最終日 宴の終わり。
ようやく書けました。
待ってくれていた人本当にありがとう。百万の感謝でも足りない。
キャビンの中まで大歓声が聞こえる。
ゴール前のストレートを演出するかのように幕をつるして飛行船が並び、さらにその周りを観客を満載した大小の飛行船が並んでいた。
ゴールラインを風精が駆け抜け、騎士団の飛行船から花火が上がった。
すこしの間を置いて、続いたのはベルトランの騎士だ。ジェヴォーダン、という名前だっただろうか。
騎士団の飛行船のキャビンのガラス越しに、俺はその光景を見ていた。
ゴールラインを抜けるほかの車を見るのはテストドライバー時代よくあったが。やっぱりなんというか、わだかまりがあるというか、いい気分じゃないな。
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メイロードラップは結局1日延期された。天候不順、とアナウンスしたらしい。
そんなものでごまかせるのか、と思ったが過去に例はあるんだそうだ。
ただ、よく考えれば当たり前の話かもしれない。
メイロードラップの参加者はフローレンスのトップクラスの騎士の乗り手が多い。アレッタもそうだし、あのどこかの商会のエースらしきベルトランもそうだろうが。
悪天候でレース強行をすることがどんな結果を招くか。ニュルブルクリンクの偉大なるニキ・ラウダのクラッシュが典型的だろうが、ろくなことにならない。
しかも飛行する騎士のレースであるメイロードラップは、スピンしてコースアウトでは済まない。
悪天候を押してレース強行なんてリスクが高過ぎる。
この場合、レースコースが雨だ、というのを検証することはできないのは都合がいい。
地球のサーキットのスタンドに座る客にはそんな嘘は通じないが、途中に観客席がないメイロードラップなら何が起きたのかは分からないからな。
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かろうじて黒の亡霊を撃退した後、参加者全員がボロボロになったアクーラの格納庫に集合した。
甲板はあちこちに穴が開いて、格納庫から空が見える。格納庫内には足場や工具がそこら中に散らかり、其処此処から焦げた匂いがして、まだ燻火があるのか、時々熱気が吹き付けてきた。
俺の震電は大破して飛行不能。
他にも4機が飛行不能になり、アクーラや周りの飛行船にかろうじて収納されたらしい。
だが格納庫に集まった乗り手はしっかり13人いた。リタイヤと称して離脱したシスティーナ以外は全員そろったことになる。
誰も死人が出なかったのは幸運だし、後味が悪い気分にならなくてよかった。
話し合い、というか、騎士団側から伝えられたのは、機体の損傷は騎士団が修理を行うことと、アクーラの防衛に参加した乗り手には個別に賞金を出すこと。
そして、レースの結果は2日目までのリザルトに従うこととする、ということだった。
賞金については、額を言われたときに誰かがおもわずヒュウっと口笛を吹くほどの額だった。
ただ、個別に払う、ということは、これは口止め料込みだろう。
正式に報奨金を払うとなるとここで何が起きたのか、所属する商会とかに説明しなくてはいけない。
メイロードラップの最中に、海賊の奇襲を受けてアクーラが大きな損傷を受けたなんて公表はできないだろうな。
金の話は全員が納得したが、二つ目の順位の話はかなり揉めた。
だが、これは仕方ないだろうと思う。とりあえずレースとして形にしないといけないというのもあるが。
俺以外にもアクーラを守ってリタイヤせざるを得なかった騎士がいる。改めて三日目をやり直すとしても、その勝負に参加できないのはフェアじゃない。
優勝の可能性があった2位のベルトランと3位のアリアーナ(という名前らしいことを、話し合いの時に初めて知ったのは我ながらどうかと思うが)は難色を示したが、最終的には矛を収めた。
ただ、ベルトランの騎士であるジェヴォーダンも、アリアーナの騎士もアクーラを守って機体に損傷を受けている。一方でアレッタの風精はほぼ無傷だ。
3日目を改めてやり直してもおそらく順位は変わるまい。
俺が見た感じ、アリアーナの方はそれを分かってゴネたように見えた。まんまと報奨金を上乗せさせていたしな。
アリアーナのしてやったり、という顔を見て、ベルトランは渋い顔をしていたが。
驚いたのは、誰一人として抜け駆けしてゴールに行こうとしなかったってことだ。
商会に参加していない仕官目当てっぽい騎士まで、3日目に飛んだ騎士はすべてアクーラの防衛に参加した。
騎士の仁義というか、抜け駆けで勝っても名誉じゃない、というブラウンの言葉じゃないが、そういう意識が共有されているのか、何らかの損得計算かは分からないが。
誰かが抜け駆けしていたら、このごまかしも成立しなかったわけだし、そういう意味でもよかったんだろうな。
