遅くなっても少しでも書かなきゃ、という気力につながりました。
4章ではこのメイロードラップ襲撃の裏側に居た者たちが姿を現します。
主人公機も新型が出てきます。
今後も不定期更新になりそうですが、書き続けていくつもりなので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。