話がまとまった後は、厳戒態勢のまま一夜を明かし、騎士を失った5人は飛行船でフローレンスにもどった。
アクーラは大きな損害を受けてはいるものの飛行は可能らしく、騎士団の騎士に護衛されつつ戻ってくるのだそうだ。
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「今年のメイロードラップも無事に終わったことを喜ばしく思う。
皆。孤高たる天頂に立つ者。三連覇の達成者、偉大なる最速の者、アレッタ・コンスタンティンに祝福を!」
トリスタン公が高らかに宣言すると、港湾地区の広場に誂えた表彰式のステージを囲む観客が大声援を上げた。
地面に垂らされていた騎士団の旗がさっと上がる。ラッパか何かの音が響き、爆竹のような火薬の音がなり、花火が上がった。
本当の所は無事にも何もあったもんじゃないが。トリスタン公の言葉は自信にあふれていて、空のかなたで起きたアクシデントのことは微塵も感じさせなかった。
自分で体験していなければ、単にレースが1日伸びた、という風にしか思わないだろう。
アレッタが優勝の旗をおずおずと掲げるが。トリスタン公が何かを耳打ちすると、大きく高く旗を差し上げた。
だがトリスタン公と違って、表情が微妙に硬いのがステージの横からも見て取れる。まあいろいろあったし、完全勝利って気分じゃないのは当然だろうな。
日程が一日伸びたが、あまり盛り上がりには陰りは見られない。観客も慣れてるんだろう。
むしろ祭りが1日長くなった、みたいな感じで喜ばれているようだ。
この辺はレーススケジュールだの、チケットだのと色々とガチガチな地球のレースとは違うところだな。
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表彰式が終わって、最終日に残った13人は騎士団の格納庫に集められた。
窓から差し込む日は傾いているが、これから後夜祭的なものが始まるはずだから、むしろこれから盛り上がるんだろう。
今もすでに思い思いにあちこちで宴会が始まってるはずだが、格納庫の厚い壁越しにはその音は聞こえなかった。
静かな格納庫で待っていると、扉が開いてトリスタン公が入ってきた。羽を象るように裾が割れた銀糸のマントをまとって、いつも通り細いレイピアを指している。
その後ろにはイングリッド嬢と何人かの騎士団員が従っていた。皆が背筋を伸ばす。
「皆の助力に感謝する」
トリスタン公が俺たちに向かって頭を下げた。ちょっと周りがざわめく。
なんせフローレンス7大公家の当主で、騎士団長だ。御自らの礼を賜るとは、そうあるものじゃないだろう。
「すでに話はしていると思うが、機体の補修は我が騎士団が行う。
自由騎士の諸君は、望むなら商会への口利きもしよう」
自由騎士は商会に所属してない騎士の乗り手で、海賊上がりからワンチャンスをつかもうとしていた連中も含まれている。
あの状況で騎士団の為に体をはるんだから、これ以上の信用保証はないだろうな。騎士団長直々の紹介なら、いい所属先が見つかるだろう
何人かの乗り手が拳を握って小さくガッツポーズする。
「だが……」
不意にトリスタン公の口調が厳しいものに替わった。
「言うまでもないが……この話は絶対の内密にしてもらう」
金の話とかでちょっと緩んだ空気が一瞬で引き締まる。
流石に騎士団主催の一大イベント中に海賊の大規模な強襲を受けて、工房飛行船が撃墜寸前まで追い込まれた、なんてことが知られるわけにはいかないってことだろう。
「……分っているな?諸君」
念を押すようにトリスタン公が言う。静かか口調だが、言葉に迫力がある。流石の歴戦の騎士団長だ。
気圧されたように、改めて全員が背筋を伸ばして胸に拳を当てる。騎士の乗り手の敬礼だ。俺もそれに倣った。
しんと静まり返った格納庫の中、トリスタン公が全員をぐるりと見渡す。
「……感謝する。では諸君、報奨金を受け取ってくれ」
トリスタン公の口調が緩んで、空気が弛緩した。誰かがため息をつく。
この報奨金も、ここで渡すということは、所属している商会にさえも言うなってことだろう。
噂が広がらないためには、一人でも知る人間は少ない方がいいのは確かだ。
イングリッド嬢が合図すると騎士団員が進み出てきて巻紙を渡してくれた。
褐色の布のような厚い紙に赤い紐で巻かれて、蝋封には騎士団の紋章が捺されている。
どうやら金貨の袋を渡すのではなく、約束手形のようなものらしい。騎士団で換金してもらえるんだろう。
しかし、俺としては大金を貰っても今一つ使い道がない。
アル坊やに渡すってわけにはいかないしな。さてどうしたもんか。
「ディートさん」
巻紙を眺めていると、アレッタが歩み寄ってきた。いつも通りうつむき加減で、くすんだ紺色の前髪で目元を覆っている。
しかし、レースの時はあんなに毅然としているのに、なぜ騎士をおりるとこんなおどおどするのか。王者にはもう少し自信満々で居てほしい所だ。
「すばらしい戦い方でした……とても勇敢で」
「そちらこそ。チャンピオン。来年はついていけるように頑張るよ」
今回のレースでは、システィーナの妨害もあって、文字通り早々にバックミラーから消されてしまったから、来年度のレースでは一矢報いたい。
「ええ。きっと。来年を楽しみにしてます」
アレッタの口元がほころぶ。ぺこりと一礼したところで、イングリッド嬢がアレッタに声を掛けた。
一言二言言葉を交わすと、二人でトリスタン公の方に歩き去っていく。優勝者に何か直々のコメントでもあるんだろうか
「ディートレア。助力に感謝する」
次に声を掛けてきたのはベルトランだった。助力って何のことだ、と思ったが。
そういえば、白の亡霊と先に戦ってたのはベルトランだったな、そういえば。
右拳を軽く合わせる騎士の挨拶を交わす。こいつにはGJサインは通じないだろうしな。
「我が商会に加入しないか。お前ほどの腕前なら我が右腕としてふさわしい。
無論、十分な待遇を与えるように我が紹介主に進言しよう」
ベルトランが俺の肩に手を置いて言う。日本でやるとセクハラとか言われそうだが。
上品な紳士風の見た目の通りの自然な仕草だ。
「ありがたいがね、シュミット家の魔女が他の商会に移籍するのはおかしいだろ」
「なるほどな……シュミットは良い乗り手を抱えている。
金より義理をとるとは、若さに似合わん見上げた心意気だ」
ベルトランが残念そうな、少し満足そうな顔をして微笑んだ。
「またいずれ、ディートレア。ともに戦おう。その時は今回の借りを返させてもらうぞ」
「ああ、楽しみにしてるよ」
ベルトランが騎士の乗り手の敬礼をしてくるりと踵を返して格納庫の扉の方に歩き去って行った。
商会の雇われ騎士のはずなんだが、なんとなく騎士団員のような雰囲気があるやつだな。
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格納庫の扉を開けると、賑やかな音楽や笑い声が聞こえてきた。
まだ夕方の4時過ぎくらいだし、この後は夜までお祭り騒ぎだろう。
外にはそれぞれの所属商会の関係者が居て、出てきた乗り手たちと言葉を交わしている。
アレッタもシンクレア叔父さんと何か話していた。
シンクレアが満足げな笑みを浮かべてアレッタの頭をなでて、アレッタが緊張から解かれたのか、はにかんだような笑顔を見せる。
ドライバーの為に専用の機体を作り、乗り手はそれに全力で答える。いいチームだな。
レース競技であるメイロードラップは海賊との戦闘とは違う。ああいうチームでないとメイロードラップは勝てないのかもしれない。
いずれ、レースチームのようにシンクレア工房のようなものが出てくるかもな。
アレッタ達を見ていると、人混みをかき分けるようにアル坊やたちがこっちに来た。
俺の顔を見てアル坊やが安心したような顔をする。
「無事でよかった、ディート。怪我は無いか?」
騎士団が俺が無事なのは知らせてくれていたのかもしれないが、なんせゴールラインを通過しなかったってことはリタイヤしたってことだし。
機体に飛行不能なほどの損傷があるってことは怪我の可能性も有る。心配かけたな
「この通り。大丈夫です」
不時着の時に何ヵ所かぶつけたりシートベルトに締め上げられたりして痛いところはあるが、大したことじゃない
「姉御、お疲れ様でした」
「手前でも完走できねえとはなぁ、まったくよぉ、信じらんねぇぜ」
グレゴリーも安心したような表情だ。
ローディはちょっと残念そうな顔をしている。案外期待してくれてたのかもな。
「震電の状態はどうだね?」
ニキータが心配そうに聞いてくるが、これは俺の心配というより修理代のことだろう
「ニキータ……」
アル坊やがたしなめる様にニキータを睨む。
「大丈夫です。今回の損傷は雨の中での接触だったんで、騎士団の工房で修復してくれるそうですよ」
という風に口裏を合わせるように言われていたので、その通りに話した。
普通に商会に機体を返して修理をしたら、それがトラブルじゃなくて戦闘のものだなんて一目瞭然だ。
ということで、破損した騎士の修復は騎士団が専用の工房で秘密裏にしてくれるらしい
「それはよかった」
ニキータが胸をなでおろして、グレゴリーとローディが白い目で見る
乗り手の俺のことも心配してくれよ、と思わなくもないが。チームというか商会の資金を預かる立場だからまあこういう反応になるのも仕方ない。
俺が無事なのは目の前にいるからわかるわけだしな。
しかし、あのダメージだと、修理じゃなくて再建した方がいいような気がするが。どうするんだろう。
「じゃあ、皆。行こうか。
ディートも無事だったしな。後夜祭を楽しもう」
「はい、店主」
「お前も早く来いよ、ディート」
アル坊やが促すと、皆が広場の方に歩いていく。
そして……一人残るようにフェルが立っていた。
後1話、近日中にアップしてメイロードラップ編は終わります。




